長引く円安や物価高によって、経済政策や国の財源にかつてないほどに注目が集まっている。しかし、言葉だけは知っていても、その仕組みや内実を正確に理解することは難しい。
本対談では、『為替介入とは何か 200兆円規模「外為特会」が生まれた謎』や『はじめての日本国債』など経済の仕組みを概説する一般書を発表している経済学者・服部孝洋氏とエコノミストの唐鎌大輔氏が対談。正しく経済の議論をするにはどうしたらいいのだろうか。

今後話題がふえる外為特会
服部 2026年2月の衆議院選挙の期間中になされた高市早苗総理の「円安ホクホク」発言をきっかけにメディアで、政府の外貨建て資産である外為特会がニュースで取り上げられるようになりました。また、外為特会を積極運用することで財源を増やそうというような議論も増えてきています。例えば、中道は衆議院選挙で「ジャパン・ファンド」という構想を立ち上げて話題になりましたし、中道改革連合の岡本三成政調会長は発信を強めています。この流れについて唐鎌さんはどのようにとらえていますか。
唐鎌 そもそも経済政策や財源の話題で、耳なじみのない方法が出てきた時に、「とんでもないことをやるぞ」と発信するのも受け取ると状況を見誤ります。
ご指摘の論点に関して言えば、政府が外貨を積極運用する事例は珍しいものではなく、国によってはそれをソブリン・ウェルス・ファンド(SWF)と呼び、活用しています。例えば、アジアではシンガポールの政府投資公社(GIC)や韓国の韓国投資公社(KIC)、中東ではカタール投資庁(QIA)、欧州ではノルウェー政府年金基金など、政府が積極運用の上でハイリスク・ハイリターンを追求する例はあります。さまざまな国の事例を研究し、そうした試みに踏み出したいという議論はあっても良いと思います。もちろん、それを国民が支持するというのが前提になるとは思いますが。
外為特会と言えば、未だに「税金で為替介入が行われている」と誤解している向きは多そうなので、そうではないということを包括的に説明することが大事です。そのような点でも服部さんのように立場のある学者の方が外為特会について本を書いた意味があると思います。
服部 私が書いた新書では、外為特会の運用や成り立ちだけでなく、外為特会が果たしている政策的な役割についてもかなり詳細に記載しました。いわゆるトランプ関税に伴う80兆円の海外投資に関しても多くのメディアが取り扱っていますが、この政策の背後にも外為特会が外貨の供給という観点で重要な役割を果たしています。事実、トランプ関税のニュースを読むと、外為特会というキーワードが出てくるのですが、新聞を読むだけでは、わからない部分や誤解も多いと思います。
くわえて、財務省の仕組みについてもかなり細かく記載しました。例えば為替介入は財務省国際局為替市場課が担当しています。だから、為替市場課の説明についても丸々一章割いているのですが、読者が財務省国際局で働いているような感覚になる記述を心がけました。ほかにも、一般会計の予算が足らないときには、外為特会に依存する構造があるなどの予算に関する議論もしています。この書籍では、外為特会を一般会計の財源として用いるのにあたり、財務省の主計局総務課と国際局為替市場課の交渉まで記載しているので、この本を読んだ後は財務省そのものの理解も高まると思います。
霞が関や永田町で議論される政策がわかりにくい理由として、用語の特殊性もあると思います。役所にいると、「案件をあげる」「この政策は〇〇課が所管している」などの表現は日常的に使うのですが、当然必ずしも広く知られている表現ではありません。原稿を複数の学生にも読んでもらい、わかりにくい部分のフィードバックをもらいながら書き直すことで、わかりやすさをブラッシュアップしていきました。
唐鎌 財務省の内部機構のところをちゃんと触れられるのもいいことだと思います。2026年の 3月にアジア開発銀行(ADB)総裁の神田眞人・前財務官が自叙伝『世界金融秘録』(文藝春秋)を出していますよね。あれを読むと、財務省の官僚たちがいかに国際舞台で頑張っているのかということがわかります。決して高いとは言えない報酬で、あの激務で、日本の立ち位置を支えるためにこういう立ち回りをしてるのだ、ということはもっと知られるべきだと思います。
