なぜ蔵王を選んだのか?

山形にトレイルをつくるにあたり、現実的なのはやはり蔵王エリアを中心にトレイルをつくることだと考えた。人が集まる観光地にトレイルをつくれば、人やお金が集まる。蔵王地区で軌道にのれば南北に延伸していく。蔵王地区である程度できた資金をもとに、少しずつ延伸して運営の目処ができればというのが僕の見立てだった。まずは、関係市町村を回って協力してほしいと訴えた。2012年当時、トレイルという言葉はまだまだ知られていなかった。話は聞いてくれるものの、全く反応のない市町村も少なくなかった。そんな中、友人の伝手を頼り、山形県議会で山形にトレイルをつくる取り組みについて取り上げてもらった。その効果は絶大だった。僕たちのトレイルをつくる活動は徐々に認知され始めてきた。
僕たちはトレイルづくりを加速した。まず、ルートをどうするかが一番重要だった。僕は2006年に大学の公募に出したプランをベースに北は山形市と天童市の市境にある面白山高原、南は南蔵王縦走路の南端でもある宮城県七ヶ宿町までと、蔵王国定公園内にエリアを固めることにした。最初は蔵王の南北にある縦走路を中心に、アメリカのトレイルのように自然の中を歩く道で構成しようと考えた。しかし縦走路を通るだけだと登山の縦走(尾根沿いに歩く道)でしかなくなる。山形の自然だけでなく歴史に触れて欲しいという僕の願いもあり、地図で縦走路の周辺の登山道を確認し、実際にルートの候補地を見つけ、1つ1つ実際に歩いて確かめていった。それは途方もない作業だった。地図上に道が示されているのに、登山道が無かったり、地図に載っていない道を発見して歩けるか確認したり、地元の人に歩ける道がないか聞いたりと時間のかかる作業が続いていった。
道を見つければいいわけでもない。日本もアメリカもこの地球上には多くの土地がある。土地にはもれなく所有者が存在する。仮に、トレイルを整備するから、林野庁に土地を使わせて欲しいとお願いするとしよう。そのトレイルで事故が起きた場合、土地所有者もしくは管理者がその補償に当たることになる。トレイルに問題があり、人が亡くなったり重度障害を負った場合、その補償金額は民間では負担できないほど高額になる。民間で対応できない場合、土地所有者に責任が問われることになる。つまり、登山道の借主は民間ではなることが難しいのだ。林野庁は借主が行政でなければ管理者として契約してくれない。そうすると、トレイルを整備する場合、該当する市町村に代理で登山道を借りてもらわなくてはならないということになる。もちろん、行政にお願いしてもそんなリスクは背負ってくれない。前例が無いことはまずやってくれない。
ただし、これが市町村などの首長が率先してトレイルをつくる場合、話は違ってくる。非常にスムースに事が運ぶ。首長肝いりの事業なら、登山道の借上げについても議会の承認も得やすいし、予算も付けられる。つまり、トレイルは誰がどこにつくるかで簡単にも難しくもなる。
僕らのように民間の手でトレイルづくりを行う場合、整備まで含めると、途方もなく難しい作業が待っている。特に、国定公園の特別保護地域や国立公園では看板設置そのものが難しい。しかし現実には、許可なく登山道にテープが巻いてあったり、道に迷わないようにスプレーで矢印が岩に書かれていたりすることが多い。勝手に設置した看板などは設置者が誰なのか特定できず、撤去の確認が得られないので、そのまま放置されるそうだ。つまり登山道の多くは個人の判断で、やった者勝ちの状態になっているといえる。
現在、勝手に建てた看板を撤去するすべはない。残念ながら、現実的には、自治体に聞けば看板設置の許可が必要と言われるが、聞かなければ勝手に設置できる状況にある。これは看板を勝手に設置する事を助長することになっていないか。
各市町村で登山道の担当部署が変わるのも非常に難しくしている。大きな市町村では、登山道整備は観光課が行うケースが多い。小さな市町村では農林課が多い印象を受ける。有名観光地の登山道管理は観光課が行っているので、山岳観光を推進しなくては予算が付きにくいという状況が生まれる。例えば、あまり人の通らない登山道があるとする。ここを整備するには、林野庁から修繕する登山道を借りる契約をし、資金を注入してリスクを負い、大規模な工事を行なわなくてはならない。しかし、結局道が使われなかったり、意図的な理由によって、観光課や農林課がこのルートを閉鎖し、観光地図から無くしてしまえば、人はこの登山道を利用することはない。この期間が長くなれば、いずれ国土地理院の地図からも消える。そして実際に登山道は藪化し、人が入らなくなり、長い年月をかけて自然に戻っていく。管理者どころか、道すらもなくなってしまうのだ。
最初の数年、僕や友人たちで構成されていた山形ロングトレイルのメンバーは、活動しながら色々な壁にぶつかった。どうすればトレイルを実現することができるのだろう。「何かをするには時に政治力も必要になることがある」と、生前の加藤さんから聞いたことがあった。まさに僕たちは、政治力を持たずに進んでいた。僕はそれでもいいと思っていた。僕らのような民間の団体がトレイルをつくれる状況にならなければ、全国各地の想いのある人が同じようにトレイルをつくることはできない。だからこそ僕たちは、正式な手続きを踏んだうえでトレイルをつくることを目指していた。
僕がトリプルクラウナーになった翌年、2014年頃から徐々にその活動に賛同してくれる人が増え始めた。活動の幅も徐々に広がっていった。それに伴い外部の会員も増え、僕もその活動を記事にすることもあり、さらに関心を持ってもらえたのだと思う。そんな中、友人たちも所属する会社で役職が付き、子供も大きくなり、責任が増す忙しい年代となっていく。設立当初からのメンバーの活動参加が少なくなって行くとともに、新しい会員の参加が多くなっていく。次第に、設立メンバーと新しい会員の間に溝ができ始めていた。歪みながらも原形を保ちつつ、山形ロングトレイルはそれでもなんとか前には進んでいたのだった。
(続く)

トレイルはアメリカ発祥の概念で、山野に付けられた道を歩く、いわゆる「山歩き」。 北米ではポピュラーなアクティビティであり、文化として根付いている。 山に登るのではなく、山を歩くとはどういうことか。なぜ人々は山を歩くのだろうか。 20年にわたり国内外のトレイルを歩き、日本におけるトレイルカルチャーの普及に努めてきたプロハイカーが、その豊富な実体験を通して「山歩きの哲学」を伝える。





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