福祉施設や病院などケアの現場で、美術や演劇、音楽やダンスはもとより、ラジオ番組やカルタ創作など、多様なアート・表現の実践が近年なされている。なぜケアの現場で、アートが必要とされてきたのか。そして、アートが入ることで、その場の人々の関係の回路は、どう組み替えられてきたのか。福祉やケア、アートの現場を行き来しながら、「多様な背景を持つ他者といられる〈場〉をつくる」ことを行ってきた、アーティスト・文筆家のアサダワタルが、実践現場も紹介しつつ探っていく連載の第4回。
埼玉県東松山市にある「デイサービス楽らく」の事例を取り上げるのは、今回が最後となる。利用者、職員、そしてアーティスト自身の前にも立ち上げる、「楽しさ」だけでは説明できない時間とは。
「レク」と呼ばれる時間
デイサービスには、「レクリエーション」と呼ばれる時間があります。昼食のあと、フロアの椅子の向きが少し変わり、職員が前に立つ。今日は歌なのか、体操なのか、季節に合わせた制作やクイズなのか。利用者さんはそれぞれの席で、その日の午後の空気に少しずつ入っていきます。声を出す人もいれば、手だけを小さく動かす人もいますし、職員の冗談に笑う人の隣で、目を閉じたままじっと座っている人もいます。そこにあるのは、ただのお楽しみとは言い切れない、一日の午後を支える小さな足場。職員はその日の体調や表情を見ながら、声の大きさや道具を渡すタイミングを丁寧に調整しています。
それなのに、アートの側にいる私は、どこかでこの「レクリエーション」という言葉に引っかかってきました。施設では「レク」と略され、歌や体操、季節に合わせた制作など、その日の時間割に組み込まれた活動を広く指します。私が引っかかっていたのは、そうした実践そのものより、言葉にまとわりつく「利用者さんを楽しませる時間」や「日常の気分転換」といった響きでした。アーティストが高齢者施設に入り、何かをつくったり、利用者さんと長い時間を過ごしたりする。それを「レクリエーションですね」と言われると、そこで何が起きたかを見る前に、すでに知っている箱の中へ収められたように感じることがある。制作の途中で思いがけない会話が始まり、予定していた時間から少しはみ出していく。そんな部分まで最後に「楽しかったですね」と言えば片づいてしまうような感じが、私にはどこか窮屈だったのだと思います。もっとも、その窮屈さは、アートの側にいる私の勝手な身振りなのかもしれません。利用者さんが楽しい時間を過ごすことは、それ自体、一日の暮らしを支える大事なことです。レクリエーションをそのために現場が積み重ねてきた技術と捉えれば、こちらが簡単に軽く扱うこともできません。
では、クロスプレイ東松山で起きていたことは、レクリエーションだったのでしょうか。この問いは、思ったよりもややこしい。レクリエーションではない、と言い切れば現場の言葉を簡単に否定することになり、レクリエーションです、と言い切ると、そこで起きていた出来事のいくつかはどうしてもこぼれ落ちてしまいます。そのこぼれ落ちるものを考えるために、今回は「余暇」という言葉を手がかりに、デイサービス楽らくでのアート活動にまつわる思索をまとめます。
レクリエーションとアートのあいだ
レクリエーションという言葉には、re-create、つまり「再びつくる」「回復する」という響きがあります。日常の疲れから少し離れ、心身を立て直し、また生活へ戻っていく。高齢者福祉の現場でも、身体機能の維持や認知機能への刺激、孤立の予防や生活リズムの形成といった、具体的な意味を持っています。どれも、利用者さんの暮らしを支えるうえで大切なものです。ただ、アートの側から見ると、この「何かのため」という言葉が少し気になることがあります。歌うことは発声訓練になり、手を動かすことは機能維持になり、誰かと話すことは社会参加になる――そうした説明はたしかに可能でしょう。けれど、ある利用者さんが版画を見ながら、三十年前に自分も版画をしていたことを思い出す。その時間を「認知機能への刺激」とだけ呼んでしまうと、何かが取り逃がされてしまうように思うのです。
