物心ついた頃からずっとデフレのなかで過ごし、「退職金と年金で逃げ切れる」という古い前提に縛られたまま新NISAにも動けない日本のミドル層。居酒屋で組織や若者の悪口を言いながら、なぜこれほどまでに現状維持を望み、リスクを恐れてしまうのか――。
新著『中年中心社会』が話題の芝浦工業大学デザイン工学部教授・原田曜平氏と、元ゴールドマン・サックスの経歴を持ち、現在は独立して多方面で活躍する田中渓氏による対談の後編。40代の市場価値の逆転を語り合った前編に続き、後編では中高年を蝕む「デフレ脳」の正体や、ハラスメント社会における若者指導の葛藤、そして現状維持病を抜け出すためのライフハックについて話が及んだ。(前編はこちら)

どん底のキャリアという「伏線回収」とリスクテイクの恐怖
原田 組織のモラトリアムがあるとはいえ、やはり社会人初期の数年間が人生に与える影響って相当大きいですよね。今の学生たちを見ていても、卒業時は頼りなくても3年後くらいに会うと見違えるほどしっかりしている。僕らは就職氷河期世代だったから、若い頃は社会全体に「勝ち組・負け組」という言葉があって境界線がはっきりしていたから、勝ち組に入れた人たちは今の子たちよりも傲慢というか、風を吹かせていた気がします。今の子たちのほうが就職に困らない分、フラットですよね。
田中 よく言えばフラットですが、悪く言えば最初から「頑張ろう」という動機やハングリー精神を持ちにくい時代なのかもしれませんね。僕らの新卒時代は、みんな大企業に入って浮かれていましたけど、直後に未曾有の危機が来てそこから必死に這い上がるしかなかった。でも、そこで振り落とされずに残った人間はやっぱり強いですし、僕は今40代になって「あのとき腐っていて本当に良かったな」と思っているんです。
原田 腐っていた経験が、後になって活きてきたと?
田中 ええ、まさに人生の伏線回収です。独立した後に、アジアで何兆円もの資産を持つ富豪の方からお金を預けてもらう機会があったんです。その際の面接で、最初に「君はリーマンショックの前を経験しているか、または後なのか」と聞かれました。「前(底)を経験しています」と答えたら、「あとの世代だったら採用しなかった。一番のどん底をしっかり乗り越えてきた人なら安心して任せられる」と言っていただけた。嫌な時代も、生き残ればいつか強力なネタや武器になるんですよね。
原田 その一方で、日本人に圧倒的に足りないのが、平常時に「リスクテイクするマインド」だと痛感します。僕自身もそうでした。広告代理店に入って、ある程度派手で面白い業界でしたから、一生この会社にいようと本当に思っていたんです。ところが30代前半あたりから僕の若者研究や僕が作った造語の「さとり世代」や「マイルドヤンキー」などが注目され流ようになっていき、テレビのレギュラーを7本ほど持つようになった頃、ある大きな転機が起きまして。
田中 何があったんですか。
原田 僕がテレビで発言した内容を、当時の某自動車会社の会長さんが定食屋のテレビで見ていたらしく、「あいつは何だ、けしからん」と。僕は自動車会社の未来にとってポジティブな話をしたのですが、何故かネガティブな話をしていると彼は信じられないくらいの聞き間違いをしたのですが、広告会社は大クライアントである自動車会社より立場が弱く、社員を守るために大クライアントの会長に反論することもできず、そこから社内で「テレビレギュラー全面禁止、クライアント業務も一旦停止」という通達が出て、一瞬で社内失業状態になったんです。首元にナイフを突きつけられて初めて、「ああ、ここが一生自分の居場所だというのは思い込みだったのかもしれない」と真剣に考えるようになって、それから紆余曲折あって大学教授の道を選択しました。当時は安定した広告会社を辞めることはものすごいリスクに感じて死ぬほど悩んだんですが、今振り返れば視野も経験値も自由度も広がってプラスしかなかった。なぜあんなに怯えていたのか不思議なくらいです。
田中 今、前の会社の同期や先輩方に会うとどうですか。
原田 みんな当時の僕と同じなんです。会社の悪口を言ったり、年代的に「そろそろ上が見えてきて……」と言い訳をしながら、でも、なんだかんだ盲目的に会社を愛し、無理矢理理由を作って自己洗脳してそこにしがみつこうとしている。日本人は圧倒的にリスクが怖い。特にある程度恵まれている人間はなおリスクが怖いんです。むしろ、ある程度恵まれている人こそ、よりリスクがとれる状況なのに不思議です。 僕みたいな当たり屋に遭遇したみたいに、唐突で残虐な危機に直面しないと、リスクをチャンスとして選択する機会を得られない国民性なのかなと、もったいなく感じます。
「中年中心社会」は、この影口ばかりを言って、自己肯定をしながら中年の危機に陥っているチキンな団塊ジュニアやポスト団塊ジュニアを、自戒の意も込めて、「まだ先は超長いから変わろうぜ!」と啓蒙するのを目的で執筆しました。
田中 他の一流企業や商社、銀行に勤める人たちも、居酒屋で会社や辞めた人間の悪口を言っているのがちょうど心地いいんだと思うんです。ゴールドマン・サックスなんかだと、辞めると「クビになった」と噂される世界なので、残っている人たちはネットで辞めた人間の悪口を見て気持ちよくなりつつ、「この場所を勤め上げてなんぼだ」「あいつらは社会不適合者だから辞めたんだ」と言い訳をして自分を正当化している。そうやってリスクを取らないための盾を作っているんですよね。

