自民党の研究 動乱の保守政治に迫る 第二回

高市政権のアキレス腱

森 功
写真:アフロ

政治と権力の核心を追及し続けてきたノンフィクション作家・森功氏が、自民党政治の現在と、権力の源泉に迫る注目の新連載。現政権は強引な国会運営を続けているが、その一方で、87兆円にのぼる対米投資や“迎合外交”とも指摘される対外姿勢には大きな疑問符がつく。さらに官邸人事や極秘解散をめぐる混乱は、政権内部の深刻な歪みを露呈させつつある。永田町の水面下で何が起きているのか。第二回は、高市政権のアキレス腱ともいえる「米国一辺倒の外交」と「知恵袋の不在」に迫る――。

対米“87兆円投資”の実像と高市外交の本質

 難関の日米首脳会談を乗り切った割に、さほど内閣支持率があがらない。理由はさまざまあろうが、一つには高市早苗内閣の本質が徐々に見えてきたからではないだろうか。
 首脳会談で話題に上った87兆円(5500億ドル)という途方もない米大統領ドナルド・トランプへの朝貢も、その実態が明らかになってきた。企業がこれほど巨額の投資に付き合うのはなぜか。この手の事業は本来、民間企業の判断で採算を弾いて投資するものだが、87兆円の中身を見ると、投資リスクを払拭できない。にもかかわらず日本の名だたる企業が投資を決めた理由は、政府の保証があるからにほかならない。
 たとえば日本側の日立製作所などは最大6兆3000億円もの資金を投じ、米重電大手GEベルノバとの合弁で次世代原子炉「小型モジュール炉」(SMR)を建設する。しかし世界中で試行錯誤を繰り返しているSMRは、ロシアや中国といった稀なケースを除いて実用化の目途すら立っていない。民間企業がそんなリスキーな事業に乗り出す裏には、政府系金融機関のお守りがあるからだ。
 高市内閣では2025年12月23日、政府の100%出資する特殊法人「日本貿易保険」(NEXIに3兆円の枠組みを上乗せすると発表している。そのうえで訪米直前の日本時間3月19日には、「国際協力銀行」(JBIC)が対米投資に関する資金管理の枠組みを一般会計に設ける閣議決定をした。平たくいえば高市政権は、「対米投資が焦げ付く危険性があるが、そのときは日本国民の血税で補うから安心してほしい」と呼びかけ、日本企業に安心材料を与えたわけだ。そこまでしないと実現できない前代未聞の海外投資ということなのであろう。
 昨年10月に日本でおこなわれた前回の首脳会談で用意した「ノーベル平和賞の推薦」の世辞に続き、今度の訪米では「世界に平和と繁栄をもたらすのはドナルドしかいない」としな垂れかかった。これについては、戦争を始めたトランプへの皮肉として肯定的に評価するいうトンチンカンな見方もある。だが、これまでの言動や政策を踏まえると、女好きな大統領への抱き着き戦法としか思えない。G7をはじめ世界中の首脳がトランプの言動に眉を顰めるなか、日本の首相だけが上目づかいですり寄っているのである。

2026年3月19日、ホワイトハウスの夕食会での高市首相とトランプ大統領。写真:AP/アフロ

 これもまたSNSで多くのファンを引き入れて日本初の女性宰相に昇りつめた高市政権の特徴ではある。そこは外務省も十分承知しているようで、ある元外務官僚は日米首脳会談の感想を次のように吐露する。
「トランプのことをドナルドとファーストネームで呼ぶのは、外務省も納得しています。だからあの場面では周囲も頷いていました。けれど、それだけに過ぎません。こと外交となると、海外の目は手厳しい。高市総理は意識的に官僚のアドバイスを無視するきらいがあります。ノーベル平和賞の推薦や台湾の存立危機事態発言などはその典型でしょう。イラン問題が焦点となってきたけれど、外交上は何の進展もありません」
 うまく乗り切ったと自画自賛する日米首脳会談は、結局のところイラン問題を話し合うわけでもなく、先延ばしにしてひたすら貢物を並べたに過ぎない。外交上、相手国への貢献は必要だが、そのリターンがなければ国益にならない。高市政権には果たして内閣を支える知恵袋がいるのか。