ここで参考にしたいのが、文化政策・アートマネジメントの研究者である中村美亜らの研究(*1)です。この研究では、認知症介護施設における創作・表現活動をめぐって、文化セクターと福祉セクターのあいだにあるズレが丁寧に見られています。価値観、用語、評価基準の違いが、協働を難しくする要因として取り上げられているのです。とりわけ興味深いのは、「アート活動」と「レクリエーション」の捉え方の違いです。文化セクターは、しばしば両者を対比的に捉えます。アート活動は、単なる気晴らしや機能維持ではない。レクリエーションに回収されてしまうと、その価値が見えなくなる。私自身も、どこかでそう感じてきました。ところが、中村らの調査で聞き取られた福祉セクターの語りは、少し違っています。
ある施設管理者は、介護について、生理的欲求や安全欲求を満たすだけで完結するものではなく、その空間の中で承認欲求をどう支え、その人が望む暮らしにどう近づいていくかを考えるものだと語っています。そのうえで、レクリエーションについても、「レクは目的じゃなくて手段」だと話している。つまり、レクリエーションは、お互いがお互いを認め合ったり、自分で何かを成し遂げたりするための回路として捉えられているのです。別の施設職員からは、レクリエーションとアート活動について、「そんなに差がない」という発言も出ています。ただし、それはアート活動に意味がないということではありません。むしろ、アート活動では、普段の職員の取り組みとは違うものが生まれることが多い、と受け止められている。さらに別の施設管理者も、アート活動を、利用者さんの新たな一面が見え、その経験が次に生きてくるような活動として期待していました。
この指摘は、私にとってかなり大事でした。なぜなら、「アート活動」と「レクリエーション」を強く対立させているのは、実は文化セクターの側だけかもしれないからです。福祉の現場では、レクリエーションはその人の生活や関係を支えるための実践としてある。だとすれば、こちらが問うべきなのは、これはアートなのかレクリエーションなのか、という線引きではないのでしょう。クロスプレイ東松山で起きていたのは、レクリエーションの外側にアートがある、ということではなく、むしろ、レクリエーションとしても受け止められる時間の中に、普段の職員の取り組みとは少し違うものが入り込み、別の価値を生みはじめることだったのではないか。「アートはレクリエーションなのか?」と問うよりも、レクリエーションと呼ばれてきた時間の中で、「アートは何をずらしているのか?」 そう問う方が、クロスプレイ東松山で起きていたことに近づける気がします。

もう一つのボールが飛んでくる
以前から、私の記憶に残っている比喩があります。一つのボールでサッカーをしているところへ、突然、別のルールを持った二個目のボールが飛んでくる、という比喩です。最初のボールには、すでにルールがあります。誰が蹴るのかも、どこへ運ぶのかも、どこにゴールがあるのかも、あらかじめ見えている。デイサービスのレクリエーションにも、それに近いところがある。職員が進行し、利用者さんがそれぞれの仕方で参加し、午後の時間がなんとか形になっていく。そこには、その場を落とさないためのリズムがあります。
ところが、クロスプレイ東松山では、そこへ別のボールが飛んできました。楽らくのテーマソングをつくっていたら、やがて近隣の小学校との関係が始まったり、粘土を見ていた人が、自分の生い立ちを訥々と話しはじめたり。この別のボールは、最初のゲームを明るくするだけではありません。時には、現場の流れを止めたり、簡単に言葉にできなかったり、職員に「いまそれを拾うの?」と感じさせたりもする。前回見たように、送迎の時間と歌を最後まで見届けたい時間がぶつかることもあれば、アーティストとの関係が施設の責任の範囲を問い直すこともあります。アートが持ち込むこの「余計さ」は、良いことだけを連れてくるわけではないのです。
それでも、別のボールが飛んできたとき、現場は初めて、自分たちが扱っていた最初のボールのルールに気づくことがある。レクリエーションとは、そもそも何を支える時間なのか。利用者さんにとって「参加する」とはどういうことで、職員はどこまでその揺れを引き受けられるのか、アーティストはこのケア現場に何を持ち込んでいるのか――そうした問いに、現場は初めて向き合うことになります。クロスプレイ東松山の面白さは、この別のボールを、ただ邪魔なものとして排除しなかったところにあります。もちろん、何でも受け入れたわけではありません。活動を見直した時期もあり、コーディネーターを手厚く置くことで現場の混乱を回避したり、リスクや時間の問題を何度も考え直してきました。藤原顕太さんのようなコーディネーターは、アーティストの側だけを見るのではなく、職員の違和感や施設の事情を受け止めながら、起きてしまった出来事をどう言葉にするかを担っていたのだと思います。別のボールが飛んでくること自体は、事故にもなりうる。けれど、それを誰かが見て、拾い、置き直すことができるなら、その出来事は単なる混乱では終わらず、そこから後述する「余暇」のような時間が立ち上がることがあるのです。

