ショーケンが名匠に起用され続けた理由
山本 そう考えてみると、萩原さんはその時々の名匠と、ほとんど仕事をしているんですよね。深作さん、工藤さん、神代さん……。
佐藤 市川崑、野村芳太郎監督もそうですね。脚本家になりますが、『傷天』の市川森一さんや倉本聰さんといった、テレビ界の大物とも仕事をしている。
小堺 『前略おふくろ様』(75〜76年/日本テレビ系)ですね。あとは映画だと、斎藤耕一監督の『約束』(72年)は、スチルカメラマン出身の斎藤監督のきれいな映像と、宮川泰さんの音楽もステキで、個人的に大好きな1本ですね。
山本 あと何といっても黒澤明ですよ。勝新太郎さんが降板した『影武者』(80年)!
小堺 そういえば、勝アカデミーの友人が、『影武者』に出ているんです。萩原さん演じる武田勝頼の騎馬隊が銃で次々と倒されていく、というシーンで萩原さんの小姓として後ろに映っています。
佐藤 クライマックスの長篠の戦いですね。
小堺 勝頼は敗戦を目の当たりにしてへたり込むんですが、その友人から聞いた話だと、そのシーンの撮影が大変だったらしいんですよ。撮影が始まったら、黒澤監督が萩原さんの演技を止めて「(黒澤監督の声色で)そうじゃないんですよ。萩原くん、初めて見たんだよ、自分の軍勢が負けるのを。お願いしますよ」とおっしゃる。
山本 伝説の黒澤演出だ。
小堺 そこから「カット! 違います!」「カット! 違う!」「カット! だからお前は世界に行けないんだよ!」と、どんどん口調も厳しくなって、結局その日の撮影は終了したらしいんです。
佐藤 怖いなあ。
小堺 その夜、友人たちは大部屋に泊まっていたらしいんですが、突然ジャック・ダニエルのビンを抱えた萩原さんが大部屋に入ってきて、彼らに向かって「おい! 俺のどこが違うのか教えてくれ! 何が違うんだ!」って訴えるんですって。説得しても「明日『もう1回』って言われたら、オレはケツまくるからな!」と吐き捨てたらしく……。
山本 それも怖い!
小堺 それで、翌日ですよ。よくラビー(関根勤)が、「黒澤組の撮影時の静寂は、『シーン』より『シーン』なんだよ。針の音がしてもわかるくらいに」と大滝秀治さんから聞いた話をしてくれるんですけど、まさにそんな感じの緊迫した状況のなか、撮影が再開されて……。
佐藤 どうなっちゃうんです?
小堺 「はい、OK!」って。ただ、周りから見ると、前日と何が違ったんだかわからない(笑)。
山本 ええ……(笑)。
小堺 たぶん萩原さん、追い込まれてすごい顔をしてたんですよね。おそらく、それを黒澤監督は撮りたかったんですよ。
山本 そんなことがありながらも、多くの名匠に重用されていたのは、やはり俳優としての魅力があったという証拠ですよね。
小堺 ちょっと人たらし的な魅力に加えて、本人の努力もあったんでしょうね。以前、僕の番組へ井上堯之さんにお越しいただいた際に、「ショーケンは『GSあがり』と言われないように、ものすごく勉強していたんだよ」とおっしゃっていたんです。読書量も半端なかった、と。
山本 映画の鑑賞量も相当だったと聞きますしね。
小堺 そのうえで、あまり周りに影響されない個性を持っていた。ショーケンは、僕が観た最初からショーケンであり続けましたもん。
『傷だらけの天使』はヴィンテージワインである
山本 まとめとして、小堺さんにとって『傷天』とは何だったかをお聞かせ願えますか。
小堺 そうですね……『傷天』はワインみたいだな、って感じることがあるんですよ。何度も比べてしまって申し訳ないんですが、『探偵物語』って作られた当時の味のまま観ている感覚があるんですけど、『傷天』は発酵して、年月を経るとまた違った味わいを出してくれる。
佐藤 まさに、ヴィンテージワインみたいですね(笑)。
山本 放送から50年、配信もありますから、多くのみなさんに観てほしいですね。
佐藤 ありがとうございました。今回は小堺さんの『傷天』、あと萩原さんへの愛情をたっぷりうかがえてうれしいです。
小堺 いえいえ、とんでもない。
山本 そうだ、小堺さんが尊敬する萩原さんと直接会ったのって、いつなんですか?
小堺 たしか……ちょうど萩原さんが『Thank You My Dear Friends』(84年)というアルバムを出されていたとき、最初に僕がやっていたラジオへゲストで来てくださったんですよ。
佐藤 結構前なんですね。
小堺 僕がTBSのトイレで用を足していたら、いきなり隣にきて、僕の顔を見て「(当然声色で)おー、なんだ、梶原一騎と対談って聞いてたけど、小堺一機(いっき)だったのかよ」って(笑)。番組中に荻野目洋子さんを交えてしゃべってても、「ビール飲みてえなあ」とか、僕が「今回のアルバムはどういうポリシーでお作りになったんですか?」と話を振っても、「話はいいから曲かけてくれよ」みたいな。
佐藤 イメージまんまだ(笑)。
小堺 でも、それからは番組にもよく出ていただいたり、コンサートも見せていただきました。あと、サンボマスターの山口(隆)くんと萩原さんが大好きだという番組をやったら、直々にお手紙をいただきまして、お食事もさせていただきました。「いつかドラマで共演したいな!」なんて言ってくれて……実現はしませんでしたけど。
山本 それは残念ですね。観てみたかったなあ。
小堺 そうですね……だけど、共演していたらいじめられていたかもしれないですよ(笑)。
写真/甲斐啓二郎
構成/一角二朗
プロフィール
小堺一機(こさかい かずき)
1956年1月3日、千葉県出身。1977年5月、TBS「ぎんざNOW」の素人コメディアン道場のチャンピオンになる。専修大学経営学部卒業後、1979年4月、勝アカデミー研究生として一期入学。1980年3月、勝アカデミー卒業後、浅井企画へ所属。
山本俊輔(やまもと しゅんすけ)
1975年生まれ。作家、映画監督。『殺し屋たちの挽歌』でロードアイランド国際ホラー映画祭観客賞を受賞。『カクトウ便/そして、世界の終わり』で劇場公開デビュー。映画の分野をメインに執筆活動中。
佐藤洋笑(さとう ひろえ)
1974年生まれ。音楽雑誌編集者を経て映画、音楽を中心にライターとして活動。山本俊輔との共著に『NTV 火曜9時』『映画監督 村川透』(DU BOOKS)がある。