バイブス人類学 第10回

土地を買う?!

長井優希乃

文化人類学専攻の学生、ヘナ・アーティスト、芸術教育アドバイザーとして、様々な国で暮らしてきた「生命大好きニスト」長井優希乃。世界が目に見えない「不安」や「分断」で苦しむ今だからこそ、生活のなかに漂う「空気感」=「バイブス」を言語化し、人々が共生していくための方法を考えていく。

【前回までのバイブス人類学】
文化人類学を学んでいた長井優希乃は、メヘンディ(植物を用いた身体装飾)を描く人々の暮らしを調査するためにインドに渡る。そして、デリーのハヌマーン寺院で出会ったメヘンディ描きで三児の母、マンジュリと父ハリシュの家に住むことに。マンジュリの娘、ミナクシとラヴィーナとともに路上商をしながら暮らしていくなかで、インドでの生活に深く入り込んでいった。
ミナクシは恋人のヨギーシュと関係を育んでいく。しかし、その恋愛はインドのジェンダー観やカーストの違いによって、周囲から歓迎されるものではなかった。そんななか2人は、優希乃とともに、家族に内緒で旅行に行ったのであった。


「グレーター・ノイダ」

2017年4月11日、この日はいつもメヘンディを描いているハヌマーン寺院でハヌマーン神を讃えるロックコンサートがあった。バンド演奏やダンスチームによるブレイクダンスがあったり、そこに一般人が乱入したりと大騒ぎ。ひとしきり盛り上がったあと、ミナクシとヨギーシュにメインバザールにあるバーに行こう、と誘われた。

それぞれ飲み物を頼むと、ミナクシが何か企んだような笑顔で「ユキノに言ってないことがあるの」と言う。

ゴア旅行のあと、ミナクシは大学の最終学年の授業に行かなくていいことを利用して週5で働いていた。「私にはいま、お金が必要なの。去年みたいにただ毎日を過ごすのは無駄だって思ったの。空いてる時間働けば、お金になるでしょう」と言い、頑張っていた。しかしミナクシは一年の間に銀行やツアー関係の会社など4回も転職していたので、言ってないことといえば……また転職したのだろうか。「また転職?」と返すと、ミナクシはヨギーシュと目を合わせてクスクスと笑った。

ヨギーシュが「グレーター・ノイダって場所知ってる?」と言うので、「知ってるよ、いま家がいっぱい建ってきてるところでしょ」と答えた。

するとヨギーシュが「そうそう。最近どんどん発展してきてるところ。それで実は、まだ誰にも言ってないんだけど……そこに2人で土地を買ったんだ!」と言った。

と、土地――!!これは驚いた!いっぱい働いていたのはこのためだったのか。予想外の展開すぎて、たまげた。驚く私を見て、2人はまた笑った。

「僕たちは本当に結婚したいんだけど、色んな問題がある。だから、2人だけでも十分やっていけるって認めてもらえるように、グレーター・ノイダに土地を買った。あそこはこれからどんどん地価が上がるでしょう。安いうちに土地を買えば投資になるし、今後お金を貯めてアパートを建てたら家賃収入を得たりできるでしょ」とヨギーシュが言う。

ミナクシも、「私たちが結婚するにはしっかりとみんなに認めてもらわないとダメなの。私たちががんばって働いていたのを知ってるでしょう?それはこの土地を買うためだったの。これは認められるためのひとつに過ぎないから、もっと頑張らないといけないんだけど。前は日本や他の国に行って何かやりたいと思ってたけど、今はオフィスで頑張って、稼いで、自分のキャリアを作るんだ」と言った。

脳内スタンディングオベーションだ。周囲に認めてもらうために行動を起こす、それが「土地を買う」だなんて、めちゃくちゃいいじゃん。かっこいい。

大学院生の私にとっては「土地を買う」なんて、いつか将来そんなことあるのかな、なさそうだな、くらいに現実味のないことだったが、目の前の若い2人が実現している。着実に、できることすべてを遂行してゆく2人を心から尊敬したし、興奮した。

(2017年4月11日、このバーも家族に内緒で来た)

「いちばん身近なカーストを超えた恋愛結婚」

異なるカースト間での婚姻の難しさはこれまでの「バイブス人類学」で述べてきたとおりだが、ミナクシ側の親族、サロヤ家は少し特殊だ。

母マンジュリと父ハリシュは、異なるカーストでの恋愛結婚だった。

第7回でも少し触れたが、メヘンディ描きは警察の取り締まり対象だ。かつての若きマンジュリがハヌマーン寺院広場でメヘンディを描いているところを取り締まりに来た警察官が、ハリシュだったのだ。そのハリシュがなんと取り締まり対象のマンジュリに一目惚れし、2人の物語が始まった。路上で取り締まり相手に一目惚れをする……インド映画さながらのドラマティックさである。

