前回(第10回)の後半で、「医学論文がジャーナル(学術雑誌)に掲載されるまでの過程」や、「世界のトップジャーナルビッグ4」を紹介しました。この流れから今回は、ジャーナルに掲載された医学論文にアクセスする方法について紹介します。ぜひトライしてみてください。
また、「エビデンスレベル1」の医学情報とは何か、さらに「世界でもっとも著名なエビデンスレベル1のデータベースとは」についても合わせて伝えておきます。現時点の真の医療情報はここにある、といえるのです。
■医学論文の抄録は誰でも無料で読める
かつて、医学ジャーナルや医学論文とは、研究者が自分の専門分野のみを読んでいるに過ぎないと言われていました。実際にそうだったでしょう。しかしいまでは、ネットを利用すると、情報源の英語の原著論文に無料でアクセスできるものが増えています。ブラウザの翻訳機能や同様のアプリを使えば、手軽に日本語で読むこともできます。
また、これまでにも何度か述べてきましたが、医療の研究や臨床の場では、医師の診療の指針となる「診療ガイドライン」が存在します。これは、各病気別に医学会の委員によって作成されています(第4回・第5回参照)。
第5回で「エビデンスに基づいた確かな医療情報は診療ガイドラインにあり」と言いました。その診療ガイドラインを作成委員は何をもとに執筆しているかというと、特定の医学論文です。
医学論文は一般の人も、全文が公開されているものはもちろん、原文は非公開や有料であっても、その「抄録(しょうろく)」(アブストラクト・abstract)を無料で読むことができます。抄録とは、論文の要点を簡潔に記した文章で、研究論文をジャーナルなどに投稿する際には提出が必須となっています。
つまり、論文に抄録は付き物であり、医師や研究者も、原文全文を読むよりは抄録を読んで、端的に情報を得てから必要な論文をしぼり込んでいくのが常です。
■世界最大規模の医学文献集に『パブメド』からアクセスしよう
医学に関する文献データベースは、海外と日本にもいくつもあります。
中でも、世界の研究者にもっとも知られているのは、『パブメド(PubMed)』というネット上の検索サービスです。アメリカの国立生物工学情報センター(NCBI)が提供する世界最大規模の医学・生物学の文献掲載サイト『メドライン(MEDLINE)』などのデータベースを無料で検索することができます。
図1を見てください。パブメドの検索画面をブラウザの自動翻訳機能を使って「日本語」に訳すと、検索窓の下に、「PubMed® は、MEDLINE、ライフ サイエンス ジャーナル、オンライン ブックからの生物医学文献の 3,600 万件以上の引用で構成されています。」(2024年3月7日時点)と記されています。3,600万という数字は、刻々と増えています。つまり、膨大な文献資料が集まってきているということです。
英語だから難しそう、と思う必要はありません。なぜなら、2021年11月に公開されたブラウザの拡張機能「PubmedX」を使うと日本語で検索ができて、ヒットした論文一覧のタイトルも日本語で表示され、また、その論文の抄録も日本語に翻訳されます。無料で、Google Chrome や Microsoft Edge, Mozilla Firefox にインストールをすると活用できます。
図1の「パブメドの公式サイト」の検索窓に、気になる病名などを記入し、検索してみてください。たとえば、うつ病(depression)、高血圧(hypertension)、糖尿病(diabetes)、インフルエンザ(influenza)などと、キーワードを検索窓に入力して検索するだけで、膨大な量の情報にアクセスできるのです。
また、「PubMedの使いかた」と検索すると、京都大学医学図書館、東京大学医学図書館など多くの大学や図書館が、検索や活用の方法をネット上で公開しています。
さらに、日本の複数の企業が、「『パブメド』の情報を日本語で検索するサイト」などを作成してネット上で公開しています。「PubMed 日本語 検索」などで検索すると、多くの情報がヒットします。「医師向き」と表記があっても、無料登録で誰もが利用できることもあります。
医学の研究者でもすべての論文にあたることは不可能ですが、日ごろのネットでの検索法と同じように、キーワードを2つ以上付加して検索する、また、AND検索、OR検索、NOT検索などを試みながら、情報をしぼり込んでいくことができます。
無料で公開されている論文は誰でも閲覧ができるので、「へえ、これが世界最大の資料群か」「エビデンスはこの中にあるのか」といった感覚でアクセスしてみると、何らかの発見があったり、有用な情報に出合えたりすることがあるでしょう。
■エビデンスレベル1の「システマティックレビュー」とは
第4回で、医学のエビデンスにはレベル1から6までがあると紹介しました。エビデンスレベルとは「医学的根拠の信頼性の度合い」のことで、トップが「エビデンスレベル1」です。
