東大生の就職先ランキングの1位が「コンサル」であることを入り口に、現代のビジネスパーソンが抱える「成長への焦り」と「仕事への不安」を描いたことで話題を呼んでいる『東大生はなぜコンサルを目指すのか』。その刊行を記念し、著者のレジー氏と人材育成・組織開発を支援する「Momentor」の代表である坂井風太氏が、ビジネスパーソンを取り巻く「成長」と「安定」について考える。

「縦と横」で時代をメタ的に捉える
坂井 『東大生はなぜコンサルを目指すのか』、大変面白かったです。入り口は身近な疑問でありながら、最終的には今の時代の価値観を俯瞰的に見る本になっていくのが興味深いと思いました。
現代のように情報が洪水状態になっていくと、ある一つの価値観が正しいという主張が目立つようになっていきます。その強い主張をメタ視点で眺めないと、誰かが恣意的にコントロールしてる価値観に乗せられてしまう。この本はまさにメタ的に捉えることをうながす、良い書籍だと思います。
レジー ありがとうございます。今おっしゃっていただいた「俯瞰する」ことは、僕が文章を書くうえで気を付けている一つでもあります。僕はいままで共著を入れると4冊本を書いてきたのですが、扱っているテーマは音楽、サッカー、教養、働き方と一見バラバラです。ただ、何を取り上げているかに関わらず、今起こっていることを「縦と横」の視点で俯瞰して捉えるアプローチについては共通しています。ここで言う「縦」は時間軸としての歴史的な視座、「横」は同時代の現象のことですね。今回の本でも、この縦と横を組み合わせることで、身近なテーマを時代という大きな話に接続することにトライしています。その構造を捉えていただけたのはすごくうれしいです。
坂井 もう一つ面白いと思ったのは、メタ的に状況を捉えているけれども、その語り方は冷笑的でも虚無的でもないことです。本の最後がどう着地するのかと思って読んでいたのですが、最後にジョブクラフティングが出てくるとは思いませんでした。メタ的な視点に立つけれど、斜に構えるでもなく、虚無になるわけでもなく、自分自身で楽しい人生を作り出したほうがいい、と前向きに終わる点が良いですよね。
レジー 僕自身、会社員をやりながら文章を書いていて、年収を上げる転職もこれまで経験してきています。この本で書いた「成長」に囚われている状況の当事者的な観点もあって、冷笑できる立場にはないんです。だからこそ、そのような内容になっていったんだと思います。

