30年以上前、社会人になって国債についてゼロから勉強しようと思ったときに初学者向けの適切な道案内がなく往生したことを今でも覚えています。この本は、国債だけでなく、債券や金利、さらには金融政策といった関連する分野も含めわかりやすく書かれており、マーケットの大きなお金の流れを俯瞰する「見取り図」として大変役に立つと思いました。
例えば、「犬」を思い浮かべたとき、それが「様々な大きさの四足歩行の哺乳類」であるという説明は、必ずしも間違っているとはいえません。しかしながらこれだけでは不十分で、生まれてこのかた犬という動物を知らなかった人にそのような説明をしても決して理解は深まらないでしょう。犬を理解するためには、猫や狼といった他の哺乳類との違いを理解することも必要です。また、犬はペットとして愛玩の対象となったり、牧羊犬や番犬として人の役に立ったりしていますが、役に立てようとする人との関わり合いの中で生み出されてくる意味を理解することも大切です。
「国債」や「金利」も同様で、辞書的な定義を知識として知っていたところで、テストはさておき、実際の世の中ではあまり役には立ちません。本書のように、債券は、債権と何が異なり、株式とはどう違うのか、これらが経済や金融市場の中でどのような役割を果たしているのか、という点について理解していくことではじめて、「国債」や「金利」について本当に理解したと言えるのだと思います。
また、「国債」や「金利」は、それら一つ一つが独立して存在しているわけではありません。我が国のお金の流れ(「金融システム」とも呼ばれます)全体の中で、多様な経済主体や他の構成要素と相互に連関しています。したがって、静態的な理解ではなく、「金は天下のまわりもの」と言われるように、マネーがどのようにある経済主体から別の経済主体に転々と流通していくのか、その前提として、様々な経済主体やそれらをつなぐ金融市場のプレイヤーがどのような動機で取引に参加しているからスムースにお金が流れていくのか、ということを意識しながら、大きなお金の流れのダイナミズムとして理解することが重要です。
本書のユニークな点は、ディーリングの当事者や発行当局など、さまざまな立場の視点から取引の動機が説明され、お金の流れが描かれているため、点としての理解が、線になり、面になっていきます。この点は、実務とアカデミックな経験を併せ持つ著者ならではの切り口であるように思いました。
初学者向けの本だからこそ、広く浅く、しかも総合的に全体を俯瞰することが大切であることに本書を読んで気づかされました。
プロフィール

しばた たつふみ 金融庁 企画市場局 審議官。1993年大蔵省入省。キャリアの大半を金融部局で過ごし、2009年 金融庁総務企画局総務課人事企画室長、2011年 同政策課総括企画官等を経て、2017年より組織戦略監理官として、金融庁の人事制度やカルチャーの改革を担当。2019年 監督局銀行第一課長、2020年銀行第二課長、2022年7月より監督局参事官として、地域金融行政全般を担当。2023年7月より企画市場局にて企業開示、コーポレートガバナンス等を担当、2024年7月より現職。