本で世の中は転がるのか?

『本づくりで世の中を転がす』刊行記念 武田砂鉄×木瀬貴吉
武田砂鉄×木瀬貴吉

近年、小規模で個性的な「ひとり出版社」が注目を集めています。ただし、2013年創立の出版社「ころから」にはフォロワー(追随する者)がいないと業界では評判です。本書は「ころから」の本の制作過程をはじめ、経営の仕方、本を取り巻く環境を伝えるのと同時に、ヘイト本が蔓延する書店とそうした社会の現状をいかに動かし、転がしていくかを考えた一冊です。
ライターの武田砂鉄さんは、本書に推薦コメントを寄せながらも本文では批判もされているという微妙な立ち位置もある中、今回著者の「ころから」代表・木瀬貴吉さんとのトークが実現。時に緊張感のある議論が交わされました。
翌日が衆院選というタイミングの中、いま二人がこの政治・社会状況、そして出版界に対して考えていることとは――。

※2026年2月7日、ときわ書房 志津ステーションビル店にて行われたイベントの一部を採録したものです。

木瀬貴吉さん(左)と武田砂鉄さん(右)

「ヘイト本」の嵐が吹き荒れた2010年代

武田 木瀬さんたちの「ころから」は何年の創業ですか。

木瀬 2013年1月です。つい先日13周年を迎えました。

武田 私も今のようにライターの仕事をするようになる前、2010年代の半ばまでは出版社で働いていました。

木瀬 じゃあ、出版業界にいた時期が重なってはいるんですね。

武田 そうです。ちょうどこの『本づくりで世の中を転がす』のテーマでもある「ヘイト本」の嵐が吹き荒れた時期にあたります。

 あの頃、社内で有志の若手編集者を集め、「今、この国を考える 「嫌」でもなく、「呆」でもなく」と題したフェアを組みました。多くの書店が参加してくれたのですが、一方で、「なんでこんなフェアをやるんだ」というクレームが書店に来る、なんて事態にも発展しました。そういったクレームに対応してくれた書店員の顔とともに、あの頃、書店の店頭にヘイト本が数多く並ぶおぞましい光景を今も記憶しています。

木瀬 私も2012年、まだころからを立ち上げる前ですが、神保町の三省堂書店で、2台のワゴンが全部嫌中・嫌韓本で埋め尽くされているのを見て立ち尽くしたのを覚えています。とにかく「こんなことになってるのか」と思ったんですが、それが「書店が」なのか「この街が」なのか、それとも「この国が」なのか、それもよく分からなくて言葉にならなかったんですね。

武田 書店も街も国も、全て、ということだったのだと思います。

 当時、編集者として、なぜこういう本がたくさん出てくるんだろう、と考えたのですが、真っ先に出てきた答えは「ああいう本は作るのが簡単」ということでした。

木瀬 そうなんです。私も『本づくりで〜』の中でヘイト本の定義をいろいろ書いているんですが、そこでは触れなかったこととしてもう一つ、「簡単に作れる本はヘイト本である」と言っても差し支えないんじゃないかと思っています。

武田 たとえば、嫌中・嫌韓本をたくさん書いてきた人──そんな人を論客とは呼びたくないですけれど──を2人連れてきて、数時間かけて対談してもらい、それを文字起こししてまとめれば、それで1冊新書ができてしまう。

木瀬 本来ならそこから、発言の中に出てきた話が本当なのか確認したり、裏取りしたりといった作業を出版社がやるわけですが、ヘイト本についてはその必要がない。というのは、ヘイト本の内容は主語がものすごく大きいので、名誉毀損で訴えられることはほぼあり得ないんです。

 つまり、「クルド人」に対して侮蔑的なことが書かれている本について、あるクルド人が裁判所に訴えたとしても、「あなたがクルド人を代表しているわけではないでしょう」と、門前払いされてしまう可能性が非常に高い。訴訟のリスクがほぼないので、裏取りする必要がないとされているわけです。

武田 だからこそあの当時、何冊もヘイト本が生まれてきたんですよね。

木瀬 しかも、初期のころはどちらかというと小さい出版社のものが多かったと思うんですが、2010年代後半になると、大手の出版社も参入して、さらに層が分厚くなっていった。あれは、本当に今振り返ってもおぞましい状況だったと思います。

武田 今はそこまで露骨なヘイト本を書店で見かけることは減りましたが、代わりにインターネット上に流れている。「簡単に本を作る」必要さえなくなったわけです。事実に基づかない映像やコメントを、即座にいくらでもばらまける。間違っていても責任はとりません。

 構造は同じです。ファクトチェックをするのは時間がかかるし、「事実ではない」と証明しても、その証明はなかなか広まらない。そうしているうちにまた次の素材が出てきてしまう……。根本的な構造が変わらないまま、より目に付きやすい形でヘイト言説が世に溢れています。
木瀬 先日は埼玉県川口市の市長選挙に、明らかにクルド人排除を訴えることを意図した候補者が2人も出ていました。どちらも落選しましたが、2人合わせると得票数は4万票近く。本からネットへ、ネットからリアルへと、ヘイトがどんどん「染み出て」きている状況というのは、非常に怖いと感じています。