コンサルブームと氷河期世代
坂井 この書籍は、特に誰にどういうメッセージを伝えたいと思って書かれたんですか?
レジー 明確に誰というがあったわけではないのですが……今回働き方に関連する本を書くにあたって、自分と同世代で会社員をやっている人に伝わるものになるといいなと思っていました。僕自身は2004年に就職していて、ちょうど就職氷河期の最後の世代なのですが、その中で相対的にはうまくいっている側の人間だと思います。でも、実はそういう人たちの語る言葉としてオーソライズされたものはあまりない感覚があります。どうしても氷河期世代は不遇の世代として扱われるので、その分そうではない人の居場所が微妙だったりするんですよね。そういう人たちにとって、これからどうやって生きていくべきかを考えるきっかけを提示できればいいなという思いがありました。
坂井 就職氷河期の話が出ましたが、この本を読んで思ったのが、現在のコンサルブームは、2000年代に流行ったネオリベ的な価値観の延長上にある生き方なんだろうなということでした。
ストーリーとして、「これからは会社に頼れない”個の時代”である。そのためには市場価値を上げる必要があって、成長し続けなければならない」という宗教的でさえある新自由主義的な考えのもと、走り続けなきゃいけない。それが正しいかどうかはわかんないけど、それ以外の価値観を持たないから、そうなってるんですよね。
そういう考えが時代を支配する中で、この本は「成長」や「市場価値」みたいな曖昧で幻想的な価値観に踊らされないで人生の価値を考えようと呼びかけているのがすごく良いなと思いました。
レジー いわゆる新自由主義的な考え方自体が駄目というよりは、無意識のうちに我々がそう思わされているのかもしれない、という問題提起をこの本でできればと考えていました。なんですよね。
コンサルが東大生の人気就職先になる裏にある本音は「安定したい」からだったりします。表向きには競争を好んでいるようで、内面では安心を求めている。このねじれはなんなんだろうなと。
安定が欲しいのならコンサル以外にも道があるはずですし、「成長」だけに囚われるのもやっぱり視野が狭い。この点については、さっき話した自分と同世代の人以上に、より若い人たちに伝わるといいなと思っています。
「起業家ヒロイズム」が惑わせるもの
坂井 今の話ですごく胸に響いたのは、私が最初に入社したDeNAがまさに「安定を得るために成長する」ような会社だったからだと思っているためです。私が入社したときのDeNAは「東大生が一番入る会社」みたいなブランディングをしていたんです。一見、挑戦意欲が高そうな学生を揃えているように見えるのですが、中身はかなり保守的な人が多い。商社のように安定している会社に入ったほうが幸せなんじゃないか、と思う同僚もかなりいました。そして、それは全く悪いことではないんです。す。結局、就職先の人気ランキングに入る会社に来る人は、挑戦より安定を望んでいるから会社側とは違うニーズを持っている。そこにねじれが生まれています。
レジー むしろ商社のように安定感のある会社にいるからこそ色々な挑戦ができることもありますよね。
坂井 そうそう。結局、スタートアップはお金が無いので。
レジー そうですよね。本の中でも「何で商社辞めてベンチャー行ったの!」というミームを取り上げましたが、商社にいるのに「ここでは成長できない」と思うのは一種の気の迷いとしか思えません(笑)。その一時の迷いから、人生を踏みはずしてしまう人がいる。自分の感覚として、40歳を越えたくらいから大企業で我慢していた人たちが徐々に大きな仕事をし始めているように思います。成長を焦ってベンチャーに行った人の方が、実はキャリアの幅を狭めてしまっていたり……
坂井 そうなんです。本当に欲しいのは安定なのに「成長と挑戦」という価値観に染まらなければいけないという無限に続くらせん階段を上ってるだけなんですよね。
スタートアップで挑戦していない自分はかっこ悪い、プロフェッショナルとして己を磨き続けないとカッコ悪い、という価値観が刷り込まれてるんです。これは起業家として挑戦し続けるのが大事なんだ、「起業家ヒロイズム」と似ています。
レジー 『ファスト教養 10分で答えが欲しい人たち』や『東大生はなぜコンサルを目指すのか』で書いた本田圭佑の話にもつながりそうです。彼も次々に挑戦をせずにはいられなくて、価値あることもやっている反面、「挑戦が目的化しているのでは?」というような何とも言えない取り組みを進めているケースも結構ありますよね。
坂井 そうですね。そうやって「成長」に囚われていると、人に過度に攻撃的になってしまうところも見受けられますよね。挑戦している起業家の足を引っ張るな、みたいな言説があると思うんですが、まさに「挑戦」「成長」という価値観が支配的になっていることを示す主張であると感じます。

