『はじめての公共訴訟 社会を動かす、私たちのツール』と、『バラバラな世界で共に生きる リチャード・ローティの哲学』の刊行を記念したトークの第3回。哲学者の朱喜哲さん、NO YOUTH NO JAPAN創設者の能條桃子さん、CALL4共同代表の丸山央里絵さんが、公共訴訟を「社会に開く」ための言葉やデザインの役割を語る。法律の専門的な議論を、いかに「公共の問い」へと翻訳するのか。コピーやビジュアルの工夫が持つ力と、その伝え方が人びとの受け取り方を左右してしまう危うさや責任について語り合う。
構成:稲垣收 写真:伊吹早織(LEDGE)、集英社新書編集部
*本記事は、2026年6月16日にB&B(東京・下北沢)で行われたトークを編集、採録したものです。
「国」と対話できる公共訴訟

能條 公共訴訟というのは、ある意味、実験プロジェクトのような感じで、「この問いを投げたら国はどう返してくるんだろう?」と思って、こちらが投げれば、ちゃんと応答がある。
でも、公共訴訟を起こす以前に、国会議員に会いに行っていたときは、相手は国会という立法府でルールを作っている人たちなんですけど、そういう人たちに直接会って、こちらの思いとか質問を投げているのに、こちらが求めているような答えは何も返ってこないというか、「そういうことを聞いているわけじゃないんです」と言いたくなるような、政治的なゲームの話に応答が全部なっていってしまったんです。
それが、一度、公共訴訟という裁判にしたことで、ちゃんと応答を受けられるようになった、ということは、実践していて面白い点だと思っています。
朱 そうですね。
丸山 原告席に、桃さんたち6人と弁護団がずらっと座っていて、向かい側の被告席にいるのは「国」ですからね。
朱 それ、面白いですね。国と個人が対話できる、という。
丸山 そうなんです。被告席に座る訟務検事(*1)は「国はこう考える」ということを応答しなくてはならないので、そこで国が法律を作った制定経緯が分かったりする。立候補年齢引き下げ訴訟に関して言えば、国がどういう理由で被選挙権年齢が25歳、30歳と定めているのか説明しようとするわけですけど、この件に関して言えば、「説明できてないよね」ということがつまびらかになるわけです。
そして、それをジャッジするのが真ん中にいる裁判官という、そういう舞台装置があるんですね。
*1 国を当事者とする民事訴訟や行政訴訟を担当する検事。法務省訟務局、全国8か所の法務局に配置され、訴えがあれば、争点となる処分・行為の法適合性について適切な主張をするため、訴えの相手方となった行政庁の担当者から事実関係や行政実務の実情を十分に聞き取るとともに、裁判所に提出する書面や証人尋問の準備等を行い、訴訟に臨む。
“伝わるかたち”をどうつくるか
朱 これはぜひ丸山さんに伺いたいんですけど、CALL4や公共訴訟の営みが、思想的にも画期的である、という話を先ほどしました。もうひとつ画期的だと思うのは、CALL4のサイトや制作物がすごく「カッコいい」ということなんです。
能條 デザインもいい。
朱 ええ。さっきの「ひとりの声をみんなの問いへ」というようなコピーワーク、言葉の面でもそうだし、アートワークもそうだと思います。今回のこのトークイベントのチラシも、すごくいい。これも実は丸山さんのチームが、デザインワークもやってくださったんですよね。
丸山 はい。そうなんです。

朱 あくまで私見ですが、社会運動、こうした公共性を訴える活動においては、残念ながらデザインワークがあんまりイケてないことが多いんじゃないかと思うんです。
もしかすると「正しいことを言ってるんだから、デザインに凝ったりするために、お金をかけるのはどうなんだ?」とか「言ってることが正しいし、手弁当でやってるんだから分かってくれるでしょう」という甘えがあったかもしれない、と自分でも胸に手を当てると思ってしまいます。