武田 そもそも、いま国のトップにいる人が、ヘイトスピーチなどの動きを止めてこなかったどころか、むしろそれをエネルギーにしてきたようなところがある。為政者の養分と社会の乱暴な動きとが、グロテスクに響き合っている怖さがあります。

 明日投開票を迎える衆議院選挙も、それから昨年の参議院選挙での参政党「躍進」もそうですが、選挙のたびに「外国人対策」と銘打った「ヘイト」に人が吸い寄せられていくのは恐ろしい現象です。

高市発言は「ピースの欠けたジグソーパズル」

木瀬 武田さんが昨年9月に出された『「いきり」の構造』を読んだのですが、大学の論理学の授業を受けているみたいだと思いました。論理学というのはつまり「A=BならばB=A」ということを学ぶわけですよね。ところが最近は、「A=B、ということはB=Aですよね?」と問うと「誰がイコールの話をしてるんですか」と、明らかに論理からずれた反応をする人がいる。そういう人たちを指して「いきり」と呼んでらっしゃるんだな、と。

武田 そうですね。たとえば、ここ1週間の話でも、高市首相が「手のリウマチの悪化」を理由にTVの討論番組を欠席した件がありました。もちろん、治療はしっかりとなさっていただきたいですが、経緯や言い分を時系列で並べていくと、整合性がとれなくなる。

 最初は「支援者に手を引っ張られた」と言っていたのが、途中から「立候補予定者300人と握手したから」に変わった。欠席を決めたのも、SNSに「私の判断で」と書いていたはずが、後になって官房長官が「私が止めた」と言い出した。明らかにずれています。

 ということは、誰かが噓をついている。選挙の前の貴重な討論の機会です。出席しなかった理由・経緯を整理して明らかにしてもらう必要があります。話がごちゃごちゃになっているので教えてください、と言っているだけの話なのですが、それを問うと「どうしてそんなにひどいことを言うんだ」と言われてしまったりする。

木瀬 「そんな話はしていません」と、自信満々に言われたりね。

武田 そうなんです。しかし、総理大臣という立場にいる人が不正確な理由で選挙前の討論会をキャンセルしたのであれば、それは有権者の軽視です。しかも、そこから討論会の再設定がないまま投開票日を迎えようとしている。この不誠実さを追及する必要があります。奈良の鹿の件も同様です。

木瀬 自民党総裁選のときですね。

武田 「奈良の鹿を蹴り上げるとんでもない外国人がいる」と言って、後でその発言の根拠を問われると「自分なりに確認した」「英語圏の人で、自分自身が注意したことがある」と、どんどん話が変わっていった。そんな些細なこと、と思う人もいるかもしれないけれど、何か物事が起きたときに、そうやって話をずらしたり曖昧にしたりすることで論理が成立しないようにするのは、あの立場の人は決してやってはいけないことです。しかもこの場合は、外国人排斥への動きを生んでいる。一事が万事、こんな対応で国が運営されていいのでしょうか。

木瀬 「設定」が次々に揺らぐというか、突っ込みどころ満載ですよね。

武田 テーブルに条件を並べていくと、明らかに事実ではないものが混ざりこむ。そして、足りないものがある。なぜみんな黙っているのか。ジグソーパズルを買ってきたけどピースがいくつか欠けていて完成できない、そんな時に、「まあいいか、次のをやろう」とはなりませんよね。「ピースが足りないんですけど、どういうことですか」って問い合わせませんか。

木瀬 パズル(笑)。いや、今笑っちゃいましたけど、笑えない話ですよね。

武田 選挙演説などで口にしていた「国を二分する政策」も、結局その中身は何なのか、問われても曖昧にして答えないままです。選挙が終わった後、「実はこの政策でした」と欠けていたパズルのピースを出したり、あるいは隠して欠けた状態で強行する可能性もあるわけです。

武田砂鉄さん
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プロフィール

武田砂鉄×木瀬貴吉

武田砂鉄(たけだ さてつ)

1982年東京都生まれ。出版社勤務を経て2014年秋よりライターに。ラジオパーソナリティとしても活躍している。『紋切型社会』(朝日出版社、のちに新潮文庫)で「第25回 Bunkamuraドゥマゴ文学賞」「第9回(池田晶子記念)わたくし、つまりNobody賞」を受賞。他の著書に『べつに怒ってない』(ちくま文庫)、『テレビ磁石』(光文社)、『「いきり」の構造』(朝日新聞出版)など。2025年、第28回みうらじゅん賞を受賞。

木瀬貴吉 (きせ たかよし)

1967年滋賀県生まれ、出版社「ころから」代表。早稲田大学第二文学部中退。1991年からNGOピースボートに勤め2004年に退職。地域紙記者を経て、2008年に出版業界へ。2013年に二人の仲間とともに「ころから」を設立。加藤直樹『九月、東京の路上で』、永野三智『みな、やっとの思いで坂をのぼる』、ソン・アラム『大邸の夜、ソウルの夜』など、これまでに約80冊の本を刊行。

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