そのエビデンスレベル1となる情報は、「システマティックレビュー」(同じテーマの研究を探し出し、系統的に再評価、統括すること)と、「メタアナリシス」(メタ解析。統計学的に研究結果を集約して数値で表す)という手法で明らかになった治療法などをいいます。
私の専門領域のひとつは、このエビデンスレベル1の研究ですが、第4回で「用語の意味がわからない、具体的にどうすること? と指摘されることがありますので、のちの回で詳しく触れることにします。」と言ったこともあり、ここで説明しておきます。
あるひとつの医療研究テーマに関して発表された論文を調べて報告することを「レビューする」といいます。ある知りたいテーマをネットで検索すると、複数の医学論文が見つかるでしょう。それらの研究結果はいくつかが一致していることもあれば、すべてが違うこともあります。
たとえば、治療法Aが「非常に有効だ」という論文もあれば、「少しだけ有効」というものもあり、また、「効果なし」という結果のものもあります。
これらの論文を網羅的にすべて見つけてくることを「システマティックレビュー」といいます。
前述のように、システマティックとは「系統的に」という意味合いです。システマティックに見つけなければ、もしかすると、レビューの著者が自分の意見に合った自分にとって都合のいい論文だけをピックアップして報告しているかもしれません。
そして、システマティックに検索した複数の論文の結果を、統計学的な手法で統合させることを「メタアナリシス」といいます。
システマティックレビューをしても、もし1つしか論文が見つからなければメタアナリシスはできません。システマティックレビューとメタアナリシスということばが混同して使われていることがありますが、それぞれの意味はまったく違います。
理解するポイントは、メタアナリシスをしているかではなく、システマティックレビューをしているかどうかです。
たとえば、エビデンスレベル2の「ランダム化比較試験」(第4回参照)により、「Aという薬はうつ病に有効である」という結果が出ていたとします。ただし、A薬の研究数が1つや2つとまだ少ない場合は、エビデンスとして強固ではありません。
その研究に対して、「多様な症状の患者さん」や「条件が異なる一般の人」「複数の地域」など、対象が違う試験が何度も行われ、追随している多くの研究結果を探し出すシステマティックレビューと、それらを統合したメタアナリシスの結果の情報がエビンデンスレベル1となるわけです。
医学におけるエビデンスを追究するうえで、このことが、システマティックレビューやメタアナリシスが重要である理由です。
■データのゆがみ「バイアス」をチェックする
ところで、システマティックレビューの過程では、次に述べる「バイアス」がどのくらいあるのかをチェックします。バイアスということばには多くの意味があり、第9回では認知の偏り、先入観、思い込みなどの意味合いだと述べましたが、ここでは「データのゆがみ」を指します。具体的な作業例をもとに紹介しておきます。
測定されたデータには真の値との誤差が必ず伴います。この誤差は大きく「偶然誤差」と「系統誤差」に分かれます。偶然誤差とは、避けることができない測定誤差のことです。
たとえば、体重を何度か測定した場合、毎回完全に値が一致するとは限りません。真の値の周辺で、微妙に違う値が出ます。これが偶然誤差です。避けることはできないのですが、ある程度は統計学的に推測することができます。
一方、系統誤差のことを「バイアス」ともいいます。
たとえば、治療Xと治療Yという2つの治療法を比較するランダム化比較試験があったとします。本来はX群とY群に、対象者をランダムに振り割けて治療経過を追っていき、その効果を測定します。
しかし、対象者の特性が2群間でランダムにうまく分かれなかったり、また追跡する中で多くの人が脱落してしまって結果が測定できなかったりということがあります。それが系統誤差、バイアスです。
研究を行なう中でできるだけバイアスを少なくすることはできますが、ゼロにはできません。
実はこのバイアスが大きいということは、正確にXとYの比較ができていないということになります。これは偶然誤差と違って、人為的な何かがさまざまにかかわっているので、統計学的に推測することができないわけです。
システマティックレビューで10本のランダム化比較試験を見つけてきたとして、各研究のバイアスはさまざまです。そのバイアスが結果に影響していると考えられる「バイアスのリスク」を評価します。
さらに、もしかすると研究の中には、研究自体はすでに終了して結果が出ているものの、まだ論文として出版ができていないものがあります。
そのため、出版された論文だけを集めてきたシステマティックレビューの結果と、未出版の研究の結果も集めてきた場合のシステマティックレビューの結果が変わってくる可能性があります。これを「出版バイアス」といいます。
