ケアの現場でアートは何をしてきたのか 第3回

自由は、管理の反対側にあるのではない

クロスプレイ東松山から考える、リスクと時間のつくり方
アサダワタル

福祉施設や病院などケアの現場で、美術や演劇、音楽やダンスはもとより、ラジオ番組やカルタ創作など、多様なアート・表現の実践が近年なされている。なぜケアの現場で、アートが必要とされてきたのか。そして、アートが入ることで、その場の人々の関係の回路は、どう組み替えられてきたのか。福祉やケア、アートの現場を行き来しながら、「多様な背景を持つ他者といられる〈場〉をつくる」ことを行ってきた、アーティスト・文筆家のアサダワタルが、実践現場も紹介しつつ探っていく連載の第3回。
前回は、アートがケアの現場に「余計さ」をもたらすことを指摘した。この「余計さ」から何が派生的に生じるのか、「デイサービス楽らく」の現場からさらに掘り下げる。

余計さを、どう扱えるようにするのか

 前回、私はクロスプレイ東松山を「余計なお世話としてのアート」と呼んでみました。
 もちろん、それは悪口ではありません。デイサービスという、時間も役割も責任も細かく組まれた場所に、アーティストが滞在する。そのこと自体が、すでに少し余計なのです。第2回では、デイサービス楽らくの中にアーティストがいることで、普段は見えにくい記憶や関係がふいに現れる場面を見てきました。一方で、そのすんなりいかなさも残るわけですが。

 その余計さは、誰か一人に背負わせると、すぐに負担になります。施設長の思いになり、担当者の熱意になり、アーティストの使命感や職員の追加業務になっていく。外からは「いい取り組みですね」と言われても、内側で誰かが無理をしているなら、それは長くは続かない。クロスプレイ東松山が面白いのは、その余計さを消そうとしなかったところだと思います。余計なものを入れたら現場が混乱するから、やめよう――そう判断するのではなく、混乱するならどうすればその混乱を少しずつ「扱える」ようになるのか、を考えてきたのではないかと。

 今回はそのことを、「自由」と「管理」の関係から考えてみたいと思います。
アートの側からは、「自由にやること」がよいことのように語られることがある。予定から外れること、役割から外れること、普段とは違うことが起きること。たしかに、そこにアートの魅力はあります。私自身も、予定通りに進まないところから生まれるものに何度も助けられてきました。けれどケアの現場で「自由」を語ろうとすると、すぐに別の言葉が立ち上がってくる。安全、責任、家族への説明、個人情報、職員の配置、送迎、記録。どれも、きわめて現実的な言葉です。自由が現場に入ってくるとき、それはいつも、こうした言葉のあいだをぬるりと通ってくるのです。

 自由は、管理の反対側にあるのだろうか。
 この問いを持ちつつ、施設長の武田奈都子さんの話を聞いていると、どうもそう単純な話ではないように思えてきます。

「皆さん」から少し外れる

 武田さんが何度か口にしていたのは、デイサービスの中にある「皆さん」という主語への違和感でした。
 デイサービスで何かをしようとすると、それはどうしても「皆さんでできること」になりやすい。みんなで歌い、みんなで体操し、みんなで塗り絵をし、みんなでゲームをする。もちろん、そういう時間には良さがあります。一人では声が出にくい人が、隣の人の声につられて歌えることがあるし、身体を動かすきっかけになることもある。場の一体感が、その日の安心につながることもあるかもしれない。だから、集団の時間を否定したいわけではない。武田さんも、その良さは十分にわかっているようでした。

 ただ、それでも彼女は、「やっぱり『皆さん』なのか、というのも正直ある」と言いました。

「これだけ個別性が大切だと言われる時代に、毎回みんなが同じことをする。そこには、どうしても無理が出てくるのではないかと。利用者さんにも好き嫌いがあるし、その日の体調も違います。何かをやりたい人もいれば、ただ静かにしていたい人もいます。だから、ある人はこれをやっていて、ある人はゆっくりしていて、といった時間の作り方、空間の作り方を目指したんですね」