再び、「皆さん」から少し外れる
前回、施設長の武田奈都子さんが抱く「皆さん」という主語への違和感に触れました。デイサービスで何かをしようとすると、それはどうしても「皆さんでできること」になりやすい。みんなで歌い、体操し、制作する。その集団の時間には、もちろん良さがあります。一人では声が出にくい人が、隣の人につられて歌えることもあるし、場の一体感が安心につながることもある。
けれど武田さんは、「やっぱり『皆さん』しかないのか、という思いも正直あるんです」と話していました。
今回考えたいのは、この言葉をレクリエーションの問題として読み直すことです。レクリエーションは、現場の一日を支えるために、どうしても「皆さん」でできる形を取りやすい。けれど利用者さんには好き嫌いがあり、その日の体調も違います。何かをやりたい人もいれば、今日はただ静かにしていたいと思う人もいるでしょう。クロスプレイ東松山は、アートプログラムを入れる試みである以前に、この「皆さん」の時間から、少しだけ外れるための試みだったのではないでしょうか。ある人は多目的室で版画を眺め、別の人はフロアに残っている。誰かは少し手を動かし、誰かは見ているだけで帰っていく。そのばらばらさを、ただ「参加していない」と見なさずにいられる時間――。
ここから、改めて「余暇」という言葉に近づいていきたいと思います。余暇というと、空いている時間や暇つぶしのように聞こえるかもしれません。けれど、ここで考えたいのは、何もすることがない時間ではなく、目的や役割から少しだけ離れて、その人がその人自身の時間に触れることです。ドイツの哲学者 ヨーゼフ・ピーパーはその著書『余暇と祝祭』(*2)において、余暇を単なる休憩や気晴らしではなく、人間が世界に開かれるための時間として考えました。
私がこのピーパーの余暇論をあらためて考えるようになったのは、第3回でも紹介したアメリカの作家、ジェニー・オデルの『Saving Time』(*3)を読んだことも大きい。オデルは同書の中で、ピーパーの議論を、仕事の疲れを癒やしてまた同じ流れに戻るための休息ではなく、仕事や社会的役割や目的へと水平に流れていく時間に対して、「垂直に差し込まれる中断」として読み直しています。余暇は、場所でも商品でもサービスでもない。どこかへ行き、何かを消費すれば手に入るものではなく、ふだんの時間の流れが少し止まり、世界を受け取り直すような状態なのだと。
もちろん、この議論をそのままデイサービスに持ち込むことには慎重でなければなりません。ピーパーが念頭に置いていたのは、近代社会における労働中心主義への批判です。デイサービスにいる利用者さんは、労働から解放された自由人として余暇を楽しんでいるわけではない。身体の不調や認知症、家族の事情なども含めて、介護保険制度の中でそこに来ています。職員の時間もまた、勤務時間として管理されている。それでも、ピーパーをオデル経由で読むとき、この「余暇」という概念はケアの現場におけるアート活動を考えるうえで大事な補助線になります。
デイサービスの時間は、ともすると「何かのため」に意味づけられすぎるからです。身体機能を維持するため、認知症を予防するため、孤立を防ぐため、生活リズムを整えるため。それらはどれも大切です。けれど、すべての時間が何かのために置かれてしまえば、その人がただそこにいる時間、その人自身のために立ち上がる時間は、どこに置かれるのでしょうか。クロスプレイ東松山の多目的室に流れていた時間は、この問いに触れていたように思います。誰かが粘土を捏ねていて、それを見ている人がいて、さらに少し離れたところで、別の人が座っている。アーティストは作業を続けていて、職員が時々様子を見に来る。そこでは、何かを達成することが最初から求められていたわけではありません。作品ができることもあれば、ふとした会話が生まれることもあり、あるいは記憶がふいに戻ってくることもある。でもそれは、最初から目的として設定されていたというより、水平に進むデイサービスの時間の中に、別の時間が差し込まれたから、結果として生まれてきたものだったように思います。アートが持ち込んでいたのは、目的に向かってまっすぐ進む時間ではなく、少しだけ「目的がほどけていく時間」だったのです。
