男性学の「解決策」はどこにある?

杉田俊介×西井開×川口遼 『名著でひらく男性学』刊行記念
杉田俊介×西井開×川口遼

日本では90年代にいったん注目を集めた男性学が、近年再び盛り上がりを見せています。またフェミニズムへの理解が進む一方で、SNSではアンチフェミニズム的な声も目立ち、一枚岩的に男性を「強者」として括ることができない実態もあります。
そうした状況を踏まえて、4人の著者が男性学の「名著」をそれぞれ持ち寄り、内容を紹介・解説した後、存分に語り合った一冊が『名著でひらく男性学 〈男〉のこれからを考える』です。
関西在住のため都合がつかなかった天野諭さんを除き、このたび共著者の3人が集まって本書の内容を紹介し、その論点を語り合いました。

※2025年11月15日、東京・マルジナリア書店にて行われたイベントの一部を採録したものです。

(左から)杉田俊介さん、西井開さん、川口遼さん

なぜ、今『名著でひらく男性学』なのか

杉田 批評家の杉田俊介と申します。文芸批評をメインに、最近では男性学関連の本も書かせていただいております。まず、僕のほうから、この『名著でひらく男性学』という本の成り立ちを、簡単にご説明させていただければと思います。きっかけは、2023年のお正月にテレビで放映された「100分deフェミニズム」という番組を、僕が観たことだったんです。その番組は、社会学者の上野千鶴子さんをはじめとした四人の女性の論客が、それぞれ一冊の本を紹介しながら、それに基づいて討議をする、というものだったんですが、それがすごく面白かった。

 それで、漠然と「この番組の男性学版ができないかな?」と思って、そのことをSNSで呟いてみたんですね。するとすぐに、西井さんと天野さんが反応してくれて。それから、しばらくして西井さんが川口さんを誘ってくれて、四人でYouTubeを使って、オンライン・トーク・イベントをやったのが、この本の基となっています。それでは、本の成り立ちの話はこれくらいにして、西井さんから、自己紹介と、『名著でひらく男性学』で紹介をした本の、簡単な説明をしていただけますか?

西井 臨床心理士の西井開と申します。現在は主に、加害者臨床といわれる領域で実践 をしています。具体的に言いますと、ドメスティック・バイオレンス(DV)や虐待をしてしまった男性を対象とした、脱暴力のためのサポートです。

 私が『名著でひらく男性学』の中で紹介したのは、イヴ・セジウィックという文学研究者の書いた、『男同士の絆』という本です。原題は『Between Men』といって、いわゆる「ホモソーシャル」という概念を世に知らしめた本です。ホモソーシャルという概念自体は、セジウィックが紹介する以前からありましたが、広く人口に膾炙するようになったきっかけになった本です。

 原著が書かれたのは1980年代で、もうかなり古い本なんですが、現在の日本における男性問題を考える際には、参考になるところがある本だと思います。日本でホモソーシャルと 聞くと、異性愛男同士で固まって同一化をして、女性と同性愛男性を排除する、ミソジニックでホモフォビックな集団性というイメージが注目されていると思うんです。

 ですが、加えてセジウィックが重視したのは、その男性集団の中でも序列争いがあり、ホモソーシャルな絆を結ぶ男性同士は一枚岩じゃないっていうことなんですね。その序列の中で勝ち上がろうとするときに、女性を搾取的に扱うことが起こってくるんじゃないか、ということを分析したのが『男同士の絆』なんです。つまり、男性たちの多層性と彼らの相互作用を捉えた本であり、『男同士の絆』のそうした多面的な魅力が分かってもらえればなぁ と思って、本書を紹介させていただきました。

杉田 それでは、次に僕が『名著でひらく男性学』の中で取り上げた本を紹介したいと思います。彦坂諦さんの『男性神話』です。この本は、男性の中にあり得る加害と被害の交差性に視点を置いて、戦時性暴力の問題を論じたものです。どういう社会構造が、男性的な主体を性暴力に駆り立てていくのか。そして、性差別、民族差別といったものが複合的に絡み合う中で、どうやって軍事的な男性主体が生まれるのかということを分析したのが、『男性神話』という本です。

 残念なことに、この本は今では絶版で、古本でしか手に入りません。『名著でひらく男性学』で紹介したことをきっかけとして、ぜひ文庫で復刊してほしいという願いを込めて、取り上げさせていただきました。最近、帰還兵のPTSDの問題にも注目が集まっていますよね。そうした意味でも、『男性神話』は今でも決して古びていない、アクチュアリティのある本だと思っています。

西井開さん

男性学と男性性研究の違いとは

川口 社会学者の川口遼と申します。専門は、男性性研究です。私はデビュー論文(2008年)では「男性学って言うな!」くらいのことを書いたのですが、そこから20年弱の月日が流れて、今では「男性学」をタイトルに含む本を出すまでになりました。

杉田 男性学と男性性研究の違いを、ごく簡単にご説明いただけますか?

川口 男性学というのは、当事者性をすごく重要視している学問ですね。自分の男性としての問題を、当事者として考えるんだというのを、半分研究、半分実践としてやっていくのが、男性学です。

 それに対して、マスキュリニティ(男性性)というものが、社会の中で、人々の相互行為の中でどういう働きをしているんだ、どういう意味付けをされてるんだということを考察するのが、男性性研究です。男性学とは異なり、人々が男ってこんな感じだよね、男ってこういうことをするよね、みたいな意味付けのあり方を観察するのが、男性性研究の特徴です。

 そこで、私が『名著でひらく男性学』の中で紹介したのは、レイウィン・コンネルの『マスキュリニティーズ』という本です。コンネルがこの本の中で指摘しているのは、男性性 は複数の形式があって、さらにそれらの間に階層性があるんだと。たとえば、ある種の理想的な男性像みたいなものがあって、そこを基準に男たちのあり方が文化的に階層化されている。そして、その理想の男性像を「男らしくあれない男性」や女性たちが支持したり、同意したりすることで家父長制が維持されていく、というふうにコンネルは議論しています。

 このような男女の二項対立を超えて人々の実践に焦点をあてるコンネルの議論は非常に高く評価され、その後の研究動向を大きく決定づけました。それこそ、男性性研究の中では「コンネル以前、コンネル以後」と言われるくらいで。ジェンダーの社会学の中でも、最重要文献の1つと言っても過言ではない。そんな理由もあって、今回、『名著でひらく男性学』の中で紹介させてもらいました。『マスキュリニティーズ』は、まさに名著というに相応しい本ですからね。

川口遼さん
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関連書籍

名著でひらく男性学 〈男〉のこれからを考える

プロフィール

杉田俊介×西井開×川口遼

杉田俊介(すぎた しゅんすけ)

1975年生まれ。批評家。『非モテの品格』『マジョリティ男性にとってまっとうさとは何か』ほか著書多数。

西井 開(にしい かい)

臨床社会学研究者、一般社団法人UNLEARN理事。著書に『「非モテ」からはじめる男性学』がある。

川口 遼(かわぐち りょう)

社会学修士。一橋大学大学院社会学研究科博士課程単位取得退学。共著に『私たちの「戦う姫、働く少女」』など。

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