「仕事に疲れて休みの日もスマホばかり見てしまう……」「働き始めてから趣味が楽しめなくなった……」。このような現代人の悩みに文芸評論家の三宅香帆氏が向き合い、新書大賞2025、書店員が選ぶノンフィクション大賞を受賞した新書が『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』(以下、『なぜ働』)である。
そんな『なぜ働』に共感したのが、芸人や「DayDay.」「オードリーのオールナイトニッポン」などの放送作家として活躍する佐藤満春(サトミツ)氏である。2024年に刊行した『凡人の戦略 暗躍する仕事術』(KADOKAWA)ではさまざまなフィールドで活躍するための「頑張りすぎない」方法を記したサトミツ氏は、『なぜ働』で示された労働観をどのように考えたのだろうか?

『凡人の戦略』と『なぜ働』の共通するテーマ
三宅 サトミツさんの『凡人の戦略』は『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』のテーマと被るところがあると、今回改めて『凡人の戦略』を拝読して思いました。
佐藤 確かに『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』では「半身」で働くことの重要性が結論として訴えられていますが、そのあたりは僕の本とも似てますよね。この本でとてもいいと思ったのは、「なぜ働いていると本が読めないのか?」という疑問に対して「半身」という結論を、行動としてしっかり書いてくれていることです。現代人が抱えている悩みをこれだけ具体的に解決策まで提示してくれるのはすごくありがたかったですね。
三宅 ただ「半身」という結論に対しては、上の世代から仕事は「全身」が前提じゃないと、と言われがちなんです。
佐藤 確かにそうでしょうね。
三宅 実際、私の周りにいる人を含め、全身で仕事せざるを得ない人もいることは確かなのですが、ただ全員が全身で働き続けると社会全体が続いていかないと思っているんです。その辺りの伝え方も含めて難しいと感じましたね。
サトミツさんの本で興味深かったのは、そうやって全身全霊で働く人が多い中で、どうすれば仕事をコントロールできるのか、という話をされていたことでした。
例えば、自分に合わない仕事が無くなりストレスが減るんだ、と考えれば仕事を継続して頼まれなかったときにも落ち込む必要はない、と書かれているところが印象的で。こういう考え方は、まだ誰もちゃんと言語化していなかったと思います。
その分空いた時間を、インプットを増やすのに使った、という話をオードリー若林正恭さんとラジオの中でもされていましたよね。
佐藤 聞いていただいてるんですね、ありがとうございます。あの番組は割と自分の仕事の裏側まで含めて全部話しているので、嬉しくもあり恥ずかしくもあるというか(笑)。
三宅 人前に出る立場の人は、仕事を楽しくやる必要があると思うんです。ただ、その時に仕事のモチベーションをどう置くかとか、年齢を重ねる中でフリーランスはどう働くべきなのか、といった話をオフでされているのも面白く聞いています。
佐藤 ありがとうございます。

あんなに栄養ドリンクを売られているのが良くない
佐藤 それと、この本の中の「読むことが働くことのノイズになる」という一文はとても印象的でしたね。働くことでさまざまなものをインプットする余白が無くなってしまうのはすごく分かります。
三宅 この本を書き始めたきっかけが『花束みたいな恋をした』を見たことなんです。そこで、主人公の麦くんという男の子が働き始めてから本を読んだり映画を見ることができなくなってしまい、パズドラしか出来なくなってしまう。麦くんの中に「余白」が無くなってしまったんですよね。こういう状況は多くの社会人が経験しています。でも、フィクションで描かれたのは、それがほぼ初めてだったと思います。書籍としてもそうしたテーマを扱う本はほぼ無かったので、そこにアプローチしてみたいなと。それが最初の執筆動機でした。
佐藤 確かに、麦くん状態になっている人だらけな気がします。仕事至上主義になっていて、本屋に立ち寄る暇もないのに、なぜかスマホのゲームだけはできる……みたいな不思議な状態になってしまっている。そこから脱却するには生き方そのものを変えないと難しいですよね。
三宅 サトミツさんも忙しいときに、インプットができない状態になったりしましたか?
佐藤 本に限らず、エンタメ全般を見る余裕もないし、見ようとも思わない時期がありました。僕は放送作家として芸能ニュースを扱うことが多いので、今流行っている映画をダイジェストで見ることもあるんです。でも、それでその映画を知った気になってしまって、もう見なくてもいいや、となってしまったりする。正直、映画館で2時間の間じっと座るのも面倒になってしまったり。その間に仕事の連絡が来たらどうしよう、とかそういうことを思うようになってしまっていましたね。
三宅 なるほど。そういう状態になったとき、生き方を変えるスイッチを入れるのは難しいと思うんです。変化するきっかけなどはなにかあったんでしょうか?
佐藤 やはり体調を崩したことですね。37歳と44歳の時です。元々、寝れないことが悩みではあったんですが、栄養ドリンクでなんとかしのいでいました。今考えれば、あんなに栄養ドリンクを売っているのが良くない(笑)。
三宅 それはとても思いますね。栄養ドリンクでとりあえずなんとか出来てしまうのは不健全。
佐藤 そうなんです。でも、結局体調を崩して、仕事を依頼される喜びと体力が追いつかなくなってきたこととのジレンマを感じました。そのとき、これは自分が決めないと仕事は減らないなと。

