伝統工藝を現代建築に取り入れた「工藝建築」で注目を集めている、Z世代起業家の塚原龍雲氏。著書『なぜ日本の手しごとが世界を変えるのか 経年美化の思想』(集英社新書)では、日本の伝統工藝が持つポテンシャルをみずみずしい感性で読み取っていく。そんな塚原氏と、これからの日本の工藝をつくる職人との対談。最終回となる3人目のお相手は、盆栽とストリートカルチャーをミックスしたブランド「TRADMAN’S BONSAI」で注目されている盆栽士の小島鉄平氏。その後編。ディオールやカルティエ等とも協働する、小島氏が描く未来とは?
構成:高山リョウ 撮影:TRADMAN’S BONSAI

1 木を愛でていた園長先生
また、日本の盆栽を世界に伝えるというミッションのもと、伝統を守りつつ既成概念を超えた活動を続ける盆栽士・小島鉄平さんも「盆栽において最も大切なことは『愛』 だといっていた。定期的な水やりなど日々の面倒を見ながら、その盆栽の微細な変化にも気づいて手入れしてあげること。それはテクニックではなく「愛」からくるもので、そうした愛をもって個々の盆栽に接することが、最も大切だと話していた。
盆栽は生き物でもあるから単に「モノ」ともいえないが、こうした体験から共通して感じるのは、日本人の国民性や文化の一部も、身の回りに置く対象を大切にする心から育まれてきたのではということだ。この価値観のもと、美しいモノを通して優しい人が増え、温かい世の中につながることを願っている。(『なぜ日本の手しごとが世界を変えるのか 経年美化の思想』塚原龍雲・集英社新書より)
小島 子どもの頃の話をすると、一時期預けられていた施設の園長先生が、盆栽を愛でている人でした。家庭の事情で、僕と弟のふたりで児童養護施設に行くんです。そこから学園という場所に行くんですけれども、その学園の園長先生が普段はすごく厳しい人なんですけど、盆栽を愛でている後ろ姿を見たときに、いつもと違う雰囲気を感じたんですよね。なんでだろうと思って近づいていったんです。そこで「先生なにやってんの?」みたいな話をしたときに、「これは盆栽というんだよ、お前興味あるのか?」って。
たぶんきっと僕、いま思うと興味はなかったんだと思うんです。それよりも「普段あんな厳しい先生が、なんでこの植物を愛でているときだけ、いつもと違う雰囲気を出しているんだろう?」ということに興味があったんですよね。たぶん、付け入ろうとしたんでしょう。可愛いがってもらおうと思った自分がどこかでいたんでしょうね。「興味がある!」と言ったんです。そしたら先生が「じゃあお前、盆栽教えてやるよ」と。小学校一年生の頃の話ですね。
そこから水あげだったり、たまに剪定とかも手伝ったりと、盆栽を覚えていった。普段はその学園から小学校に通うんです。親のいない子たちがそこで集団生活をするんですけど、みんなで御飯食べて、お風呂入って、寝て起きてという生活の中に盆栽もあった。
本格的に興味を持つようになったのは、小学校の途中でまた学園から親に引き取ってもらってからですね。うちは団地だったんですけど、まわりの一軒家で盆栽が庭にある家もあって、それをフェンス越しに覗いたり、時にはピンポン押して「盆栽見せてください」みたいなことをやっていた小学生でした。
子どもの頃から盆栽とはなぜか縁があって、引き取ってもらった先が松葉町という「松の葉の町」、千葉県柏市松葉町で、千葉も葉っぱが入っていて「千の葉」だし、柏市の柏は「真柏(しんぱく)」という、これも木の字。小学校も松葉小学校、中学校も松葉中学校、住んでいる町も松葉町(笑)。 松と真柏は盆栽を代表する木ですから、「盆栽のためにつくられた地名なんじゃないか?」って、子どものころから常に意識していましたね。なので今の会社も「株式会社松葉屋」、地元の名前なんです。