安倍系官邸官僚への依存構造

 日本初の女性総理大臣の誕生した昨年10月から3月までの高市政権の半年間、政界では歴史に残る大きな出来事が目まぐるしく起きた。もっとも高市政権の生みの親である自民党副総裁の麻生太郎をはじめ、麻生派の幹部や旧来の実力者が機能してきたとは言い難い。それは内閣や与党自民党の幹部の顔ぶれを見ると一目瞭然といえる。
 党を取り仕切る幹事長には麻生派ナンバー2の鈴木俊一が就き、旧安倍派五人衆の萩生田光一が幹事長代理となる。外務大臣に茂木派の茂木敏充、総務大臣に旧岸田派の林芳正、防衛大臣に人気者の小泉進次郎を配した。一見すると党の重鎮を満遍なく起用しているように思えるが、高市政権でクローズアップされるのは官房長官の木原稔や財務大臣の片山さつき、政務担当の官房副長官である尾崎正直(衆院)、佐藤啓(参院)といったところだ。
 他方、安倍晋三政権に憧れる高市政権では、霞が関出身の官邸官僚の姿がちらついてきた。政権発足時には、飯田祐二元経産事務次官と自民党職員の橘高志の二人を政務秘書官に据えた人事が話題になった。政務秘書官は財務、外務、経産、防衛、警察、総務といった主要な中央官庁から派遣される6~8人の事務担当首相秘書官の束ね役に位置づけられる。首席秘書官とも呼ばれ、内閣のあらゆる政策に携わり、首相のプライベートまで管理する。これまでは金庫番と称する信頼のおける秘書が政治家の事務所から派遣されるケースがほとんどだったが、第二次安倍政権の今井尚哉以降、政策に通じる霞が関の高級官僚がその地位に就くことが増えた。いわゆる官邸官僚だ。元官邸官僚に高市内閣の人事について聞くと、次のように説明してくれた。
「安倍総理の後継者を自認する高市総理はその実、霞が関事情に疎い。それでかつて安倍政権を支えた今井さんをはじめとした官邸官僚を頼った。高市総理に飯田さんの起用を薦めたのが、第二次安倍政権で政務秘書官と首相補佐官を兼務した総理の腹心、今井さんだといわれています。今井さん自身、高市総理から首相秘書官を束ねる政務秘書官ポストを打診されたけれど、米投資コンサルであるカーライルの日本法人で役員をしてきた関係もあり、さすがに政務秘書官が外国の投資会社と近いのではまずいので断ったみたいです」
 自民党職員である橘が首相の政務秘書官に起用された理由について触れれば、高市が自由民主党政務調査会長のとき政務調査会長室長だったからだといわれる。橘は党本部総務局事務部長代行などを歴任しているが、政治家の事務所出身でもない党職員の抜擢は異例中の異例で、これも永田町で物議を醸した。
「これらは高市総理の周囲に頼れる人物がいないことの裏返しでしょう。高市事務所には実弟の秘書官がおり、文字通り公私ともに彼女のことを知っているけれど、政策面でサポートできるわけもない。だから政務調査会長時代に世話になった橘氏を引き上げた、というのが表向きの理由です。しかし、それだけでもないでしょう。1日2箱の紙たばこを吸う高市総理の煙仲間が橘氏で、政調会長時代からたばこを吸いながら相談をしてきた間柄です。首相になってからも首相執務室に出入りできる数少ない秘書官で、二人でたばこを吸うのが楽しみだったようです」(同・官邸官僚)
 首相や秘書官が勤務する首相官邸の5階には、秘書官のいる部屋の奥に首相の執務室があり、ふだん高市はそこにいる。最近の首相の多くはたばこを吸わないが、高市はヘビースモーカーで知られる。そのため首相執務室は喫煙部屋と化している。政務秘書官である橘はそこでたばこを吸いながら公務のスケジュール調整などをおこなってきた。いわば気の許せる数少ない秘書官であり、執務室にも出入りできた一人である。だが総選挙後の3月2日に党に戻り、代わって内閣官房参事官の松井正幸が新たに首相秘書官に起用された。