 武田さんのこの言葉で、クロスプレイは単なるアートプログラムではなくなります。全員を同じ活動に誘うのではなく、誰かは多目的室で何かを見ていて、誰かはフロアで休んでいて、誰かは少し手を動かしてみて、誰かは少し離れたところから眺めている。途中から加わってもいいし、見ているだけでもいいし、その日は何もしなくてもいい。そういう時間を、デイサービスの中につくれないか。

 武田さんがクロスプレイに期待していたのは、アーティストが来て特別な作品をつくることだけではなかったのだと思います。デイサービスの時間の作り方や空間の使い方を、少しだけ別の方向へ開いていく。そのきっかけとして、アーティストがいるのです。「座っていてください」ではなく、その人がどう過ごすかを選べること。言葉にすると、あまりにも当たり前に聞こえます。けれど、制度としてのケアの現場でそれを実現しようとすると、すぐに難しさが出てくる。人が自由に動くということは、同時にリスクも動き出すということだからです。

前回紹介した、とほさんに制作による水彩スケッチを一人で眺める利用者。登場する人々の佇まいから「これ、〇〇さんね!」とモデルを言い当てる人も多かった

転ばせてはいけない

 武田さんは、クロスプレイを続ける中で、リスクの捉え方が大きな課題として見えてきたと話していました。

 たとえば、転倒。
 介護職員にとって、利用者さんを転ばせてはいけないという感覚はとても強い。歩行が少し危ない人には、当然そばにつきます。転倒すれば事故になり、事故報告を書き、家族にも説明しなければならない。場合によっては、施設の責任が問われる。

「転ばせてはいけないんですよ」

 武田さんは、そう言いました。
 私が「そんなことは絶対あってはならない」と応じると、彼女も「絶対あってはならない」と繰り返しました。これは、現場を縛っている古い考え方だ、と簡単に言える話ではありません。実際に転べば、利用者さんは怪我をするかもしれないし、骨折すれば、その後の暮らしが大きく変わることもある。職員が慎重になるのは当然のことです。 けれど、そこに別の専門職の視点も入ってきます。
楽らくには理学療法士もいる。理学療法士の視点から見ると、すべての人に常に職員がつく必要はありません。利用者さんは施設の中だけで生きているわけではなく、家でも生活している。自分でトイレに行き、自分で何かをしようとし、外へ出ようとする。ADL(Activities of Daily Living:日常生活動作)を保ち、生活そのものへのモチベーションを高めることも、その人の生活を支えることになります。たしかに、転ばせてはいけない。けれど、転ばないようにすべてを止めてしまえば、その人が自分で動こうとする力まで止めてしまう。その間で、現場はいつも揺れています。

 武田さんは、「許される失敗と許されるリスクの加減と、許されないリスクがある」と話していました。その認識を、もう少し成熟させていく必要がある、と。私はその話を聞きながら、これは過管理の問題でもあると思いました。クロスプレイのような活動を入れることは、現場に自由度を持ち込むことでもあります。けれど、自由度を上げるために、ただ管理をゆるめればいいわけではない。

 武田さんは、こう言いました。

「リスクというものの考え方とか、管理というものの土台がしっかりしていないと、自由度って上げられないんですよ」

 これは、アートをケアの現場に持ち込む側がよく聞いておくべき言葉だと思います。
 先に述べたように、アートの現場では、予定通りではないことや、何が起きるかわからないことが、しばしば肯定的に語られます。たしかに、そこに面白さはあります。でも、ケアの現場で同じことを言うときには、その「何が起きるかわからない」を誰が見ているのか、何かが起きたときに誰がそのリスクを引き受けるのかまで考えなければならない。誰かが立ち上がり、その歩き方を見ている職員がいます。多目的室へ行きたいという声が出れば、その人を一人で行かせていいのかを判断する人がいる。アーティストが何かを提案すれば、その提案がその人の一日にどんな影響を与えるのか、横で感じ取っている人がいるのです。自由に見える時間の後ろには、いくつもの小さな判断が重なっています。

 武田さんは、「自由にいることって、すごい責任を伴うことだと思っている」とも話していました。その責任を誰が負うのか。同じ場にいる人たちが心理的に安心できないと、自由は成立しないのではないか、と。クロスプレイ東松山で問われているのは、管理をなくすことではなかった。どこまでなら試せるのか、どこから先は危ないのか。その加減を、現場の中で少しずつ見直していくことなのだと思います。