――小島さんはかつて洋服のバイヤーで、服の買い付けで行った海外で向こうの盆栽を見て、「本物の日本の盆栽を世界に広めなければ」と今の会社を始めたんですよね。
小島 そうですね。それはやっぱり僕が洋服も好きだった、子どもの頃からヴィンテージが好きだったということと深く関係していると思います。
小学校高学年のときに、親父からもらった「501の66」というヴィンテージ。1966年につくられた、そのときにしかなかった生地で作られたデニムですね。つくりが違う。親父もお袋もすごくヴィンテージが好きだったので、いつも勝手に親のタンスから取って、自分で履いていたんですよ。「お前、そんなに好きなのか?」ってプレゼントしてもらったのが最初のきっかけです。
そして、もともとは数ドルだったものが今ではとんでもない金額になっているということを聞かされて、カルチャーショックを受けて。「なんで古いものが高い値段で取引されるんだろう?」と、ヴィンテージの世界にはまっていくんです。リーバイスのデニムから始まって、家具だったり、クルマだったり、バイクだったり、「古くて価値のあるもの」にすごく興味を持ち始めて、それの究極は「盆栽」というところに行くわけですけど、なにか全てリンクしていたなとは思いますね。
2 「侘び寂びの美」を山から学ぶ
小島 今、松葉屋は社員でいうと20人ぐらい。その他の出向している人間を合わせると30人ぐらいのスタッフがいます。盆栽士はいま会社にいるのは3人、そのほか3人が6年間の修行に行っています。僕が「この先生だ」と思っている先生がいらっしゃるので、その技術を学ばせに。
盆栽の世界は世襲制で、一家相伝なんです。僕も5年間の修行をしましたが、先生の取り計らいで通いの修行を許可されて、スタンダードな部屋住みの修行ではありませんでした。今、その先生にはうちの社員になってもらっています。僕は初代でやっているし、世襲制の中にはいないので、アパレルやストリートカルチャーで培った強みを生かして活動することができる。ナイキさんやディオールさん、麻布台ヒルズさんといった業界外のクライアントさんのお力も借りて、「新しい盆栽の見せかた」を提案しています。
一家相伝の盆栽業界には家同士の勢力地図みたいなものもあって、漫画に例えますと、「北斗神拳と南斗聖拳はつきあっちゃいかん」みたいなしきたりがあるんです。 でもそういう一門の垣根も僕は飛び越えて活動しています。たとえば黒松を扱わせたらこの一門、赤松はこの一門、真柏はこの一門という具合にジャンルごとの名門があるのですが、うちの職人は複数の家を跨ぐ形で、それぞれ部屋住みの修行に行っています。
塚原 それはなぜ家によって扱いの領域に差ができるというか、特徴ができるんでしょう?
小島 やっぱり先代、先々々代が持っていた技術って、その家の中でしか伝わってないんですよ。門外不出なんです。お弟子さんは知っているだろうけど、全部開示していない先生もいっぱいいるので。
塚原 それって複雑な技術なんですか?
小島 まあ複雑ですね。要はその道のプロですよね。黒松のプロ、黒松を研究しきった先生。今から僕がその技術を一生懸命勉強しようとしても、先生からちゃんと教えてもらわなかったとしたら、身につくのに何百年かかるという話です。そしてその先生も先代から教わらなければ身につけることはできなかった、一家相伝の技術です。

