対談

日本人の「空気を読む」を創造のスキルへ進化させる

天才オードリー・タンのPlurality(プルラリティ)とは?
オードリー・タン×李舜志

Plurality(プルラリティ)。「多元性」を表すアイデアとテクノロジー。「民主主義の危機」が囁かれ、シリコンバレーが「AIによる大失業の恐怖」を煽るなか、元台湾デジタル発展省大臣のオードリー・タンが共著で上梓した書が、『PLURALITY 対立を創造に変える、協働テクノロジー』(サイボウズ式ブックス)だ。

オードリーら市民ハッカーが、2014年頃から台湾で構築してきた「デジタル民主主義」。上からの一方的な行政ではなく、国民と政府の「双方的な議論」を、民主的な発想とデジタルの新技術で可能にした。

国民は生活の諸問題を解決するアイデアをプラットフォームに投稿、一定数の賛同を得たものは政府が書面で回答。「オープン・ガバメント(開かれた政府)」を実現する基礎として、vTaiwanJoin,PolisといったPlurarity(多元的)なプラットフォームを台湾の社会は実装してきた。

一方でポピュリズムと権威主義に染まりつつある日本。空気を読むばかりの一様な社会で、「多元的」なデジタル民主主義は可能なのか? Pluralityの提唱者オードリー・タンに、Plurality思想の入門書ともいえる『テクノ専制とコモンへの道 民主主義の未来をひらく多元技術PLURALITYとは?』(6月17日発売、集英社新書)の著者・李舜志が聞いた。

*本記事はオンライン上での文書の質疑応答を構成したものです。
構成協力=高山リョウ
写真=オードリー・タン氏(撮影:もろんのん)、李舜志氏(撮影:内藤サトル)

1 周縁の国が世界を導く

 このたびはお忙しい中、お話する機会をいただきありがとうございます。実は、あなたとずっとマジック:ザ・ギャザリングについてお話したかったのです。その理由は、『PLURALITY』日本語版でも触れているように、あなたがかつてこのゲームのプレイヤーであり、その大会のために来日したこと、そしてこのゲームの創始者であるリチャード・ガーフィールドが『PLURALITY』に推薦文を寄せているだけではありません。

 このカードゲームは、差異をこえたコラボレーションにより対立を創造性に変えるPluralityを体現していると思います。たとえばこのカードゲームには強すぎて使用禁止のカードがありますが、それは製作者が意図したことではありません。多くのプレイヤーたちが他のカードとの組み合わせやさまざまなプレイスタイルを取り入れることで、制作者の予想を超えるカードの潜在能力が発見されたのです。これはまさに、Pluralityの精神そのものだと思います。

 私はあまり良いプレイヤーではなかったですが(笑)、制作者によるトップダウンではなく、プレイヤーたちによるボトムアップ型のゲームであることに魅力を感じました。あなたも同様であれば嬉しいです。

タン なんて素敵なサプライズでしょう! あなたのマジック:ザ・ギャザリングに関する指摘は的を射ています。リチャード・ガーフィールドがマジック:ザ・ギャザリングのデザインを始めた際、彼は製作者が想像もできなかったような新しい戦術をプレイヤーが生み出せるほどの、堅固なルールセットを創り出しました。あなたが言及した禁止カードですが、それらは、単一の頭脳では予測できないケースを集団の知性なら発見できる完璧な例です。そして、5つの哲学が衝突しながらも組み合わさるカラーパイ(註:マジック:ザ・ギャザリングにおいて5つの色にそれぞれ割り当てられた機能的な特徴、および色ごとの思想の関係を指す言葉)——それはPluralityの体現そのものです!

「Gathering」というモットー自体も、多様な要素を結びつけることを示唆しています。

 さて、このたび日本語訳が出版された『PLURALITY』ですが、本書の特徴は、アメリカやEUだけでなく、台湾やエストニアなど、従来テクノロジーを論じる際に看過されてきた小さな国々にもスポットライトが当たっている点だと思います。これからテクノロジーの最先端はアメリカなどの大国だけでなく、世界中の国々に広がっていくと思いますか?

タン 周縁こそが先導する――それは、その必要に迫られているからです。エストニアが独立を回復した際、彼らは何のシステムも引き継がなかったため、デジタルファーストなシステムの基盤を構築しました。台湾が外交的な孤立に直面した際、私たちは世界との接点として徹底的な透明性を採用しました。これらは偶然ではありません。これらは私が「圧力こそがダイヤモンドを生む」と呼ぶ事例です。私たちはその後、社会的利益のためのテクノロジーの新たな応用を迅速にプロトタイプ化し、繰り返し検討し、実証しました。これにより、他者が参照し発展させられるオープンソースの設計図として、デジタル公共インフラの基盤を創造したのです。

2 シリコンバレーにはない東アジアの叡智

 あなたは道教とインターネットの類似性についてたびたび指摘しています。インターネットのようなデジタル・テクノロジーは、シリコンバレーなどアメリカのイメージが強いのですが、道教をはじめとした東アジアの宗教や文化は、テクノロジーを受容し活用する上でどのような意義を持つのでしょうか?

