対談

大江なき今、我々は「戦後」をどう歴史化していくのか

『大江健三郎を読む』刊行記念対談 後編
成田龍一×長瀬海

2026年9月9日、朝日カルチャーセンター新宿校で『大江健三郎を読む』出版記念イベントが開催された。本書は、もともと〝朝カル〟で2024年に行われていた小森陽一さんと成田龍一さんとの対談講義をベースに作られた。ということで「小森陽一×成田龍一+司会・長瀬海」という形での〝凱旋イベント〟を予定していたのだが、残念ながら当日は小森さんが体調不良のため欠席。そこで急遽、成田×長瀬対談での開催となった。
後編の今回は、今読むべき大江健三郎の小説を成田龍一先生が3つ選び、その理由を語ってもらうとともに、世代の違う2人にとっての「戦後」を考える。

取材・構成:集英社新書編集部  撮影:五十嵐和博

今、読むべき大江健三郎の小説3選

長瀬 今回、事前に成田さんに「2026年の今、読むべき大江健三郎の小説」というテーマで3作品選んでいただきました。どれも「新しい戦前」に生きている僕たちが読むことに意義のある小説だと思いますが、それぞれの選出理由をご解説いただけますでしょうか。

1、『万延元年のフットボール』(1967年)

成田 大江健三郎さんは、1960年の安保闘争を「戦後社会」における大きな出来事として認識していました。安保闘争以後、自分の生きる社会や歴史、あるいは世界そのものをどのように捉えるか。大江さんがその問題と向きあいながら書いたのがこの『万延元年のフットボール』という作品です。

 小説の中心にいるのは蜜三郎と鷹四という兄弟で、彼らは故郷である「谷間の村」に帰り、曾祖父の弟が巻き込まれた百年前(万延元年)の一揆をめぐる真相を探る。そしてそこで見解の相違が明らかになっていく物語として、『大江健三郎を読む』で議論しました。兄弟の「60年安保」が、「万延元年」およびその後の一揆と重ね合わされ、近代日本の100年の検証となっており、大江さんの歴史に対する並々ならぬ関心がうかがえますが、対談の時には時間切れとなったために話せなかったことがあります。今日はそこから入りましょう。

 「新しい戦前」という言葉を大江さんが初めて使ったのは『同時代としての戦後』(1973年)でしたが、そのタイトルを少しもじって言えば、『万延元年のフットボール』では、「同時代としてのファシズム」という主題もあるように、私は考えています。とくに対談のために読みなおしたとき、そのことを強く感じました。これまでも幾度も読んで来ましたが、2020年代に読むとき、あらためて大江さんのなかにあるファシズムの問題系が鮮明に浮かび上がってきました。

 蜜三郎と鷹四が作中で議論しているのは「血と土地」の問題についてです。曾祖父の代から受け継がれてきた「血」は今、自分たちの人格形成にどのような影響を与えているのか。そして、故郷に久しぶりに帰ってきた自分たちは谷間の村という共同体、すなわち「土地」にいかにして居着くのかと議論します。

 「血」と「土地」をめぐって、蜜三郎と鷹四は意見を交わしていますが、双方ともに、ドイツ、日本のファシストたちの関心に他なりません。人種主義の根幹であり、領土の拡大をささえる焦点となっています。おりしも2026年の現在、「日本ファースト」を言い、排外主義を前面に出すような動き――「新しいファシズム」とでも呼ぶべき動きが私たちの身の回りで起こっています。こうしたとき『万延元年のフットボール』は、あらためてファシズムと向きあった小説として読めるのではないか、ということです。

 世界的に人種主義が問題化し、排外主義と対峙することが求められている私たちに重要な手がかりを与えてくれると思い、まずは『万延元年のフットボール』を挙げました。

『大江健三郎を読む』の著者・成田龍一先生(右)と構成を担当した長瀬海さん

長瀬 じつは僕が最初に読んだ大江の小説は『万延元年のフットボール』でした。大学1年生だったと思います。冒頭を読み、何を言っているのかよくわからなかったというのが正直な当時の感想でした。あれから20年以上が経ち、今回久しぶりに読み返しましたけど、やっぱり何を言っているのかよくわからなかったですね(笑)。

成田 この小説は、冒頭が確かに難しいですね。高校生のとき、はじめて『万延元年のフットボール』の単行本を手にしたとき、私が難渋したのもそこでした。私と長瀬さんとが同じ体験をするということは、大江さんの文体は、世代を超えての晦渋さということになりますね(笑)。しかし、そこをうまく乗り切れれば、意外にあとはすんなりと入れるようにも思います。冒頭部分はこの小説の、ひとつの要約のようにも読めます。最後まで頑張って読み、冒頭に戻ると「ああ、そうか」と納得できる仕組みになっていると思っています。

2、『新しい人よ眼ざめよ』(1983年)

