オレに死ねと言ってんのか? ━検証!高額療養費制度改悪━ 第2回

上限額引き上げ以外にもある、高額療養費制度に潜む問題点

西村章

 高額療養費制度を利用している当事者が送る、この制度〈改悪〉の問題点と、それをゴリ押しする官僚・政治家のおかしさ、そして同じ国民の窮状に対して想像力が働かない日本人について考える連載第2回!

 前回の記事が公開された3月4日以降、事態は大きな進展を見せた。現在までの動きを、まずは簡単に整理しておこう。いわば、「ここまでのあらすじ」のようなものですね。

 今年8月に高額療養費制度の上限額を引き上げる姿勢を一向に崩そうとしない政府・厚労省に対し、制度の利用当事者や医療関係者・各学会などから大きな批判が寄せられ、その声は新聞テレビのマスメディアやSNS等を通じて日に日に大きくなっていったことは、前回にお伝えしたとおりだ。

 3月3日には、全国がん患者団体連合会(全がん連)などの懸命な働きかけが奏功し、超党派議員連盟の「高額療養費制度と社会保障を考える会(仮称)」の発起会が持たれたのは朗報だった(その後、「高額療養費制度と社会保障について考える議員連盟」として3月24日に設立総会が行われることになった)が、この夏に上限額を引き上げようとする政府側の動きに歯止めはかからず、2025年度予算案は自民・公明・維新の賛成で4日に衆議院予算委員会を通過。議論の舞台は参議院へ移った。

 その参院予算委では、5日に全がん連理事の轟浩美氏が参考人招致されて証言した。轟氏の問いかけにより、患者会と面談するという言質を石破茂首相から取るものの、この段階でも「そういう声には可能な限り答えてまいります。しかし同時に私どもは、いかにしてこの制度を持続させるかも考えていかなければなりません」と述べ、制度維持のために上限額引き上げは不可避である、という従来の主張は一向に変える様子がなかった(※上限額を引き上げなければ「制度が持たない」というロジックがはたして正当なのかどうかについては、次回以降に検証してゆきたい)。

 この轟氏の参考人招致と前後して、「高額療養費の負担増 立ち止まり議論尽くす時」(毎日新聞:3/4)等の政府の姿勢を疑問視する論調は新聞やテレビの報道でもますます強くなり、自民党内部からも「高額療養費の負担増、凍結に言及 自民・佐藤正久幹事長代理」(共同通信:3/6)という批判的な声が上がるようになっていた。世間の逆風を煽るこの予算案を強引に通すと8月の参院選に影響するという読みも、その中には当然あっただろう。

 そんな内外の声についに政府側は抗しきれなくなったのか、7日午前にNHKが「高額療養費制度の負担上限額 政府 ことし8月の引き上げ見送りへ」というニュース速報を流した。そしてこの日の夜に、石破首相が全がん連や日本難病・疾病団体協議会と官邸で面会。それまで頑なに方針を変えようしなかった姿勢から一転して、上限額引き上げを見送る旨の会見を行った。

3月7日、高額療養費制度〈見直し〉の凍結を求める患者団体と官邸で面会した石破首相(©首相官邸)

 ブレーキが効かない暴走機関車のように、「すでに決まったこと」として既定路線をひたすら突き進んでいたこの夏の上限額引き上げは、ここでようやくストップがかかったわけだ。

 この高額療養費制度を長年利用し続けている当事者として、ワタクシも国会中継での厚労省や首相答弁などにはずっと注視をしていた。そして正直なことを言えば、質疑応答などを見ながら実感として「これはもう、だめかもな……」と半ば諦めかけてもいただけに、この一報を聞いたときは本当にホッとした。たとえていえば、『シン・ゴジラ』のエンディング近くで市川実日子演じる巨災対(巨大不明生物特設災害対策本部)の尾頭ヒロミがゴジラ凍結後に「よかった……」と呟いたときのような、そんな安堵感である(このたとえがわからない人は映画を観てください)。

 ただし、これはあくまでも「一時停止」であって、政府・厚労省案の「全面凍結」ではないことには留意しておく必要がある。上記の首相官邸会見で「本年秋までに、改めて方針を検討し、決定することといたします」と述べていることからもわかるとおり、昨年12月にいきなり提示してきた案を撤回すると約束したわけではなく、あくまでも「改めて」の「検討」であり、その方針検討に患者団体や医療経済学者などの専門家を加えると言明したわけでもない。なにより、「本年秋までに」というスケジュールは、充分な議論を尽くすにはあまりに拙速すぎるのではないかという懸念はやはり拭いきれない。

 その一方で、「強行はせず、広く当事者などの意見を聴いて理解が得られるよう努める」(「石破首相 高額療養費 負担上限額引き上げ強行せず 参院予算委」:NHK 3/10)という言質を取ったことは、一定の意義があるだろう。これらの質疑の中で「選挙目当てでこのようなことをやることもないし、強行することもしない」とも石破首相は述べているのだが、過去に自民党政権があれこれやってきたことを思い返せば、この発言を鵜呑みにするのはあまりに無垢にすぎるだろう。たとえば、参院選前後に首相が交代することでこれらの言葉があっさりと反故にされてしまう可能性などに対する警戒は、やはりしておいたほうがよいように思う。

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プロフィール

西村章

西村章(にしむら あきら)

1964年、兵庫県生まれ。大阪大学卒業後、雑誌編集者を経て、1990年代から二輪ロードレースの取材を始め、2002年、MotoGPへ。主な著書に第17回小学館ノンフィクション大賞優秀賞、第22回ミズノスポーツライター賞優秀賞受賞作『最後の王者MotoGPライダー・青山博一の軌跡』(小学館)、『再起せよ スズキMotoGPの一七五二日』(三栄)などがある。

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