京都と町田は「防御網」
三宅 サトミツさんのお話を聞いていて思ったのは、居住地が変わったことも大きかったのかなあ、と。町田に引っ越しをされましたよね。
佐藤 それも大きいです。町田に家を買って基本的にはそこで一生住むという意思決定をしたわけで。
三宅 私は普段、拠点が京都なんです。たまに仕事で東京に行くんですが、東京に来るとやっぱり仕事モードというか、競争モードに飲み込まれる感じがあって。
佐藤 なんだかありますよね、東京のそういう感じは。やっぱり京都に戻ると安心する感じがありますか?
三宅 京都に戻ると圧倒的に本がよく読めるんですよ。東京だと、どこかそわそわしてしまいますね。
佐藤 なるほど。三宅さんにとっての京都とか、僕にとっての町田みたいなものはある種、防御網みたいになっていると思うんですよね。そこにいることによって、インプットする余白が生まれることがあるような気もしますね。
三宅 防御網、という考え方はすごく面白いですよね。サトミツさんの本は常にこの「防御網」の話をしていると思います。打ち上げに行かない、みたいな話もそうですし。その考え方は「テレビ」という、ある種特殊な業界で働く中で身に付けられたものなんでしょうか?
佐藤 そうですね。業界の中にいて居心地が悪い状態があまりにも多くて。本当は打ち上げも行った方が楽なんですが、行くとやはり何となく決まり悪くて。それを回避して自分の場所を見つけてなんとかしてきた、その試行錯誤の記録が『凡人の戦略』かもしれません。
三宅 私もお酒が弱くてあまり飲み会などには出席しないんです。出版業とテレビ業界では事情も違うと思うのですが、やはり出版業でもご飯を食べて仕事が始まる、というような文化が割とある。仕事を始める前にご飯を食べた人をとりわけ信頼する考え方がいまだに根強いじゃないですか。
佐藤 本当にそうですよね。あれは、なぜなのか。
三宅 もはや人類に埋め込まれたプログラム的なものかもしれないとさえ思います。だから、私の中では飲み会が得意な人への憧れみたいなものが割とあるのですが、サトミツさんの本に勇気づけられたのは、そういう道じゃない方法もある、ということでした。テレビ業界にすらあるのだから出版業界でも……と。
佐藤 そうですね。結局飲み会に行かないとか、人見知りでいるとなると、実力でやっていくしかないじゃないですか。だからかなり厳しい道のはずなんです。
それこそ、僕はかなり大きなイベントでも打ち上げに行かないし、「得はしないな」と思いながらも、無理なものはもういいよねっていう。
三宅 それがストレスになる人もいることがなかなか理解されづらい気がして。働き方改革とか、昔よりも飲み会の変化がすごくあるとは思いつつ、まだまだその考え方は一般化していませんよね。その中でサトミツさんのような仕事術がもっと世間でシェアされたらいいのにな、と思いました。

(後編に続く)
取材・構成:谷頭和希 撮影:内藤サトル
プロフィール

三宅香帆(みやけかほ)
文芸評論家。1994年生まれ。高知県出身。京都大学大学院人間・環境学研究科博士前期課程修了(専門は萬葉集)。2024年に刊行した『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』は、新書大賞2025や第2回書店員が選ぶノンフィクション大賞を受賞。ほかの著作に『娘が母を殺すには?』『好きを言語化する技術 推しの素晴らしさを語りたいのに「やばい!」しかでてこない』『30日 de 源氏物語』『(読んだふりしたけど)ぶっちゃけよく分からん、あの名作小説を面白く読む方法』『文芸オタクの私が教える バズる文章教室』『人生を狂わす名著50』など多数。
佐藤満春(さとうみつはる)
1978年2月17日生まれ。東京都町田市出身・町田市在住。お笑い芸人(どきどきキャンプ)として活躍しながら、現在はニッポン放送「オードリーのオールナイトニッポン」、日本テレビ「DayDay.」など16本の担当番組を抱える放送作家/構成作家としても活動。また、トイレ博士・掃除マニとしても活動し名誉トイレ診断士/トイレクリーンマイスター/掃除能力検定5級/整理収納アドバイザー3級の資格なども持つ。