遊べる空間としての余暇
ただし、余暇を「目的から離れた時間」とだけ書くと、少し綺麗すぎるようにも感じます。デイサービスの現場では、目的から完全に離れることなど、そもそもできません。いくら理念的なことを述べても、送迎の時間は必ずやって来るし、入浴や食事の流れもある。転倒を防ぐための見守りもやはり必要です。職員は勤務時間の中で動いていて、利用者さんの身体や認知の状態もそれぞれ違う。まさしくそういった「待ったなしのケア現場」において「余暇」を考えるなら、現実の外にある自由な場所ではなく、現実のただ中に少しだけ別の関わり方が生まれる場所として捉える必要があります。
イギリスの小児科医で精神分析家のドナルド・W・ウィニコットは、著書『遊ぶことと現実』(*4)の中で、遊びを子どもだけのものとしてではなく、人間が現実と関わるための根本的な営みとして考えました。彼にとって遊びは、内側の空想の世界に閉じこもることでも、外側の現実にただ従うことでもない。内的な世界と外的な現実のあいだに広がる「中間領域」のような場所で、人は遊び、そこから文化的な経験へと開かれていくのだと。そう言われても、少し難しく聞こえるかもしれません。けれど、デイサービス楽らくの場面に戻すと、かなり具体的に考えられます。
第2回で紹介したように、利用者さんに「あなた何しているの?」と問われたダンサーの白神ももこさんが「ウロウロしてます」と答える。ふつうなら、「何をしている人なの?」「何の目的で滞在してるの?」と説明したくなる場面です。ところが利用者さんは、「あらそう、良かったわねぇ」と返した。そのやりとりは、現実の説明としては少し変ですが、その「変さ」が許されることで、二人のあいだに小さな遊びの空間が生まれている。浅野友理子さんの版画を見ながら、三十年前の自分を思い出すこともそうです。目の前にあるのは、いま刷られた版画なのに、その人はそこから過去の自分に触れている。現実のフロアに座りながら、記憶の中の時間が少しだけ重なってくる。とほさんの粘土を見て、生い立ちや家族の話がこぼれるときも、目の前の作品が、内側の記憶と外側の現実をつなぐ媒介になっていた。
ピーパーの余暇論が、「何かのため」に使い切られない時間を考えるための補助線だとすれば、ウィニコットの遊びは、その余暇がどのように経験されるのかを教えてくれます。余暇とは、ただ予定が空いていることでも、現実の制約がなくなることでもありません。送迎や食事や見守りのある現実の中で、少しだけ遊べる空間が生まれることです。そこでは、人は職員でも利用者でもアーティストでもありながら、その役割に完全には閉じ込められない。別の呼び名で呼ばれたり、別の時間を思い出したり、ふだんとは違う応答をしたりする。
この遊べる空間は、レクリエーションとよく似ています。けれど、レクリエーションがあらかじめ用意された活動として進むとき、遊びはどうしても「参加できたかどうか」「盛り上がったかどうか」で見られやすくなる。ウィニコットの言う遊びに近い時間は、もう少し手前にあります。それは、まだ作品になっていないものを眺めている時間であり、参加しているのかどうかはっきりしないまま、場の空気の中にいる時間かもしれない。誰かの一言が、予定されていた流れとは違う方向へ広がっていく時間とも言える。クロスプレイ東松山で起きていた余暇は、この意味での「遊べる空間」だったのだと思います。

職員が「私」に戻る時間
ここまで、利用者さんの時間を中心に考えてきました。けれど、ケアの現場に余暇を置くということは、利用者さんだけの問題ではありません。職員の時間もまた、考えなければならないと思います。クロスプレイ東松山の中で、そのことを強く感じさせたのが、俳優・演出家の竹中香子(ハイドロブラスト)さんによる「ケアと演技」の実践でした。竹中さんは、2023年12月から翌年1月にかけて楽らくに滞在しました。最初は、アーティストとしてこの場所でどう過ごせばよいのか戸惑いながら、後半には「実習生」として職員と同じユニフォームを着て、入浴支援や創作活動の支援にも入っていきます。そうしてケアの現場で過ごした経験は、その後、竹中さん自身が長く取り組んできた演技とケアとの関係を考える「ケアと演技」という作品へつながっていきました。2025年春、その作品が楽らくで職員に向けて上演されます。武田さんは、そのときのことをこう話しています。
