その医療情報は本当か 第12回

「平均余命」とは?「見える化」された「健康寿命のものさし」がある

田近亜蘭

均寿命…余命はあと何年?

医療や健康に関する統計データで毎年耳にするニュースのひとつに、「平均寿命」があります。しかし、その意味合いがよく間違って解釈されていることも知られています。

平均寿命とは、「その年に亡くなった人の年齢を平均した数字」ととらえられがちですが、そうではありません。

正確には、「その年に生まれた人が何歳まで生きられるかを統計的に予想した数字」です。つまり、「2022(令和4)年の平均寿命とは、同年に生まれた0歳児の『平均余命』」を表しています。

一方、平均余命とは「ある年齢の人々があと何年生きるかの予測値」のことです。

その平均余命は、厚生労働省が公表している「生命表」で確認ができます。生命表には2種類があります。国勢調査による人口動態統計などをもとに5年ごとに作成される「完全生命表」(図1参照)と、毎年作成の「簡易生命表」(図2参照)です。

図1 「完全生命表」による平均余命の年次推移。平成7年()内は阪神・淡路大震災の影響を除去した値。厚生労働省発表資料より。

つい先だって、私の父は103歳の誕生日を迎えました。これを機に、父の「平均寿命」や「平均余命」が気になって調べてみました。その例を見てみましょう。

図1を見てください。父は1921(大正10)年生まれなので、その年の平均余命は男性42.06年・女性43.20年です。0歳時点なので、この平均余命がそのまま平均寿命になります。

その後、40歳になった1961(昭和36)年時点(1947~2005年の生命表はこちら)での平均余命(平均寿命)は、男性は31.44年(71.44歳)・女性は35.10年(75.10歳)、65歳になった1986(昭和61)年時点では男性15.86年(80.86歳)・女性は19.29年(84.29歳)、90歳になった2011(平成23)年時点(同年の生命表はこちら)では男性4.14年(94.14歳)・女性5.46年(95.46歳)となっています。

つまり、自分の年齢にとっての平均的な寿命を確認するには、このように、「年齢ごとに」、「平均余命」を足し算する必要があるわけです。

父の場合は、「生まれたときにはあと42年ぐらいの寿命かと思っていたら、61年も長生きした。90歳になってあと4.14年ぐらいの寿命と思っていたら、9年ほど長生きしている」という解釈になります。

どの年齢を基準にするのかによって数値は変わります。けっきょく、「そんなものかなあ」というところに落ち着くように思われます。

さて、2022(令和4)年の平均寿命は、男性81.05歳、女性87.09歳と発表されました。参考まで、簡易生命表を掲載しておきます(図2)。

同年に82歳になった男性は、「平均寿命の年齢になった」と思われるかもしれません。しかし実は、図2の令和4年の80歳を見ると、平均余命は8.89年なので、「80歳+8.89歳=88.89歳」ですから、まだ平均には届いていないのです。

現在のご自身の実年齢から、平均余命を確認してみてください。皆さんの「実年齢+平均余命」は、発表された平均寿命より長いでしょう。またその数字は、年齢が上がるにつれて、平均寿命との差が大きくなります。

平均余命とは、年齢ごとの生存数の余命の平均を予測して計算しているので、よく考えたら当然のことではあります。平均寿命と平均余命は混乱しやすいのですが、毎年発表時の平均寿命を聞いて、「自分はあと何年だ」とか、「もう平均寿命を何年も過ぎた」と単純に計算するのは間違いになります。

なお、平均寿命は、国内では都道府県ごとにも、世界では国や地域ごとに発表され、医療や衛生状態の水準を示す指標として活用されています。

図2 令和4(2022)年と令和3(2021)年の「主な年齢の平均余命」。厚生労働省発表の資料より。

■健康寿命のものさし…「DALY」で病気別の比較を見える化

平均寿命の話題になると、「では、『健康寿命』はどうなのか」「長生きより、生活の質(QOL)こそが重要だ」という議論がなされます。

「健康寿命」とはよく知られているとおり、「健康上の問題で医療や介護に依存しないで、制限されることなく日常生活を送ることができる期間」という意味です。

日本の平均寿命は現時点(2023年版の世界保健統計による2019年の統計)で世界一長いとされるため、日本人の高齢期における生活の質、医療の質、健康寿命は世界から注目され続けています。

