ミュージアム研究者の小森真樹氏が、世界のミュージアムをフィールドワークする新連載。『歴史修正ミュージアム』(2025年、太田出版)で小森氏は、アメリカや欧州のミュージアムに社会包摂や公共性再建の可能性を見出した。本連載では、さらに欧米以外の地域にも足を延ばし、“採取”した展示空間のレンズを通して社会を観察するエッセイをお届けする。
第1回は台湾・台北の月経博物館を取り上げる。“タブー視”されがちな“性”というテーマを真正面から取り上げたこのミュージアムは、いかにしてできあがったのだろうか。そして、“タブー視”を克服するためにミュージアムが果たしうる役割とは。
ロンドンのヴァギナ博物館、アイスランドのペニスミュージアム――性をテーマにするミュージアムは、世界的に見ても多くはない(*1)。だが考えるべきなのは、それらが「珍しい」という事実ではなく、なぜ性に関する知識や経験がこれほどまでに公共の場で語られにくいものとされてきたのか、という問いである。性は人間の生にとって不可欠であるにもかかわらず、古来より多くの社会ではそれを口にすること自体がためらわれ、恥やタブー、隠すべきもの、ときに畏怖や崇拝の対象とされてきた。この「語りにくさ」とは、はたして個人の意識の問題なのだろうか?
この問いに対して、ひとつの応答を示しているのが、台湾に2022年にオープンした「小紅厝月経博物館」だ。世界初、そして今のところ唯一の月経・生理をテーマに掲げるこのミュージアムは、生理をめぐるタブーを、知識が共有されず、語る場が設計されてこなかったという「構造」の問題として可視化する。そして同時に、その構造を来館者自身の感覚や意識の変化へとつなげていく場として設計されている。
その考え方は、ミュージアムの立地からして徹底している。台北市街地の北側、下町然とした古くからの伝統的な市場がいまも息づく大同区の生活圏。小紅厝月経博物館は、ミルクティー屋さん、魚屋さんや肉屋さん、おもちゃ屋やパーツ屋が軒を連ねるこの野外市場のただなかにある。人びとが買い物をし、立ち話をし、食べものの匂いと喧騒が行き交う日常の街並みの中に、月経を語るミュージアムがごく自然に建っているのだ。なぜこの場所でなければならなかったのか。そこにこのミュージアムのコンセプトがある。
「なぜ生理と言えないの?」から始まった商店街型ミュージアム
ミュージアムの出発点は、創設者であるヴィヴィ・リン氏自身の経験だった。13歳で初潮を迎えたとき、周囲の人びとだけでなく母親さえ月経の話題を避けたことに、彼女は強い違和感を抱いた。「なぜ『生理』という言葉を使えないのだろう?」人は、生きていくために食べ物を食べるし、生殖のために生理がある。食事のことを、恥ずかしそうに「“栄養補給のアレ”、もう済ませた?」と、婉曲表現でコソコソ話しているようなものではないか。そんな暮らしは息苦しい。
高校時代、リン氏が月経について感じている疑問や知識を語る動画をYouTubeで発信したところ、世界中から共感の声と具体的な質問が殺到した。夥しい数のコメントを読み、彼女は悟った。これは思春期特有の悩みなどではない。生理のタブーは「個人の意識」の問題ではなく、社会から意図的に情報が排除されているという「構造的な欠陥」なのだ――そう問題を再定義したのである。
スコットランドへの留学経験も、リン氏に大きな衝撃を与えた。学校や図書館など公共施設での生理用品の無償提供義務を世界で初めて実現した地域である。学生、市民、政治家たちがパレードで手を取り合い、これまで台湾で「話すのを避けるべき」と教えられてきた話題を、ここではむしろ政策課題として堂々と公共空間で訴えていた。生理についてきちんと知る機会がなく、タブー視されている社会の現状を変えたい。生理の貧困と偏見の解消を目指して、彼女は2019年にNPO法人「小紅帽 With Red」を設立した。その後も、WHOのテドロス事務局長に直接公開書簡を送るなど積極的な行動を続け、フォーブス誌の「世界で影響力のある30歳以下」や故ダイアナ妃記念アワードにも選ばれた。その結晶として2022年夏にオープンしたのが、この月経博物館である。
「商店街型ミュージアム」という立地は、安いテナント料といった経営上の理由だけで選ばれたわけではない。現代美術館の一角でアートに乗せてセクシュアリティの問題を語るだけでは、人びとの生活から遠ざかってしまう。すでに性教育の問題に関心を持った人しか来ないかもしれない。あるいは、国立故宮博物院のような場所ではどうか。人びとは畏まり、距離を感じてしまうかもしれない。そうではなく、買い物に行くくらい日常的な温度感の環境に身を置くことこそが重要だったのだ。
ミュージアムの建物はガラス張りで、外からフロアが見通せる。開館前から近所の人びとが「なにこれ? 月経のミュージアム?」「みんな、面白い場所ができたわよ」と出入りしていたという。ミュージアムは、展示施設であると同時に、コミュニティスペースとしての機能も果たしている。
レンガ造りの元診療所につくられたという立地は土地の記憶とも結びつき、コミュニティとつながるにはうってつけだった。生理のタブーやスティグマ(社会的偏見)を打ち破るには、暮らしの中にこそ生理や性教育が当たり前に存在すべきだ。時間的にも空間的にも日常に入り込むこのロケーションは、そのコンセプトをそのまま実践するものなのである。