「印象的だったのは、上演後に職員たちが作品の感想だけを話すのではなく、自分にとって介護の始まりは何だったのかを語り出したことです。なぜこの仕事を始めたのか。最初にどんな利用者さんと出会ったのか。どんな場面でしんどさや喜びを感じてきたのか。そうした言葉が、作品を見たあとで少しずつ出てきたんですね。」

普段、職員は「私」としてではなく、「職員」として現場に立っています。もちろん、そこには一人ひとりの個性はあります。その人ならではの声のかけ方、手の添え方、冗談の言い方や間の取り方など。けれど、仕事としての時間の中では、それらは業務の流れに吸い込まれていく。入浴、食事、移動の見守り、そして記録を書いて、申し送りをする。気づけば、自分がなぜこの仕事をしているのかをゆっくり考える時間は、ほとんど残っていません。
「ケアと演技」の時間は、ピーパー的に言えば、その水平の流れを少しだけ垂直に中断した。止めたと言っても、業務を放り出したわけでも、職員が職員でなくなるわけでもない。ただ、いつもの役割から少し距離を取り、自分がしてきたケアを別の形で見つめ直す時間が生まれたのです。それは、職員が「私」に戻る時間だったのだと思います。ここにも、ウィニコットの言う遊びの空間があります。職員は現実の仕事から逃げているわけではなく、現実の仕事を抱えたまま、少しだけ別の場所から自分の経験を見ている。演技や上演という形を借りることで、自分がしてきたケアにもう一度触れることができるのです。
余暇というと、利用者さんだけが楽しむ時間のことだと思われがちです。でも、ケアする人にも余暇は必要です。ここでいう余暇は、勤務時間外の休日という意味だけではありません。現場の中で、自分の仕事を意味として受け取り直す時間であり、自分がただ機能する人ではなく、経験を持った一人の人間であることに戻る時間です。もちろん、そんなに簡単な話ではありません。語り直したからといって、人手不足が解決するわけではないし、記録の量が減るわけでも、送迎の時間がゆるむわけでもない。けれど、現場の中に自分の仕事を別の角度から見つめる時間が少しでもあることは、ケアを続けるうえで大きな意味を持つはずです。竹中さんの実践は、そのことを示していたように思います。

誰が「よかった」と言うのか ―小さな「窓」を開けること―
最後に、評価の問題に触れましょう。改めて、クロスプレイ東松山のような取り組みを、どう評価すればよいのでしょうか。歌が生まれ、公演が実施され、作品が展示され、小学校との交流もありました。利用者さんの表情が変わったり、職員がそれまで知らなかった話に触れたりする場面もあった。そうした出来事は成果として語ることができるし、報告書にも書けるし、外部にも説明しやすい。でも、それだけで十分でしょうか。竹中さんの「ケアと演技」のように、職員が自分にとっての介護の始まりを語り出した時間は、どこに数えればよいのか。とほさんが距離を詰めすぎずに日常を見ていた時間は、どう評価されるのか。
ここで再び、中村らによる研究(*5)を参考にします。この研究では、認知症の人たちとケアスタッフを対象にした即興演劇ワークショップについて、参加型評価とゴールフリー評価を組み合わせながら、その効果の因果プロセスが検討されています。ゴールフリー評価とは、最初に掲げた目標に対して達成度を測るだけではなく、実践のあとにどんな変化が起きたのかを拾い集めていく評価です。中村らは、その方法としてアウトカム・ハーベスティングを用いています。あらかじめ決めた成果に活動を当てはめるのではなく、実際に起きてしまったアウトカム(関わる人たちの行動変容など)から何が価値として立ち上がったのかをたどる手法です。そこに、この研究の面白さがあります。
クロスプレイ東松山も、おそらくそのような評価を必要としていました。このプロジェクトの価値は、最初からすべて設計されていたわけではありません。アーティストが滞在し、利用者さんがそれを眺め、時々話し、何かを思い出す。職員が戸惑い、あとになって別の場所で、その出来事の意味が少しずつ立ち上がる。こうした変化は、活動の前に「これが成果です」と言い切れるものではなく、あとになって何が起きていたのかを語り直す中で、ようやく見えてくるものなのです。アーティストが滞在している多目的室に行ってもいいし、行かなくてもいいし、見ているだけでもよい。すぐには反応しなくても、その時間がすぐに失敗と見なされない。あとで「あのとき何が起きていたのか」を話せる人がいる。そうした条件が重なったとき、職員が「盛り上げなくてもいいのかもしれない」と感じる。変化は、アート活動や作品そのものから一直線に生まれるのではなく、変化が起きてもよい状況が紡がれながら遅れて立ち上がってくるのだと思います。