その中で、CALL4とかLEDGE、能條さんがやっているNO YOUTH NO JAPANやFIFTYS PROJECTでは、まずなにより制作物がカッコいい。デザインがちゃんとしていて、伝わりやすいコピーが、ちゃんとある。これは世代なのか、思想なのか。なんでできるんだろう、と不思議に思っています。しかも、丸山さんは、LEDGEではクリエイティブディレクター兼キャンペーナーをされている。『はじめての公共訴訟』の4人の著者のうち、弁護士の先生が3人並ぶ中で、丸山さんは弁護士ではなく、クリエイティブの人なんですよね。
丸山 はい。
朱 クリエイティブの専門家が外部パートナーや発注先ではなく「共同代表」という、ド真ん中の立場にいらっしゃるということが、ものすごく画期的だと思っていて。
この「デザインやコピーワークをちゃんとやる」ということ、そしてCALL4の思想・社会正義の理念とこれらがどう関連し得るのか。丸山さんご自身が関わってきた中での話をぜひ聞かせてください。
丸山 冒頭(第1回参照)に申し上げたとおり、やはり公共訴訟って、閉ざされていて、弁護士とか法曹が司法の枠の中で頑張るもので、それ以上になかなか広がりにくいもの、という状況があったんです。ですから、「司法」というものと、「クリエイティブ、広報、メディア」を出会わせるというのが、当初からこのCALL4のプラットフォームのあり方だったんです。
なので、チーム的にも、実は法曹の卵や弁護士と、一方で、デザイナーやライターやイベント・オーガナイザー、私を含むクリエイティブのチームがほぼ半々、やや法曹が多め、ぐらいで存在していて、お互いに自分たちの専門の話とかも気にせずに言い合っている、みたいな感じでひとつのチームになっています。
なぜなら、さっきのCALL4の最近のキャッチコピー、「ひとりの声をみんなの問いに」のように、「公共の問い」にするということは「みんなに気づいてもらう必要がある」ということだと思っているんです。特に裁判資料って、何十ページ、時に何百ページあるし、しかも独特の言語、法律用語で書かれているので。
能條 本当に独特ですよね。
朱 文体も独特ですよね。
丸山 ええ。それをいきなり全文読むって、なかなかアプローチしづらい。そこにハードルもすごくあった。
だから、それをわかりやすい普通の言葉に「翻訳する」作業というものがあってCALL4は一個一個のケースのページを、ひとつは「アクセシビリティ」の観点から分かりやすい言語に置き換えている、という側面が、まずあります。
そして、「アートワーク」とおっしゃってくださったもので言うと、たとえば、今日のこのイベントのポスター、これは本来なら、あってもなくてもいいわけですよ。
朱 必要かどうか、だけで言うと。
丸山 でも、今日この場、下北沢のB&Bさんで、この3人が話す。それを「きっとこういう話かな」とか、「すごく専門的な話よりは、もっと開いた話になりそうだな」とか、パッと言語化できないけど感覚的に「私、このイベント、興味ありそう」とか、「何だろう?」って思わせる入り口が、まずひとつ必要で。
入り口があるということは、人を若干選ぶことではあるんですけど、でも「誰も選ばないと誰も来ない」ということなので、これに「何だろう?」って思う人を引き寄せる、という機能がまず関心の入り口としてあると思っていて。
それは、「ここで交わされる会話」へのご招待であり、同時に、ここに来て、「いいな」「面白そうだな」「『ひとりの声から、公共の会話へ』って、ちょっと聞いてみようかな」と思った人に、「ちゃんと分かる会話をするよ」というお約束でもあると思うんですよね。
なので、このお約束の下に、ここに私たちがいて、しゃべって、皆さんと会話するということを、ひとつのビジュアルにすることによって生んでいる、という側面もあるのかなって思って。
朱 面白いですね。約束をちゃんとビジュアルにすることによって、「何を約束しているんだろう」ということが、ある種明らかになってくれる、ということなんですかね。
丸山 そういう気持ちで。
デザインっていろんな種類があるので、圧倒的に美しくて言葉を失うデザインはもちろんあるんですけど。CALL4って、どんなに深刻な裁判のビジュアルでも、余白とか緩さがあるデザインを作っているんです。
