前回紹介した大阪城公園の「クールジャパンパーク」を手掛けたクールジャパン機構の廃止が決まり、大きな話題となっている。「クールジャパンパーク」の建設で多くの樹木が失われたが、実はこのように公園を“稼ぐ場”にしようとして、緑地が失われるケースが全国で多発している。背景にあるのが、民間資金とノウハウを活用して社会資本を整備する「PFI(プライベート・ファイナンス・イニシアチブ)」の公園への導入だ。名古屋市の「名城公園」や「久屋大通公園」、川崎市の「等々力緑地」、平塚市の「湘南海岸公園」ではPFI事業で、大規模な樹林の伐採が行われた。多くの場合、市民には詳細な情報が知らされず工事が断行されたが、静岡市の「城北公園」のように市民の反対で事業の見直しを迫られるケースも出てきた。
隈研吾デザインIGアリーナが壊した名古屋・名城公園1500本の森
名古屋城とお濠を挟んで並ぶ「名城公園」は、金の鯱
を載せた天守閣を望む、緑豊かな公園だ。8月の朝、私が訪ねると多くの人がランニングやウォーキングをしていた。
公園を歩いていくと、木立が切れて視界が開け、巨大な建物が見えてきた。世界的建築家の隈研吾氏が外観デザインと内装の一部を設計し、2025年7月にオープンした「IGアリーナ」だ。最大1万7000人を収容できる国内最大級のアリーナで、音楽コンサートやバスケットボールなどのスポーツイベントなどが行われている。樹形を模した特徴的な外観デザイン“樹形アーチ”は賛否を呼び、開業時に大きな話題となった。
隈研吾氏はインタビューで設計の意図を次のように話している。

「日本で一番大きなアリーナだと感じています。大きなボリュームをどうやってヒューマンな、人間らしい空間にするか、人間にとって親しみがあって優しい空間にするか、そのためにこの樹形アーチを思いつきました。IGアリーナの敷地は、幸いなことに名城公園と隣接していて緑がすぐ自分のもののようにあるので、そこに樹形アーチを取り付けるとIGアリーナが名城公園の杜と一体化する、杜になる、そういう想いを込めてこの樹形アーチを思いつきました」(IGアリーナHP「建築家・隈研吾氏インタビュー」より)
隈氏が言うようにIGアリーナは巨大だ。敷地面積は約4万6000㎡、延床面積は約6万3000㎡、建物の最高高さは41mに及ぶ。名古屋城の天守閣の建物本体の高さが約36.1mなので、その大きさがわかるだろう。
IGアリーナは、連載の第4回で見た神宮外苑の新秩父宮ラグビー場と同様に、PFIを使って建設された。2026年に名古屋を中心に開催される「アジア競技大会」を目指して愛知県が企画した建物だ。PFIの事業者は前田建設工業とNTTドコモを代表とする企業で、199億9910万円で落札した。正式名称は「愛知国際アリーナ」というが、英国に拠点を置くオンライン金融機関のIGグループが命名権を取得したため、「IGアリーナ」となっている。
これまで全く報道されてこなかったが、じつはこのIGアリーナの建設で、名城公園の樹木が大量に伐採されていた。名古屋市で建築コンサルタント会社を経営する高橋和生さんはこう語る。
「名古屋市が2019年に行ったアリーナ建設の住民説明会に参加しました。会場からは『反対だ』『疑問だ』という声が多く出ました。『緑の環境の中のランニングコースを潰さないで』などの意見に名古屋市は回答せず、ただ『市民の意見を聞き、愛知県と協議して進めていきたい』と言うだけでした」
住民説明会で市民から懸念の声が多く上がったのが、アリーナ建設によって公園内の樹木が伐られ、緑地が失われるのではないか、ということだった。当時の議事録を読んでみると、例えば次のような質問があった。