首相官邸。写真:毎日新聞社/アフロ

 首相の執務室は秘書官室の奥にあり、大きなデスクと応接セットが置かれている。歴代の首相はソファーで各省庁から派遣されている事務担当の秘書官や幹部たちから政策の説明を受けてきた。もっとも彼女の場合は、資料を受け取るだけでほとんど説明を受け付けず、国会答弁の一問一答などについては、そこに独自で赤字を入れるだけだという。
 ちなみに現在の首相執務室に自由に出入りできるのは、もう一人の政務秘書官である飯田だけで、他の事務担当秘書官たちは首相のお呼びがかからなければ部屋に入ることを許されないのだそうだ。なぜ飯田が高市の信頼を勝ち得ているかといえば、それは安倍の腹心だった今井の推薦だからだという。
 その今井は高市政権で内閣官房参与に就き、高市に細かいアドバイスをしている。民間企業でいうところの顧問格である内閣参与には、官邸内に個室が与えられて報酬も出るが、政策面にかかわる秘書官とは性質が異なる。複数いる参与は政権に対する存在感に濃淡があり、高市にとって今井は無視できない存在といえる。高市自身が今井からアドバイスを受ける場面が少なくないという。
 政権発足時に内閣広報官に就いた佐伯耕三なども、今井の声がかかったからだとされる。佐伯はもともと今井の経産省時代の後輩にあたり、今井が第二次安倍政権下でスピーチライターとして経産省から引っ張り上げ、首相の秘書官補として起用した。新型コロナウイルスが蔓延した2020年春にアベノマスクを考案したはいいが、いたく評判が悪かった。
 このほか高市政権における官邸の官僚人事では、霞が関の最高峰と称される官房副長官ポストも注目された。事務担当の官房副長官は、戦前、戦中に存在した内閣書記官長の後継ポストにあたる。旧内務省の出身者が占めていた歴史的な背景があり、警察庁、旧自治省(現総務省)、旧厚生省(現厚労省)で次官級だった高級官僚がそこに任命されてきた。
 事務担当の官房副長官は各省庁の幹部を束ね、政務秘書官とともに政権の中枢を担うだけに、その人事にはときの首相の意向が色濃く反映される。先の石破茂政権では官房副長官に元総務官僚の佐藤文俊、政務秘書官には元防衛官僚の槌道明宏と石破事務所の吉村麻央という布陣で臨んだ。吉村はもとより、地方創生大臣や防衛庁長官を歴任してきた石破にとって、佐藤や槌道も旧知の間柄であり、石破にとっては心やすかったのであろう。
 半面、高市政権におけるそうした重要ポスト人事は首相の影響を感じない。
 警察庁長官を務めた露木康浩が官房副長官に起用されたのは、前任の栗生俊一の後継指名によるものだとされる。それ自体は珍しくはなく、元警察庁長官の栗生自身もまたさらに前の杉田和博の後継者といわれる。3代続いて警察庁出身で、杉田だけが元警備局長、内閣情報調査室長だ。
 だが、高市内閣では政権の要である露木官房副長官の影が薄い。もともと高市はなぜ露木を官房副長官に据えたのか。それ自体、不思議だった。
 そもそも高市自身の霞が関人脈はさして広くなく、国会議員のお友達も少ない。前述した政務の官房副長官を拝命した佐藤は、2015年11月に総務省を退職した自治省系の元総務官僚だ。2014年9月から17年6月まで第二次安倍政権下で総務大臣を務めてきた高市との縁もある。むしろ稀有なお友達議員といえる。
 当の佐藤本人は総務省を退官後、自民党奈良県連の推薦を得て翌16年7月の参院選に立候補した。言うまでもなく奈良県は高市の地元(選挙区は奈良2区)であり、22年7月に安倍が命を落とした地となった。奇しくも安倍はこの年の参院選で佐藤の応援に駆けつけ、そこで凶弾に倒れた。暗殺の背景として、旧統一教会(世界平和統一家庭連合)による霊感商法の被害が取り沙汰されたのは、誰もが知っている。佐藤はまさに統一教会から支援を受けてきたとして今年3月16日の参院予算委員会で立憲民主党の蓮舫から追及された。そこでは、銃撃当日に統一教会の参院選奈良選挙区「応援集会」に、妻が出席していた事実を答弁した。殺人罪に問われた山上徹也の公判にも証人出廷している。佐藤と統一教会の関係を暴いた「TM(トゥルーマザー)特別報告」なる内部文書には高市もたびたび登場し、高市自身も国会で追及された。統一教会が安倍、高市、佐藤のトライアングルの接着剤になっていた疑いはかなり濃い。
 そんな高市が露木を官房副長官に起用した理由は、別のところにあるようだ。そこには安倍とその政権づくりに力を貸してきた黒幕の影がちらつく。
 もともと高市が初めて出馬した2021年9月の自民党総裁選には、安倍からの強い推薦があったとされる。このときは菅義偉の首相退陣に伴う選挙で、岸田文雄、河野太郎、高市早苗、野田聖子の4人が立候補した。下馬評では岸田が本命、対抗が河野で、高市や野田は泡沫と見られたが、高市が意外に健闘している。
 このときの総裁選もまた決選投票にもつれ込んだ。1回目の投票では、高市が岸田の256票、河野の255票についで188票を獲得し、3位に滑り込んでいる。永田町では188票のうち安倍派を中心とした議員票が114まで伸びたことがその大きな理由とされた。だがその実、高市は74の党員票も得ている。同じ女性候補で高市より人気が高いとされた野田の29票と比べても、その差が大きい。高市の総裁選初出馬では、党員票が彼女を3番手に押し上げたと見ることもできるのである。
 すでにこのときから前回で分析した自民党員の変質が芽生えているといっていいかもしれない。党員の獲得ランキングではここから4年連続で青山繁晴、高市早苗がワン、ツーを占めている。

