徳光和夫の昭和プロレス夜話 第6夜

「受け身の高千穂」「エリート坂口」、印象に残る日本人レスラー

徳光和夫
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時代は平成から令和へと移り変わり、今、日本のプロレス界は群雄割拠の時代を迎えている。数え切れないほどの団体が存在し、自称プロレスラーを含めると、何百人という男たちが夜な夜なリングに舞っている。

プロレスといえば、日本プロレス。レスラーといえば力道山、ジャイアント馬場、アントニオ猪木……そして屈強・凶悪・個性的であり、大人のファンタジーに彩られた外国人レスラーたちとの死闘がその原点である。

そんなモノクロームに包まれた昭和プロレス草創期の世界を、徳光和夫は実況アナウンサーとして間近で体験、血しぶきが飛ぶ、その激しい闘いの数々を目撃してきた。果たして徳光はリング上、リング外で何を見てきたのだろう。

その血と汗と涙が詰まった、徳光のプロレス実況アナウンサー時代を、プロレスに関することだけはやたらと詳しいライター佐々木徹が根掘り葉掘り訊き出し、これまでプロレスマスコミなどが描き忘れていた昭和プロレスの裏面史を後世に残そうというのがこの企画、「徳光和夫の昭和プロレス夜話」である。

さあ、昭和の親父たちがしていたように、テーブルにビールでも置き、あえて部屋の電気を消し、ブラウン管の中の馬場と猪木のBI砲の熱き闘いを見守っていたように、パソコンなどの液晶画面に喰らいついていただきたい!

 

 今回の『プロレス夜話』で意外だったことがひとつ。それは徳光さんがジャイアント馬場、アントニオ猪木は別格として、BI砲以外の日本人レスラーの中で最も評価していたのが高千穂明久(本名/米良明久。1964年10月31日に対山本小鉄戦でデビュー)だったこと。

 徳光さんが語る「高千穂明久の受けの凄み」はやたらと熱かった。受け身の重要性を高く評価するところに、徳光さんのプロレス愛が感じられるのだけど、やはり昭和プロレスに記憶されている高千穂明久というレスラーは上手いレスラーであっても、どこか地味だった印象は拭えない。

 

デビュー当時の高千穂明久のファイト。少しダボつきシワが寄ったタイツが時代を感じさせる。 写真/宮本厚二

 

 その上、BI砲が続けて日本プロレスを離脱後に、なんとかエース級に育てたい団体の思惑が見え隠れしていたのが失敗だった。日本人、特にプロレスファンはそういう作為的なスター作りを最も嫌う。1973年に猪木が置いていったUNヘビー級タイトルを、強豪ジョニー・バレンタインと争い奪取したときも、ファンは「ふ~ん、あ、そう」といった感じだったのだ。

 ご存知のように、それらの評価が一変するのは東洋の神秘ザ・グレート・カブキとして凱旋帰国を果たしてから。

 そのカブキといえば、毒霧。

 ここでカブキの日米を股にかけた逆転出世物語やリングにおける毒霧の効果・効用を書いていくと、夜話の本筋からどんどん離れていってしまうので触れないけども、ただ夜話のつまみのひとつとして留めておきたいのが、凱旋当時から気になっていた毒霧の成分。果たして、あの毒霧の中身は何なのか。いくらレスラーでも、本物の毒が仕込まれていたら死んじゃうし……と本気で悩んだ。

 それについて随分と昔の話になるが、プロレス界におけるカブキの息子、ザ・グレート・ムタの代理人、武藤敬司に訊いてみたことがある。

「ああ、アレね。毒霧の入ったカプセルをタイツの中に隠しておくんだよ。それでタイミングを見て口の中に入れ、舌の裏側に隠しておくわけ。そして、いざって時に奥歯でカプセルを噛んで中身を出し、ブアァァ~と吐き出すんだ。中身? それだけは教えられないな」

