「それから」の大阪 第10回

ベトナムに帰れぬ日々を過ごすアーティスト

スズキナオ

2021年4月、大阪市此花区にある「FIGYA」の主催で「我々はここに来た 〜カレーハウスでの会話」というアートイベントが開催された。ベトナム出身のアーティストであるトラン・ミン・ドゥックさんがベトナム流のカレーとベトナムコーヒーをふるまい、来場者と対話を試みるという主旨のイベントである。そのドゥックさんは2020年の2月に大阪で展覧会を開くために来日し、当初は同年4月にベトナムに帰国する予定だったが、コロナ禍の混乱に巻き込まれ、現在に至るまで日本に留まることを余儀なくされているという。

そのような状況に置かれているドゥックさんがどんなことを考えているのか、ぜひ話を聞いてみたいと思い、私はそのイベントに足を運ぶことにした。会場となっている此花区の2階建ての木造家屋にたどり着くと、ドゥックさんが大阪で生活する中で制作したアート作品が壁に展示されていた。

会場となった此花区梅香のスペース(2021年4月撮影)

スーパーマーケットのチラシを題材としたドゥックさんの作品(2021年4月撮影)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

席についてしばらく待っていると、ドゥックさんの作ったカレーが運ばれてきた。鶏肉とスパイスを炒めてココナッツミルクを入れて煮込んだというもので、ドゥックさんの出身地である南ベトナムのオーソドックスなスタイルで作られたカレーだという。

辛さは控えめでココナッツの風味が濃厚なカレー(2021年4月撮影)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

具材としてサツマイモとジャガイモが使われているのだが、サツマイモはベトナムにあった野菜、ジャガイモはベトナムがフランスの植民地だった時代に輸入されてきたもの。この二つのイモを使うことによって、ベトナムという国のもつ複雑な歴史や、ルーツが不確実であることなどへの問いかけとしての意味を持たせているという。

さっぱりとしつつもクセになる後味にスプーンが止まらず、美味しいレストランを偶然見つけたような気分ですっかり満足した後、ベトナムコーヒーを飲みつつドゥックさんにお話を伺った。

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「それから」の大阪

2014年から大阪に移住したライターが、「コロナ後」の大阪の町を歩き、考える。「密」だからこそ魅力的だった大阪の町は、変わってしまうのか。それとも、変わらないのか──。

プロフィール

スズキナオ

1979年東京生まれ、大阪在住のフリーライター。WEBサイト『デイリーポータルZ』『QJWeb』『よみタイ』などを中心に執筆中。テクノバンド「チミドロ」のメンバーで、大阪・西九条のミニコミ書店「シカク」の広報担当も務める。著書に『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』(スタンド・ブックス)、『酒ともやしと横になる私』(シカク出版)、パリッコとの共著に『のみタイム』(スタンド・ブックス)、『酒の穴』(シカク出版)、『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』(ele-king books)、『“よむ”お酒』(イースト・プレス)がある。

 
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