フィクサー葛西敬之の影がちらつく

 話をもとに戻す。高市内閣における露木の官房副長官就任は、前任の栗生の後継指名である可能性が高いが、それだけが要因でもない。そこには栗生や杉田の後ろ盾になってきた東海旅客鉄道(JR東海)元会長の葛西敬之の存在もちらつく。葛西については私自身、何度も書いてきたので詳細は拙著『国商 最後のフィクサー葛西敬之』(講談社文庫)に譲るが、国鉄改革三人組と称され、旧国鉄の分割民営化を成し遂げた立役者として運輸業界でその名を知らぬ者はない。この数年はドル箱の東海道新幹線の利益を使い、リニア中央新幹線の実現に向けて邁進してきたかたわら、安倍政権下で保守タカ派の論客として名を馳せてきた。日本会議を立ち上げた中心人物であり、靖国神社の崇敬者総代を務めてきた。自らの保守思想と通じる安倍晋三を首相に祭り上げた人物にほかならない。当人は奇しくも安倍が銃撃されるひと月半前の2022年5月、間質性肺炎で82年の人生の幕を閉じた。だが、今もその威光は衰えない。
 高市がそんな葛西にすり寄ったのかどうか。そこについては定かではない。しかし少なくとも葛西は生前、安倍を信奉する高市のことを可愛がった。2021年の自民党総裁選に彼女が出馬できたのも、安倍自身というよりむしろ葛西の力添えがあったからではないか、と見る向きがあるほどだ。事実、高市が今も葛西が旗を振ってきた日本会議を頼りにしているのは疑いようがない。
 安倍や菅と気脈を通じてきた葛西は長年、霞が関の高級官僚との交わりを大事にしてきた。霞が関人脈におけるキーパーソンが警察庁OBの杉田であり、杉田の後輩である栗生だ。杉田は安倍・菅政権で9年近く官房副長官として官僚たちに睨みをきかし、2021年10月に生まれた岸田内閣では自らの後継官房副長官として栗生を選んだ。それは杉田や栗生をはじめ警察官僚と気脈を通じる葛西の了解がなければありえない人事といえる。そして栗生は自らの後釜として露木を指名した。霞が関ではそう見られる。つまり高市自身には露木との接点はないように感じるが、日本会議の葛西やそこに連なる霞が関とのパイプが官邸人事に影響しているといっても過言ではない。現在の日本会議の会長である谷口智彦は、2025年の自民党総裁選で高市を応援したとされる。日経ビジネスの編集委員から外務省に転じた谷口は、第二次安倍政権時代の内閣審議官や官房参与を歴任し、経産省の佐伯とともに首相のスピーチライターとして活躍した。戦後70年談話を起草したとされ、ことのほか安倍の評価が高かった。
 目下の高市政権には、前述した今井と佐伯、さらに谷口の3人が加勢し、アドバイスしているといわれる。結果、2025年の自民党総裁選では、日本会議がフル活動して高市推しをするようになったという。日本会議の会員が自民党の党員に電話攻勢をしかけ、その数は20万人とも25万人とも伝えられた。自民党員は近年激減して90万人ほどしかいないので、そこまで日本会議がやったとしたら、高市が党員票のトップになれるわけだ。
 もともと高市には政策ブレーンがいない。中央官庁から提示される政策についても、公邸にこもって独学で検討するケースが多いとされる。それだけに、外交に長けた谷口は相談相手としてうってつけなのかもしれない。
 第二次安倍政権時代に総理の分身と異名をとってきた元経産官僚の今井なども同じだろう。今井が推薦した元経産事務次官の飯田を政策秘書として任命し、執務室に出入りさせているのもその現れといえる。あるいは内閣広報官を拝命した佐伯も同じような立ち位置なのであろう。そうして総理総裁ポストを射止めた高市早苗は、安倍政権時代の官邸官僚たちに支えられながら、政権をスタートさせた。
 しかし、そこには不安材料もあった。一つには彼ら首相と官邸官僚たちとの関係づくりだ。高市本人と彼らとの距離感でいえば、安倍政権時代とはかなり違う。今の高市政権で官邸官僚たちが安倍政権時代ほど首相と一体化しているとは言い難い。ある日本会議の関係者がそのあたりの微妙な接点について明かした。
「3人は高市さんと懇意でもなんでもなかった。たとえば谷口氏はほとんど彼女と面識がなかったらしい。けれど、日本会議の会長を田久保(忠衛)さんから引き継いだあと、組織としてバックアップするよう頼まれたと言っていました」
 今井や佐伯も然りである。功罪や善悪を埒外に置けば、安倍政権時代の官邸官僚たちは誰もが「安倍命」で政策に没頭し、官邸の主を支えてきた。高市政権ではそうした熱量をあまり感じない。
 加えて、高市政権の生みの親である麻生太郎との人間関係も円滑とは言い難い。はからずも通常国会の衆院冒頭解散では、そのぎくしゃくした政権内部の景色を露呈する羽目になる。