 この毒霧噴射の話、どこまで信用していいのかがわからない。武藤という男、普段は飄々として掴みどころがないのだ。もしかすると、毒霧の謎を守るため、わざとマスコミ向けにフェイクを教えた可能性だってある。なにしろ、ムタの試合中、必死になって彼の動作を凝視したが、タイツからカプセルらしきものを出す仕草、口に入れる仕草を確認できなかった。そこはプロ、観客にわからないように口に入れた、と言われれば、それまでなのだが――。

 こうなると、直接本人に掛け合って訊き出すしかない。

 1994年に拙書『マスクマン伝説』(ワニブックス)の取材にかこつけ、カブキが経営していた『串焼き・ちゃんこ カブキ』に突撃して直撃。

「NoNo、ムリ。教えない」

 そこをなんとか。

「ダメ、教えない」

 何かヒントだけでも。

「しょうがないな。じゃあ、ひとつだけ教えてやる」

 ありがたや。

「すり潰した“にんにく”が含まれている」

 だから、顔に噴射されたレスラーは目に激痛を食らい、のたうち回るのですね。

「その効果もあるんだが……実は“にんにく”を入れようと思ったのには別の理由があって。あれは確かカブキに変身して間もない頃の話だよ。確かダラスかジョージアの試合だったと思う。試合の勝敗が決まり、最後にブアア~と毒霧を観客席に向かって吐いたんだ。それでドレッシングルームに戻ろうとリングを降りたとき、ひとりの少年がトコトコとリングに向かって歩いてきて、その吐かれた毒霧に指を付け、自分の鼻にもっていき、その臭いを嗅いだんだ(笑)。子供の好奇心って凄いな、と思ったよ。毒霧を触ったらどうなるかなんて気にせず、躊躇しないで臭いを嗅いでしまう。大人にはムリだよな、後先考えちゃうから(笑)。

 そのとき、思った。これからも全米のどこかのリングで、あの少年のように俺が噴いた毒霧を好奇心に誘われ触ったり、臭いを嗅いだり、ヘタすると舐めちゃう子供がいるかもしれない。だったら、もっとカブキの神秘性を高めるために“にんにく”を入れておけば、強烈な臭いを発するし、嗅いだ瞬間、オエッとなる。そういう“悪魔の臭い”みたいなものを演出しようと、新たに“にんにく”を入れたんだ。もし、彼らがその臭いに恐怖を感じ、トラウマにでもなれば(笑)カブキの存在は永遠となる。それもまた、カブキの仕事、プロの仕事なんだ」

 いやはや、ファンタジーすぎるエピソードではないか。ともあれ、そう言われてしまうと、追及も解明もできなくなる。そんなカブキもその後、自身の著作で毒霧の成分や仕掛けのヒントを公開しているものの、全容までは明らかにしていない。

 理由は今も毒霧を使用しているレスラーがリングに上がっているから――。

 こう言われてしまうと、やはりもう黙り込むしかないのだ。

 いや、黙り込む前に、これだけは記しておきたい。

 なぜ、ペイントレスラーのカブキが前述の『マスクマン伝説』に登場したのか。それはペイントもマスクをかぶるようなもの……という実に勝手で安直な理由付けだったのだが、その取材の最後に「マスクマンとペイントレスラーの違いを教えてほしい」と訊くと、その答えがまさに高千穂明久、ザ・グレート・カブキのレスラー人生を凝縮したもののように感じられた。

「俺にとっては、どっちも同じだね。変わらないよ。マスクでもペイントでも、しょせん団体のトップにはなれないんだもの。でも、俺はトップになりたいわけじゃない。そんなことよりも、会場に来てくれたお客さんに、いっぱい楽しんでもらうことのほうが大切なんだよ」

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プロフィール

徳光和夫

1941年、東京都生まれ。立教大学卒業後、1963年に日本テレビ入社。熱狂的な長嶋茂雄ファンのためプロ野球中継を希望するも叶わず、プロレス担当に。この時に、当時、日本プロレスのエースだった馬場・猪木と親交を持つ。

 

 
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