文化人類学専攻の学生、ヘナ・アーティスト、芸術教育アドバイザーとして、様々な国で暮らしてきた「生命大好きニスト」長井優希乃。世界が目に見えない「不安」や「分断」で苦しむ今だからこそ、生活のなかに漂う「空気感」=「バイブス」を言語化し、人々が共生していくための方法を考えていく。
【前回までのバイブス人類学】 文化人類学を学んでいた長井優希乃は、メヘンディ(植物を用いた身体装飾)を描く人々の暮らしを調査するためにインドに渡る。そして、デリーのハヌマーン寺院で出会ったメヘンディ描きで三児の母、マンジュリと父ハリシュの家に住むことに。マンジュリの娘、ミナクシとラヴィーナとともに路上商をしながら暮らしていくなかで、インドの文化や価値観にぶつかり、打ちのめされながらも、インドでの生活に深く入り込んでいった。
今回はミナクシとその恋人ヨギーが家族に内緒で旅行に行く。
いざ、ゴアへ
2016年11月17日の夜、ミナクシとヨギーシュ、そして私の3人でニューデリー発ゴア行きのIndigo航空に乗り込んだ。
ヨギーシュはずっと浮き足立っていて、飛行機に乗り込んだ時も即座に窓側に座った。一応、「窓側がいい?大丈夫だよね?」と聞いてくれたが、明らかに窓際に座りたそうだったので何も言わずに譲った。着席してからもずっと興奮して、窓の形や椅子のこと、全てのことに関してコメントをするものだから、ミナクシが「少し落ち着いて」と言ったら、「人生初の飛行機だ!この飛行機代に僕の一ヶ月分の給料を全て使ってるんだよ!」と言って周りの乗客がクスクスと笑った。もう楽しい。

