最近のプロレスでは堂々と蛍光灯で殴り合うスタイルも認知されていますが、昭和のファンは、それこそ細かくセコい反則を繰り返す外国人レスラーに拳を振り上げて怒っていましたから。
「ねえ(笑)。“レフリーはなんで見ないんだよ、ほら、反則してんじゃねえかよ、どうしてわからないんだよ”と観客のみなさんは怒鳴りますが、あれはわからないんじゃなくて、単に見ないようにしているだけなんです、レフリーが(笑)。反則をしている外国人レスラーのコーナーを見ないようにしているだけ」
凶器の栓抜きは、あってないようなものでしたし。
「見えているけど、見ない(笑)。そこに味がありましたよ。いや、でも、時代の流れというのは、いろんなことを変えていきます。プロレスでいえば、さきほどおっしゃっていた日本プロレス時代の、ええ、若獅子と呼ばれていた頃の猪木さんのファイトでも、今のファンには20分ももたないんじゃないですか? 飽きちゃって」
僕はジャンボ鶴田さんのファンだったのですけど、先日、日テレG+の「プロレス・クラシック」で放送された鶴田対リッキー・スティムボートのシングル戦。リッキーが初来日した際に実現したカードなのですが、試合内容は最初から最後までお互いのアームホイップの掛け合いだったんです。他の技は出せない。鶴田さんもリッキーも相手をアームホイップで投げ、そのまま腕を極めるムーブばかり。それでも試合が成立しちゃう。観客も文句を言わない。こういう単調な試合、今はあり得ないという意味で新鮮でした。
「ああ、はいはい、わかります」
今はどの団体も第1試合から派手な技が飛び交い、やたらめったらいろんな技を出す。しかも、メインの試合になるにつれ、レスラーたちが死んじゃうのではないか、と思うくらいの危険な技も飛び交う。それがいい悪いではなく、徳光さんが指摘していたレフリーの味じゃないですけども、激辛料理を無理やり食べさせられているような息苦しさを感じることがあります、今の日本のプロレスには。
「今のプロレスファンのみなさんは、ハバネロを入れたぐらいじゃ満足できない舌になっているのかもしれませんよねえ」
たぶん、あの鶴田対リッキー戦あたりが最後じゃないですか、じっくりねっとりのプロレスを容認できていたのって。
「味の話でいえば、プロレスの技、それも基本の技というのは実に味わい深いものばかりでね。その点をリングに上がる者と見守る側がおろそかにしたというか、重要視しなくなってから、じっくりねっとりのプロレスは廃れていったんでしょう。そうそう、私ね、その昔、大坪飛車角さん」
うわっ、これまたマニアックなレスラー名が出てきましたね。今のプロレスファンは誰も知らないっスよ。
「(笑)。日本プロレスの前座を担っていた仕事のできる、いぶし銀のレスラーでして」
ええ。
「その飛車角さんに、あるとき道場でヘッドロックをかけられましてね、ええ、本気のヘッドロックです。もうね、冗談じゃないくらいの痛さなんですよ。ガシッと頭を押さえられ、剛腕でこめかみをグリグリされたときの痛さといったら、涙しか出てこない。人間、本気の痛さを食らうと悲鳴なんか出ません。“ああ~ああ~”という地獄のうめき声しか出てこないんです(笑)。それであまりの痛さについ聞いちゃったんですよ“毎試合、こんなに痛めつけるようなヘッドロックを仕掛けているんですか”って。そうしたら飛車角さん、“そうだよ、やっていますよ”と答えたあとに、“ま、年がら年中、仕掛けているわけじゃないけど。ただ、向こうの対戦相手が気にくわない野郎だったり、レスラーとしての礼儀をわきまえていないようなヤツにはギュッとやる”と言っていましたよね」
ギュッ、ですか?
「リアルでしょ」
はい。
「私が、試合中にヘッドロックをかけられた選手が何とか逃げようとジタバタするのは、本当に痛いからなんですね、と言うと“そうだ”と渋い笑顔で答えていました。そういう角度から試合を見ると、基本技の地味なヘッドロックの掛け合いの奥に、一筋縄ではいかない人間関係が垣間見れたり、それこそ闘う男同士の心理戦を推理でき、ほどよいスパイスが効いた味わいも堪能できる。昭和のプロレスの試合というのは、じっくり見れば見るほど、上質な推理小説を読んでいるような気分にさせてくれましたね」
プロフィール
1941年、東京都生まれ。立教大学卒業後、1963年に日本テレビ入社。熱狂的な長嶋茂雄ファンのためプロ野球中継を希望するも叶わず、プロレス担当に。この時に、当時、日本プロレスのエースだった馬場・猪木と親交を持つ。