人類普遍の価値があるとされる「文化遺産」。そんな価値がまるで通用しない3歳と6歳の娘を連れてヨーロッパ350カ所以上の文化遺産をめぐった記者の「私」は、王道とは異なる子連れ鑑賞を通して、文化遺産の思いがけない一面に触れていく。今回は伝統的なゲール語が使われるアイルランドの島を訪れ、断崖絶壁の遺跡で起こった小さな出来事から、文化遺産鑑賞における「自由」のあり方を考える。
石とゲール語の島
アイルランド西部のロッサヴィール港から、フェリーで40分ほどのイニシュモア島に向かうとき、同じアイルランドにいながらちょっとした異世界に行くような心地がした。正確には前日、アイルランド本島西端の石灰岩地帯を歩いたときから、それまでとちがう空気は感じられていた。ヒツジが草を食み、美しい修道院や古城が静かにたたずむ田園から一転して、大地の下からあふれ出たかのように隆起した石灰岩の丘陵。「巨人のテーブル」などと呼ばれる謎の巨岩遺跡。地質だけでなく、言語も変化している。道路標識は英語と伝統的なゲール語(アイルランド語)の併記から、いつの間にかゲール語だけの表示が目につくようになった。英語圏でありつつ、少しずつ違う文化圏に移動している。
ゲール語で「大きな島」を意味するイニシュモア島もまた、そんな石灰岩とゲール語の世界だった。島東部の港に着くと、日焼けした屈強そうな男たちが近づいてきて、俺の車に乗れ、とジェスチャーをする。こちらは複数の選択肢から適切な行き先・価格のツアーを選ぶつもりが、そんな猶予は与えられない。ゲール語で書かれた地図を手に真っ先に話しかけてきたのは英語の流暢な男性だったが、「ドン・エンガスに行きますか?」と夫がいくら聞いても「ん?」という顔をする。ガイドブックの写真を見せると即座に親指を立て、商談成立。年間12万5000人の観光客が向かうこの有名な古代遺跡は、ゲール語では「ドォーネンガサ」と発音するらしい。さっそく言語的な〝洗礼〟を受けながら乗り込んだ彼のバンは、私たち家族に加えて4人も乗れば満員というサイズで、それでも一台通るのがやっとな細い道路を西に向かってガタガタと走り出す。
全長14㎞ほどの横長の島は、道の両側に風よけの石垣が網の目のように張り巡らされている。ジャガイモ以外の耕作に不向きな地盤は、男たちを漁に駆り立て、女たちは彼らのために防水・保温に優れたセーターを編んだ。そんなゆかしい逸話を持ち、伝統的な縄模様などが古代~中世初期にアイルランドに進出したケルト人の文化に通じるとも言われる特産品のアランセーターは、フェリー乗り場近くの土産物店でどっさり売られていた。買って帰るには季節外れだし、荷物になるな……。そんなことを思いながら、道を譲り合いつつすれ違う観光客用の幌馬車や、点在する初期キリスト教教会の廃墟をぼんやりと眺める。フェリー乗り場周辺以外は、人家もまばらな荒涼とした島だ。

行きのフェリーでトイレの内カギを開けられず号泣していた6歳の長女は、ここに来てだいぶ落ち着いたらしい。途中、下車して触れあった馬の鼻をなで、笑顔を見せる。連日訪れていたミュージアムや壮麗な歴史的建造物が、この石だらけの島ではまるで目につかないのも、幼い心を和らげているのかもしれない。この日は天候の崩れやすいアイルランドにしては珍しく安定した晴天で、海は鏡のように白い雲を映している。ただ、私たちが眺める海はアイルランド本島に面した内海で、水平線上にかすかに陸地が見える。本当の海、つまり大西洋は、反対側のやや小高い丘陵地帯の裏側に隠れていた。
出発から約30分後、ドン・エンガスのある丘のふもとでバンを下りる。本来はビジターセンターに寄るのが定番だが、2025年5月当時はリニューアルのため休館中。運転手の彼はその場に残り、私たちは特に予備知識なく、丘の上のドン・エンガスめがけて斜面を登り始めた。ガイドブックに「古代の要塞」とあるとおり、3000年前に築かれたと考えられるドン・エンガスの中心は巨大な石積みの城壁で、その外側は何重かの石垣と露出した石灰岩に取り囲まれている。傾斜はそれほどきつくないものの、陸側から攻め入るのは難儀だったろう。かろうじて階段状と呼べそうな石の坂道を、3歳の次女は大きく足を振り上げて登りながら、途中、岩のすき間に生えた花に気をとられてしゃがみこむ。荒れ地にも花は咲くのだ。