深刻な「デフレ脳」の停滞 新NISAに動けない中年と柔軟な若者
原田 日本人はなぜここまでリスクを恐れるんでしょうね。
田中 僕らの親世代が経験したバブル崩壊のトラウマがあるんだと思います。借金をして調子に乗って投資をし、人生を失っていった人たちの背中を見て育ちましたから。その点、今の若い子たちはマインドが非常に柔軟ですよね。インフレが始まって「現金のまま持っていること自体がリスクだ」というYouTube等の警鐘を素直に受け止めて、学校や副業、タイミーのバイトをスマートにこなす感覚の延長線上で、自然と新NISAや投資を走らせている。
原田 一方で、30代半ばから50代くらいのミドル層の投資リテラシーの低さは少し深刻ですよね。
田中 驚くほどやっていない人が多くて僕もびっくりしました。ずっとデフレで過ごしてきたので、運用しなくても困らなかった「デフレ脳」から抜け出せない。子供の受験などのライフイベントでいっぱいいっぱいで、投資にこれ以上マインドシェアを取られたくないという雰囲気を感じます。
原田 40代後半から50代前半くらいだと、まだかろうじて「退職金と年金で逃げ切れるんじゃないか」という古い前提が頭の片隅に残ってしまっているんですよね。だからメンタルチェンジができない。結果として、酒場で若者の悪口を言い、上の世代を羨みながら、変化を拒む日本のサラリーマンのマジョリティになってしまっているのがインタビューをしていてのリアルな印象です。「中年中心社会」でも団塊ジュニア世代、ポスト団塊ジュニア世代が、如何に親世代・団塊世代の幻影を無意識的に引きずっている姿を描いています。

「現状維持病」を脱するドミノ
田中 中年中心社会が健全に回るためには、そのマインドセットをどうにか変えていかなければいけない。僕はまず「大人の本離れ」をどうにかすべきだと思います。僕の周りでも、読書量が多くて本から情報を得ている人は、ちゃんと経済やテクノロジーの進化についていって行動を起こしている。まずはコタツ記事を読むのをやめて教養を取りにいくこと。そしてもう一つは、プライドを捨てて若い世代とコミュニケーションを取ることです。
原田 若い世代のスピード感に触れるわけですね。
田中 ええ。おじさんたちが100時間かけている仕事を、若い子がテクノロジーを使って5時間で終わらせている現実に絶望してほしいんです。「こないだ始めたNISAで資産が3倍になりました」なんて話を平気でしている若者を前にして、ちゃんと焦ったほうがいい。
原田 若い子のトレンドを実際に真似してみるのも効果的だと思いますよ。いま流行っている「BeReal」「setlog」なんて、おじさん世代の利用率は1%未満ですが、実際にやってみると面白い。時代は必ず若い子についていきますから、若者をフィーチャーしておくと未来のトレンドの解像度が上がるんです。占い師に近い感覚で「あ、やっぱりこれが来たか」と5〜6割の確率で世の中の動きが当たるようになる。投資やビジネスの先見性にも繋がります。
田中 トレンドは絶対に若者からしか生まれませんからね。昔オンラインゲームの『ガンホー』が流行ったとき、僕の妹がゲームオタクのひきこもりでリリース初日から熱狂的にやっていたんです。もしあのとき、自分が大学生だからと諦めずにその熱量に気づいて投資できていれば、今頃1000億円持っていた可能性すらある(笑)。だから僕は若者をすごく大事にしていますし、なるべく若い世代と絡んで「お役立ちおじさん」として老害にならないように努力しています。