武田奈都子さん。2026年5月23日に楽らくで行なったインタビュー時

波風を立てないという安全

 リスクは、転倒だけではありません。
 アーティストが来ると、利用者さんが介護士である職員とは違う話をすることがあります。家族の話、昔の仕事の話、若い頃の恋愛の話。あるいは、もっと直接的に「また会いたい」「家に来てほしい」「文通したい」という言葉が出ることもあります。人間としては、とても自然なことです。私たちは、誰にでも同じ話をするわけではありません。この人には話せること、この人には話さないことがある。初めて会った人だからこそ言えることもあれば、長く一緒にいる人には、かえって言いにくいこともあります。

 けれど施設の中では、関係はどうしても「職員と利用者さん」に閉じやすい。体調確認があり、入浴や食事や送迎があり、それらの記録があります。そこに必要な信頼関係はあるのですが、その関係は日々のルーティンの中にも置かれている。アーティストは、そこに「別の関係」を持ち込みます。利用者さんがふだんとは違う話をし、嬉しそうにし、少し戸惑う。職員の側からすれば、それは豊かな出来事であると同時に、不安要素でもあるのです。

 私自身も、その難しさに触れたことがあります。楽らくラジオの活動の中で、ある利用者さんの自宅を訪ねたことがありました。もちろん、施設長や関係者との調整を経たうえでの訪問でした。ご本人は嬉しそうにしてくれて、後になっても「あの時、来てくれていたね」と話してくれた。私にとっては、その人の生活の景色に触れられた、大切な時間だったのです。けれど、その出来事は、後から職員のあいだでも話題になりました。ご本人は喜んでくれていた。ただ、施設長やアーティストが自宅まで訪ねてくることは、その方にとっても予想外の出来事だったのだと思います。嬉しさはありつつ、同時に「もっと片づけておけばよかった」とあとから気にされていたという話も聞きました。

 そうなると、職員にとっては別の問いが立ち上がります。本人が喜んでいたとしても、その驚きや気遣いをどう受け止めるのか。ご家族はどう感じるのか。施設として、そこまでの関係をどのように説明できるのか。喜びがあったからこそ、その横に小さな不安も生まれる。関係が少し深まったからこそ、専門職として確認しなければならないことも増えていく。職員は日々、利用者さんに余計な不安を与えないように現場を整えています。そこに、いつもとは違う出来事が入ってくる。そのときに生まれる感情の揺れを、どう扱えばいいのか。私はそこに、ケアの現場の難しさを感じました。感情の波をできるだけ穏やかにすることを第一に考えるなら、できないことは増えていく。何かをすれば、嬉しい方へ揺れることもあれば、不安な方へ揺れることもあります。どちらに揺れるかは、やってみないとわからない。そうなると、波風を立てない方が安全に見えてくる。

 武田さんは、その先にあるものを短く言いました。

「だから“何もしない”になっちゃうんです、最後は」

 この言葉はとても重い。何もしなければ、事故は起きにくい。感情の波も立ちにくいし、家族からの問い合わせも少ないだろう。そして、職員同士の不安も広がりにくい。でも、何も起きない時間だけで、その人の一日は本当に支えられているのでしょうか。

 食べること、入浴すること、転ばずに過ごすこと、家に帰ること。それらは欠かせません。そこが崩れたら、ケアは成り立たない。けれど、人が生きる時間には、もう少し別のものも含まれているのです。誰かと出会う。思いがけない話をする。自分の家に来てほしいと思う。もう一度会いたいと思う――そうした出来事も、その人の生きる時間に関わっている。クロスプレイは、そのことを開いてしまいます。開いてしまうから、現場は揺れる。揺れるからこそ閉じたくなりますが、その揺れをすべて危険として閉じてしまえば、最後には何もしないことになってしまう。