服部 今回の本を書くにあたり、歴代財務官の書いた書籍はすべて読みました。為替介入については気密性が高いのであまり記載がない印象ですが、神田・前財務官の書籍はかなり踏み込んで記載しているので、書籍で多く引用させてもらいました。
イデオロギーを超えた経済政策の検討は可能か
服部 先ほども申し上げましたが、私個人は、外為特会の積極化について、良いか悪いかは別にして、どこかで大きな議論になると予測しています。政府の資産運用を積極化して財源を確保するという考え方は、今の高市政権の積極財政との相性もいいですし、左派が目指す福祉政策の財源確保としてもものすごく相性が良いと思っています。
もっとも外為特会自体の現状がわからないようでは、建設的な議論もできません。本来は国民の資産を積極運用するという話なので、多くの人が知るべきだと思います。
唐鎌 そういう基本的な知見を積み上げていくことが陰謀論を退けることに繋がると思います。結局、「 地味だけど、普遍的な議論」が一番大事なんですよね。
あと日本に限らず、一番右と一番左は結局、同じことを言っているというケースはよくあることです。例えば、イタリアは欧州債務危機の後に極左・極右連立政権というものができたくらいです。 極端なことを言い続けると一周して一緒になる感じがします。
服部 似たような文脈で、最近、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)の話題も増えていますよね。私が危惧しているのは政治家の一時的な人気取りのために国民の年金の運用が影響を受ける点です。GPIFの資産にせよ、外為特会の資産にせよ、国民の資産なのですから、もっと多くの人が考えるきっかけがあったほうがいいと思っています。なので、次はGPIFの仕組みと実態を明らかにする新書を書こうと思っています。
経済政策の話をみていると、いろんなイデオロギーの立場で解釈されることが多いので、そうではない知識を身に着けるものとして本で届けてみたいなと。
唐鎌 これは先ほど議論した、経済や金融の学び方につながるところがありますね。エコノミストの河野龍太郎さんとの共著『世界経済の死角』(幻冬舎新書)にも書いたのですが、日本は一発逆転の妙手をすぐ求める風潮があると思います。もっとも、そういう議論が刺さりやすい国民性だからこそ、政治がそうした情報発信に勤しみやすいのだと思います。
この仕事をしていて強く感じますが、日本のように金融政策が政治ひいては世論の争点となる国は先進国では珍しいと思います。「日銀の政策運営が良くないから日本経済も良くならない」とか、「異次元緩和をすれば基調的な物価は上がる」とか、中央銀行に対する過度な万能感を持つ風潮があるように感じます。米国や英国でFRBやイングランド銀行(BOE)に同じような期待を持ち、政治の争点となっているケースは見たことがありません。金融政策に限らず「ここを押せば全部解決します」という主張が、日本には多過ぎるように思います。

一般向け経済書の可能性
服部 私が『為替介入とは何か』や『はじめての日本国債』を書いたときに意識しているのは、立場を越えて読んでもらえる本を目指すということです。たとえば、イデオロギー問わずどの政党に所属している政治家も、国債を発行するには、銀行が入札で札を入れて購入するというプロセスがあるとか、財務省の外貨運用は円建ての短期債を発行して資金調達をしているなど、こういう基本を知らないで政策を議論したり作ったりすることはできないですよね。