若者への指導の葛藤と信頼される生活習慣
原田 今のミドル層は世間体やコンプライアンスを気にして、若い子に対してかなり「柔らかく」接するようになっていますよね。ただ、僕が大学教授になって直面しているのは、若者を成長させるためには一定の「負荷」が絶対に必要だという現実です。
でも今の時代、良い負荷であってもちょっときつい言い方だったりするとパワハラと言われたり、LINEのスクショを学生課に持ち込まれたりする。結果、大人は褒めるか何もしないという選択をし、若者の成長を阻害するようになってしまっています。若者が納得できる「気持ち良い負荷」とは何で、それをどうやってかけ、彼らを成長させることができるか。これをこの5年ほどずっと苦しみ、悩んでいます。
田中 これは自分で言うのも嫌な感じなんですけど、僕の場合、周りから見るとどうしても肩書が「強者」みたいになっちゃっているから、若い子からすると気軽に誘いにくいと思うんですよね。それは自分でも自認している部分があって。だから原田さんのように、いつでもぱぱっと誘われて、何となく場があったまるから呼んどこう、と思われるようなおじさんはすごく羨ましいなと思います。
原田 若者との距離感や、そうした「接しやすさ」という意味では、田中さんが生活習慣を朝型にガラッと変えられたことも何か影響しているんでしょうか。
田中 そこはかなりプラスに働いていますね。僕はかつて、夜中の3時、4時まで働いて気絶するまで飲み歩くぐじゃぐじゃな生活を送っていたんですが、それを全部作り直して「朝の人」になったんです。そもそもは「酒と飯を我慢したくないから」というのが原動力で、別にやりたくてやってるわけじゃないんですけどね(笑)。ただ、朝型にしたことで、若い人からも「そこは接しやすい」と思ってもらえるようになりました。
原田 だらしないおじさんより、ちゃんとしている人のほうが安心感がありますからね。
田中 そうなんです。「生活習慣がろくになっていないおっさん」と思われるより、ちゃんと整えたことで「安心、安全の人」「無害な人」だと思われているので、すごく便利なんですよ。もちろん自分の脳もリフレッシュされますし。それに、自分の習慣を守れる人だと思われると、普通に仕事の面でも「期日は絶対に守るし、約束を反故したりしない」という信頼感が勝手に生まれてくる。その信頼で、いろんな人たちが仕事を依頼してくれたり、新しい話に声をかけてもらえたりするので、いいことしかないなと思います。
原田 僕は25、6歳の頃からずっと同じ生活習慣で、空いた時間は若い子のTikTokやインスタを見て流行りの店に朝まで飲みに行くのを続けているので、この年になったから変えた習慣というのは実はあまりないんです。ただ、中年の皆さんに言いたいのは、健康寿命も伸びて先はまだまだ長いということ。
田中 そうですね。現状維持から変えられない病に罹っている人が多いですが、いきなり「投資で金をかけろ」とは言いません。料理教室でも楽器でもいいから、生活の9割が前日の繰り返しになっている日常に、まずは小さな“非日常の変化”を加えてみてほしい。その変化が楽しいと思えたら、現状維持のドミノが倒れて、その先に資産運用や新しいキャリアが入ってくるはず。僕自身、毎日3時45分に起きて25キロランニングするという生活習慣になるまで、最初は1キロ、2キロと繰り返し、最終的に7年かけて到達しました。結果だけを見ず、経過と時系列を意識して、今から何か新しいドミノを倒してみてほしいなと思います。

(取材・構成:東田俊介 撮影:内藤サトル)
プロフィール

原田曜平(はらだ・ようへい)
芝浦工業大学デザイン工学部UXコース教授。マーケティングアナリスト。
1977年生まれ。慶應義塾大学商学部卒業後、博報堂入社。博報堂生活総合研究所、研究開発局を経て博報堂ブランドデザイン若者研究所リーダーを務める。「マイルドヤンキー」「伊達マスク」「タイパ」などの名づけ親としても知られる。著書に『さとり世代』『ヤンキー経済』『平成トレンド史』『それ、なんで流行ってるの?』『Z世代』など。
田中渓(たなか・けい)
1982年 横浜出身。上智大学 理工学部物理学科卒業。学科首席として表彰を受け同大学院に進学し、外資系の世界を目指し始め急遽渡米。ビジネスセミナー「CVS Leadership Institute」に参加し個人優勝、チーム優勝を果たす。大学院中退後53回の面接を経て、ゴールドマン・サックス証券株式会社に2007年に新卒入社。同社でマネージング・ディレクターに就任し、投資部門の日本共同統括を務め、2024年に同社を退社。現在は少数精鋭の投資会社にて勤務。同社の不動産投資の責任者を務める。私生活では365日朝3時45分に起床して25km走る生活を続け、アスリートとしても精力的に活動。24時間耐久レースやトレイルランニング、アイアンマンレースなどに出場している。2024年11月自身の初著書『億までの人 億からの人 ゴールドマン・サックス勤続17年の投資家が明かす「兆人」のマインド』を徳間書店より出版し、「読者が選ぶビジネス書グランプリ2026」にて、総合グランプリと経済・マネー部門第1位をダブル受賞。10万部を超えるベストセラーとなっている。J-WAVE「VALTURE RADIO」(毎週金曜日5:00~6:00放送)でパーソナリティを務めている。
原田曜平×田中渓








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大澤暁