石の問いかけ
ようやくたどり着いた城壁の小さな入り口から中に入ると、一気に視界が開ける。U字型の城壁の内部は平地になっていて、硬い岩盤の上にわずかに草が生えている。その向こうは……海だ。薄青い空と濃紺の大西洋が、隔てるものなく水平線で溶け合う。日本から娘たちを連れてヨーロッパにわたり、西の最果てまで来たことへの、かすかな達成感がこみあげる。
もっと広く海が見たいが、そのためには崖に近づかなければならない。驚くことに、ドン・エンガスの崖には落下防止の柵がない。この日は晴天だからいいものの、荒天時には強風が吹き荒れ、視界も悪くなるというのに。イニシュモア島だけでなく、アイルランド全体を代表する観光地であるこの遺跡に安全柵や警告の表示がないのは、安全管理意識の厳しい日本ではまず考えられないことだった。美観を損ねないなどの意図があるだろうけれど、この手の極端な「自由」と「自己責任」が表裏一体となった場所は、ドン・エンガスに限らず、ヨーロッパの文化遺産ではたびたび出くわす。
風にあおられないように慎重に崖に近づき、2mほど離れたところで地べたに腹ばいになって、ほふく前進して崖上から顔を突き出す。多くの人がやっているこの鑑賞法を、2人の娘を崖からはるかに離れた場所で待たせながら、私もやってみる。約87mという高さから垂直に見下ろす海は、やはり晴天のおかげか思いのほか穏やかで、深い藍色の水に真昼の太陽が白く反射して輝いている。激しく浸食されているという崖の壁面をのぞき込みたいけれど、怖すぎてそれ以上、進めない。視界を覆う海の青さは、ここが人為的な遺跡であることをしばらく、忘れさせる。ただ吸い込まれそうに雄大だった。
ふと、「この海を娘たちにも見せてやりたい」という思いに駆られる。崖に腹ばいになるのは無理だけれど、おあつらえむきに、平地のやや右寄りの場所に、ほぼ方形の巨大な石壇が据えられている。
一辺を崖に接してはいるものの、反対側の辺までは10m近くはあり、目を離さなければ不意の強風にあおられても崖から落ちる危険はないだろう。娘たちを手招きし、崖に近寄らないように言い聞かせながら、手をとって石壇に登らせる。少し怖がりながらも、1mほど高くなった目線から眺める大海原のパノラマを喜ぶ娘たちの姿を写真におさめようと、私がスマホを構えたとき、後ろから夫の声が飛んできた。
「生贄を捧げた台かもしれないから、下りたほうがいいよ」

正直、かなり鼻白んだ。アイルランドの文化遺産鑑賞のハイライトである。日々、「登らない」「触らない」といった文化遺産のルールに我慢を強いられている娘たちに、少しは開放感を味わわせてもいいではないか。「ここは要塞だよね? 軍事施設なら、べつに登ってもいいんじゃないの」「わからないけど、宗教的な意味があった可能性もあるでしょ」。文化遺産の研究者である夫からそう言われても、すぐには腑に落ちない。
たしかにこの時、石壇の上に登っている人はほかにいなかった。けれど、腰かけて休憩する人はたくさんいたし、荷物を上に置いて食事もしていた。荒々しく石を積み上げた城壁には「登らないで」の表示があるけれど、巨石を切り出して加工したとみられる石壇には、そういった表示も、解説板も見当たらない。
昂揚感を削がれた私は、その後しばらく、この些細な出来事が心を離れなかった。子連れに限らず、文化遺産を鑑賞していると「登っていいか、触っていいか」の判断にしばしば迷うことがある。線引きはどこにあるのか。禁止の表示がない場合はどう判断すべきなのか。本当に石壇に登るべきではなかったのか。
ドン・エンガスを離れ、教会の廃墟などを見学したあと、帰りのフェリーを待ちながらアランセーターと同じ編み方の子ども用マフラーを買ったのは、せっかくの眺望を奪われた娘へのわずかな罪滅ぼしだった。おかあさんは、どうすべきだったんだろう――。疑問は変わらず、くすぶり続けていた。
プロフィール

大手報道機関での事件記者を経て文化遺産に傾倒し、学芸員資格を取って文化部記者に。ビジネス系ウェブメディアで働きながらアートメディアや要約サービスに寄稿。2025年に研究者の夫に同行し、幼い娘2人を連れてヨーロッパ11カ国、350件以上の文化遺産を鑑賞する旅に出た。
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