唐鎌 議論のベース(次元)を上げるっていうことですよね。『世界経済の死角』をはじめとして、私が書いた書籍でも、円安がいいとか円高がいいとかという価値判断はしませんということをずっと一貫して主張しています。どっちがいいとか悪いっていう話はしませんということです。しかし、出している本のタイトル(『弱い円の正体』『「強い円」はどこに行ったのか』)だけを見て、「こいつは円安の話をして煽るやつだ」みたいなことを言われることもあります(苦笑)。中立的な発信というのは難しいですよね。
服部 そういう意味で、書籍は自分で時間をかけて、練って出すことができるのでやりやすいですね。金融機関のアナリストがメディアに出たら、「来週の為替相場はどうなりますか」などの質問の連続ですよね。
唐鎌 率直に私はそういうことをあまりやりたくないと思っています。私は年間100回以上、講演やセミナーをしていますが、日銀やFRBの金融政策の話はあまりしませんし。今であれば、基本的にプレゼンの80%は国際収支の構造変化に時間を割いています。「腐らない議論」がしたいので、「日銀の利上げがいつ、何回ありそうか」みたいな話は一定の重要性を認めつつも、積極的には触りません。というのも、金融政策の織り込みなんてどうせ1週間後には変わるじゃないですか。そもそも年に1~2回しかお会いしないお客様が多いのに、1週間で変わる話をするのは不誠実だと思います。「構造的に変わらない話」、「持続性がありそうな話」こそエコノミストが提供すべきです。
実際、永田町や霞が関の方々からも多くレクをお願いされることがあります。この4年間、ずっと国際収支の話ばかりしていますが、徐々にその重要性に対する認識が浸透しつつあることを感じます。円安の構造的な側面について2022年時点では誰も目を向けませんでしたが、今はそうした議論もある程度は市民権を得ているように感じています。それが絶対正しいとは言いませんが、新しい論点が注目を集めるのは議論のバランスを取る上で大事なことだと思います。

いま求められる金融教育
唐鎌 「腐らない議論」を意識し、広いスパンで物事を考えたり、経験を積み重ねていくと、教育に行きつくところもありますね。服部さんはいま学生と接していらっしゃいますが、彼ら彼女らは何に関心があると感じますか。
服部 今年は自分の授業に、現役官僚にゲストにきてもらって、東大生と実際に会話をして交流してもらうというのをやったんです。その中で、大学教育に関して学生から直接話を聞く機会があったのですが、多くの学生が言っていたことは、就活の早期化ですね。学生もそこまで早くから就活をしたくないんだけど、 早くインターンをしないと、希望する会社にはいられないんだという空気になってしまっているようです。その意味で腰を据えて何か取り組むことができなくなっているのではという印象を受けました。
あと、大学で勉強して良い成績をとっても、それをみて採用する企業がそれほど多くないという現実を学生は理解しています。もちろん大学サイドの教育の質を上げることも大切ですが、企業が大学での学習をもっと評価するようにならないとワークしないですよね。僕の講義を受けた学生の意見だけなのでバイアスがあるかもしれませんが、就活の早期化はよく言われる社会現象だと思います。
金融という文脈でいえば、金融教育という言葉も使われることが増えてきた気がしますね。
唐鎌 やや蒸し返しになりますが、金融教育といいながら「3分でわかる経済指標解説」みたいなことをするのは本当に悪影響だと思います。例えば、歯磨いたりするのと同じようなレベルで「3分でわかるニュース」を見るのは悪くないと思います。ただ、それは金融教育でも何でもないと思います。
お手軽な金融教育というのであれば、例えば証券アナリスト試験にチャレンジしたりするのが一番手っ取り早いのではないでしょうか。通信教育で学べるわけですし。試験は心理的ハードルが高いというのであれば、私と言わずとも、プロが出している情報はそこかしこで見つけることができます。それを土台に、自分で反芻して学びを重ねれば良いと思います。
金融の知識を得る上でやるべきことはある程度は決まっているにもかかわらず、結局面倒だから「3分でわかる……」にいってしまうわけですよね。お手軽な学びに価値はないと私は思います。