それは「これ何だろう? 自分にも関係あるのかな」という余白がそこにないと人は入ってこない、というのと、朱さんの言葉を借りるなら、会話を止めるんじゃなくて、「ここから会話が始まるような、問いがたくさんある場にしたい」というのがCALL4の思いなので、少し緩さの残るデザインで作っています。
言葉が変われば人間も変わるし、社会も変わる
朱 なるほど。CALL4ならではのデザイン言語というか、表現があるんですね。すごいことだと思います。
ちょっと哲学っぽい話を挟んでから、能條さんにもお話をうかがいたいんですけど、私が研究しているローティは「ボキャブラリー」という概念を大事にするんですね。「言葉づかいが大事だ」と。彼は「私たち人間や社会とは〈受肉したボキャブラリー〉である」と言うんです。私は「ボキャブラリー」を「ことばづかい」と訳していますが、それが私たちをつくっている。したがって、「言葉が変われば人間も変わるし、社会も変わるんだ」ということになる。
ここで言う「ことばづかい」って、単に「丁寧にしゃべります」ということではなく、「あることをどう表現するか」という、いろんな表現の仕方に関わっています。
たとえば、同じデータがあるとしましょう。その同じデータを「数表」にするのか「棒グラフ」にするのか「円グラフ」にするのか。同じデータですが、どの表現でアウトプットするかで伝わることも変わりますよね。これはまさに、「どんなボキャブラリーを選んだかで、作用が変わってくる」ということです。
同じ情報でも、どんなレイアウトにして、どんなふうにアートワークをするのか、そこで決定的に変わってくるものがある。表現したいものが本質で、表現形態は手段なのではなく、表現そのものに本質が宿るんですね。丸山さんのおっしゃったことは、このローティ哲学の観点からもすごくしっくり来ます、というのがひとつ。
もうひとつは能條さんに聞きたいんですが、能條さんたちの世代だと、「カッコよくするとか、デザインワークに凝るのって当たり前じゃない」というぐらいネイティブになっていらっしゃる気がするんですが、いかがでしょうか。
能條 そうですね。CALL4ができたのと私がNO YOUTH NO JAPANを始めたのは同じ2019年なんですよ。その前は皆さんと知り合いじゃなかったので、偶然と言えば偶然なんですけど。NO YOUTH NO JAPANを始めたときにも、最初からグラフィックデザイナーの方と知り合って、むしろ知り合ったからこそ、始められた、というような感じだったんです。
最初は「選挙について分かりやすいグラフィックで説明をする」というところから活動していたんですけど、アート系のデザイナーさんとかも含めて、こういう社会運動とかに関わりたいと思っている方々の裾野が広がったりとか、そこが増えているということにも、ひとつ、時代的なものというか、世代ということもあるのかなと思ったり。
ツールを含めて、予算をかけなくても、少なくとも「パワポ・デザイン」にはならないというか。別にディスってるわけではないんですけど、「お知らせ」みたいなものにはならないな、ということはあるのかなと思ったりします。でも「デザイナーさんがいると全然違うな」とか思いながらやってきました。
私も、今ここに来ている方に配らせてもらいましたけど、今、FIFTYS PROJECTで、「政治家になりませんか」というパンフレットを手掛けているんですけど。
朱 かわいいですね、これ。
能條 たぶん普通の政党が作っている候補者公募のパンフレットは、まず3つ折りじゃないし、もっと難しそうな文で、文字のフォントも明朝体で書かれているものが多い中で……。猫のイラストを入れたり、猫が好きな方がデザインしたというだけなんですけど(笑)。眺めるだけで「これは、こういうことを言っているのかな」ってちょっとイメージできるようなものだったり。
やっぱり、デザインって「(誰々に)向けているんですよ」というメッセージでもあると思うんですよね。CALL4の場合だと、法曹界の人に知ってもらうんじゃなくて……。
丸山 一般の市民の方に。
能條 一般の人たちに知ってほしいというのがデザインに表れているのかな、と思いましたね。