 ここで問われているリスクは、事故のリスクだけではありません。人との出会いを失っていくこともまた、リスクなのです。

人との出会いを失うこと

 武田さんが特に悩んでいたのは、施設の中で生まれた関係を、どこまで施設が引き受けるのかということでした。

 ある利用者さんが、滞在していたアーティストともっと関わりたいと思う。前述したように、文通したい、家に呼びたい、連絡先を交換したい――そうした気持ちが出てくることがある、と。でも、それがデイサービスの中で生まれた関係である以上、施設は簡単に「どうぞ」とは言えません。相手が認知症のある人だった場合、その関係が本人の意図しない方向に進む可能性がある。家族が不安に思うこともあるだろうし、個人情報の扱いもある。何かが起きたとき、「なぜ止めなかったのか」と問われるのは施設なのです。

 デイサービスの利用目的には、「人との交流」も含まれています。にもかかわらず、そこで本当に人との交流が生まれ、連絡先を交換したいという話になると、施設は止めなければならないことがある。武田さんはこう話します。

「人との出会いを喪失するのも、一つのリスクだと思っています。転倒を避けるために歩く機会を減らせば、身体を動かす力が弱まるように、トラブルを避けるために関係を止め続ければ、人と出会う力そのものが弱まってしまうのではないでしょうか」

  もちろん、なんでも自由にしてよいわけではありません。認知症のある人の意思をどのように確認するのか、家族とどう共有するのか、アーティストが個人として関係を続けるとき施設はどこまで関わるのか――考えなければならないことは多い。ただ、その難しさがあるからといって、すべてを閉じてしまえば、利用者さんはいつまでも「サービスの中でのみ交流する人」に留まります。制度の中で、人との出会いを支えること。これは、制度にとってかなり難しい課題なのだと思う。そして、クロスプレイはその難しさを、かなり具体的な形で見せてしまうのです。

送迎の時間と、歌を見届ける時間

 ある日、久しぶりに楽らくを訪れたときのことです。
 夕方の帰りの会の前後に、私が以前つくった施設のテーマソング「また明日も楽らくで」の話になりました。新しく通い始めた利用者さんの中には、この歌を毎日のように歌っていても、私が作詞作曲したことや、ミュージックビデオがあることを知らない人もいます。話をしているうちに、「見てみたいわ」という声が出ました。以前から私とよく話していた利用者さんも、「もう一回見たいわ」と言ってくれました。

 それなら、と武田さんと相談して、帰りの会が終わった後、送迎を待つ時間にフロアの大きなモニターで映像を流すことにしたのです。利用者さんたちは画面を見ていました。自分たちの場所、自分たちの歌、自分たちが墨汁で書いた文字(テロップ)が映っている。その時間には、ただ送迎を待っているだけではない、少し別の集中が生まれていました。ところが、曲が終わる少し前、ある利用者さんが玄関前の待機場所へ移動する時間になりました。職員はいつもの段取り通り、その人を案内した。映像はまだ流れています。あと少しで終わるところでした。

 私はその瞬間、「もう少しだけ待ってもらえないのかな」と思った。
 同時に、それが職員の冷たさではないこともわかっていました。送迎の前には、玄関で待つ時間がある。誰をいつ移動させるかは、一日の終わりを安全に回すための流れの中に組み込まれている。職員はまったく悪気なく、いつもの時間に従って動いただけなのです。その様子を、武田さんも見ていました。後で彼女は「ああ、と思った」と話してくれた。映像を見ていた人にも、私にも、少し申し訳ないことをしたように感じた、と。でもその場で職員に「待って」とは言えなかった、と。

 その時に見えたのは、誰かの配慮不足というより、「二つの時間」の層がずれた瞬間でした。送迎へ向かう時間と、歌を最後まで見届けたい時間。どちらかが間違っていたわけではなく、同じフロアに流れていた二つの時間が、最後の映像の終わり2分をめぐって重ならなかっただけです。この出来事は小さいけれど、クロスプレイ東松山で起きていることの核心に触れていると思います。

楽曲「また明日も楽らくで」のミュージックビデオの一コマ

時間は、空間でゆるむ

 デイサービスには、圧倒的な時間軸があります。朝、利用者さんが来て、体調を確認し、入浴の時間があり、昼食があり、レクリエーションが行われる。帰りの会があり、送迎がある。楽らくもまた、かなり強い時間で動いている場所だと、武田さんは語ります。そのこと自体を、簡単に否定することはできません。送迎の時間があるから利用者さんは家に帰れるし、入浴の時間があるから職員の配置が組める。昼食の時間があるから、一日が無理なく回るのです。デイサービスは、時間を管理することで成り立っている、と言っても過言ではない。

