ショパン・コンクール2025 第1回

ショパン・コンクール2次予選!日本人の演奏と注目のピアニストは?

 
青柳いづみこ

2次予選出場者日本人5名の演奏は?

2次予選の山縣美季 © Wojciech Grzedzinski /NIFC

 第2次予選出場者は、演奏順に桑原志織、中川優芽花、進藤実優、牛田智大、山縣美季の5名。このうち免除者が2名。

 2025年のエリザベート国際でもファイナリストとなった桑原志織は、体格に恵まれ、舞台度胸もあり、数々のコンクールで上位入賞を果たしてきたが、ワルシャワでひと皮剥けた感がある。とりわけ『幻想曲』は、桑原の豊かな響き、集中力と包容力、思索、息の長い音楽性にぴったりの作品だ。『英雄ポロネーズ』も、リズムがしっかりしていて、何があっても崩れない。力強いアッコードを鳴らした瞬間、客席から大歓声が沸き起こった。問題なくセミファイナルへ。

 中川優芽花は、2021年クララ・ハスキルの優勝者。デュッセルドルフ生まれで、音楽教育は全てドイツ。2次予選では『英雄ポロネーズ』と『24の前奏曲』を選択。今大会、『24の前奏曲』を全曲弾くピアニストは多いが、中川ほど緊密なストーリーを作り上げた人はいないだろう。一曲ごとに優しくなったり悲しくなったり、激情をあらわにしたり、夢見心地で揺蕩(たゆた)ったり、さまざまに表情を変えるプレリュードたちが、中川の魔法の指先によって自分たちの言葉をもち、思い思いに語りはじめる、そんな感覚を味わった。なぜか第3次予選に進めなかったが、ネット配信を通じて、世界中のファンが彼女を応援していくだろう。

 進藤実優は、前回のセミファイナリストで、貫禄充分。中川と同じく『24の前奏曲』全曲と『英雄ポロネーズ』というシンプルなプログラムで、先に前奏曲を演奏した。霊感に満ちたピアニストで、どの曲の間もほぼ腕を空中に上げたままで、まるで魔法使いが次々に玉手箱から音楽を取り出しているよう。内声を思う存分歌い、アルペッジョがそれを増幅させる8番、安らぎに満ちた13番、ドラマティックな15番「雨だれ」、ハープを掻き鳴らすような23番、慟哭の24番など、各曲への流れが素晴らしかった。こちらは予想通り第3次予選進出。

2次予選の牛田智大 © Krzysztof Szlezak /NIFC

 牛田智大は、前大会では第2次予選で姿を消し、多くのファンにショックを与えた。理由としては音質に問題があるという説も囁かれたが、今回はスタインウェイを選択し、筆者が聴いていた2階席右側バルコニーでは、音質・音量ともに申し分なかった。

 第2次予選は『マズルカ風ロンド』で開始。持ち前のクリアな音色とキレの良いタッチで、爽やかな魅力を振りまいていた。リズムは軽快に弾み、煌めくトリル、軽やかな装飾音、鮮やかな3度で耳を惹きつける。転調の多い曲で、そのたびに曲想も変化する。基本的には短調では悲しく寂しげに、長調では優しく。なのだが、牛田の演奏ではハ長調でも寂しげな時があり、モーツァルトを深く尊敬していたショパンの真髄を思わせた。続く『ソナタ第2番』も構築性が際立つ端正な演奏だった。第1楽章の第1主題は速めのテンポを取り、何かに追われるような焦燥感を奏出する。第2主題は包容力のある豊かな表現でコントラストをつけていた。最後の『英雄ポロネーズ』まで、一音もおろそかにしない渾身の演奏で、第3次予選に進出。

 山縣美季はパリ音楽院在学中の23歳。自然で伸びやかなテクニック、気品のある音楽性の持ち主で、『英雄ポロネーズ』を堂々と演奏。『24の前奏曲』では、それぞれの楽曲の性格を巧みに弾きわけていた。曲間の流れや雰囲気の作り方にもセンスが感じられる。惜しくも3次予選には進めなかったが、国際経験を積んで再挑戦してほしい。

2次予選で会場を沸かせた注目のピアニスト

2次予選のリュー・ティエンヤオ © Krzysztof Szlezak /NIFC

 中国勢では、ティーンエイジャーの活躍が目立った。リュー・ティエンヤオ(Tianyao Lyu )は2008年10月21日生まれ。コンクールの終了した翌日に17歳になる。煌めく音と活き活きした音楽性、驚異的なテクニックの持ち主で、『アンダンテ・スピアナートと華麗なるポロネーズ』や『ラチダレム変奏曲』のような難曲を苦もなく弾き、第3次予選に進出した。ウー・イーファン(Yifan Wu)も2008年11月11日生まれの16歳。大曲が好きとのことで、『幻想曲』を深々とした情緒でまとめ、『アンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズ』も、圧倒的な技巧で自在な演奏を繰り広げ、聴衆の喝采を得ていた。

 21歳のリ・ティエンヨウ(Tianyou Li) は頭脳派で、演奏されることが稀な『ソナタ第1番』を見事に構築して評価された。

2次予選のイ・ヒョ © Wojciech Grzedzinski /NIFC

 韓国からは、2ョevin Chen)が進出。チェンが第2次予選で全曲演奏した『練習曲作品10』は、完璧な技巧で大きな話題を呼んだ。2015年ショパン・コンクール第4位のエリック・ルー(Eric Lu)〈アメリカ〉とともに優勝候補と目される。

 一方で、前回のファイナリスト、中国のラオ・ハオ(Hao Rao)が早くも姿を消し、再挑戦のチャン・カイミン(Kai-min Chang)も前回同様第2次予選止まりとなり、ファンを悲しませた。演奏中のアクシデントで惜しまれつつ姿を消した16歳のジン・ズーハン(Zihan Jin)共々、捲土重来を祈りたい。

敬称略

※ショパン国際ピアノコンクールに出場している日本人以外のピアニストの名前はカナ表記の後にカッコ()で欧文を記載。本大会の演奏はYouTube:Chopin Institute( @chopininstitute)で視聴が可能。

https://www.youtube.com/@chopininstitute/streams

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ショパン・コンクール2025

ショパン国際ピアノ・コンクール2025。熱気渦巻くワルシャワでピアニスト・文筆家である青柳いづみこが現地リポート。

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プロフィール

青柳いづみこ

(あおやぎ いづみこ)
1950年、東京都生まれ。ピアニスト・文筆家。フランス国立マルセイユ音楽院卒業、東京藝術大学博士課程修了。1990年、文化庁芸術祭賞、1999年『翼のはえた指』で吉田秀和賞受賞。日本ショパン協会理事、日本演奏連盟理事、大阪音楽大学名誉教授。著書に『ショパン・コンクール─最高峰の舞台を読み解く』(中公新書)『ショパン・コンクール見聞録 革命を起こした若きピアニストたち 』(集英社新書)『サティとドビュッシー: 先駆者はどちらか』(春秋社)など多数。

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