「積極的ニヒリズム」でバランスをとる
坂井 そこでは「成長」という一つの価値尺度に囚われすぎて、人生の多面性が失われてると思ってます。私は人生の多面性が大事だと思っているんです。これは、三宅香帆さんが『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』で書かれていた「半身」の話と通じる部分があります。全身ではなくて半身の生き方をして、片方の自分を「こういう生き方をしている自分がいる」ぐらいの距離感で見ないと、自我がどんどんと一つの価値観に持っていかれてしまう。
レジー 坂井さんがおっしゃっていた「ライフキャリア・レジリエンス」の話にも通じますよね。この社会の中で、どれだけ自分の中のバランスを取っていけるかがすごく大事だなと思います。
坂井 今話していて思ったんですが、僕の思想は「積極的ニヒリズム」なんですよ。世界のすべては「虚構」だと思っている。今は資本主義というルールで世界は動いているけれど、それは誰かが決めた虚構的な価値観だと考えている。絶対的なものじゃない、ということですね。でも、だからといって別に全てが「無」というわけではなく、虚構だからこそ自分がもっとも好きなものを選ぼう、みたいに積極的にこの状況を受け入れていく。
だから、レジーさんの本は僕の考え方と似てると思っていて。一度、全ての価値観を相対化して書かれているじゃないですか。その上で、個人が進みたい道をどれか選べばいいんじゃないか、というスタンスだから良い本だと思ったんです。
レジー 確かにそうかもしれません。起こっていることにはそれなりの理由があるし、まずはそれを理解しないことには始まらないと思っています。そうやってどんなルールで世界が動いているかを認識していくと、何かを全否定するというスタンスにはならないですよね。全否定の手前で踏みとどまったところで、何を選び取るか考えるのが重要だと思っています。

『なぜ東大生はコンサルを目指すのか』は「没頭」に抗う本だ
レジー ここまでの流れと関係するような、しないような話なんですけど、僕はいわゆる「推し活」と呼ばれる価値観や行動にどうしても苦手意識があります。好きなアイドルはたくさんいますが、それを「推し」と呼ぶのには抵抗がある。その背景には、推し活というものが「なぜこれが流行っているんだろう?」といったその現象の相対化につながる問いを全部無効化するものだからというのがあります。
坂井 ある意味、宗教ですよね。
レジー はい。外部からの面白い読み解きがあっても、「推しがこう言っているから」「公式はそう言っていないから」で片付けられてしまうことも多いですよね。作品に潜む無意識を楽しむことが許容されないのも、息苦しさを感じる大きな理由です。
坂井 自分の夢を推している対象に仮託することで「◯◯を応援してる私」になるんですよね。代替宗教としての没頭ですよね。
レジー まさに「没頭」ですよね。そう考えると、今回の本は没頭に対して抗う本なのかもしれない。成長への没頭とは異なる考え方をいかに深めるか、というか。
坂井 「ゾス」なんかも、まさに「没頭」ですよ。
レジー 『東大生はなぜコンサルを目指すのか』について麻布競馬場さんと対談したときに、「成長」と言って過剰に働いてしまうのは暇だからだ、という話題が出たんです。「暇」で不安であるときのよすがが、会社に行って「成長」のために「没頭」することになっている現状がある。それとは異なる人生の選択肢の提示に挑戦した本としても読めるかもしれません。
(構成:谷頭和希)
プロフィール

レジー
批評家・会社員。1981年生まれ。一般企業で経営戦略およびマーケティング関連のキャリアを積みながら、日本のポップカルチャーについての論考を各種媒体で発信。著書に新書大賞2023入賞作『ファスト教養 10分で答えが欲しい人たち』(集英社新書)のほか、『増補版 夏フェス革命 -音楽が変わる、社会が変わる-』(blueprint)、『日本代表とMr.Children』(ソル・メディア、宇野維正との共著)。X(旧Twitter) : @regista13。
坂井風太
さかいふうた Momentor代表。1991年生まれ。DeNA新規事業部でのインターンを経て、2015年DeNAに新卒入社。DeNAトラベル(現エアトリ)に配属後、16年にゲーム事業部、17年に小説投稿サービス『エブリスタ』に異動。サービス責任者、組織マネジメント、事業統括を担当。19年にエブリスタならびにDEF STUDIOSの取締役に就任。20年にエブリスタ代表取締役社長、経営改革とM&Aなどの業務を経験。22年8月DeNAとデライト・ベンチャーズ(Delight Ventures)から出資を受け、人材育成・組織強化をサポートするMomentorを設立。