周知のとおり、平均寿命と健康寿命の差は「自立した生活を送れない介護や医療が必要になる期間」となり、その差が大きいほど、介護や医療を受ける期間も長くなります。

わたしが住む大阪府は現在、「大阪府『10歳若返り』プロジェクト」と題して、自治体、地元企業、大学らとともに「病気や身体の衰えなどで日常生活に支障があっても、いきいきと長く活躍することをめざす取り組み」を実施しています。


それというのも、このプロジェクトのパンフレットから数字を引用すると、大阪府民の平均寿命(令和2年)は全国では男性が41位(80.81歳)、女性が36位(87.37歳)であり、健康寿命(令和元年)は男性が41位(72.68歳)、女性は40位(75.38歳)。男女ともその順位の低さに加えて、平均寿命と健康寿命の差が約10年もあることを危惧しての施策だそうです。

健康寿命は病気によって短くなるわけですが、では、その影響はどのようなものなのか、数値で示すことはできるのでしょうか。

1990年ごろから世界的にその議論が進み、病気による負担を「定量化」(質的にしか表現できないと考えられるものごとを数値で量的に表すこと)する指標として、世界保健機関(WHO)は、ハーバード大学(アメリカ)の研究者たちが提案した「DALY障害調整生存年(Disability Adjusted Life Years, DALY)」を採用しました。


聞きなれない言葉かもしれませんが、DALY(ダリ―)とは、ある疾病によって「死亡することの社会的損失」と、「障害を持ったまま生きることの社会的損失」を合わせて数値として表したものです。

何がわかるかというと、病気やけがによる「健康損失」の程度を、性別、年齢別、地域別、疾病別に数値にして比較ができるというものです。たとえば、発展途上国は感染症や栄養不良による死亡や障害が多く、先進国は生活習慣病やうつ病によることが多いなどがわかるのです。

それゆえに、DALYは、公衆衛生や医療政策の検討や評価に適しているとされます。

ではなぜ、「死亡」と「障害」を分けて考える必要があるのでしょうか。

ずっと以前、感染症が病気の中心にあった時代は、病気で「死ぬか、生き残るか」が重要でした。

たとえば、食中毒を例に考えてみましょう。傷んだものを食べて急激な下痢や嘔吐(おうと)を起こした場合、重症化して命を落とすことさえなければ、治療によって元の元気な状態に回復します。そのため、死亡だけに注意することになります。

では、脳出血のケースはどうでしょうか。急激な脳出血を起こして命を落とす場合もあれば、幸い命は助かる場合もあります。ただ、助かったとしても、麻痺(まひ)などの後遺症によって仕事に復帰できないといったことが起こり得ます。

このように、病気になれば、死ぬか生きるかという2択だけでなく、「障害を残すか」を考える必要があるわけです。

では次に、うつ病などの精神疾患はどうでしょうか。精神疾患の場合、病気そのもので命を落とすということはあまりありません(自殺は除く)。しかし、精神疾患により就職や復職が不可能なケースがたくさんあるのは周知の事実であり、その経済的損失は計りえません。

そこで、こうした損失に関する次の3つの指標が示されました。

(1)YLL (Years of life lost due to premature mortality) 損失生存年数

その疾患で死亡することによって失われた年数

(2)YLD (Years lived with disability) 障害生存年数

その疾患による障害が、どのくらいの余命の損失に該当するか

(3)DALY (Disability-adjusted life years) 障害調整生存年数

上記YLLとYLDを合わせた概念(死亡と障害を合わせたもの)

命に関わる病気は、(1)のYLLが大きくなります。また、命を落とすことは少ないものの、障害を残す病気は(2)のYLDが大きくなります。そしてこの両者を合わせた考えかたが(3)の「DALY」です。さまざまな疾患を同じ土俵で比較することができる便利な指標であるため、医療ではよく使われています。

これらを体感するために,米国ワシントン大学保健指標・保健評価研究(Institute for Health Metrics and Evaluation: IHME)の次のサイトを見てください。まず、図3の画面が見えるでしょう。

図3 DALYなどの指標が「見える化」されたサイト。右上のLanguageでJapaneseを選べば日本語で表示されます。このサイトでは現在(2024年3月)、1990年から2019年までのデータが示されています。http://vizhub.healthdata.org/gbd-compare/