塚原 それって技術なんですか。それとも木と向き合う姿勢みたいなものですか?
小島 両方だと思います。木とちゃんと向き合ったからこそ得ることができたし、技術があったからこそ向き合えたんだと思うんですよね。どんなに一生懸命向き合っても、技術がないとわからない。
たとえば師匠がいつも「自然を見てこい」と言っていたんですけど、僕、もともとキャンプをやっていて――最近流行しているカジュアルなキャンプじゃないですよ、本当に獣道を行くキャンプをしていたので、山のことは少しは知っているつもりでした。
でも師匠のその言葉を聞いてから山に行くと、自然が作り上げた山並み、木の形、ここに太陽の光が入ってきたからこんなふうなつくりになったんだよなとか、木々や山の見え方が変わっていったんです。そのようにしてオールドスクールな盆栽の本質である「侘び寂び」は、自然の中にあることを知った。その侘び寂びをいかに鉢に植えて、自然に似たものを作っていくか。
子どもの頃から盆栽が好きで、ずっと自己流で作っていたけれど、盆栽って実はそこが大事だということを知らずにつくっていたから、盆栽のこともわかっていなかった。それからは自然というものをより知ろうと思ったし、木に向き合う姿勢も変わりました。それに伴う技術の質や作風も変わっていきました。
3 手しごとが導く自然の造形美
小島 今、世界的に盆栽というものがフィーチャーされ始めたので、盆栽業界は新規参入も増えています。僕が14年前にこの盆栽業界に入ったときは、僕が一番若手ぐらいで、盆栽屋さんをやりたいなんていう若い人はほぼ皆無でした。でもここ数年の間で、ものすごく増えていますね。日本に今、何人ぐらいの作家さんがいるのかわかりませんが、僕が入っている全国の盆栽屋さんのグループLINEには、百数十の園が参加しています。
塚原 盆栽に携われられている方、小島さんをはじめとした盆栽士の方々にとって、盆栽の好き嫌いってあるんですか?
小島 やっぱり、どうしても好みは出てきますね。でもそこまで強いものではないかな。僕は最初の頃は松柏類、松と真柏のザ・盆栽と言われているものばかりやっていたんです。「それ以外は盆栽じゃない」くらいのことを言い切っていたんですけど、今は雑木類といって、桜とか、梅とか、また紅葉するものや落葉するものも好きです。秋に色づき、冬に枯れ、春にまた芽吹く盆栽。でもやっぱりいまだに、松柏類はとっておきのものだとは思っておりますけれども。
塚原 盆栽によるカタチって自然にある造形なんですか。それとも人がつくった造形なんですか?
小島 このギャラリーにあるものは、「山採り」といって天然の木を持ってきて、人が手を加えて作っていっているものなので、半分は人の手ですね。真っすぐ伸びていく幹に対して、太い銅線を巻いて、「こういうふうに曲がれよ」と道筋をつけてやり、3年経ったらまた違う方向に曲げて、また3年経ったら違う方に曲げてということを繰り返していくことで、自然にはない幹や枝のうねりであったり、造形美が生まれる。なので、人間が手を加えることが盆栽なんですけれども、木の成長を促して作ってきた結果でもあるので、半分は自然です。生産から生まれた木を使う盆栽もありますが、やはり自然の木で作る山採りが一番価値があります。