稲田朋美の「頭の痛い選挙」

「衆院の解散にはやはり唐突感がありました。薄々、あるかなという気はしていましたけれど、何も知らされていません。私のところの福井1区では、年明けの県知事選が決まっていて、自民党の福井市議団と福井県議団が真っ二つに分かれた分裂保守選挙でしたので、私自身もその対応に苦慮していました。知事選が終わってから、党内の関係を修復したうえで今年中に総選挙に臨みたいと考えてきました。そんな折の解散ですから、どうなるやら、と不安でいっぱいでした。前回の選挙もかなり苦戦しましたので、今度はもっと苦しいのではないか。そんな危機感もありました。選挙に向けてどのように陣営を盛り上げていったらいいのかわからないような中で選挙戦に向かっていきました」
 そう振り返るのは福井市内を地盤とする福井1区の稲田朋美だ。旧安倍派の中堅幹部だった稲田は裏金問題の余波を受け、石破政権時の24年10月の総選挙で波多野翼に1万6000票あまりの差で辛うじて勝利する。24年の総選挙では、参政党の新人、田中小春が2万票近く獲得して3位につけた。今回はその1年3カ月後の総選挙だけに、解散をきかされた自民党のベテラン議員たちが戦々恐々となっていたのである。

稲田朋美衆議院議員。撮影/内藤サトル

「前の選挙もしんどかった。派閥の裏金問題がクローズアップされ、従来の保守派の支持者が離れていきましたから」(稲田)
 おまけに特別な選挙事情もあった。福井では2025年10月に自民党本部が支持してきた県知事の杉本達治によるセクハラ問題が浮上し、12月4日の知事辞職に伴う知事選が決まった。知事選の投開票日は翌26年1月25日だ。
 知事選では自民党本部が前越前市長の山田賢一への支持を表明した。ところが自民党福井市議団らは元外務官僚の石田嵩人の支援にまわり、保守分裂選挙となる。稲田にとっては頭の痛い選挙で、そこへ自らの衆院選が降って湧いたものだから慌てたわけだ。
 衆院の解散が公になったのは、1月9日午後10時過ぎに流れた読売新聞オンラインによる<高市首相が通常国会冒頭での衆院解散を検討>という特ダネだった。高市は党のナンバーツーで選挙を取り仕切る幹事長の鈴木俊一にも解散を知らせていない。鈴木の所属する麻生派の領袖であり、鈴木の義兄にあたる副総裁の麻生も寝耳に水だった。
 9日に選挙区の福岡に帰っていた麻生は地元紙の西日本新聞記者から解散情報を聞いたという。1月11日の西日本新聞朝刊は<激流#高市政権=中国にらみ 政権安定狙う 首相、衆院解散検討 高い支持率背景に 問われる「政策優先」>と題して次のように報じている。
<首相の後ろ盾である麻生太郎副総裁は福岡県飯塚市での会合に出席後、西日本新聞の取材に「(解散は)ないでしょうね」と一蹴。首相は解散について政権内のごく一部で検討を重ねているとみられ、政府関係者は「寝耳に水。情報が全然入ってこない」と表情を曇らせる>
 当時の新聞をめくると、高市は9日午後から夕方にかけて官房長官の木原稔と官邸内で解散について協議し、決断にいたったことになっている。1月14日付の西日本新聞は1月14日の朝刊でも<激流#高市政権=「極秘裏」解散 自民大混乱 首相「勝てばよい」 根回しなし 怒る執行部 衆院選後、火種の恐れ>という大特集を組んでいる。
<実際に選挙を取り仕切る鈴木氏や首相と関係が近い萩生田光一幹事長代行、政権の後ろ盾である麻生太郎副総裁にも事前に伝えなかった。麻生氏は10日、地元の会合に出席後、西日本新聞の取材に「(解散は)ないでしょうね」と言い切った>
<「首相が解散検討」との報道後もしばらく首相から連絡がなかった鈴木氏は、周囲に「やってられるか」と漏らし、怒りが収まる気配がない。インターネット番組で「27年解散」の持論を語っていた萩生田氏も「予算成立を後回しにしてまでやる意味があるのか」と首をかしげているという>