武田さんは、ある職員から「アーティストの滞在が良いか悪いかを評価するのは、スタッフと利用者なんです」と言われたことがあるそうです。一見すると、その通りにも聞こえます。現場にいる人がどう感じたのか、利用者さんが楽しかったのか、職員にとって負担ではなかったのか。それは当然、重要です。でも武田さんは、それだけで本当によいのだろうか、と感じてもいた。利用者さん全員が楽しかったと言えば成功で、職員全員が納得しなければ失敗なのか。ある人には深く届いたけれど別の人にはほとんど届かなかった出来事を、どう考えればよいのか。その場ではよくわからなかったのに、数か月後になって意味が見えてくる出来事は、どこに置けばよいのだろう。
中村らの研究が示しているのは、評価を一回限りの判定にしないことの大切さです。短期的には、利用者さんの表情が変わった、職員が驚いた、といった個々人の気づきがある。けれど長期的に見れば、職員が「盛り上げること」から少し離れ、一人ひとりの反応を「待てるようになる」こともある。すぐに反応が返ってこなくても、利用者さんや同僚を信頼して待つことができる。その変化は笑顔の回数よりもずっと静かですが、ケアの現場にとっては深い意味を持っています。
レクリエーションは、どうしても「盛り上がったかどうか」で見られやすいところがあります。もちろん、楽しい時間が生まれることは大事です。けれど、余暇のような時間は、必ずしも盛り上がりとして現れるわけではない。誰かが黙って見ていたり、すぐには反応しないことも往々にしてある。そして、あとから、ぽつりと昔の話をする。あるいは職員の側が、盛り上がらない時間でもそわそわしなくなる。そうした変化もまた、アートがケアの現場にもたらしたアウトカムとして見なければならないのではないか。誰の行動や認識が変わったのか、関係性がどう動いたのか、施設の中で何が継続の条件になったのか。中村らの研究は、そうした変化を丁寧にたどるための道具を与えてくれます。
待つことは、ただ何もしないことではありません。反応がないように見える時間に耐えることです。沈黙をすぐに埋めず、不参加のように見える態度を急いで「わかりやすい参加」へ変えようとしないことです。そこには退屈も不安もあり、職員からすれば、「この時間で本当によいのだろうか……」と感じるのも当然でしょう。待つことには、それだけの技術がいるのです。ただし、この「待てるようになる」ことを、職員一人ひとりの資質や理解の問題としてだけ捉えることはできません。介護職は、利用者さんの安全を守り、限られた人員と時間の中で日々の業務を滞りなく進める力を求められてきました。その専門性は、ケアの現場にとって欠かせないものです。けれど、予定外の出来事を受け止め、すぐには意味のわからない反応を待ち、その場で起きたことをあとから言葉にしていく力は、必ずしも既存の専門職教育やキャリアの中で評価されやすいものではないのかもしれません。だから、職員の戸惑いを、個人の理解不足として片づけることはできない。むしろそこには、介護の仕事をどのような価値観で支え、どのようなキャリアとして描けるのかという、業界全体の課題も重なっているのだと思います。
クロスプレイ東松山でアーティストが持ち込んだのは、作品やプログラムだけではなく、待つための別のリズムでもあった。すぐに反応を求めず、見ているだけの時間を置いておく。何も起きていないように見える時間を、もう少しだけそのままにしてみる。そうした時間の扱い方が、職員のまなざしにも少しずつ影響していたのかもしれません。クロスプレイ東松山で起きていたことは、利用者さんを楽しませるためだけの活動ではなかった。誰かの記憶がふいに現れ、職員が知らなかった姿に出会い、アーティストが介護の現場に圧倒され、職員自身が自分の仕事を語り直す。そこには、楽しさだけでは説明できない時間が流れていました。それを、私は「余暇」と呼んでみたい。デイサービスの一日を支えるレクリエーションの時間。そのすぐ隣に、目的に回収されない余暇の時間をどう置くか。社会学的な評価では、利用者さんと職員、そしてアーティスト同士の関係性の変化が生まれうる状況がつくられていたのかをたどる必要があります。一方で、美学的には、その時間がどのように「遊べる空間」として個別具体的に経験されたのかを見なければならない。