また、ランダム化比較試験を実施する際には、事前に必ず、研究の設計図といえる「研究実施計画書」が作られます。そして、その計画書どおりに報告をしないといけないことになっています。
しかし、ときに、この研究実施計画書で予定されている報告内容と実際の報告が一致していない場合があります。
たとえば、もとはうつ症状の改善を報告する予定だったのに、いい結果が得られなかったため、結果をすりかえて「QOLは改善した」と報告をしているような場合です。これを「報告バイアス」といいます。そういったことがないかをチェックしていくのです。
■エビデンスレベル1のデータベース「コクラン・ライブラリー」
次に、世界中の医学論文をまとめた「システマティックレビューのデータベース」を紹介しましょう。
複数が存在しますが、そのうち、世界中で知られ、医療者に活用されているのは、『コクラン・ライブラリー(Cochrane Library)』(https://www.cochranelibrary.com/)です。国際的に最高水準であると各方面から認められています。各ブラウザの日本語への翻訳機能を使えば、おおむね日本語で表示されます(パソコンやスマホのOSやブラウザによっては表示に差があるようです)。
「コクラン」とは、イギリスの国立のボランティア組織のことで、医療における治療と予防の情報を世界に発信、展開しています。
コクランの公式サイト(https://www.cochrane.org/)の場合は、いちばん上の「日本語」という文字をクリックすると、本文なども自動的に日本語で表示がされます。また、日本語版のこちらにアクセスしても日本語で表示されます(https://www.cochrane.org/ja/evidence 図2参照)。
そして「コクランとは」というページの日本語版(https://www.cochrane.org/ja/about-us)には、「コクランは、英国に本部を置く国際的なネットワークで、登録された非営利団体であり、英国国立ボランティア団体協議会のメンバーでもあります。」「コクランのビジョンは、質の高いエビデンスに基づいて医療やケアに関する意思決定が行われ、すべての人がより良い健康を享受できる世界です。」などの説明があります。
コクランは現在、世界中で130カ国11万人で構成されているといわれ、『コクラン・ライブラリー』は世界中のシステマティックレビューを収載しています。
つまり、『コクラン・ライブラリー』に掲載されている論文は世界でもっともエビデンスのレベルが高い、有用な情報といえるわけです。
日本にも「コクラン・ジャパン」というセンターがあり、公式サイト(図3参照)のほか、X(旧ツイッター)やフェイスブックでも情報を発信しています。
おもに『コクラン・ライブラリー』に収載されている論文を日本語訳して広く紹介する活動をしています。
また、アメリカの学術出版社・ワイリーの日本支社の公式サイト内『EBMプロダクト コンテンツ』という日本語のページに、『コクラン・ライブラリー』の使いかたなどの情報が掲載されています。
■日本語の論文を探すには
日本語の論文のデータベースもあります。次にまとめておきます。
どれも「エビデンスに基づく医療(EBM)」の考えから、「システマティックレビュー」「メタアナリシス」「ランダム化比較試験」「比較臨床試験」「比較研究」「診療ガイドライン」などの各研究デザインによるしぼり込み検索も可能になっています。
情報の量や規模は先述の『パブメド』など海外のデータベースには遠く及びませんが、日本語で読みやすいというメリットは大きいでしょう。
・『J-STAGE』(図4参照)
国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)が運営。日本の医学・薬学系・工学系を中心に、自然科学、人文科学、社会科学などの科学分野の学会誌、論文を電子化し、ウエブ上で公開。誰もが無料で利用できます。IDとメールアドレスなどを登録すれば、お気に入りの記事の保存、お気に入りの記事を引用する新しい記事の通知の受信、検索履歴の保存などのサービスも利用できます。
・『CiNii(サイニィ)』(図5参照)
Citation Information by NIIの略で、国立情報学研究所(NII、National institute of informatics)が運営。日本のあらゆる学術分野の論文、学会誌など各種文献、雑誌記事索引、研究データやプロジェクトを検索できる「CiNii Research」、大学図書館の総合目録データベース「CiNii Books」、博士論文データベース「CiNii Dissertations」の3種があり、ネット上で無料で公開されていて、誰もが登録などなしで利用できます。