タン シリコンバレーがイノベーションのるつぼとしての役割を果たしてきたことは事実ですが、インターネットがその最も深い意味においてつながりと流れの空間として存在する点は、古代東アジアの知恵と深く共鳴しています。

 たとえば道教の「無為」(自然のままであること)という概念と、水のような適応性を尊ぶ思想は、有力な見方を提供します。これは、社会を機械の論理に無理に合わせるのではなく、人間のニーズや社会のリズムに適応するテクノロジーの設計を促します。それはコントロールを強要するのではなく、自発的な発展を育むことなのです。インターネットの初期の設計を想像してみてください。障害物を迂回する道を見つける、水のようにレジリエントなネットワークです。

 また仏教の「縁起」(相互依存的な共生)と「マインドフルネス」は、対象と深く関わろうとする誠実さを育み、注意散漫を軽減するテクノロジーを生み出すための指針となることができます。これにより、刺激に対する反応ではなく内省を促すことが可能になります。禅の簡素さと直接体験への重視は、直感的で使いやすく、ユーザーが力を発揮できるインターフェースの設計にインスピレーションを与えることができます。

 これらの伝統は、テクノロジーが単なるツールではなく、私たちが生きる環境そのものであることを思い出させます。そして、あらゆる環境と同様に、テクノロジーは人間の営みに寄り添い、命を育むものでなければなりません。例えばパンデミック期間中、台湾のアプローチは技術的な効率性だけでなく、「速く、公平で、楽しい(fast, fair, and fun)」を合言葉に、デジタルツールが集団的なケアのように感じられるようにしました。これは非常に関係性重視の考え方です。この点で、東アジアの文化的DNAは他のイノベーションのパラダイムに対して重要な対照点を提示し、補う役割を果たすのです。それによって、テクノロジーが人類全体のために機能するように助けることができます。

3 天才は必要ない、参加する市民が必要。

 vTaiwanやJoinなど(*1)、あなたが関わってこられた台湾のデジタル民主主義の実践はしばしば「奇跡」だと称されます。あるいは、オードリー・タンという天才がいたからだ、とも。デジタル民主主義を奇跡でも、天才が主導するのでもないかたちで推進するために、必要なステップは何だと思いますか?

タン 台湾にあるのは魔法ではなく、オープンなレシピです。最初の材料は、権威主義の集合的記憶であり、これが極端な立場への免疫を付与します。次の材料は、政府のデジタル化以前から存在していた活気ある市民社会です。最後の材料は、政府がその市民社会に浸透することです。

 真のイノベーションは制度的なものでした。例えば、若者が大臣に教える仕組みである「リバースメンター」や、官僚がキャリアリスクを負わずに実験できる「総統杯ハッカソン」(*2)など。これは、普通の人々が普通のことをする中で非凡な成果が生み出されるようなシステムを設計することです。まさにマジック:ザ・ギャザリングのシンプルなルールが無限の組み合わせを生むように。

 民主主義は発酵のための元種のようなものです。適切な条件と忍耐が必要ですが、一度根付くと驚くほどレジリエントで、共有できるものです。天才は必要ありません——ただ、参加する市民が必要なのです。

4 「空気を読む」を創造のスキルへ

 日本は調和を重んじる国だとよく言われますが、同時に「空気」が支配する国だと言われることもあります。このような日本社会で、多様な声を歓迎し、対立を創造に変えることはできるのでしょうか?

タン 日本の調和を重んじる価値観と「空気を読む」という実践は、高度な社会的知性の現れです。課題であり、同時にチャンスでもあるのは、この調和の追求が、意図せずして貴重な少数派の意見の抑圧や、建設的な反対意見との対話を避ける傾向に陥らないようにすることです。

 デジタルツールはここで重要な役割を果たすことができます。Polisのようなプラットフォームは(*3)、匿名で意見のスペクトラムを可視化することで、集団の「空気」をより明確にすることができます。これにより、個人が「空気」に逆らって意見を表明することで社会的地位をリスクにさらすことなく、合意がどこにあるか、多様な視点がどこに集まっているかを把握できるようになります。これは、同調圧力によって隠蔽されがちな「意見や価値観の違いが浮き彫りになる領域」を見つけるのに役立ちます。

 目指すべきは「空気を読む」感度をなくすことではなく、その感度をより多くのデータで豊かにし、多様性を包摂する力へと進化させることです。これは「空気を読む」という行為を、多様性に対する潜在的な制約から、広範囲の貢献を統合し意味づけする高度な社会的スキルへと変革し、それによってよりダイナミックで創造的な調和を育むことなのです。

 あなたの本は、日本において幅広い読者の関心を引き付けると思います。それは、多くの人々がデジタル民主主義の推進にさらに取り組むきっかけとなるでしょう。一人ひとりの読者がその普及と影響力を深化するためにできることは何でしょうか?