朱 あえて「デザインなんかに凝るのは邪道だ」という人の気持ちを代弁すると、「正しいことをやっているんだったら伝わるだろう」とか、デザインとかを「小手先だ」と感じる人はやっぱりいらっしゃると思うんです。
でも、それとは別に、もっと本質的な話として、デザインって「危うさ」もある気がするんですよね。
たとえば、よく言われますが、ナチスドイツのアートワークってカッコよく見えるわけです。「制服がカッコよかった」とか。
カッコよさとかデザインって、ある種、裏表の関係で、「みんなに伝わるものである、直感的に分かるものである」というのは、別にいいほうだけには向かないものではありますよね。
丸山 そうですね。
コピーをたった1文字変えることで伝わるものに変わる

朱 このデザインという、どちらでもあり得る「パワーあるもの」をどうやって方向づけたり、コントロールしながらやっているのか。丸山さんはそのバランスをずっと取り続けている気がするので、そこについて思うところがあればぜひお聞きしたいです。
丸山 CALL4がやっていることも、ある種、「感情的に誘導する」ことになり得るというのは思っているし、防ぎ切れない面もひょっとしたらあるかもしれないんですけど、「そう自覚しながらやっている」ということがひとつ大事なのかな、と考えています。
具体例で言うと、「選択的夫婦別姓訴訟」があって、第一次訴訟、第二次訴訟は残念ながら最高裁で「立法府で考えてね」というボールを渡されて終わっていて。今、第三次選択的夫婦別姓訴訟をやっているんです。
これには弁護団の方、原告の方、支援者の方がたくさん関わっていらっしゃって、最初CALL4に載せるとき、訴訟の仮称は「第三次選択的夫婦別姓訴訟」だったんです。
ただ、CALL4に載せる時には、「『みんなの問い』にリフレームしたほうが、より多くの人に届きますよ」ということで、CALL4としては伴走してアドバイスさせていただいていて、この「夫婦別姓も選べる社会へ!訴訟」という呼び方になったんです。これはけっこう、会話から始まった話で。
最初、「第三次選択的夫婦別姓訴訟だと、漢字だらけかな」という会話をしながら、「じゃあ、何だろうね」と。「夫婦別姓を実現する」とか、たくさんアイデアを出していく中で、最初「夫婦別姓を選べる社会へ!訴訟」ってなっていて、まあ、近くなってきたんです。
ただ、ある支援者の方、おそらく第一次訴訟からずっとこの訴訟を見守っている方が「何か違う」っておっしゃって。チャットでのやり取りなんですけど。それで私たちが言いたいのはたぶん「も」だと思う、と。「夫婦別姓も選べる社会へ」なんだと思う、と。
朱 「てにをは」の一文字なんですね。
丸山 そう。それでみんな、確かに、と「ハッ」となって。ハッとするときは大体落ち着いたときなんですけど。
というようなやり取りをけっこう裏でやっていて。
なので、答えになっているか分からないんですけど、「じゃあこれで」って言うんじゃなくて、自分たちの譲れないものもありながら、「どうやったら届くかな」みたいなことを、けっこう話し合って。その中で作っていく。
そこには当事者的な方もおり、支援者もおり、そしてCALL4のメンバーのような第三者的な人もおり、という、いろんな視点で話をしながら作っていくので、「やっぱりこの訴訟が求めるのは『夫婦別姓も選べる社会』で、『選択肢を増やしてほしい』だけの訴訟だよね」ということを決めていく。ビジュアルとかも、それとともに優しい感じで作って。
朱 なるほど。
丸山 でも、夫の氏と妻の氏を片方しかチェックできない婚姻届を知っている人にとっては、このキービジュアルの、2個両方にチェックをつける、ということに、お!と思わせる感じで。
そんなことも一緒に考えてやったりしていって。そのプロセスで、できるだけさっきの、「一方的な方向」に行かないように調整を図っているんです。
朱 すごい。今の話はまた、コピーライターやアートディレクターといったクリエイティブ職種の人を、とても勇気づけてくれるだろうと思いました。「てにをは」の一個で、そこに宿る思想やメッセージがまったく変わるんですね。
表現にちゃんと向き合い続けたことの積み重ねによって、今に至っているんだな、と。とても説得力があるというか、広く言葉に関わる仕事をしている者としても励まされる話だなと思いながら聞きました。