服部 証券アナリストのテキストは、当たり前ですが内容がしっかりしていますよね。例えば、為替の動きについては、購買力平価(PPP)説や金利平価説を学びます。これはどの国際金融の教科書を開いても、まずはこの二つを軸に議論が進みます。金利平価説については『為替介入とは何か』の第11章でかなり丁寧に説明しました。PPPとは、要は物価の変動が為替の動きを決めるという理論ですが、唐鎌さんの書かれた『弱い円の正体』でも、PPPに立脚した議論もなされています。
もっとも、市場参加者の前でPPPに基づいて議論をすると、現実と乖離しているのではないかという反応をする人も多いですよね。実際、アカデミックな文脈では、PPPは短期的な説明力はないものの、中長期的には説明力があるとされます。唐鎌さんからみて、基本的な金融理論は、経済を扱ううえで学んだほうがいいと思いますか。
唐鎌 学ぶべきだと思います。本質的な仕組みを分かった上で「現実と乖離している」という事実を理解し、そこから初めて「それは何故なのか」を考えることができるはずです。いきなり「教科書の話なんて現実と乖離している」と突き放すのは自分の可能性を閉じてしまうと思います。
為替の話を理解したい場合、「購買力平価(PPP)ってなんなの?」を知らないはあり得ないでしょう。そもそもPPPは使えないと言われがちですが、そうとも言い切れない部分もあると思います。
例えば、そもそも日本は変動相場制後、ずっと「円高の歴史」を歩んできたわけですが、それは「デフレの歴史」でもありました。「デフレの通貨は上昇する」。PPP説が示す結論そのものです。もちろん、「直ぐに明日儲かりたい」みたいな人にとっては理論的な話はまどろっこしいだけかもしれませんが、最終的には報われる側面もあるということは知って欲しいとは思いますね。
経済・金融分野に限ったことではありませんが、結局、本当に血肉になるような知識は腰を据えて長期的に勉強を積み重ねるしかないと思います。そういった意味で服部さんのようなお立場の重要性はとても大きいと思います。私のnoteも1本の記事4,000-5,000字くらいが多く、直ぐに読めるようなコンテンツではありませんが、今ではかなりの数の方がこれに賛同して下さってフォローいただいております。「しっかり学びたい」というニーズは確実にあると思いますし、そういったものを根絶やしにしないように、継続的な情報発信に努めていきたいと思います。

(取材:集英社新書編集部 構成:服部孝洋 撮影:内藤サトル)
プロフィール

服部孝洋(はっとり・たかひろ)
経済学者。東京大学金融教育研究センター特任准教授。著書に『はじめての日本国債』(集英社新書)、『マネー・マーケット入門日本銀行の金融政策と短期金融市場』(日本評論社)、『日本国債入門』(金融財政事情研究会)、共著に『国際金融』(日本評論社)。Xやnoteでも、一般の読者に向けての情報発信を積極的におこなっている。
唐鎌大輔(からかま・だいすけ)
2004年慶応義塾大学経済学部卒。JETRO、日本経済研究センター、欧州委員会経済金融総局(ベルギー)を経て2008年よりみずほコーポレート銀行(現みずほ銀行)。著書に『弱い円の正体 仮面の黒字国・日本』(日経BP社、24年7月)、『「強い円」はどこへ行ったのか』(日経BP社、22年9月)、『アフター・メルケル 「最強」の次にあるもの』(日経BP社、21年12月)、『ECB 欧州中央銀行: 組織、戦略から銀行監督まで』(東洋経済新報社、2017年11月)、『欧州リスク: 日本化・円化・日銀化』(東洋経済新報社、14年7月)。河野龍太郎氏との共著に『世界経済の死角』(幻冬舎新書、2025年7月)。TV出演:テレビ東京『モーニングサテライト』など。note「唐鎌Labo」にて今、最も重要と考えるテーマを情報発信中。
服部孝洋×唐鎌大輔








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大澤暁