塚原 いろんな人が「盆栽って美しい」と言うと思うんですけど、何がみんなの心に刺さっているんですかね?
小島 日本人はやっぱり「美しい」という言葉を使いますよね。たぶん日本人のDNAに、盆栽や木といった自然のものを、美しく感じる何かがあるんじゃないかと思っています。前回話した、海外の人たちは「虫の音を聴く」という感覚が理解できないということにも通じるのかもしれない。
塚原 そういう自然のものに対して、人間が「好き」とか「嫌い」とか、「美しい、美しくない」と評価する姿勢は、盆栽の世界ではどう捉えられているんですか?
小島 木は気づいているんですよね、「この人、本当に自分のこと好きなのかな」って。「プラントミュージック」って御存知ですか? 鉢植えの木から発せられる周波数で音源をつくっている人たちがいて、それが人間にとって最も必要な音だと言われているんです。
基本的には528ヘルツの周波数が、人間にとって心地がいいと言われているけれども、木が発する周波数をどんどん細分化していくと33ヘルツになるんです。面白い実験があって、鉢植えの木にプラス・マイナスの電極をつけて、そこから出る電磁波を盤面に張った水に送ると、水面にきれいな花模様ができるんです。このきれいな花ができるのが大体33ヘルツと言われているんですけれども、何でそんなことができるのか。
たとえば街路樹のように地植えした木から音を取ろうとしても、きれいな音は流れません。電磁波が空間に広がりすぎているから、均一な周波数にならないんです。でも鉢の中に植えている木は、電磁波が鉢のエリアで行き滞るので、音が止まることがなく、きれいな音が流れるんです。
こんな研究もあります。木に向かって、「今からこの枝を切るぞ、本気で切りに行くぞ」と思ったら、木がそのことを察知した反応をするというんです。でもそれが「切るふり」だと反応が起こらず、木の側で「ああ切らないな、こいつは」というのがわかるらしいんですね。
日本はまだまだ遅れていますが、世界では木にまつわる新しいアートが生まれ、木に対する新しい研究も進んできています。僕も寝る前にプラントミュージックを流しているし、自分たちで盆栽ミュージックみたいなものを作りたいとも思っています。真柏、黒松、赤松、いろんな樹皮がどんな音を流して、人間にどんなフィーリングを与えているか? 盆栽がどんな音を出すのか、楽しみにしています。
4 世の中に元気玉を作りたい
塚原 前回の冒頭で少しお話させていただきましたが、小島さんと僕たちKASASAGIの共同プロジェクトをやらせていただくなら、小島さんの盆栽に恥じないものを作らないといけないと思っています。これまでの資本主義に合わせたプロジェクトは駄目だなと(笑)。本当に僕らの納得のいくものを作りたいと思っているんですけど、普段のおしごとでお客さんの空間を作らせていただくときは、やはりお客さんの意向を尊重する建築になるんですよね。
たとえば「AかBかCのどれがいいですか」と三択を提示して、Aは僕たちの作りたいもの、Cはお客さんの要望に沿ったもの、Bはその折衷案で、「私どもはAがいいと思います」と提案しても、お客さんは大体Cを要望して、落としどころはBになるというケースが多いんです。
お客さんにはそれで喜んでいただいているし、いろんな人から評価もいただいているんですけど、僕としては、それができた後に心から納得できていない部分、そこばかり目についてしまう
「日本の手しごとが世界を変える」との信念でKASASAGIを続けてきていますが、自分たちが100%曇りなくこれだ!と言えるものが、今のところまだ作れていないんです。これは宮大工さんとかデザイナーさん、建築家さん、工藝の職人さんに聞いても、皆さん「まだ胸を張ってこれだと言えるものは作れていない」とおっしゃっていて、どんなすごい人たちでも自分の仕事の失敗してしまった部分は、やはり目につくみたいなんです。
だけど、「いつか、何か、本当に納得のいくものを作りたい!」と思いながらやっているなかで、一番それに近しい空間に、小島さんの盆栽を入れられるとすごくいいなと思っています。そうなると、現状では「自分たちで自分たちのつくりたい建物をつくる」自社物件でのプロジェクト、「自分たちで自分たちのつくりたい建物をつくる」プロジェクトだと思っていまして、その際にはぜひ御一緒させていただきたく、タイミングが来たら御相談したいなと思っています。