 仮に自民党が総選挙に勝っても党内分裂という禍根を残す。党内の多くの国会議員がそう論評し、なかには「衆院解散は浅知恵」と酷評する議員までいた。だが、2月8日投開票の総選挙の結果を見ると、自民党は衆院の単独過半数を優に上まわって議席を獲得し、定数465の3分の2を超える歴史的大勝を収めた。
 もっとも高市がそこまで計算していたのか、といえば、それは異なる。自民圧勝の舞台裏は際どい綱渡りの結果といえる。
 衆院の解散、総選挙は高市が自民党総裁選に勝って間もなく囁かれ始めた。2025年10月21日に召集された臨時国会で解散に打って出るのではないか、との説から始まり、次が年明け通常国会の冒頭解散説だ。この間、高市は「とにかく経済対策最優先で取り組ませて下さい。今すぐ解散どうの言っている暇はありません」と物価高などを理由に解散を否定してきたが、政権内には解散論者が少なくなかった。その一人が内閣官房参与の今井尚哉である。
 今井は昨秋の臨時国会会期中、高市に囁いた。
「1月9日に通常国会を召集し、その場で冒頭解散すれば、間違いなく総選挙に勝てる。投開票日は1月25日で……」
 自民党勝利の根拠の一つは言うまでもなく、高い内閣支持率に支えられた高市人気だ。NHKの世論調査を抜粋すると、政権発足直後の11月の高市内閣支持率は66%、12月に64%とやや下がり、1月は62%に落ちているが、それでも6割をキープしていた。反面、このまま下落傾向が続く可能性も否定できない。というより、通常国会で予算員会が始まれば、高市自身が野党の追及を受けて持たないので、その前に解散に打って出るのではないか、という観測も流れていた。
 そうして解散風が吹くなか、1月9日の読売新聞報道が飛び出したのである。
 高市は一挙に解散に向け走り出した。10日後の19日の記者会見で正式に解散の意向を表明して23日に衆院を解散し、月内の27日に公示、2月8日投開票の選挙日程が確定した。
 もっともこの日程は今井の提案した当初の1月9日解散、25日投開票というスジュールと微妙にずれている。年初早々に国会を召集して解散して25日に投開票すれば、2026(令和8)年度予算の年度内成立に間に合う。今井はそんなシナリオを描いていたとされる。だが、国会の召集が2週間も遅れたため、その目算が崩れてしまう。なぜ高市は9日の解散を見送ったのか。
 衆院の解散は極秘裏に進められたように報じられてきた。だが、実のところその兆候は自民党内の議員にも伝わっていた。今井は年の瀬も押し迫る12月下旬、旧安倍派の議員を中心に経産官僚とともに総選挙のスケジュールをほのめかしている。
 しかし、高市はすぐに動かなかった。(敬称略 続く)

 第一回

プロフィール

森 功

(もり・いさお)
1961年、福岡県生まれ。ノンフィクション作家。2008年、2009年に「編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞作品賞」受賞。2018年『悪だくみ 「加計学園」の悲願を叶えた総理の欺瞞』(文藝春秋)で大宅壮一メモリアル日本ノンフィクション大賞受賞。『魔窟 知られざる「日大帝国」興亡の歴史』(東洋経済新報社)『国商 最後のフィクサー葛西敬之』『地面師 他人の土地を売り飛ばす闇の詐欺集団』『地面師vs.地面師 詐欺師たちの騙し合い』(講談社)他著作多数。

プラスをSNSでも
Instagram, Youtube, Facebook, X.com

高市政権のアキレス腱

集英社新書 Instagram 集英社新書Youtube公式チャンネル 集英社新書 Facebook 集英社新書公式X