明治時代からの働き方とベストセラー史を通覧することで、日本人の趣味と働き方を捉えなおした『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』(以下『なぜ働』)。30万部を突破した本書は、多くの共感を集めている。
同じく「好き」を仕事にする難しさや喜びを描いた著書『凡人の戦略』を持つ芸人・放送作家の佐藤満春(サトミツ)さんも、そのひとり。三宅香帆さんとの対談では、現代のエンターテインメント作品の在り方や、作品作りとの向き合い方を考えます。

世間の流れと自分の歩調をどれぐらい合わせるべきか
佐藤 三宅さんに聞いてみたかったのが、最近ヒットしている書籍についてどう思われているのか、ということです。例えば世の中で大ヒットした作品で、いまいち僕にははまらないということがあって…。本を読んで説明書を呼んでいるような気分になってしまうのは何故なのでしょうか。
三宅 最近だと、「解かれるべき謎」という目的があってそれに向かって行動がある、という話の方が若い人は読みやすいのかな、という気がします。これまでの物語にあったような、目的を生み出す動機とかトラウマみたいなものがない方が好感度が持てるというか、自分たちのヒーローとして崇められるんじゃないか、という感覚はありますね。
佐藤 なるほど。どうなんでしょう、そういう時代の空気感のようなものがあって、三宅さんの書かれる本はこうした世間の流れにどれぐらい影響を受けるものなんですか?
三宅 難しい問題ですよね。世間の流れと自分の書いているものの歩調をどれぐらい合わせていくか、悩んでいます。『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』のAmazonレビューでも「結論が遅い」というのがけっこうあるんですよ。
佐藤 確かに最近は音楽でもイントロを下手に遊ばせない、と言いますよね。なるべく結論を早く言ったり、見せ場を早く持ってくる。
三宅 ただ、自分的にはそういうコンテンツの受容態度こそが、実はノイズを避けて生きていることだと思っていて、この本ではあえてその謎を解くために歴史の話に迂回してノイズを生み出しているんですよね。アマゾンのレビューはここを捉えて、「結論が遅い」と言ってるのだと思います。
こういう感想を見るにつけ、次の本は早く種明かしをした方がいいのかどうか、ということも考えています。
佐藤 なるほど。
三宅 なので意識としては、パッケージングは現代の流行に寄せつつ、言いたいことは時代の空気とは違ったことを述べる意識が強いかな、と。本は他のメディアより広まるのが遅いので、パッケージと中身が違っていても意外と手に取ってくれる手応えはあるのかなと思っています。
逆にサトミツさんは、テレビというメジャーなコンテンツを作られていますが、そのときには今の流行に合わせて作られてるんでしょうか。『凡人の戦略』を読んだり、ラジオなどを聞いていると、ある意味それに抵抗しているみたいなものもあるのかなとおもったり。
佐藤 ビジネスとして結果を出さなきゃいけない、となったときにはどうしてもせめぎ合いになるんですが、お笑いにおいてもそういう風潮がある場合は、わりかしそれにピュアに乗って制作は行いますね。
ただ、『凡人の戦略』に関しては書籍が本業ではないからこそ、今の出版業界の流行を意識しすぎることなく、気楽に作れましたね。三宅さんは特に書籍だとその流行をすべて知った上で、あえてそこから距離を取ろうとされている印象も受けるので、大変だと思います。
三宅 私の場合、昔から自分が好きなものは世間とは少しズレている感じがあって、だから流行っているものは流行っているものとして見る癖が付いていますね。その中で自分が好きなものと世間との共通項を探す作業をしているというか。
まあ、そもそも「本好き」自体が限られた狭いコミュニティではありますし。