 けれど武田さんは、その時間の使い方をもう少し変えられないかと考えていました。

「気が向いた時に行ける時間の使い方、空間の使い方ってどういうことなんだろう?って、ずっと考えてます。いまの現場では、“何時何分から何時何分まで、この人は多目的室に行けますね”というように、時間を細かく組もうとしてしまいます。でも本当は、誰かがふと気になったときに多目的室へ行き、しばらくアーティストの制作を眺めて戻ってくる。別の人はホールに残り、ある人は畳の上で過ごす。そのような時間の使い方がもっとあってもいいんじゃないかって」

 ただ、時間そのものを一気にゆるめることは難しい。
 現場でアーティストをコーディネートする一般社団法人ベンチの藤原顕太さんは、「外から来た人たちが突然、一日の時間の概念を変えるようなことをやったら、現場がもたない」と言っていました。かなり率直な言葉ですが、私もその通りだと思う。職員は時間で契約して働いているし、パートタイムの職員もいます。事業として毎日続くデイサービスには、崩してはいけない時間の骨格がある。だとすれば、時間を直接変えるのではなく、空間の中に別の時間が流れる場所をつくることはできないか、という発想がありえます。

 ホールにはホールの時間がある。送迎や入浴や食事に向かって流れていく時間です。多目的室には、少し違う時間が流れている。時計の上では同じ一日でも、そこにいる人の身体には別の時間として感じられるかもしれません。テーブルを挟んで話しているとき、版画を眺めているとき、何かを触っているとき、時計の針は同じように進んでいても、その場の時間は少し違います。

  全員が同じ時間軸から降りる必要はない。時間で管理されている方が心地よい人もいれば、予定があることで安心する人もいます。一方で、自由にふらふらと過ごす方が心地よい人もいる。大事なのは、そのどちらかに決めることではなく、選べることなのだと思うのです。朝、楽らくに来る。今日は何をしたいか。ホールにいるのか、多目的室へ行くのか、少し眺めるだけなのか、何もしないのか。基本のスケジュールはありながら、全員が同じ時間軸にぴったり合わせなくてもよい場所があること。そう考えると、時間のゆるさは、空間の面積として現れるのかもしれない。多目的室があること、畳の上で過ごせること、時計があまり気にならない場所があること、アーティストがそこでウロウロしていること。それらは単なる空間設計ではなく、別の時間を受け入れるための仕組みでもあるのです。

昼休みに写真展『Love letter to… わたしの記憶のたからもの』を見る利用者さんたち。写真を出した人も、出していない人も、お互いのエピソードと写真を見て盛り上がる

 アメリカの作家 ジェニー・オデルの著書『Saving Time』(2023)(*1)には、このことを考えるヒントが詰まっています。オデルはこの本で、私たちが時間をあまりにも「交換可能なもの」として扱ってきたことを問い直している。経営学者のアレン・C・ブルードーンの言葉を引きながら、彼女は「時間はお金である」という考え方を「代替可能な時間」と呼びます。時間を、通貨のように均質で無限に分割できるものとして扱う感覚のことです。けれど、同じ24時間と言っても、その時間がどんな身体に、どんな生活に、どんな責任やケアの関係の中に置かれているのかによって、時間の経験はまったく違うはずです。待たされている一時間と、誰かの話を聞いている一時間は違いますし、身体が痛む人の一時間と、仕事に追われる人の一時間もまた違う。介護を受ける人の時間と、介護をする人の時間も、同じ時計の上では動いていても、同じように経験されているわけではないでしょう。

 オデルが見ようとしているのは、そうした時計の時間からこぼれ落ちるものです。時間は、ただ均質に流れる資源ではなく、伸び縮みし、傷つき、待たされ、奪われ、時にはその人だけのものとして立ち上がる。そういった固有の時間の存在を、彼女は「交換できない時間(nonfungible time)」と呼んでいます。時計の上では、2分は2分です。でも、送迎のために玄関へ移動する2分と、歌を最後まで見届ける2分は、同じ2分ではない。あとで別の2分を足せば埋め合わせられる、というものでもなく、その場でしか流れていなかった時間だった。オデルは、時間が代替可能でも商品化されたものでもなく、互いに影響し合う場の中にあるのだとしたら、「時間管理」とはいったい何を意味しうるのか、と問いかけています。

