続・陸戦隊と暁部隊 第1話

波濤に消えた「南洲さん」(前編)

佐田尾信作

豊後水道に通じる山口県周防灘にも軍港呉や軍都広島と深く関わる「本土決戦」への動きがあった。2025年の年の瀬に『陸戦隊と暁部隊』(集英社新書)を上梓した。その際に積み残した周防灘をめぐる幾つかの物語をお届けする。生死の境をくぐり抜けながら海難事故で逝った暁部隊の元陸軍中尉。郷里の一族は彼に孤島の再起を託していた。周防灘の島に眠る「兵隊さんの行李」は77年ぶりに暁部隊の元見習士官の遺品と分かる。長き歳月が流れてもなお、謎の多い「本土決戦」の時代に思いを馳せる。

敗戦から2年後の1947年、北海道の荒海で一人の元陸軍中尉が死んだ。無謀な戦争がやっと終わったというのに……。彼が戦時中に所属していた「機動輸送隊補充隊」は広島・宇品を拠点とした陸軍船舶部隊(暁部隊)の一つだった。
僕は『陸戦隊と暁部隊』のモチーフとなった中国新聞連載で、この暁部隊による水上特攻をめぐる証言を追った。その取材から11年後の2022年、一通のメールが届く。この元陸軍中尉につながる男性が送り主だった。
「大叔父の足跡を調べています」

櫛浜の機動輸送隊補充隊

 ネット社会に突入して新聞の発行部数は漸減の一途をたどっている。しかし記事がウェブサイトに転載されることによって、紙の新聞の限界を超えた新たな出会いが生まれる奇跡も僕は知っている。そのような、見知らぬ者同士の出会いが2022年2月にあった。

 相模原市の志水祥介と名乗る人から1通の電子メールが届いたことが始まりだった。

『陸戦隊と暁部隊』第五章で触れた中国新聞連載「マルレを焼いた日 少年兵たちの『本土決戦』」の記事を読んだそうだ。「大叔父である志水南洲という元陸軍中尉の一枚の写真と出会い、琴線に触れるものがあり、彼の軌跡を調べている次第です」とメールは書き出していた。

 連載の何に引っ掛かったかというと「機動輸送隊補充隊」。南洲の軍歴を照会したところ「機動輸送隊補充隊付」とあり、手掛かりを求めてネット検索をするうちに僕の連載に出てくる同じ部隊名がヒットしたというのだ。それは暁部隊の戦車輸送揚陸舟艇(SB艇)などの訓練基地であり、現在の山口県周南市櫛浜地区に駐屯していた。

 櫛浜基地のことは陸軍船舶特別幹部候補生隊(船舶特幹)二期生の記録『紅の血は燃えて』に詳しく出てくる。というより船舶特幹の候補生たちの手記以外にまとまった記録を見たことがない。1945年1月に配属された二期生山崎喜代美の手記には「通称機動輸送隊と言って2種類の特殊輸送船(SB艇1101トン、SS艇730トン)があり、両艇とも兵員、車両等の輸送を目的とし、非常の場合は接岸揚陸できるよう船首は大発式の歩板のものと捕鯨母船船尾のような観音開きになっているものとがあると聞いたように記憶しています」とある。

 山崎によると、上官による制裁は「喫煙発覚事件」「シラミ退治事件」の2回だけで、しかも喫煙の場合は区隊長自ら営庭近くの堤防から寒中水泳よろしく水に入り、候補生たちも声を上げて後に続き、それで終わりだったという。だが4月になると幸ノ浦(現在の広島県江田島市)への転属の噂が流れ、山崎自身も「船舶練習部分遣」を命じられた。マルレ特攻の訓練部隊、第十教育隊への転属を意味する。そして山崎は幸ノ浦で兄の戦死を知る。兄は人間爆弾桜花による海軍神雷特攻隊の搭乗員だった。

 他の手記にも記述がある。青森県原爆被害者の会・編『青森県の被爆者』(1995年)によると、2人の元候補生が45年に櫛浜から幸ノ浦に転属し、マルレの訓練に明け暮れるさなかに焦土の広島へ救援に向かった経験をつづっている。ただし被爆証言集という性格上、櫛浜に関する記述は乏しい。

大叔父志水南洲の遺影を胸に櫛浜に立つ志水祥介=2022年、山口県周南市(写真/著者)
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プロフィール

佐田尾信作

(さたお しんさく)

1957年、島根県出雲市生まれ。ジャーナリスト。大阪市立大学文学部卒業。
広島を拠点に取材活動45年。現在は中国新聞客員編集委員、日本ペンクラブ会員、宮本常一記念館運営協議会委員。
著書に『陸戦隊と暁部隊 ヒロシマの秘史を追う』(集英社新書)
『宮本常一という世界』『風の人宮本常一』、共著に『われ、決起せず 聞書・カウラ捕虜暴動とハンセン病を生き抜いて』(いずれも、みずのわ出版)など。

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波濤に消えた「南洲さん」(前編)

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