マンジュリはいわゆる最上位カーストであるブラーマンではあるが、インドの中でも最貧州といわれるビハール州出身だ。親とともにデリーに出てきて路上で稼ぐ、生活に困難を抱えた家庭の子供だった。一方ハリシュはカーストでいうと差別対象となるカーストではあるが、裕福な人々が多いパンジャーブ州出身でハリシュの親族は靴職人として財を成し、ハリシュ自身もデリーで学校に通い警察官となった。

インドは地域格差も激しく、経済的な豊かさとカーストの位置付けが必ずしも一致するわけではない。貧困層のブラーマンもいれば、中間層や富裕層の被差別カーストの者もいる。経済と社会的階級とカーストは複雑に絡み合い、なかなかシンプルに語れるものではない。

ビハールから出てきたマンジュリの父母はとにかく生きていくことに必死で、あまり子供のことを気にかけなかったらしい。マンジュリがハリシュに嫁ぐことは、経済的にも喜ばしいことだった。そのため2人のカーストは違うが、めでたく結婚することができた。今でもよく喧嘩はするが仲良しで、いつもハリシュはマンジュリのことを「モティ(直訳すると太った人の意味だが、恋人を呼ぶときの愛称)」と呼んで可愛がっている。

この2人の結婚はインドにおいては相当なレアケースだ。まず、恋愛結婚であるということ。次に、異なるカーストでの結婚であるということ。状況は違えど、ミナクシが実現しようとしている結婚と同じである。

ちなみにマンジュリは、ミナクシがヨギーシュと付き合っていることに気づいているようだ。以前ミナクシが、「一回、彼氏だとは言わずにヨギーシュの写真をママに見せたら、『オー!ハンサムだね!』と言って、ちょっと目配せしてきたの。しかも、この前親戚のおばさんがうちに来た時も、『あのハンサムの写真みせなよ!』って言ってきたの。あれは気づいてるね」と言っていた。

マンジュリもハリシュも自分たちの「レアな」経験があるからこそ、ミナクシとヨギーシュのことを応援してくれのるでは?という希望がある。

難しいのは、ヨギーシュの家族のほうである。いわゆる最高位カーストのヨギーシュの親族はミナクシのことを「あんな家の子」と裏で言い、ヨギーシュに別の女性とのお見合い話を持ってくるなど、2人の結婚をなんとか阻止しようとしている。ミナクシがヨギーシュと結婚すると、異なるカーストであるミナクシも「家族の一員」となる。悲しいことに、ヨギーシュの親族は異なるカーストのミナクシが家族の一員となることを全く歓迎していないのだ。正直、こちらがインドにおける「普通」の反応だ。基本的に、恋愛結婚なんてありえない、異なるカーストでの結婚なんてもってのほかなのだ。

このような状況で「駆け落ち」することを選ぶカップルも珍しくない。しかし、いざ「駆け落ち」を現実的に考えると、生まれ育った家族を捨てて遠くに逃げるというのは相当ハードルが高い。本当はお互いの家族にも認められながら祝福されて「家族の一員」になりたい。でもそれは「映画の中の話」「夢のまた夢」という感じのことで、ミラクルでも起こらない限り実現しなさそうなことといえる。

でも2人は、働き、土地を買い、自分たちの力でそのミラクルを実現しようとしている。

2人名義の土地を持っているからといってヨギーシュの親族が認めてくれると決まったわけじゃないけど、自分たちの足で進んでいるんだよという一つの客観事実にはなる。もしこれで大富豪とかになれたら、もしかしたらヨギーシュの親族の気持ちも変わるかも……?

グレーター・ノイダの地価が、爆上がりしますように。神様、ハヌマーン様。本当に、頼みますよ。

(つづく)

 第9回
バイブス人類学

文化人類学専攻の学生、ヘナ・アーティスト、芸術教育アドバイザーとして、様々な国で暮らしてきた「生命大好きニスト」長井優希乃。世界が目に見えない「不安」や「分断」で苦しむ今だからこそ、生活のなかに漂う「空気感」=「バイブス」を言語化し、人々が共生していくための方法を考えていきます。

プロフィール

長井優希乃

「生命大好きニスト」(ヘナ・アーティスト、芸術教育アドバイザー)。京都大学大学院人間・環境学研究科共生文明学専攻修士課程修了。ネパールにて植物で肌を様々な模様に染める身体装飾「ヘナ・アート(メヘンディ)」と出会ったことをきっかけに、世界各地でヘナを描きながら放浪。大学院ではインドのヘナ・アーティストの家族と暮らしながら文化人類学的研究をおこなう。大学院修了後、JICAの青年海外協力隊制度を使い南部アフリカのマラウイ共和国に派遣。マラウイの小学校で芸術教育アドバイザーを務める。

 

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