(2016年11月17日、ヨギーシュにとっては初めて、ミナクシにとっては2回目の飛行機の旅)
今回の旅程は約1週間で、最初の何日か分のホテルはヨギーシュが予約してくれた。ゴアに到着したのは、深夜だった。パナジという街の中心部にあるホテルに着いたら、間髪入れず2人がベッドの上に飛び乗って、ジャンプし出した。ベッドの上でジャンプしたらマットレスが……!と思う間もなく、ミナクシが私の腕を引っ張り、ベッドでジャンプさせられた。大はしゃぎである。すぐにTVをつけて、ボリウッドミュージックチャンネルを爆音で流し、踊り始めた。この時、深夜3時である。長旅だから休もう、とか、隣の人が寝ているかも、とか、そういうのはないのだ。全力旅行。これが2人と共に旅をするということか。
するとパパからミナクシに電話がかかってきた。ヨギーシュは息をひそめ、ミナクシが電話に出る。パパは、「無事着いたか」「ゴアは今何時だ」「言葉は大丈夫か」など、相当心配していた。ミナクシは笑いながら「心配しないで」と答えている。電話を切った後、ミナクシが「パパは多分ちょっと寂しくて泣いていたよ」と言った。インド国内だから、時差はないのだが、パパにとってゴアはほとんど外国のような遠い場所なのだ。そんな遠いところに大切な娘が自分から離れて旅行に行ったらそりゃ心配するよな。いつも厳しいパパの愛を垣間見た。
そのうち疲れて、ベッドの上でお菓子を食べながら語り合うフェーズに入った。
ヨギーシュが語り始めた。
「僕はミナクシに真剣なんだ。将来結婚したいと思っている。二人でその話もよくする。だから、ミナクシにはいい仕事についてほしいんだ。お互いの家族に、このカーストでもこんなすごい仕事をしているのか、と思わせることができたら、すごく大変だけど結婚できるかもしれない。だから僕はいつもミナクシに真剣に仕事をしろ、勉強しろ、何か大きなことをしろ、と言っているでしょ」と言った。
するとミナクシが、「だから日本かどこか海外に行って自分の力を試したい。海外に行きたいっていつも言っているのは、自分のチャレンジのためでもあるけど、本当はヨギーシュと一緒にいるために、みんなに認められるためなの」
ずっと一緒にいるためには、ミナクシが大きな仕事をしてみんなから認められることが大切だ、ということが2人の共通認識としてある。2人ともプレッシャーを感じてはいるのだろうけど、やはりミナクシにかかる重圧の方が相当強い。不公平な構造の中にいるな、とあらためて感じる。
本当に好きなことって?
2人の話を聞きながら、この旅行の1年ほど前のミナクシの言葉を思い出した。
ミナクシと一緒にボリウッド映画TAMASHAを一緒に見た。その帰り道、
「すごくいい映画だった。これで自分のやりたいこととか人生を本当に考えさせられたよ」とミナクシが言うので、私は「私も映画見ながらミナクシのこと考えてたよ」と言った。
映画のストーリーは、親の決めたレールを無理やり歩まされていた青年が、途中で自分の夢に気づき、レールから外れ成功するというもので、観ていたらなんだか様々な構造やプレッシャーの中でなんとか自分の生きたいように生きているミナクシと重なってしまったのだ。
ミナクシは、その私の言葉に、嬉しそうに答えた。「ほんと!この映画、ヨギーシュにも見せたかった。ママも、私がカンパニー・セクレタリーの学校に通っていることを皆に自慢するし、ヨギーシュもメヘンディ描きみたいな小さな仕事じゃなくて、勉強して大きい仕事をしろ、といつも言う。私もそうしたい気持ちもあるけど、映画を観て、私が本当に好きなことはメヘンディだってことに気づいたの。Instagramをやり始めてから、ユキノがメヘンディの写真を上げていいねをたくさんもらっているのを見て、メヘンディがこんなにたくさんの人に見てもらえるツールになるんだってびっくりした。私も私の『アート』としてメヘンディをやってることを誇りに思えた。アメリカでもヨーロッパでも、たくさんの人がメヘンディをやっているんだね!知らなかった。私も、自分のメヘンディをたくさんの人に見てもらいたい」
ミナクシは、私がインドに来てから自分のメヘンディをInstagramに上げて、四六時中いいねをチェックしていた。私は毎回ミナクシがポストするたびに強制的にいいねをさせられ、少しでも遅れると「なんで私のポストにいいねをしないの?」と詰められた。面倒だなぁと思っていたけれど、こういう気持ちがあったんだ、とそこで気づいた。
ゴアのベッドの上で、この時のことを思い出していた。ヨギーシュと一緒にいたいから「大きな仕事」をしないと、いうプレッシャーと、メヘンディが好きという気持ちの間で揺れるミナクシの気持ちを想像していた。
「クソみたいな水」
次の朝、目覚めてみんなで朝食をたべ、ビーチに行こう!となったのだが、調べたら今いるパナジからビーチまではバイクで50分くらいかかるらしい。バイクを借りれたはいいものの、運転できるのがヨギーシュしかいなかったので、小さなバイクに3ケツして、カランギュート・ビーチという有名なビーチに行くことになった。
まずビーチに着いたら、2人は海の前で自分たちの顔しか映らないような画角でたくさんの自撮りを始めた。いいのだ。海が映らなくても、ここに2人でいて、自撮りをする、ということが幸せなのだ。
いざ、せーので海に飛び込むと、ミナクシが「げえ!なんだこのクソみたいにまずい水!!!」と叫んだ。え、こんなに綺麗な海なのに。「何この味!!!」と叫びつづけるミナクシ。
話を聞くと、なんとミナクシは、いま、人生で初めて海に入ったんだそうだ。海水がしょっぱいということも、いま初めて知ったらしい。日本に暮らしていると、海が近い。海の水がしょっぱいということは常識だ。でも、インドは日本の何倍も広い。そりゃ知らないよなあ。海をいま初めて体感する人が隣にいる、というのは面白い。
ビーチ沿いのレストランでご飯を食べたり、普段は絶対にやらないような「観光客向けの『ヘナ・タトゥー』をお金を払ってやってもらう」というようなことをしたりと、初日を楽しみ尽くした。