 だからといって私は、その2分を単に「もっと待てばよかった」と言いたいわけでは決してないのです。送迎の時間を守ることには、ちゃんと理由があるし、職員がその流れを止められなかったことも、現場の怠慢ではない。ただ、その場にいた私には、あの2分が、デイサービスの時間の中にうまく置き場所を持てなかったように見えた。オデルの言葉を借りるなら、そこには、交換可能な時間として扱われる2分と、交換できない時間として立ち上がりかけていた2分があったのだと思います。

 アートがケアの現場に入るとき、アーティストは作品だけでなく、「自分の時間」を持ち込みます。待つ時間、眺める時間、いつ始まったのかわからない会話の時間です。現場が戸惑うのは、その時間がサービスの時間とぴったり重ならないからなのではないでしょうか。その重ならなさをすべて排除するのではなく、同じ施設の中に少しだけ置いておける場所をつくる。そのことに、クロスプレイ東松山の大きな意味があるのかもしれません。

続けるためのお金の話

 ここまで、リスクや時間の話をしてきました。でも、もう一つ避けて通れないことがあります。お金の話です。

 ケアの現場でアートを続けるとき、理念だけでは続きません。職員の理解も、利用者さんとの関係も、アーティストと現場をつなぐコーディネーターの存在も大切ですが、それを支える予算がなければ、活動はすぐに個人の熱意に寄りかかってしまいます。武田さんに、クロスプレイ東松山の予算はどうしているのかを率直に聞いたところ、返ってきた答えはとても具体的でした。

 保順会では、医療法人の売上の1%ほどを文化事業にあてていると言います。それができるのは、法人の理念に「Cure」「Care」「Culture」という三つのCがあるからだと、武田さんは話していました。Cultureが理念として掲げられている以上、そこに一定の予算をつける理由があります。クロスプレイは、施設長が個人的に好きでやっている活動というだけではなく、法人の理念を実際の予算配分に落とし込む試みでもあります。ただ、その1%だけで十分に回るわけではありません。武田さんは、助成金がないとできないとも話していました。ここで大きいのが、一般社団法人ベンチとの協働体制です。ある助成は医療法人として申請した方がよく、別の助成はベンチとして申請した方がよい。そうした見立てをしながら、ファンドレイズしていくことができるのです。

 ただし、ここでいうベンチとの協働は、単に助成金申請の名義を分けるという話だけではありません。クロスプレイ東松山は、通所介護サービスの中に置かれた一つのレクリエーションではなく、保順会とベンチが共同主催する文化プロジェクトとして動いています。つまり、デイサービス楽らくという同じ場所で行われていても、介護保険サービスそのものとは少し別の位置にある。そのため、保順会の中で説明できる予算だけではなく、ベンチの側でも、プロジェクトを運営するための人の稼働や事務局機能を引き受ける必要が出てきます。

 アーティストの滞在費や制作費、展示や公演にかかる費用は、比較的「事業費」として見えやすいものです。けれど、実際にはそれだけではプロジェクトは動きません。アーティストや施設との連絡、日程調整、助成金の申請や報告、記録の整理、職員の違和感を受け止めること、活動の意味を外部に説明すること。そうした運営の時間が必要になります。藤原さんたちベンチのスタッフは、その見えにくい稼働を担っている。しかも、そのすべてが助成金や事業費として十分に賄われるわけではなく、一部はベンチ側の持ち出しや、法人としての職務の中に組み込む形で支えられているそうです。

 これは、保順会だけで文化事業を抱えるのとも、アート団体だけが外からプログラムを持ち込むのとも違います。医療法人の場所と日常があり、ベンチのアートマネジメントと資金調達の技術がある。その重なりの中で、クロスプレイはなんとか続いているのだと思います。とはいえ、その構造は決して安定したものではありません。武田さんは「クロスプレイだけではお金にならない」とはっきり言っていました。売上の1%と助成金を組み合わせても、アーティストの滞在や制作にかかる事業費だけでなく、連絡、調整、記録、報告、事務局を維持するための時間まで十分に賄えるわけではない。お金の面でいえば、クロスプレイは強いプロジェクトではない。

