『永六輔の伝言 僕が愛した「芸と反骨」』 矢崎泰久 著

永六輔が伝える、有名人たちの思いがけない素顔 佐高 信

 永六輔にとって有名と無名との間に垣根はない。だから、むしろ、後者に肩入れするように『無名人語録』などを書いてきた。しかし、この本は『有名人語録』であり、永六輔という鏡に映った有名人の思いがけないポートレイトである。たとえば「お互い一〇代の頃に出会い、以後ずっと親交を重ねた仲」の渥美清。渥美は、永が新婚旅行のつもりでアメリカに一カ月ほど行った時も、悪びれた様子もなくついて来た。
 旅先から誰かに葉書を出す習慣のある永が喫茶店に入って葉書を書き始めると、横に座った渥美が、
「一枚くれない?」
 と言う。「どうぞ」と言って渡したら、
「お袋、俺、元気」
 と渥美はそれだけ書いた。毎日、毎日、同じである。「母親が一番欲しい情報を、簡潔に毎日伝える」渥美に、永は渥美清という人を感じる。
 この本の題名は『永六輔の伝言』だが、永ほど「伝える」ことに心を砕いた人もいないだろう。永は伝言板ならぬ〝伝言人″だった。「今まで僕は、渥美ちゃんのことをどこにも書いたことはありません。それだけ親しかったということです」と永は書いているが、めったにこういう物言いをしない永だけに、その自負が伝わってくる。
 武満徹とか坂本九とか、アッと驚くような話が次々に出てくるが、どうしても逃せないのは反骨の歌手、淡谷のり子の話である。
 共に津軽出身の淡谷と高橋竹山(ちくざん)には不思議な縁があった。淡谷は阿波屋という呉服屋の娘で、盲目の竹山は津軽三味線を弾きながら、その店に門付(かどづけ)に来ていたのである。津軽弁で意地っ張りを〝じょっぱり″という。淡谷と竹山の「じょっぱりコンサート」の司会を永がやっていた。永が好きだったのは反骨の臭みのない反骨の精神を持った人だった。永自身もそうだったが、そこには権力を嗤(わら)うしたたかでしなやかな血が脈打っていたのである。

さたか・まこと ● 評論家

青春と読書「本を読む」
2016年「青春と読書」10月号より

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