「傷だらけの天使」とは何だったのか?

小堺一機×山本俊輔×佐藤洋笑 『永遠なる「傷だらけの天使」』刊行記念
小堺一機×山本俊輔×佐藤洋笑

オープニング、曲、衣装──『傷天』のカッコよさ

山本 では、小堺さんが考える『傷天』の魅力は、どんなところかをうかがっていきたいと思います。

小堺 何から話したらいいかなあ。とにかく「カッコいい」んですよ。「カッコいい」の理由を説明するのって難しいんですけど……まず、やっぱりオープニングですね。萩原さんが目覚めて無造作に朝食を食べるだけなのに、カッコいい。あんな始まり方、あります? みんな、やってみたくなりますよね。コンビーフ嫌いなヤツも、なんとか食べられるようになったりしてましたよ。

佐藤 最近、仕様が変わって、巻いて開けるタイプじゃなくなっちゃったんですよね。あとはリッツとか……。

小堺 それと魚肉ソーセージや、トマトね。あのころ都心で売っていたトマトって、青臭くっておいしくなかったんですよ(笑)。これを撮影されたのも木村大作さんですよね。

山本 監督は恩地日出夫さんで。この本にも書いたんですが、放送当初は最後に牛乳を吹き出してオープニングが終わっていたのが、諸事情あってストップモーションで終わる、今残っているかたちに変更されたそうなんです。

小堺 それね、僕は記憶にないんですよ……。

佐藤 萩原さんと沢田研二さんのツインボーカルPYGのギタリストだった井上堯之バンドのテーマ曲もいいですよね。キャッチーなメロディで、演奏はタイトなロックンロール。

小堺 そうそう、口ずさみたくなる。ドラマ内でも、1話から萩原さんが「♪パリラーパリララー」って歌いながらバイクに乗っているじゃないですか。なんでオサムがオープニング曲を知ってるんだよ、って思ってました(笑)。

山本 あとは、菊池武夫さんのBIGIが担当した衣装もオシャレですね。

小堺 衣装にはびっくりしたんですよ。ダブルのスーツに襟を出して、Tシャツを着て、かっこよかったなあ。僕ね、それまで全然服に興味なかったんですよ。全然服なんか買ったことなくて、親父のお古着てましたから。

佐藤 じゃあ、ファッションに目覚めたのも、『傷天』からですか。

小堺 そうです。その後大学へ入ってできた友人が、たまたま地元でお姉さんがMEN’S BIGIの店長をしていて、実家から帰ってくるたびにMEN’S BIGIを着てくるんです。まあカッコよくて、「オレも買うぞ!」と……。

山本 そこもやっぱりマネしたくなるんですね。

小堺 ただ、学生には高かったんですよ。靴が1足3万円しましたからね、当時の値段で。なので、当時開通工事をしていた都営新宿線の現場アルバイトをしました。日当1万で週に3日、1カ月お金を貯めて、給料日に神宮前のMEN’S BIGIへ直行するんです。作業着のまま。

佐藤 作業着で行っちゃったんですか?(笑)

小堺 だって、服がないから買いに行くんだもん(笑)。結局、週に2日はMEN’S BIGIで、それ以外は作業服を着てましたから、同級生の女の子に笑われたなあ……。

強がった果てに「ごめんなさい!」と謝る主人公

山本 あと、ストーリー的な部分では、いかがでしょうか。

小堺 そうですね……たとえばボクシングの回があるじゃないですか。

佐藤 第18話「リングサイドに花一輪を」、オサムたちがボクシングジムを立ち退かせようとするところから始まる回ですね。

小堺 オサムたちがジムの評判を落とすために、ジムの人間と偽って弱そうなサラリーマンにケンカを売るんだけど、逆にボコボコにされちゃうという……。ああいう、主人公が弱いところがおもしろいし、衝撃的だったんですよ。

山本 衝撃的、ですか。

小堺 1話目で、オサムがヤクザのアジトに行って、最初はでかい口をきいてるでしょ? ところが銃でバンバン撃たれたら「ごめんなさい! ごめんなさい!」って謝っちゃうじゃないですか。あのころ、あんなことを言う主人公、いませんでしたよ。もし石原裕次郎さんだったら「へっ、そんなもんかよ!」で終わりですもん(笑)。

佐藤 カッコ悪いことが、カッコいい──そう言われると、のちの『探偵物語』の主人公・工藤ちゃんもその流れのなかにあるのかもしれませんね。

小堺 その感覚が、僕たちにとってリアルだったんですよ。『傷天』って、虚構とリアルの絶妙なバランスで成り立っていると思うんです。「悪ぶった探偵が、裏のあぶない仕事をしている」というだけなら、よくあるフィクションじゃないですか。でも、最初は綾部情報社の依頼を受けているオサムとアキラは弱い人間なんだけど、その悪巧みに「その話はちょっとおかしいだろう」と反抗するところがいいんです。

山本 弱い彼らなりの正義感がある。

小堺 岸田今日子さん演じる綾部さんには「オサムちゃん……」と言われると、口答えできずに「すみません」と謝っちゃうんですが(笑)。それでも、辰巳さんにはあらがう。オサムとアキラも、弱くてスケベでだらしないけど、まっすぐな人間だという描写に、共感できたんですよね。

山本 カッコ悪いカッコよさというところでは、萩原さん自身がニューシネマが好きだったところもあるかもしれませんね。

佐藤 ジーン・ハックマンとアル・パチーノの『スケアクロウ』(73年)などの影響が大きかったと言いますし。

山本 『傷天』自体もニューシネマ的な感覚が強いかな。

小堺 映像もテレビというより映画的なんですよ。16ミリフィルムのざらついた質感で。

山本 今回、証言された方々もおっしゃっていたんですが、つくりがテレビドラマではないんですよ。コンテ割りは完全に映画ですし、キャスト・スタッフそれぞれの色が出ている。

小堺 たしかに、大作さんの担当回は大作さんのキャメラワークだし、深作欣二監督や工藤栄一監督、神代辰巳監督といった監督の色が出ているじゃないですか。僕がもともと映画好きだったこともあるんですが、それぞれのスタッフの色がテレビドラマでも出せるんだと気づかされた作品でもありました。

次ページ ショーケンが名匠に起用され続けた理由
1 2 3

関連書籍

永遠なる「傷だらけの天使」

プロフィール

小堺一機×山本俊輔×佐藤洋笑

小堺一機(こさかい かずき)

1956年1月3日、千葉県出身。1977年5月、TBS「ぎんざNOW」の素人コメディアン道場のチャンピオンになる。専修大学経営学部卒業後、1979年4月、勝アカデミー研究生として一期入学。1980年3月、勝アカデミー卒業後、浅井企画へ所属。

山本俊輔(やまもと しゅんすけ)

1975年生まれ。作家、映画監督。『殺し屋たちの挽歌』でロードアイランド国際ホラー映画祭観客賞を受賞。『カクトウ便/そして、世界の終わり』で劇場公開デビュー。映画の分野をメインに執筆活動中。

佐藤洋笑(さとう ひろえ)

1974年生まれ。音楽雑誌編集者を経て映画、音楽を中心にライターとして活動。山本俊輔との共著に『NTV 火曜9時』『映画監督 村川透』(DU BOOKS)がある。

集英社新書公式Twitter 集英社新書Youtube公式チャンネル
プラスをSNSでも
Twitter, Youtube

「傷だらけの天使」とは何だったのか?