デザインやコピーがあることによって個人が矢面に立たなくても済む
朱 能條さんにも訊いてみたかったんですけど、デザインやコピーワークを工夫することによって、「原告個人」が前面に立たなくてもよくなる、というよさがあると思ったんです。立候補年齢引き下げ訴訟も、6人の原告団がいて、個人個人というよりは、チームになっていて、それを表現するコピーワークがある。それによって「個人が矢面に立ち過ぎずにすむ」ようにデザインが機能しているんじゃないかなと。デザインによって、匿名性が立ち現れるというか。
丸山 シンボルとしての機能。
朱 そうそう。シンボルとしての機能ですよね。
能條 本当にそうですね。アイコン――何かみんながあんまり知らないことを知ってもらうときには、何かで覚えてもらわなきゃいけない。やっぱり視覚ってすごく強いから、そういう意味で、誰かの顔だったり、色だったり……。「覚えてもらわなきゃいけない」となったときに、デザインがないとしたら、人で売っていくしかなくなっちゃう。政治家が一番分かりやすい例だと思うんですけど。
でも、社会運動の中でデザインがちゃんとあることの意義というのは、さっきの話につながりますけど、「誰かがそれを、背負わずに済む」ということでもありますよね。
デザインというものが、「こういう明るい感じなのかな」とか、「優しい感じなのかな」とか、逆に「けっこう落ち着いている感じなのかな」とか、「しっかりしている感じなのかな」とかも含めて、イメージを持つ。デザインによって、そこが伝わりやすくなって、そういうものが好きな人たちが集まってくる、という、「コミュニティを作る機能」にもなっているのではないかと思いましたね。
朱 なるほど。活動の最初からそういう発想はあったんですか?
能條 私は、自分が団体を作ったときは、ちょうどデンマークに留学をしていたタイミングだったんです。それでデンマークの政党などのキャンペーンが、みんなすごくちゃんとデザイナーが入ってデザインしていて、自分と同年代のユース(若者)の子たちがやるキャンペーンとかにも、ちゃんとデザイナーが入っていることが多かったんですよ。
そういうのを見ていたこともあって、「こういうふうにしたら、今自分のまわりの学校の友達とかで『興味ない』って言ってる子たちにも届くんだろうな」と思うことがあったので、「自分が始めるときは絶対そういうふうにしたい」っていうのはまずありましたね。
今、そういうのがすごくしやすくなっている、というのがいい面。
逆に言うと、デザイナーさんとかと知り合えて、一緒にやれて、それを続けていくには、そのデザインの部分にも、ちゃんと予算を割り当てられるようにならなきゃいけない。そういう意味で、支援者の方たちだったりとか、必要なお金、というところでも理解を得たり、集めていかなきゃいけない、というところもあるので。
きれいなデザインばっかりというか、「それがないと声を上げられない」ってなってしまうと本末転倒だなという感じはしていて、そこはけっこう難しいところだなって、やりながら思うんですけど。
でも、やっぱりそれがあるからこそ知り合えている人たちがいて、それを支援者の方々にも分かってもらうという。そこは大事かなと思いましたね。
丸山 NO YOUTH NO JAPANって、色とかロゴとかにすごく統一感があって。そして今、実は創設者の桃さんは代表を次世代に譲ったんですよね。
能條 そうなんですよ。
朱 すごいですね。属人的じゃなくて、作られたものとかアートワークとかも含めて、ちゃんとつながっていっているんですね。
能條 中ではガタガタしながら「そんなきれいに世代交代できる? どうやったらいいのって、ずっと頭を悩ませてはいるんですけど(苦笑)。
私はNO YOUTH NO JAPANを始めたとき21歳で、「U30のための」というふうに名前をつけたんです。だから10代、20代のための、ということなんですけど。でも、いざ自分が20代を終えていく、となったときに、「自分たちが培ってきた若者としての資源を、どう次の世代の若者に移行できるのか」というのが、難しいけどやりたかったこととしてあって。