1階展示:タブーをポップにひもとく
展示を見ていこう。スタッフの鄭涵馨さんに案内してもらった。築60年の古い家屋をリノベーションした建物は、1階と2階が一般公開の展示室、3階がオフィスという構成になっている。ごく小さく、小一時間もあれば十分見て回れる規模だ。
1階に入ると、布や糸で作られた子宮など身体内部の器官の大型ぬいぐるみが迎えてくれる。このポップな作品は触れることができる。「Wow It’s Period(おお、生理だ!)」と題されたこのセクションでは、月経が起こるしくみ、その生物学的構造を、アトラクションのように学んでいく。天井から垂れ下がる経血のぬいぐるみは、その色が微妙に三種に変化している。これは単なるデザインではなく、酸素の血中濃度によって変化する科学的な違いをわかりやすく示したものだ。カラフルでアトラクション的な展示が来館者にポジティブな印象を落とす。開館当初から継続されている人気の展示だ。
隣には、薄いガラスが縦一列に並ぶ展示がある。CTスキャンのように、ガラス板それぞれが膣の構造を立体的に見せている。ホワイトキューブ的な空間に置かれたそれらは、現代アートのインスタレーションのようにも見える。

1階奥にある真っ赤な柱は「大静脈」を模したもの。床へと直につながるこの柱は、このミュージアムから世界へと影響力を広げていくことを示すシンボルとしてデザインされた。元は建物内にあった大黒柱で、知恵を絞ってそれを活用し、血管モチーフで覆い尽くした。DIY感は、美大の卒業制作のような勢いを感じさせて面白い。ここでも、美術展っぽい雰囲気が漂っている。
思えば、こうしたハンズオンで楽しくわかりやすい人体構造の解説は、科学博物館ではお馴染みのものである。ただ、日本でも世界でも、科学や医学の博物館において性教育が充実している事例は、なぜかあまり思い当たらない。これは、社会意識が反映された「ミュージアムにおける性のタブー」なのかもしれない。
2階展示:胎内へ“入って出る”イニシエーション
2階へ上がる。部屋の壁も天井も、すべて真っ赤にペイントされている。空間に圧倒される。これは女性の身体の中なのだ。ここで意図されているのは、展示室全体で「子宮=最初の家」を再び体験することだ。このコンセプトのもとの、2階は視覚的にまさに胎内へと入り込むものとなっている。
左手の壁には小さなカーテンがかけられている。ここは「生理の貧困」ゾーンだ。月経時に起こりうる菌の繁殖などから身体を保護するために生理用品があるが、経済的・環境的・心理的な理由によって、それらにアクセスできない状態のことを「生理の貧困」という。苦境にある人びとが、植物の葉や動物の毛、パンなどの代用品によってどう生き延びてきたのかが提示されている。
これは医療上の問題にとどまらない。生理の貧困にある生徒は、その匂いを気にするようになり、学校に通いにくくなる。たとえば、週二、三日休み始めれば学習に遅れが生じる。結果、その後の就職にも影響し、生涯賃金に大きな格差が生まれる。つまり生理の貧困は、身体の安全と社会的な生存の双方に関わる、二重の意味で「生存」の問題として取り組まなくてはならないのだ。
台湾や日本では、およそ十人に一人が生理の貧困状態にあると言われている。カーテンは、この問題が社会で見えにくくされているという隠喩である。