 けれど、その弱さを見ないまま、理念だけを語ることはできません。アートが大事だと言うだけなら簡単だし、施設を開くことが大事だと言うことも、その人らしさを支えると言うこともできる。問題は、それを誰の時間で、どのお金で、どの責任のもとで続けるのかということ。そこを曖昧にしたままでは、最後は誰かの持ち出しになります。施設長の熱意や、職員の善意や、アーティストの無償労働や、コーディネーターの頑張りに寄りかかってしまう。ベンチの側で担われている事務局の稼働もまた、その「見えにくい持ち出し」の一部になりうるものです。武田さんが話していた「1%」は、十分な金額という意味ではない。それでも、理念を予算に変えるための、ひとつの現実的な線なのだと思います。理念は、予算に変えなければ続かない。この当たり前のことを、クロスプレイ東松山はかなり正直に見せているのです。

少しだけ外へ逃がす

 クロスプレイを続けていく中で、武田さんは、もう少しインフォーマルな場の可能性も考え始めていました。たとえば、楽らくの営業日ではない土曜日を使う。クリニックの待合室を、診療のない時間帯に使う。アーティストは楽らくに滞在しながら、毎回必ず利用者さんや職員と交流するのではなく、地域へ出かけてリサーチし、別の場所で活動する。そうやって、クロスプレイをデイサービス楽らくの中だけに閉じ込めず、少しずつ面的に広げていくことはできないか、という可能性です。

 これは、単に活動場所を増やすという話にとどまりません。デイサービスの中で生まれた関係を、すべて施設の責任の中に置き続けるのは難しい。利用者さんがアーティストともう少し関わりたいと思ったとき、文通したい、家に来てほしい、また会いたいという気持ちが生まれたとき、それをすべて「楽らくの利用者さん」として扱うと、すぐに責任の問題が大きくなります。けれど、そこに「別の場」があればどうでしょうか。

「デイサービスの利用者さん」としてではなく、「そこに来たい人」として参加する。もちろん配慮や調整は必要だし、家族への説明もいるかもしれない。誰でも自由にどうぞ、というわけにはいかない。それでも、施設のサービスの中だけでは支えきれない関係を、別の場所へ少し逃がすことはできるのではないでしょうか。私自身、福島県いわき市の復興公営住宅でアートプロジェクトを続けていたときには、住民の方々と連絡先を交換し、家に上がることもありました。中には今でもやりとりが続いている人がいます。そこでは相手は「利用者さん」ではなく、同じ団地に暮らす住民だった。福祉サービスの枠内ではないからこそできた関係があったのです。だから、楽らくで同じようなことをしようとしたとき、私は施設という枠の重さを強く感じました。制度の中で出会うことと、制度の外で関係が続くこと。その間には、思っている以上に大きな違いがあるのです。

 武田さんは、クロスプレイを楽らくから切り離したいわけではない。楽らくという場所から生まれたものを、施設の責任だけに閉じ込めないための回路を探しているのだと思います。制度の中でやるからこそ見えるものがある一方で、制度の中だけでは抱えきれないものもある。その両方を見ながら、どこにフォーマルな支えを置き、どこにインフォーマルな余白をつくるのか。クロスプレイ東松山は、いまその境目を探しているように見えます(*2)。

自由を支える手つき

 ここまで考えてくると、クロスプレイ東松山が問いかけている自由は、かなり現実的なものだとわかってきます。ここで言う自由は、アーティストが好きにふるまえばよい、という意味ではありません。そう見えてしまうと、現場はすぐに不安になるでしょう。繰り返しますが、自由に見える時間の後ろには、いつも誰かの細かな判断があるのですから。武田さんが言っていたように、自由にいることは、好き放題にすることとは違う。自由にいることには責任が伴う。そして、その責任を一人で抱えた瞬間、自由は重荷になる。