タン もし『PLURALITY』が触媒であるなら、その真の価値は、読むことではなくそれによって生まれる行動に現れるでしょう。

 まず、本書の内容がご自身の経験や地域の文脈とどのように共鳴するかを考えてみてください。次に、それを会話、読書会、オンラインフォーラム、または短いブログ記事など、さまざまな形で共有してください。アイデアを最も効果的に広める方法は、それを自分なりに解釈し、情熱を持って共有することです。

 コミュニケーションの仕方には注意してください。問題の指摘にとどまらず解決策を共有し、異なる意見を持つ人とも積極的に合意できるポイントを見つけ出そうとすること、それが建設的な対話を促進するカギです。

 一晩で国家全体を変える必要はありません。小さな実験から始めてみましょう。地域の課題解決に「デジタル・デモクラシー2030」のツールを導入したり、クラブで透明性のある予算議論を始めたり、住んでいる地区でブロードリスニングを試したりしてください。こうした小規模な取り組みは、具体的な事例を提供し、他の人にとっても弾みとなるでしょう。

 民主主義は状態ではなく実践です。そして、実践はマニフェストを通じてではなく、日々の小さな繰り返しを通じて広まります。やがて、ある日、世界が変わったことに気づくでしょう——革命ではなく、共に生きるための幾多の小さな実験を通じて。

 さぁ、この無限のゲームを共に築いていきましょう。

 (*1)
 台湾のデジタル民主主義を推進してきた市民ハッカーのコミュニティ「g0v(ガブゼロ)」が構築したプラットフォームがvTaiwanであり、Joinである。vTaiwanは国民と政府が双方的に法案を討論できるプラットフォームとして2014年に構築。ピーク時には約20万人のユーザー(台湾人口の約1%)が参加し、Uber進出時のライドシェア規制など28の問題について詳細な審議が行われ、そのうち80%が立法措置につながった。

 Joinは2015年から公開されている2つめのプラットフォームで、市民からの提案で60日以内に5000件の賛同を得られたものには、行政は2ヶ月以内に書面で返答する義務がある。2017年には16歳の女子高校生による「プラスチック製の皿やストローの使用禁止」の提案が熟議の末に法案として提出され、プラスチック製ストローの使用が段階的に禁止されることになった。Joinは創設以来、人口の約半数が継続的に使用しており、1日あたり平均1万1千人の重複なきビジターがいる。

 (*2)総統杯ハッカソンは2018年より台湾総統府が毎年開催している政策提案の大会。政府が提供するオープンデータを活用して、民間のチームから公共政策の改善案を募集し、その内容を競う。上位5チームが表彰され、受賞したアイデアは政策として実行される。過去に国内外から1000件以上の応募があり、「電子カルテ等の導入による遠隔地診療の改善」などが実装された。

 (*3) PolisはvTaiwan上で使用されている、合意形成のためのソーシャルメディア・ツール。2015年のUber台湾進出時の議論の際にも使用された。議題となる投稿に対して「賛成」「反対」「パス・不確定」の選択肢のいずれかをクリックすると、オピニオンマップ上に投票結果として集計され、匿名のアイコンとしてグループ表示される。マップ上には各グループの代表的な意見が表示されるが、「賛成か反対か」の二項対立ではなく、意見分布がスペクトラムとして表示されるため、グループ間の分断を「橋渡し」する視点が提供される。さらにユーザーが橋渡しを促進する質問をすることで、新たな視点の議論が生まれ、合意形成への道が開ける。

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プロフィール

オードリー・タン

(唐鳳)
1981年、台湾・台北市に生まれる。元台湾デジタル発展省大臣。幼い頃から独学でプログラミングを習得し、14歳で中学校を自主的に退学。その後、複数のスタートアップ企業の立ち上げにプログラマーとして関わった。19歳で渡米し、シリコンバレーにてソフトウェア企業を創業。2005年には、プログラミング言語Perl6の開発における貢献が国際的に評価される。2014年には米アップル社にデジタル顧問として招かれ、SiriをはじめとするAI関連プロジェクトに参画。その後、ビジネス界から引退し、蔡英文政権で、当時35歳で行政院(内閣)メンバーに任命され、政府のデジタル化を推進する役割を担った。

李舜志

(リ・スンジ)
1990年、神戸市生まれ。法政大学社会学部准教授。東京大学大学院教育学研究科博士課程修了。博士(教育学)。日本学術振興会特別研究員、コロンビア大学客員研究員などを経て現職。著作に『ベルナール・スティグレールの哲学 人新世の技術論』(法政大学出版局)。

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