CiNiiでは、知りたいキーワードを入力すると、文献のタイトル、著者名、収録誌などから、論文や研究プロジェクトを探すことができ、公開中の論文には提供サイトへのリンクが表示されていて、すぐに論文の全文の閲覧や入手が可能です。医学専門ではないので、他分野の横断検索もできる特性もあります。
無料で日本の論文を探すなら、この2つをあたるとよいでしょう。どちらが検索しやすいか、情報を得やすいか、同じキーワードで検索して比較してください。
ただ、論文の電子化と公開の施策として、国は『J-STAGE』に一元化していく方針を発表しています。『CiNii』の掲載論文も『J-STAGE』に移行するように各学会に推奨(すいしょう)しました。今後は『J-STAGE』に論文収載が進んでいくと予想されています。
・「医中誌Web」
特定非営利活動法人医学中央雑誌刊行会運営。利用が有料なので3番目に紹介しましたが、医療関係者にもっともよく活用されている日本の医学文献情報のデータベースです。1903年創刊の抄録誌「医学中央雑誌」からスタートした、日本でいちばん歴史あるデータベースで、2000年にネット上で検索ができるサービスに移行しました。
大学や総合病院、研究機関、図書館などによる法人と、「医中誌パーソナルWeb」への個人との各有料契約によって利用が可能です。一部の図書館にあるデータベース検索サービスを収載したパソコンでは、一般の人が無料で利用できる場合もあるようです。
■医療情報のエビデンスレベルを自分で探ることはできるか
ある病気の治療法をメディアで見聞きしたとき、その情報のエビデンスレベルはどうか、を知りたくなるでしょう。その場合、これまでに述べてきたレベル1~6の基準に従ってチェックしていく方法があると思われそうですが、実際には困難な作業です。
というのは、メディアに掲載されている記事には研究デザインまで記載されていないことがほとんどです。また、新聞や雑誌で治験(医薬品の承認のための臨床試験)が記事になっていることはよくありますが、そこに「第3相試験」と書いてあれば、それはたいていランダム化比較試験のことです。しかし治験には第1〜4相まであり、そこまで詳細に記事に書かれていることはまずありません。
さらに、前回(第10回)で述べたように、研究の引用元も明記されていないことも多いのです。そうした場合、その情報の出どころを調べようとすると、発表者名や所属機関名などのキーワードをネットで検索して、探偵のように見つけていくしか方法がありません。
医療情報に引用元の具体的な情報が書かれていない場合は、紙媒体では文字数が、テレビやラジオでは放送時間の制限などが影響しているのかもしれません。新聞や雑誌の発行元に問い合わせるという方法はありますが、一般の読者はなかなかそこまでしないでしょう。
仮に情報の出どころがわかれば、実際にその論文を検索して詳細を確認するという方法がありますが、そこからエビデンスのレベルを追究するには相当の医学の専門知識が必要になります。
また、ある治療の有効性について報道されたとき、そもそもヒトを対象とした「臨床研究」に基づかず、「基礎研究」にしか基づいていない情報はとても多くあります。
たとえば、「ラットに対して〇〇の薬を投与したところ、□□の結果であった。これは将来的にヒトに対して期待できる」といったものです。
これはまだ臨床研究の土俵にも上がっていない段階です。非常に有望だと期待された基礎研究の中でも、将来的に広く臨床で使われるものの割合は、実のところは約1%という報告があります。(※)
そうした実情から、自分が知りたい医学や健康の情報は、メディアで見聞きしたことだけから得るのではなく、先述の『コクラン・レビュー』などで「システマティックレビュー」や「メタアナリシス」を施したデータベースから検索して「一次資料」にあたるのがもっとも効率的な方法であるわけです。
次回、「平均寿命と平均余命の違い」や「健康寿命のものさし」について続きます。
参考
(※)Contopoulos-Ioannidis DG, et al. Translation of highly promising basic science research into clinical applications. Am J Med. 2003;114(6):477-84.
構成:阪河朝美・藤原 椋/ユンブル
医療リテラシーの定義は「医療や健康情報を入手・理解・評価・活用するための知識、意欲、能力」とされている。その実践法として、医療の定説やメディアで見聞きする医療情報の読み取りかたを数字、グラフ、情報の質を中心に説明し、また適切な情報を見分ける方法とその活用法を紹介する。
プロフィール
たぢか・あらん 京都大学大学院医学研究科社会健康医学系専攻 健康増進・行動学分野准教授。医学博士。精神科専門医・指導医。精神保健指定医。京都大学大学院医学研究科博士課程医学専攻修了。関西医科大学精神神経科・医局長、京都大学医学部附属病院精神科神経科・外来医長などを歴任 。