隣の壁の展示「Dear Period(親愛なる月経様)」は、参加型プロジェクトである。月経にまつわる過去の経験や、現在抱えている悩みについて、来館者はその場で手紙を書き、ポストに投函できる。過去30〜40年間にわたるさまざまな生理体験、その感情をしたためた短い手紙が収集、展示されている。台湾社会にたしかに存在する、生理をめぐる見えざる日常感覚を可視化しているのだ。いや、それは台湾だけではない。手紙は多言語で記されており、もっとも目立った外国語の手紙は日本語で書かれたものだった。
手紙を書くテーブルとチェアは窓に向けられている。つまり、展示に向き合うと自然と人びとは外の景色を眺めることになる。魚屋や八百屋、ミルクティースタンドやお寺など、人びとがひしめき合う日常のストリートを見下ろしながら、社会の性の規範にとらわれて「語りにくい」ままにされてきた言葉を文字にしたため、公共空間の壁へと展示する。長い時間をかけて人びとの心に蓄積され、外の世界では言葉として世に生まれ落ちることがなかった歴史が、たった一枚の壁を挟んだミュージアム空間で形になっている。
胎内に入り、知られざる人びとの心に触れ、馴染みのない性の知識を知る。野外市場の息遣いを感じながらタブーを書き出す。そして、外の世界へ再び出る。階下へ降りる出口には、「ここから世界を愛する準備はできた?」と、「再生」のメッセージが掲げられている。
都会の中心である台北駅から地下鉄に乗り、古い街中の商店街を抜けてここを訪れ、生まれ変わって出ていく。それはまさに、人びとの暮らしに触れるイニシエーション(通過儀礼)のようであり、性のタブーだけでなく、「台湾社会というこの世界を愛する準備はできたのか」と問いかけられているようにも思えてくる。
日本の沈黙、構造がつくる「語りにくさ」
このミュージアムにはジェンダーニュートラル(性別中立)トイレが導入されている。思えば、日本のミュージアムで、トイレが原則としてジェンダーニュートラルとして設計されている場所を見たことがない。「だれでもトイレ」として併設されることは増えたが、すべての来館者が性別による選択を迫られないで済む設計はまだ珍しい。トランスジェンダーを含む多様な性のありようを前提としたとき、選択をジャッジされないこの環境は、月経博物館が「女性向け」の施設ではなく、社会的な性(ジェンダー)や性の規範そのものを問い直すねらいを持っていることを象徴しているように見えた。
館内には、経血カップやディスクなど、古い時代の生理用品が展示されているセクションがある。実は、アジア初の使い捨てカップは日本のメーカーによって作られたものだという。展示スペースには、ファイルに入った何十種類ものパッドの見本があり、手に取ってその多様性を確かめることができる。日本は多様なプロダクトが開発されてきた“生理用品の先進国”であること、つまり商品開発の面では取り組みが決して低調でないことを実感させられる。

日本の人びとの関心も低いわけではない。鄭さんによれば、国際的な来館者は全体の約10%を占め、その中でも日本からの訪問者が最多なのだという。台湾全体への旅行者数に占める日本人の多さを差し引いて考える必要はあるが、それでも、この小さなミュージアムに日本語のガイドブックが用意されていることは、日本からの関心の高さを物語っている。日本からの大学や高校の見学ツアーも実施されたという。
関心はある。商品開発の歴史もある。にもかかわらず、日本社会では依然として生理に対するタブーは根強い。
ツアーを終えて皆で館前で記念撮影をしていると、スーツケースをもった二人の男性旅行者が通りかかる。撮影してくれている方が「ああ、ごめんー!すぐ済むから!」というようなことを言うと、旅行者たちは「いいよいいよ、ゆっくりー」と返す。話の拍子に私たちが日本から来たということが伝わると、彼らもまた日本から来た日台カップルだという。それも、彼らの一人がこの近所の出身で、帰省旅行に帰ってきたというのだ。さらになんと、一人は大学でクィア文学研究をしており、もうひと方は日本で議員を務め、同性婚や性・ジェンダーにまつわる制度改革に取り組んでいるという。彼らは台湾で籍を入れ、婚姻関係にある。
スタッフの鄭さんが「来館者の四割ほどは男性です」と語っていたことを思い出し、腑に落ちた。ここを訪れるのは決して女性ばかりではない。月経が身体経験として誰にでも同じものではないとしても、それを語れない社会は、性と身体をめぐるあらゆる人の自由を制限する。性の問題に関心を抱く人は日本社会にもいる。しかし、それを公的に語る場や制度は、まだ十分に設計されていない。日本社会における制度設計の不備が思い起こされる。台湾では民主化が進むとともに、性教育も同性婚も、性にまつわる“自由化”が進んだ。一方日本は足踏みをしており、どうもその制度設計も民主的でもなさそうに見える。制度の決定過程も、社会の多数の意思を十分に反映しているとは言いがたい。「選択的夫婦別姓」の法案化が、世論の圧倒的な支持を得ながらも、いびつな政党政治の意思決定と一部の声高な反対派によって阻まれ続けている現状も思い出される。制度は、社会の意識とずれてさえいる。あのときの議員の方は、まさにその最前線で制度をつくる活動をしているのだ。
日本と台湾で、生理をめぐる課題には共通点がある。たとえば、生理の貧困が経済的な原因に由来すると答えた割合は、日本では約8パーセント、台湾でもおよそ9パーセントである。一方で、課題が制度に反映される速度は異なる。台湾では、2023年8月にアジア初の国家政策として、学校での生理用品の無償配布が始まった。台北メトロでは、全線のサービスデスクで生理用品を無料提供している。 このプロセスは、ボトムアップの動きによって進んだ。月経博物館を運営するNPO法人「小紅帽 With Red」は、自主的に53校で生理用品の配布をテスト導入し、ニーズと実現可能性に関するエビデンスを構築した。その上で超党派の国会議員と共に改正法案を提言し、政府が教育部門で予算化することで、無償配布や学校教材の開発が実現した。そして、こうした「構造」への働きかけと併せて、社会の「意識」へのアクションを行う場として機能しているのが、このミュージアムである。野外市場内という立地、ハンズオンや体験型展示、ポップ志向のアートの導入、男性を含む多様な来館者の巻き込み。日常生活に溶け込むアプローチは、ここに起因している。

