インタビューのあと、ミーシンは郊外にある別荘へ向かった。その日、彼のクラスの練習はなかった。私はリンクへ向かう。
リンクには、10人ほどの子どもたち(小学生くらいに見える)がいたが、あまり目立った子はいなかった。
ハーネスを使っている女の子は、補助があってもダブルアクセルをうまく回れない。転んでばかりいる。
入り口近くの物陰に隠れるように、ひとりの母親がいた。挨拶をしたが、尖った一瞥を返される。
私に同行してくれているロシア人スタッフに向かって、きつい口調で言った。
「アンタたち、何してんのよ」
スタッフが説明をする。
「正式な許可をいただいています」
スタッフは、母親とのやり取りに「ステージママ特有の雰囲気」を強く感じたらしい。
「比較的のんびりしたサンクトペテルブルグでこうならば、モスクワはもっとすごいのではないか」
と話していた。
断っておくが、私たちはずかずかリンク周辺を歩き回ったわけではない。入り口で少しメモを取って、すぐに外に出た。10分もいなかったと思う。
リンクを出てから、スタッフが独り言のように言った。
「私はやはり、自分の子どもには本格的な競技(ロシアでは『大スポーツ』という言い方をする)はさせたくないわ。犠牲にするものがあまりにも大きいから」
種々に熾烈な土壌に、美しい花は咲く。
文中敬称略
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ノンフィクション作家、エッセイストの宇都宮直子が、フィギュアスケートにまつわる様々な問題を取材する。
プロフィール
宇都宮直子
ノンフィクション作家、エッセイスト。医療、人物、教育、スポーツ、ペットと人間の関わりなど、幅広いジャンルで活動。フィギュアスケートの取材・執筆は20年以上におよび、スポーツ誌、文芸誌などでルポルタージュ、エッセイを発表している。著書に『人間らしい死を迎えるために』『ペットと日本人』『別れの何が悲しいのですかと、三國連太郎は言った』『羽生結弦が生まれるまで 日本男子フィギュアスケート挑戦の歴史』『スケートは人生だ!』『三國連太郎、彷徨う魂へ』ほか多数。2020年1月に『羽生結弦を生んだ男 都築章一郎の道程』を、また2022年12月には『アイスダンスを踊る』(ともに集英社新書)を刊行。