画面左の「測定(Measure)」というところで「死亡(YLLのこと)」「YLD」「DALY」のいずれかが選べます。ではDALYを選んでみましょう。最新(2019年時点)のデータでは、虚血性心疾患(IHD)や脳卒中、また新生児に関する問題が比較的大きな面積を占めているのがわかるでしょう。

地域、年、年齢、性別で限定して表示することもできます。また、「測定(Measure)」を「DALY」ではなく「死亡(YLL)」や「YLD」に変えると、それぞれの疾患の面積がダイナミックに変わっていきます。

画面の左側で示したい内容を変えることもできます。たとえば、DALYを図4のように、1990年と2019年で比較してみましょう。

図4 DALYを、1990年と2019年で比較した場合。

「呼吸器感染症と結核」「腸管感染症」など感染症が全体的に順位を落とし、新血管疾患や新生物(がん)、糖尿病といった生活習慣病関連や精神疾患の順位が上がっているのがわかります。

さらに、「測定(Measure)」を「YLD」に切り替えると大幅に順序が変わり、1位が腰痛などの筋骨格系疾患、2位がうつ病などの精神疾患となります。

まとめると、こういうことです。

  • 疾患については死亡するかどうかだけではなく、「障害を残すかどうか」も考え、その両方の視点から社会的損失を数値化する必要がある
  • 時代によって、世界の公衆衛生がターゲットにする疾患は変わっていく

わたしの専門は精神科ですので、もうひとつ、うつ病を例に挙げましょう。1990年代はうつ病の認知度はまだまだ低い状態でした。しかしDALYやYLDなどの概念ができて、精神疾患による社会的損失が明らかになるにつれ、WHOなど世界中の多種の政策の中で、うつ病への対策が柱となってきました。

ひとつの例として、世界的に有名な『ランセット(The Lancet)』(第10 回参照)という医学雑誌が2022年に1冊まるごとうつ病の特集号(The Lancet Commissions)を作りました。1990年代にはあり得なかったことです。

前述のサイトで「うつ病」に注目し、「日本」を選んで、年代別、性別、また、「死亡」「YLD」「DALY」を選ぶと、図3のうつ病の面積が変化します。うつ病や、なにか知りたい病気についてその変化を見ると、病気ごとに死亡や障害の程度についての指標が反映されるわけです。

思い込みやイメージではない、現実の指標を読み取ることができるわけです。自分が気になる病気が、社会にどれくらいのインパクトを与えているのかを、条件を変えていろいろなタイプのグラフで見つめてみてはいかがでしょうか。

前述のように、このDALYのデータは現時点で2019年までのものです。人類は2020年以降、COVID-19という未曾有(みぞう)の感染症を経験しました。次にデータがアップデートする際にはどのようなことになるのでしょうか。DALYは、10年後、20年後の世界の公衆衛生の政策を予測することにも役立ちます。

病気には、自分の身近にあってよく知っている病気、名前だけ聞いたことのある病気、あるいはまったく聞いたことのない病気があります。それらが、「死亡」「障害」という両方の観点から、世界的に病気の負担のどれくらいのウェイトを占めるのかを知っておくこと――それは、個人の病気と平均寿命、健康寿命を考えるきっかけや指標となるでしょう。

次回は、「統合医療」の情報の探しかた、医療情報の見極めかた、消費者の心理効果、行動変容について考えます。

構成:阪河朝美・藤原 椋/ユンブル

 第11回
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その医療情報は本当か

医療リテラシーの定義は「医療や健康情報を入手・理解・評価・活用するための知識、意欲、能力」とされている。その実践法として、医療の定説やメディアで見聞きする医療情報の読み取りかたを数字、グラフ、情報の質を中心に説明し、また適切な情報を見分ける方法とその活用法を紹介する。

プロフィール

田近亜蘭

たぢか・あらん 京都大学大学院医学研究科社会健康医学系専攻 健康増進・行動学分野准教授。医学博士。精神科専門医・指導医。精神保健指定医。京都大学大学院医学研究科博士課程医学専攻修了。関西医科大学精神神経科・医局長、京都大学医学部附属病院精神科神経科・外来医長などを歴任 。

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