通過儀礼としてのミュージアム――構造を意識につなぐ再生の装置
ミュージアムを訪れたある90代の老爺は、ボランティアスタッフにこう言ったという――「もし40年前にこの博物館があったら、社会はどんなに変わっていただろうか。」
台北の月経博物館での体験は、ただ生理について知るだけのものではなかった。性をめぐる社会構造やタブーを学ぶことを通して、私たち自身が暮らす社会の「当たり前」を問い直す、静かに生まれ変わるための通過儀礼だったのだ。
性に関する知識や経験は、なぜ公共の場でこれほど語られにくいものとされてきたのか? 冒頭での問いを思い出そう。「語りにくさ」は、個人の意識だけの問題ではない。語るための語彙、知るための教育、困ったときに支える制度、語られなかった経験を受け止める公共空間。十分に設計されてこなかった構造に由来する。
そして、意識は構造によってつくられる。台湾において性が語られるようになったのは、人びとの意識が自然に変化したからではない。それを可能にする制度と公共空間が設計されてきたからである。タブーとは、独立した個人が持つ偏見といった「意識」の問題にとどまらず、制度と空間の設計という「構造」の問題でもある。そして、構造が意識をつくる一方で、意識の変化は新たな構造をつくり出す力にもなる。
小紅厝月経博物館の通過儀礼は、その往復運動を身体化する装置であった。胎内へ入り、語られなかった経験に出会い、知識を得て、手紙を書き、再び市場の喧騒の中へ出ていく。その体験は、構造の問題として理解したことを、来館者自身の感覚と意識へと戻していく。ミュージアムはそのための再生の装置であった。
日本における沈黙もまた、個人の問題ではなく構造の問題のはずだ。語れないのではない。語るための条件が設計されていないのだ。
ミュージアムが果たしうる役割とは、この条件そのものに介入することである。語りえなかった経験を公共的な言語へと翻訳し、社会の側に返す装置として機能すること。構造を可視化し、意識を揺さぶり、さらに構造を変えるための想像力を立ち上げること。その可能性を、小紅厝月経博物館は示している。
「ここから世界を愛する準備はできた?」 この出口の言葉は、世界の現状を肯定せよという意味ではないだろう。むしろ、語れない言葉を語れるようにし、変わらない構造を変えられるものとして引き受ける。その準備ができたのかと、月経博物館は問うているのではないだろうか。
小紅厝月経博物館
【公式サイト】
インスタグラム
【アクセス】
MRT淡水線・圓山駅から徒歩12分。
プロフィール

(こもり まさき)
1982年、岡山県生まれ。東京大学大学院総合文化研究科博士号(学術)取得。武蔵大学人文学部教授、立教大学アメリカ研究所所員。専門はアメリカ文化研究・ミュージアム研究。批評の執筆や雑誌の編集、展覧会・オルタナティヴスペースの企画にも携わる。著書に『美大じゃない大学で美術展をつくる vol.1 藤井光〈日本の戦争美術1946〉展を再演する』(編著、アートダイバー)、『楽しい政治—「つくられた歴史」と「つくる現場」から現代を知る』(講談社選書メチエ)、『歴史修正ミュージアム』(太田出版)がある。
小森真樹





朱喜哲×能條桃子×丸山央里絵
能條桃子×中村敏子
井田奈穂×中村敏子
星野博美
速水健朗×角由紀子