「市街地のど真ん中にこういう緑地があって、ここに多くの野鳥がやってくる。昭和31年からここを整備してきて、それだけ樹木とかが整ってきたあかしである。これだけの樹木を伐採してしまうと、公園全体に及ぼす影響がかなり出てくると思います。緑地の代替についてはどのように考えられているのか」
これに対して名古屋市は苦しい弁明を行っている。
「市としても、なるべく樹木への影響が少ないようにというのは当然愛知県と調整、協議していくつもりでございます。そういう中で代替の緑という、どこか違うところに緑を確保というところは現在のところまだ考えておりませんが、愛知県体育館を整備するところにつきましても、一時的には確かに撤去してボリュームがなくなります、残る木もございますでしょうし、新たに植える木もあるかと思います。この辺につきましては、少し時間がかかる話ではございますけれども、残る樹木であったり、新たに植える樹木を大きく育てて、将来的には今と同じような形でなるべく緑で覆われた名城公園になるように、今後の管理等に努めていきたいと考えているところでございます」
(名古屋市HP「タウンミーティング~名城公園北園と新たな公園施設について~ 開催報告」より)
IGアリーナの建設によって、実際にどのくらいの木が伐られたのだろうか? 愛知県に情報開示請求したところ驚くべき数字が出てきた。「高木を中心に約1500本を伐採。新たに植えた木は約100本」だという。
一概に数字だけで比較できるものではないが、大きな社会問題となった神宮外苑再開発の樹木伐採本数が619本である。IGアリーナの建設では、その倍以上の木が伐採されたのだ。しかも名古屋城周辺のこの公園は、良好な自然や景観を守るため風致地区に指定されている。それにも関わらず、環境アセスメントも行われなければ、近隣住民への説明も愛知県は一度も行わなかった(公園を管理する名古屋市は行った)ため、アリーナ建設による環境への影響の詳細は市民に知らされなかった。

「名古屋市の説明会に出ても、完成予想図もありませんでしたので、どこまで木が伐られるかはわかりませんでした」と高橋さんは憤る。「公園は『都市の肺』とも言われ、空気を綺麗にする緑は不可欠なものです。市民の知らないところで多くの緑を行政が勝手になくすなど許されません」
なぜここまで多くの木が伐られたのだろうか。Google Earthから取ったこの2枚の航空写真を見て欲しい。上はIGアリーナ建設前、下は建設後の写真だ。IGアリーナの建物自体はもともと野球場があった場所に建てられたため、建設によってそこまで多くの木を伐られなかった。しかし、IGアリーナの後ろに森があり、そこもアリーナの駐車場などを建設するために潰されてしまったので、樹木の伐採本数が多くなった。
では、どうしてここまで大きな駐車スペースが必要なのか? じつはこの敷地には今後、「ラグジュアリーホテル」や「スポーツクリニック」が建設される予定だという。
PFIは民間事業者が収益をあげながら、その一部を使って施設を運営していく仕組みだ。愛知県はPFI事業者に「特定事業」であるアリーナ建設・運営とともに、「任意事業」を行うことも認めている。「任意事業」とは、民間事業者が自らの責任と費用負担で行い、アリーナの運営と連携して全体の魅力を向上させる事業だ。前田建設工業とNTTドコモなどの事業者は「任意事業」としてラグジュアリーホテルとスポーツクリニックを行うと提案書に記している。ラグジュアリーホテルとは明確な定義はないものの、1泊数万円から十万円以上するような最高級ホテルだ。スポーツクリニックはまだしも、最高級ホテルは公園に建てるのにふさわしいものだろうか……。
名古屋市は音楽ライブに使われることも多いIGアリーナを「教育関係施設」として建蔽率を2%から10%に引き上げ、建築審査会で高さ制限の「適用除外」としてこの巨大な建物の建設を認めた。大手ゼネコンで40年勤め上げた高橋さんは、従来の法律の定めをしっかり守るべきだと訴える。
「公園に大切なのは緑と大空です。そのために10m以上の建物が建てられない風致地区の決まりや、建蔽率2%という都市公園の定めがあります。それを大幅に上回る建物を建ててしまうのは法律の趣旨に反しています。行政が法律に背く建物をつくり、しかもそれが金儲けのための資本の論理で動いているというのは、大きな問題です」
プロフィール

(おおさわ さとる)
テレビ東京で「WBS(ワールド・ビジネス・サテライト)」など報道番組の記者・ディレクターを担当。現在はジャーナリストとして活動。明治神宮外苑の再開発に近隣住民として反対し、新宿区に対する樹木伐採許可取り下げ訴訟の原告団長を務める。X(旧Twitter)フォロワー3.9万人「ミド建築・都市観測所」(https://x.com/Mid_observatory)を運営。早稲田大学第二文学部卒、京都大学公共政策大学院卒。1983年生まれ。
大澤暁





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