続・陸戦隊と暁部隊 第4話

「兵隊さんの行李」と「船隠し」の謎2

佐田尾信作

「船隠し」は何を隠した

 ここまで戦争末期の笠戸島・櫛浜と暁部隊の関わりについて触れてきたが、実は海軍の特攻部隊との関わりも記録には残っている。それが「笠戸嵐部隊」である。

 ヒントになったのは1995年に山口県文書館研究紀要に載った「昭和大戦時山口県下の陸海軍部隊」(筆者 戸島昭)という一文。ここには48年に行われた参議院決算委員会「特殊物件処理状況視察」の調書の存在が明かされ、転載された陸海軍部隊の一覧に「笠戸嵐部隊」とあった。旧軍の解体と連合国軍の進駐に伴って、山口県が内政部に調査課を置いて洗い出したものが調書の基礎にある。軍隊の消滅後、宙に浮いた国の財産の目録である。

 笠戸嵐部隊をアジア歴史資料センターのサイトで検索すると、1945年8月31日付の「保管品目録 笠戸嵐部隊」が収録され、舟艇は艦載水雷艇一隻、兵器は海龍が七隻、六年式魚雷改一が二本―─などとある。特殊潜航艇の海龍が配備されていたことに驚く。

 白石良著『特殊潜航艇海龍』(光人社NF文庫、2022年)によると、同じ特殊潜航艇でも開戦時の真珠湾奇襲に使われた「甲標的」があくまで生還を期していたのに対し、海龍は全く別の流れから生み出されたという。本土決戦に備えて量産ができる設計とし「学徒出陣」の若者たちを搭乗員に充てた。本書の登場人物たちは訓練中から「本当の鉄のカンオケ」だと直感し、三浦半島・油壺(神奈川県三浦市)で訓練を終えて横須賀突撃隊・嵐部隊に配属されたという。敗戦の年だった。

 僕は2023年に戦争遺跡保存ネットワーク横須賀おっぱま大会のフィールドワークで油壺を訪ね、かつては海龍や震洋などを秘匿し、今は打ち捨てられた海沿いの地下壕跡を見ることができたが、知る人ぞ知る遺構だろう。

 ところが笠戸嵐部隊あるいは笠戸突撃隊は文献以外に裏付けが見当たらない。

 仮説を一つ立ててみた。周防灘では笠戸嵐部隊のほかに平生嵐部隊、光嵐部隊、光嵐部隊大津島分遣隊の「保管品目録」が存在し、いずれも人間魚雷回天が主力兵器として残されていた。嵐部隊と突撃隊の違いは何だろう。回天でいえば「特別基地隊」が「特攻戦隊突撃隊」に組織替えされている。周防灘では主に海軍が本土決戦に備え、回天と海龍による特攻作戦を企図していたのではあるまいか。それが編制半ばで終わったことだけは確かだ。そして救われた若者の命があった。

 笠戸湾の船隠しに話を戻す。笠戸嵐部隊の保管品目録には施設目録も付いていて徳山市大島に士官舎など33棟、工作物一式が残り、工作物には「隧道」と注釈がある。徳山市大島は櫛浜のある大島半島を指し、笠戸島の対岸。半島の犬帰り地区に洞窟やコンクリート製の「滑り(船台)」があったという地元の証言を土本は聞いている。「隧道」とは気になるが、船隠しだったという確証は今のところない。また施設目録に「笠戸島」は見えない。特幹二期生の証言にある「洞くつ作業」や「徳山港より数キロ離れたところの島」は笠戸島ではなく大島半島だった可能性も捨てきれまい。となると陸軍(暁部隊)が海軍(嵐部隊、突撃隊)に最後は協力したことになるが、謎は謎のままである。

 戦時下の笠戸島・櫛浜を調べるうちに、光市出身の福岡大生岡村真翔と知り合った。やはり「マルレを焼いた日 少年兵たちの『本土決戦』」を読んで問い合わせをしてきた人。なんと高校時代から地元の戦争遺跡に関心を持ち、笠戸湾の船隠しの現地調査も試みてきたという。彼は山口県文書館で櫛浜の暁部隊の青焼き図面や施設の払い下げリストを探し出し、僕たちに示してくれた。払い下げ資材が戦災住宅などに生かされたことがよく分かる。

 だが、船隠しが何を秘匿したのか、彼にも断定できていない。戦後、「船隠し」の位置に海上駆逐隊所属の上陸用舟艇が複数放棄されていることを示す文献や他の地域の舟艇秘匿濠との比較から、櫛浜の海上駆逐隊補充隊がレールを使う上陸用舟艇を秘匿するために掘削したとも推測するが、レールの痕跡は見つけられないでいる。歴史学徒の彼には今後も期待している。

福島菊次郎の怒り

 この地に縁のある1人の写真家を思い出した。1921年生まれの福島菊次郎。彼の自伝『菊次郎の海 写らなかった戦後2』(現代人文社、2005年)にこうある。

「僕の故郷は山口県下松市の町外れにある洲鼻という漁村だった。『周防天橋立』と呼ばれた白砂青松の八〇〇メートルほどの細長い松原のなかに三十戸余りの家が点在し、庭先はすぐ海だった。漁舟(ママ)は櫓や帆に頼り、村にはまだランプを使う家もあった、大正時代のことである」

「二歳のとき父が亡くなったので、母が女手で家業を継ぎ、鯛網や煮干網の納屋仕事で忙しかったので、僕は婆ちゃんに育てられた」

 洲鼻は笠戸島と相対する本土側の集落。福島は『ピカドン』『戦争がはじまる』などの写真集で知られた反骨の作家であり、僕は広島で生前の福島にインタビューしたことがあるが、ここが郷里だったのかと得心した。

 笠戸島では農耕牛を働かせていた1950年代の田植えの風景を撮り、鎮守の森で自作の童話を子らに語る小学校長を撮っていた。福島の写真集『瀬戸内離島物語』(社会評論社、1989年)に収められているが、現場は土本家に程近いところだった。自身も陸軍輜重兵だった福島は、何も入っていない「白木の箱」を遺族に押し付け、あまたの遺骨を異郷に放置していると、権力者への憤りを『菊次郎の海』でもつづっている。あの時、戦争の時代の笠戸島と周防灘のことを彼に聞いておくべきだったと後悔しても、もう遅い。

大和ミュージアム(広島県呉市)に展示されている特殊潜航艇海龍。「笠戸嵐部隊」の保管品目録に「海龍」とある(写真/著者)
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プロフィール

佐田尾信作

(さたお しんさく)

1957年、島根県出雲市生まれ。ジャーナリスト。大阪市立大学文学部卒業。
広島を拠点に取材活動45年。現在は中国新聞客員編集委員、日本ペンクラブ会員、宮本常一記念館運営協議会委員。
著書に『陸戦隊と暁部隊 ヒロシマの秘史を追う』(集英社新書)
『宮本常一という世界』『風の人宮本常一』、共著に『われ、決起せず 聞書・カウラ捕虜暴動とハンセン病を生き抜いて』(いずれも、みずのわ出版)など。

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