 クロスプレイが教えてくれるのは、管理をなくせば自由になる、ということではないのだと思います。どこまでなら試せるのか、どこから先は危ないのかを、そのつど考え直すこと。時間割そのものは大きく変えられなくても、多目的室のように少し違う時間が流れる場所を持つこと。理念を語るだけで終わらせず、わずかでも予算をつけること。施設だけで抱えきれない関係には、別の受け皿を探すこと。そうした地味な手つきの積み重ねの上に、ようやく「自由にいられる」場が生まれてくるのではないか。

 その手つきは、すぐに成果としては見えません。面倒だし、時間もかかる。説明もしなければならないし、職員の違和感も聞かなければならないでしょう。アーティストにも、やりたいことをそのままやってもらうわけにはいきません。けれど、その面倒さの中にこそ、ケアの現場でアートが続いていくための条件があります。

2023年1月22日に東松山市民文化センターで行われた白神ももこさん演出の舞台「どこ吹く風のあなた、ここに吹く風のまにまに」。ステージで手を取り合う白神さんと利用者。職員が車椅子を支え、三人で呼吸を合わせた

 第2回で見たように、アートはケアの現場に、余計なものを持ち込む。今回見てきたのは、その余計さが、リスクや時間や予算や責任の問題として現れてくるということでした。では、そうして少しずつ開かれる時間は、デイサービスでよく言われる「レクリエーション」の一部として捉えられるものなのでしょうか。楽しませる時間、気晴らしの時間、機能を維持するための時間。そうした言葉で、クロスプレイ東松山の時間を説明することは果たしてできるのか。

 次回は、クロスプレイ東松山の事例にも触れながら、より広く深く、ケアの現場における「レクリエーション」と「余暇」の関係について考察してみたいと思います。

注
本稿は、2026年3月から5月にかけて行った、デイサービス楽らく施設長・武田奈都子さん、一般社団法人ベンチの藤原顕太さんへの取材インタビューをもとに構成しました。あわせて、医療法人社団保順会と一般社団法人ベンチによるクロスプレイ東松山の事業報告書『クロスプレイ東松山2022–2023報告書』、ならびにクロスプレイ東松山特設note上で公開している各アーティストの滞在日誌を参照しました。本文中に登場する発言、エピソード、活動内容の記述は、アサダ自身の滞在経験、上記インタビュー、および公開資料に基づいて再構成しています。

*1 Jenny Odell, Saving Time: Discovering a Life Beyond the Clock, Random House, 2023
*2 インタビュー後に、クロスプレイ東松山のデイサービス楽らく以外の場所でも展開してゆく「クロスプレイ埼玉」がスタートした。詳しくはhttps://bench-p.com/projects/crossplay-saitama2026/をサン参照。

 第2回
ケアの現場でアートは何をしてきたのか

福祉施設や病院などケアの現場で、美術や演劇、音楽やダンスはもとより、ラジオ番組やカルタ創作など、多様なアート・表現の実践が近年なされている。 なぜケアの現場で、アートが必要とされてきたのか。そして、アートが入ることで、その場の人々の関係の回路は、どう組み替えられてきたのか。 福祉やケア、アートの現場を行き来しながら、「多様な背景を持つ他者といられる〈場〉をつくる」ことを行ってきた、アーティスト・文筆家のアサダワタルが、実践現場も紹介しつつ探っていく。

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プロフィール

アサダワタル

1979年、大阪生まれ。場をつくる人。アーティスト・文筆家。音や声、言葉を手がかりに、人と人が関わり直す「場」を作品として各地で創出してきた。ケア、コミュニティ、教育、アートの現場を横断しながら、「住み開き」や「当事場」といった一連の概念を提唱し、実践と執筆を往復している。著書に『当事場をつくる—ケアと表現が交わるところ』(晶文社)、『住み開き増補版—もう一つのコミュニティづくり』(筑摩書房)、『想起の音楽—表現・記憶・コミュニティ』(水曜社)、『アール・ブリュット アート 日本』(共著、平凡社)、CDに『福島ソングスケイプ』等。滋賀県立大学大学院環境科学研究科博士後期課程満期退学、博士(学術)。近畿大学文芸学部准教授。

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自由は、管理の反対側にあるのではない

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