(2016年11月18日 観光客向けの「ヘナ・タトゥー」をやってもらうミナクシ。正確にはヘナでなく化学染料で肌を染めるものだ)
翌日以降も街めぐりやヨギーシュが予約してくれたイルカツアー、ボートに乗って魚釣りをしたりおすすめのビーチに行ったり、丘に登ったりするツアーなどで相当楽しんだ。社員旅行のおじさんたちと一緒のボートになり、魚が取れるたびに大盛り上がりだ。インド人向けのツアーに参加するというのは、とても楽しい。
そして2人は隙あらば砂浜に「ヨギーシュとミナクシ」と大きく木の棒で書いたり、自撮りしたり、私は私でミナクシをお姫様抱っこするヨギーシュを写真に納めたりと、忙しい。
パナジ滞在中に、何度かまた3ケツで有名なビーチにも行ったのだが、散々遊んだ後に3ケツで50分走って帰るというのはだいぶ辛く、「最後の2泊はビーチの近くに泊まろう」という結論に至った。

(2016年11月18日 ずっと埋まってみたかったというヨギーシュをミナクシと協力して埋める)

(2016年11月19日、ヨギーシュとミナクシ、と砂に大きく書く)

(2016年11月20日、この船に乗って魚釣り。あとで社員旅行のおじさんたちがたくさん乗ってきた)
ファンキー・モンキーな夜
楽しかったパナジでの滞在が終わって、ビーチ近くのバックバッカー宿に泊まることにした。今回はアンジュナ・ビーチというヒッピーたちに人気のビーチで、この周辺はインドからの国内旅行客よりも、ヨーロッパやアメリカなどからのバックパッカーが多い。
ザ・ファンキー・モンキー・ホステルという宿に到着すると、インド国内からの客は私たちだけだった。インド英語に慣れてしまっていたため、フロントのヒッピーの男性の英語が聞き取りづらく、ちょっと緊張しながらチェックインし、荷物を置いてとりあえず3人でご飯を食べに行った。欧米人ばかりでアウェーな感じだったらどうしよう・・・と3人とも少しビビっていた。
食事が終わって宿に戻ると、ミコというフィンランド人とその仲間がいた。ミコはめちゃくちゃいいやつで、一緒に遊ぼう!夜も一緒にご飯食べに行こう!と誘ってくれた。ミコのおかげで、アウェーだったらどうしようという不安がなくなった。
次の日もミコと仲間たちと、手分けしてバイクで色々なビーチを巡ったり、ファイヤーダンスを見たりヒッピーたちの手作りマーケットで買い物したりと、ミナクシとヨギーシュも、デリーの生活とはあまりにも違う体験に相当楽しそうだった。
その夜、これまではミコたちと私たちだけだったのだが、宿にたくさんのチェックインがあった。ヨーロッパからのギャルたち、カップル、たくさんの人たちがやってきた。
なんとなくテラスで輪になって飲みながら喋る雰囲気になり、みんなどこからきたのか、何をしているのか、などを話していく流れになった。
ミナクシが、「私は学校でカンパニー・セクレタリーを学んでいて、いまはインターネット関連のオフィスで働いているの」と言った。ニューデリーでは、カンパニー・セクレタリーを学んでいるというと必ず「すごいわね!エリート街道まっしぐら!大きな仕事に就けるようがんばってね!」みたいな賞賛のされ方をするのだが、ヨーロピアン・ギャルには響かなかった。ギャルは、ミナクシの話にはそこまで興味がなさそうに、「ふーん、そうなんだ。あなたは?」と私にすぐ話をふった。
私は、おい!もうちょっと話を広げろよ!と思いつつ、「私はヘナ・アーティストで研究もしているよ。さっきは言ってなかったけど、ミナクシも最高のヘナ・アーティストなんだよ」
するとギャルが、「えー!すごい!ヘナ・アーティストなの?!ミナクシ、あなたもヘナ・アーティストだったの?!先に言ってよ!めちゃくちゃかっこいいじゃん!」と盛り上がった。
ミナクシはとても嬉しそうに、誇らしげに「そうなの、ヘナ・アーティストなの!普段は花嫁にも描いてるし、Instagramにもあげてるよ。あなたももしやって欲しかったらやってあげようか?」と言った。
ギャルは、「スーパーナイスだね!絶対絶対やってほしい!」と言い、ミナクシはこれまでにない速さでヘナ・コーンを取りに行き、美しいメヘンディをギャルたちに無料で(!)やってあげていた。ギャルたちは大喜びでミナクシにお礼を言った。
ミナクシはこれまで、メヘンディ描きだということをあまり大っぴらに言ってこなかった。ニューデリーでの関係性の中では、メヘンディ描きだと言っても賞賛されることはあまりなかったからだ。メヘンディは好きだけど、「大きな仕事」につながるカンパニー・セクレタリーやIT企業の方を表に出すことの方が多かった。今回初めて、メヘンディを描けるなんて最高にクール!という反応をもらって、ミナクシが自らの「好き」を承認できた瞬間に立ち会った。ミナクシの誇らしい顔ったら。ヨギーシュも、その様子を見て、「そう、僕の彼女はヘナ・アーティストなんだよ!」と誇らしげにニコニコしていた。