ケアの現場でアートは何をしてきたのか――本連載の命題をクロスプレイ東松山の事例から考えるなら、アートはケアの現場に余計なものを、すんなり説明できないものを持ち込みました。職員にとっては負担にもなりうるし、利用者さんの感情を揺らすこともある。けれど、その余計さがあることで、予定されたレクリエーションの中だけでは見えにくかった時間が、少しだけ立ち上がったのだと思います。アートは、ケアの現場全体を一気に変えるわけではありません。送迎も入浴も記録も、また明日も続いていきます。けれど、そこに小さな「窓」のようなものを開けることはある。その窓からは、利用者さんの別の時間が見え、職員が知らなかった記憶が入ってくる。盛り上がらない時間にも、何かが起きているかもしれないと思える空気が、そこから流れ込んでくる。窓は、建物そのものを別のものに変えるわけではないですが、それでも窓があることで、その場所の空気は少し変わります。クロスプレイ東松山でアーティストが滞在したことは、デイサービス楽らくという場所に、そうした窓を開ける試みだったのではないでしょうか。

注
本稿は、2026年3月から5月にかけて行った、デイサービス楽らく施設長・武田奈都子さん、一般社団法人ベンチの藤原顕太さんへの取材インタビューをもとに構成しました。あわせて、医療法人社団保順会と一般社団法人ベンチによるクロスプレイ東松山の事業報告書『クロスプレイ東松山2022–2023報告書』、ならびにクロスプレイ東松山特設note上で公開している各アーティストの滞在日誌を参照しました。本文中に登場する発言、エピソード、活動内容の記述は、アサダ自身の滞在経験、上記インタビュー、および公開資料に基づいて再構成しています。
*1 中村美亜・長島洋介・櫻井香那・南伸太郎「認知症介護施設における創作・表現活動の推進要因と阻害要因――文化と福祉の協働を支える政策的支援に向けて」『文化政策研究』第19号、7-25頁、2026年
*2 ヨゼフ・ピーパー著・稲垣良典訳『余暇と祝祭』、講談社、1988年
*3 Jenny Odell, Saving Time: Discovering a Life Beyond the Clock, Random House, 2023
*4 ドナルド・W・ウィニコット著・橋本雅雄訳『遊ぶことと現実』、岩崎学術出版社、1979年
*5 中村美亜・勢島奏子・櫻井香那・長島洋介・YAO Yaya「因果関係の解明に向けて――認知症の人たちとケアスタッフを対象とした即興演劇ワークショップの参加型評価」『芸術工学研究』第40号、1-12頁、2025年

福祉施設や病院などケアの現場で、美術や演劇、音楽やダンスはもとより、ラジオ番組やカルタ創作など、多様なアート・表現の実践が近年なされている。 なぜケアの現場で、アートが必要とされてきたのか。そして、アートが入ることで、その場の人々の関係の回路は、どう組み替えられてきたのか。 福祉やケア、アートの現場を行き来しながら、「多様な背景を持つ他者といられる〈場〉をつくる」ことを行ってきた、アーティスト・文筆家のアサダワタルが、実践現場も紹介しつつ探っていく。
プロフィール

1979年、大阪生まれ。場をつくる人。アーティスト・文筆家。音や声、言葉を手がかりに、人と人が関わり直す「場」を作品として各地で創出してきた。ケア、コミュニティ、教育、アートの現場を横断しながら、「住み開き」や「当事場」といった一連の概念を提唱し、実践と執筆を往復している。著書に『当事場をつくる—ケアと表現が交わるところ』(晶文社)、『住み開き増補版—もう一つのコミュニティづくり』(筑摩書房)、『想起の音楽—表現・記憶・コミュニティ』(水曜社)、『アール・ブリュット アート 日本』(共著、平凡社)、CDに『福島ソングスケイプ』等。滋賀県立大学大学院環境科学研究科博士後期課程満期退学、博士(学術)。近畿大学文芸学部准教授。
アサダワタル





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