小島 ありがとうございます。ぜひぜひぜひ。
塚原 今は機が熟すのを待つ時期だと思っています。
小島 タイミング、人の出会い。やっぱり人の出会いが全てだと思いますね。「資本主義に合わせたプロジェクトは駄目」という話が出ましたが、僕も「お金を追いかける」というスタンスは一切とってないんです。
もう切り替わりました。以前はそんなスタンスで、めちゃめちゃ資本主義にまみれていた人生だったと思うんですけど、お金というものを追いかけると、お金はついてこないということに気づいたし、本当に自分がやりたいのか、やりたくないのか、格好良いのか、格好良くないのかというところで決断する。答えはめちゃくちゃシンプルで、そこに向き合い始めてから、人とのつながり方もガラリと変わりました。
事業の方向性を見直さなければならない時期があって、当時持っていたものを全て売り払い、車も時計も金銀も、握りしめていたものを全部手放した当日に、僕のミッションを理解して、支援してくれる仲間が現れた。決断することで新たな出会いが生まれるんですよね。
資本主義にまみれて、「お金お金お金お金」で生きてたら、そういう人間ばっかり集まってくる。そうじゃない、もっともっと次につなげていくんだよ、ネクストのこと考えないといけないんだよ、それこそ「愛でしょう!」みたいなことを本気で言っていれば、そういう人たちが集まってきて、ものすごい力になって元気玉ができると思っています。
日本は今、ちょっと元気がないから、僕は世の中に元気玉を作ることが大事だと思っています。
塚原 元気玉を作るっていいですね。
小島 元気玉作りたいですね。すごく作りたいですね。
5 盆栽をもっと身近に感じてもらうために
小島 盆栽は今、世界的に注目を集めていますが、若い人たちが盆栽展に行ったりとか、盆栽屋さんにコンタクトを取って盆栽を見るのはかなり難しいと思うので、盆栽をもっと身近に感じてもらうために、僕らは企業向けに盆栽のリースをしています。年間契約をいただいて、1週間に1回丸々盆栽を交換するというビジネスで、今、契約店舗数が100店舗ぐらいです。そうやってふだん盆栽と触れられない人たちが、たとえば食事に行ったり、アパレルのお店に行くことによって、そこにある盆栽を見ることができる。
もうひとつは、僕たちTRADMAN’S BONSAIのショップを丸の内にオープンしているんですけれども、これも盆栽ショップというものがなかなか無いなかで、気軽に盆栽に触れてもらえる場所を提供したいと思って作りました。
また僕のインスタでも上げていますが、カルティエさんのサントスという時計が最近出たんですけれども、そのローンチイベントでサントスをイメージした盆栽を作らせていただきました。鉢もサントスの形の鉢を作って。ハイブランドは、エルメスさん以外はひと通りやってきたのですが、たまたまこの取材の4日前かな、カタールの王族の方がギャラリーにいらっしゃって、その方がちょうどカタールのエルメスの社長だったんです。それでエルメスとのお仕事の話をいただいたり。
これまでになかった場所で、人々が盆栽と触れる機会を作っていきたい。これまでになかった新しい見せかたで。展示会に代表される、従来の古典的な盆栽の見せかたは限界を迎えていました。彼らがやっていることは完全にレッドオーシャンだったんですけど、僕らが盆栽を見せたい人たちはその外側にいたので、ブルーオーシャンでしたね。「若い人たちにストリートカルチャーを通して盆栽を見せたい」というのが最初の始まりなので。
塚原 最終的に盆栽を通して、どういう世の中になったり、触れた人にどういうふうになってもらえると一番いいですか?
小島 そうですね、会社の企業理念として「世界中の一家に一鉢。戦争が減る!」。
塚原 一家に一鉢ですか!
小島 みんなで盆栽に触れて「愛でる」ということを学んで、次の世代のこととか、未来のことを考える。もちろん人がいる限り戦争は無くならないとは思います。それはしようがないというか、人間ってそういうものだと思いますけれども、無くすことは無理でも、減らすことはできるんじゃないかなと考えていて、常に言っていますね。みんなで共有できるメッセージとして。(了)

プロフィール

(こじま てっぺい)
1981年、千葉県柏市松葉町出身。アパレルのバイヤーから盆栽業界に転身。「盆栽」を世界に伝えるというミッションのもと、2015年に「TRADMAN’S BONSAI」を結成。翌年に株式会社松葉屋を設立し、CEO兼プロデューサー、盆栽職人として活動。盆栽の販売・リース事業を行う。NIKE、DIOR、RIMOWA、Champion、ランドローバーなど数々のハイブランドとコラボレーションしている。TRADMANS BONSAI

(つかはら りゅううん)
2000年生まれ。高校卒業後、米国の大学に入学。留学先で日本文化の魅力と可能性を再認識したことをきっかけに「KASASAGI」を創業。日本の美意識で世界を魅了することを掲げ、伝統工芸品オンラインショップ「KASASAGIDO」や、伝統技術を建材やアートなどの他分野に応用する「KASASAGI STUDIO」を展開。インド仏教最高指導者佐々井秀嶺上人の許しを得て出家した、インド仏教僧でもある。著書に『なぜ日本の手しごとが世界を変えるのか 経年美化の思想』(集英社新書)。


小島鉄平×塚原龍雲







苫野一徳×岩内章太郎×稲垣みどり