やっぱりロゴがあったりとか、NO YOUTH NO JAPANというデザインがインスタとかであったりするんですけど、それがあると、「NO YOUTH NO JAPANって、こういう存在だよね」ということを、今は引き継げているのかなと思いますね。
朱 面白い。今日お話を伺って、何げなく、「毎回カッコいいポスターだよね」なんていう感じでパッと流してしまいしがちな個々の表現に「デザイン言語」というか思想がある、ということがよくわかりました。会話を生むためにも余白が要る。バキバキにカッコいいものがいいわけでもない、というバランス意識も。
丸山 今回のイベントのポスターも、登壇者をランダムに配置して、実は3人をつなぐこのうねうねは、この『バラバラな世界で共に生きる』のカバーの、セキサトコさんのイラストへのオマージュなんです。

朱 本当ですか。うれしいです。
丸山 ここに、「私たちはバラバラじゃないよ」みたいなこととかを込めてて。たぶん、そんなにパッと見では分からないけど、でも、パッと見の印象に、やっぱりつながっているとは思うんですよね。
朱 すごくいい話ですね。「内容が正しければ、見てくれなんてどうでもよい」的なことを言う人がいるとして、それはデザイン自体が持っている豊かさとか、その含意、ローティの言う「ボキャブラリー」の役割に無頓着であるか、あえて見て見ぬふりをしているのかもしれないですね。社会正義を求める運動だからこそ、今ようやくデザイン、クリエイティブの本質的な貢献と存在感について実践と結果を通して言葉にされつつあること、とても大事だなと。
それはまさに、司法の、ものすごく堅い四角四面の言葉が、これだけ面白い個性派ぞろいの――井桁さん、亀石さん、谷口さんという弁護士たちによって僕らに開かれてきているように、デザインもそこで不可欠な役割を果たしているんだ、ということがよくわかりましたし、この顔ぶれに丸山さんが加わっていることが、皆さんの活動と『はじめての公共訴訟』という本の読み味の豊かさ、すごみなのだなと改めて実感しました。
(了)
プロフィール

(ちゅ ひちょる)
哲学者。1985年大阪生まれ。大阪大学社会技術共創研究センター招へい准教授。博士(文学)。専門はプラグマティズム言語哲学とその思想史。著書に『人類の会話のための哲学』(よはく舎)、『〈公正(フェアネス)〉 を乗りこなす』(太郎次郎社エディタス)。2026年5月、好評を博した『100分de名著 ローティ「偶然性・アイロニー・連帯」』のテキストを大幅改稿した初の新書『バラバラな世界で共に生きる――リチャード・ローティの哲学』(NHK出版新書)を刊行。

(のうじょう ももこ)
アクティビスト・一般社団法人NO YOUTH NO JAPAN代表理事、FIFTYS PROJECT代表。1998年生まれ、2019年、デンマーク留学をきっかけに、若い世代の政治参加を促進するNO YOUTH NO JAPANを設立。2022年、政治分野のジェンダーギャップ解消を目指し、20代・30代の女性やノンバイナリー、Xジェンダーの地方議会への立候補を呼びかけ、支援するFIFTYS PROJECTを開始。現在、立候補年齢引き下げ訴訟の原告のひとりとしても活動している。共著に『NO YOUTH NO JAPAN vol.1: わたしたちの生きたい社会をつくろう U30の投票から未来をつくる』(よはく舎)等。

(まるやま おりえ)
クリエイティブディレクター・認定NPO法人CALL4共同代表。リクルート『ゼクシィ』編集長・アプリプロデューサーを経て、2018年に独立。2019年に公共訴訟支援プラットフォーム「CALL4」に参画し、2023年11月より共同代表として訴訟の背景や人々の思いと物語を届ける。公共訴訟の専門家集団「LEDGE」には創設(2023年10月)からクリエイティブディレクター兼キャンペーナーとして関わる。2026年5月、共著『はじめての公共訴訟 社会を動かす、私たちのツール』(集英社新書)を刊行。
朱喜哲×能條桃子×丸山央里絵








能條桃子×中村敏子
井田奈穂×中村敏子
星野博美