本の魅力を伝えるチャネルはたくさん持っておきたい
佐藤 三宅さんがすごいと思うのは、やはり「本」で食べていくというのが、限られた人にしかできないことじゃないですか。それを成り立たせているのがすごいと思って。
そもそもの質問で申し訳無いのですが、文芸評論家って何をする職業なんですか?
三宅 仕事としては、自分の本を書いたり書評を書いたりYouTubeで喋ったりして、本の魅力を伝える仕事だと考えています。本を読む人自体が減っているので、そこをどうにかしたいなと。
佐藤 なるほど。じゃあ話す仕事も結構されるんですね?三宅さん、とても話がうまいなと思っていまして。その謎も解きたかったんです(笑)。
三宅 ありがとうございます(笑)。これまでの有名な批評家の方って、本ももちろん面白いのですが、同時に話せてなんぼみたいなところもあるんですよね。それが小説家との違いだなと思っていて。だから自分もそうならねば、みたいに思っている節はあります。
佐藤 そうなると、求められるスキルは多岐にわたりそうですね。
三宅 そうですね。やっぱり現代だと話した方が本を手に取ってもらえることも多いですしね。本の魅力を伝えるチャネルはたくさん持っておいた方がいいかな、と。でも、佐藤さんもご自身が出役でありながら放送作家もやられてますよね。その2つが常に両方あると、疲れたりしませんか?
佐藤 それぞれに求められることがあるので、頼まれたら出るし、裏役を頼まれたら裏方をやるし、どちらでも自分の中では同じ感じではありますね。頼まれたものを粛々とやっています。
三宅 考える時間が無い、みたいなことにはなりませんか?
佐藤 そうですね、基本的には仕事人間ではあるので無くなりそうなんですが、今は仕事と考える時間を分断する日を一応作っているので、なんとかなっています。家族の理解もあって、家には帰るけど部屋から出ないでいいっていう時間を許してもらっていて。そこで数時間本を読む……みたいなことをしています。
三宅 なるほど。私も一人で考える時間がないと、やっていられない気持ちになります。

もはや僕はみんなに忘れられてもいい、とさえ思っている
三宅 でも、そういう風にうまくご自身をコントロールされながら、いろいろ大きなお仕事をされているのがすごいです。
佐藤 僕は能力でいえば、本当に全部平凡だと思っているんです。そんな中である程度大きなお仕事をさせてもらえてるのは、その時々で出会った人に対して最大限尽力しようとしてきたことも大きいのかな、と。そもそも人見知りだから人と出会える確率も低いですし、そこでたまたま出会った人に対して最大限満足してもらえるような仕事はいつも心がけていますね。
三宅 こういう言い方がふさわしいのかわからないですけど、非常に謙虚ですよね。
佐藤 いろいろな作家さんがいる中で佐藤にこの仕事を頼みたい、という人がいるわけじゃないですか。そのとき、引き受けるからにはオファーしてくれた人が良かったと思える仕事をしよう、というのがまず考えることですね。その後で、作品とか番組全体がより良くなるならそうしたい。
正直、作ったものが世の中に承認されたいみたいなことはまったく思っていなくて、もはや僕はみんなに忘れられてもいい、とさえ思っている(笑)とにかくオファーしてくれた人が満足してくれるかどうかを気にしています。
三宅 すごい……!私はまだその境地には達してないですね。
佐藤 だから、まずは僕にオファーした人がどういう意図で僕を雇ったのかどうかを先に考えますね。先方に直接聞く場合もあるし、ピントを合わしていく作業をしていますね。
これは本作りでも同じで、いろいろと面白い人がいる中でわざわざ僕に書籍を依頼してくれるんだったら、編集者の人が僕に頼んで良かったと思って欲しい。
三宅さんは本の依頼がきた時、自分が書きたいテーマじゃなかったらどうするんですか?
三宅 テーマというより、誰と一緒に作るのかを重視しているところはありますよね。
佐藤 何を書くかというより、誰とやるかってことですね。
三宅 はい。編集者さんでも、まだ自分が書いていない切り口を提案してくれる人はありがたいと思います。そういう人と仕事をしたいし、そういう人から連絡が来てほしいですね。
佐藤 そういう意味では、番組作りも本作りも「誰と作るか」が大事だということは変わらないですね。
(取材・構成:谷頭和希 撮影:内藤サトル)

プロフィール

三宅香帆(みやけかほ)
文芸評論家。1994年生まれ。高知県出身。京都大学大学院人間・環境学研究科博士前期課程修了(専門は萬葉集)。2024年に刊行した『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』は、新書大賞2025や第2回書店員が選ぶノンフィクション大賞を受賞。ほかの著作に『娘が母を殺すには?』『好きを言語化する技術 推しの素晴らしさを語りたいのに「やばい!」しかでてこない』『30日 de 源氏物語』『(読んだふりしたけど)ぶっちゃけよく分からん、あの名作小説を面白く読む方法』『文芸オタクの私が教える バズる文章教室』『人生を狂わす名著50』など多数。
佐藤満春(さとうみつはる)
1978年2月17日生まれ。東京都町田市出身・町田市在住。お笑い芸人(どきどきキャンプ)として活躍しながら、現在はニッポン放送「オードリーのオールナイトニッポン」、日本テレビ「DayDay.」など16本の担当番組を抱える放送作家/構成作家としても活動。また、トイレ博士・掃除マニとしても活動し名誉トイレ診断士/トイレクリーンマイスター/掃除能力検定5級/整理収納アドバイザー3級の資格なども持つ。