(2016年11月21日 アンジュナ・ビーチ沿いの開放的なレストランで食事)
トランス・ボリウッド
この日が、ゴアでのラストナイト。みんなでレイブ・パーティーに繰り出した。
バキバキのゴアトランスが流れる会場では、バックパッカーたちが集い、みんなが小刻みに揺れて踊っていた。しばらくDJと会場の装飾に目を奪われていたのだが、ふと2人を見る。すると、ほとんどの人が小刻み系ダンスなのに、2人はゴアトランスのリズムに合わせて、なんとボリウッド・ダンスを踊っていた。両手を高く上げて、肩を揺らす。2人が熱い目線を交わし、ダンスでコミュニケーションを取る。この会場では明らかに異彩を放っているが、そんなことはどうでもいいのである。蛍光色の照明が2人にあたる。2人の世界がここにある。
なんかかっこいいなと思って、私も少しボリウッド風に踊ってみた。すると2人が「それそれ!」という目線をくれる。ボリウッド・ダンスが好きなら、周りに合わせる必要なんかない。自分の好きな踊りを踊るのが、一番楽しいんだぜ!と言われているようだった。
パワフルに「好き」を貫く2人を見ていると、どんなことでも実現できるんじゃないか、という気持ちになってくる。異なるカーストでの恋愛、そして結婚。さまざまな抑圧や構造的暴力が働くなかでも、このふたりなら、それを上手いことかわしながら、闘いながら、どうにかできちゃうんじゃないか。
ゴア最後の夜にふさわしい、この瞬間。2人の「トランス・ボリウッド」を眺めながら、溢れ出るパワーにひとり心を震わせていたことは、まだ2人には言っていない。

(ミナクシを抱っこするヨギーシュ。大好きな写真のうちの一つ)
(次回へつづく)

文化人類学専攻の学生、ヘナ・アーティスト、芸術教育アドバイザーとして、様々な国で暮らしてきた「生命大好きニスト」長井優希乃。世界が目に見えない「不安」や「分断」で苦しむ今だからこそ、生活のなかに漂う「空気感」=「バイブス」を言語化し、人々が共生していくための方法を考えていきます。
プロフィール

「生命大好きニスト」(ヘナ・アーティスト、芸術教育アドバイザー)。京都大学大学院人間・環境学研究科共生文明学専攻修士課程修了。ネパールにて植物で肌を様々な模様に染める身体装飾「ヘナ・アート(メヘンディ)」と出会ったことをきっかけに、世界各地でヘナを描きながら放浪。大学院ではインドのヘナ・アーティストの家族と暮らしながら文化人類学的研究をおこなう。大学院修了後、JICAの青年海外協力隊制度を使い南部アフリカのマラウイ共和国に派遣。マラウイの小学校で芸術教育アドバイザーを務める。