成田 2冊目は、『新しい人よ眼ざめよ』です。長瀬さんが言われるように、たしかに『万延元年のフットボール』はとても読みにくい小説でした。そこで戸惑った読者は、この小説を読んで驚くと思います。大江さんはこんなにわかりやすい文章も書くのか、と。一説によると、大江さんは初稿は分かりやすいものの、手を入れて難解にしていくといいます。ただ、真偽のほどは確かではありません。

長瀬 文体が違いますね。それからテーマに関しても、これまでの小説が戦後そのものを問い直すようなものだったのに対し、同作では人間と人間の関係を大江が再定義していると言える。その意味では現在の論壇で隆盛している「ケアの思想」とも響きあうところがありますね。柔らかい物語のタッチになっているように感じるのはそのためかなと思います。

成田 そのとおりだと思います。長瀬さんの言われた「ケアの思想」と文学の関係を読み解くひとりが、英文学者の小川公代さんです。その小川さんが、大江さんの亡くなった直後、『朝日新聞』にケアの視点から『新しい人よ眼ざめよ』に言及されていました。

 『新しい人よ眼ざめよ』は、大江作品のなかで、あらたな方向へと向かう画期となっていると思います。連作短編という、あるひとつのテーマをもった短篇を連ねて行くという形式もさることながら、家族を直接の考察の対象としています。とともに家族を介して、国家や社会に向き合うとの姿勢をもち、さらにそこから極大的には世界/宇宙、内面的には魂を考察し、1980年代の大江文学の課題を提示しています。私的な関係――親密圏が、障害を有する「イーヨー」を登場させ繊細に描かれます。おりから家族が焦点となる時期でもありました。方法的にも、私小説という日本的なるものとされる小説作法を換骨奪胎し、あらたな方法を採用しています。

3、『水死』(2009年)

成田 先ほど大江さんの小説は「一見さんお断り」(平野啓一郎)が多いと言いましたが、後期に行けば行くほど、大江さんは自作を踏まえ、そこから物語をあらたに紡ぎだす作法をとります。場合によっては、かつての小説を壊し、もう一度作り直すことも試みます。そのため、『水死』もこれまでの小説を読んでいないとうまく入り込めないのが正直なところでしょう。

 また物語自体も入り組んでいて、何が起きたのか、誰と誰がどうなったのかがわかりにくい。ですが、丹念に読んでいくと、「戦後」について考え続けてきた大江さんが、「ポスト戦後」の状況のなかで、いかにして自分の世界を再構成するかが探られています。戦争のなかでの「父の死」をめぐる出来事を、さまざまな人物を登場させあらたな解釈に踏み出す様相を描き出しますが、途中を省略していえば、「ポスト戦後」のもとで「戦時」を再考察し、「戦後」の歴史的位相を考察する小説といいうるでしょう。現在の世界を考えるうえで、やはり多くのヒントを提供しています。

長瀬 『大江健三郎を読む』のなかでも成田さんと小森さんは大江の小説に対して「一筋縄ではいかない」という言葉を使っていらっしゃいました。それは「一つの小説で一つのテーマを考える」というような単純な書き方を大江がしなかったからだと思います。複合的にいろんなテーマが絡みあっている。だから自分が読んでいるページに書かれているのは何のテーマなのかがわからなくなる。そのうちに読者はどんどん迷路に迷い込んでいく。そして迷子になりながらも、気づけばこの世界について考える視座に立たされている。そんな読書体験を与えてくるのが、大江の小説なのではないかと思います。

成田 ええ、まさしくそうでしょう。『水死』をめぐっても、いろいろな読解が提示されました。小森さんは講談社文庫版『水死』の解説を書かれ、長瀬さんの大学時代の「先生」だった加藤典洋さんも『水死』論(『敗者の想像力』所収)を書かれています。加藤さんは、大江さんが巻き込まれた沖縄「集団自決」裁判と『水死』とを、重ねあわせて読まれていますね。

長瀬 沖縄「集団自決」裁判は戦時中に沖縄で行われた集団自決をめぐる裁判です。戦時中に沖縄の慶良間諸島で、700人以上の非戦闘員が日本軍に自決を命じられた事件について、大江は『沖縄ノート』で詳細に論じた。それに対し、右派団体からの働きかけのもと当時の指揮官とその遺族が大江(と、同事件を著書のなかで同じようなかたちで論じた家永三郎)を相手に訴訟を起こした。自決を命じたことの証拠の有無などが争点になりましたが、その裁判と『水死』の執筆の時期が重なっているのではないかというのが加藤さんの議論の出発点でしたね。

成田 はい。沖縄「集団自決」裁判は、2005年に始まります。加藤さんは、それまで自明とされてきた沖縄での戦時中の出来事――「集団自決」(現在では「集団強制死」と呼ばれます)が今更のように持ち出され、訴訟の対象とされたのは、「戦後」という社会が壊れつつあるからだと考えたわけですね。大江さんはその先で『水死』という小説を書いており、それゆえに沖縄「集団自決」裁判と『水死』という小説は、構造が似ているというのが加藤さんの読みでした。

加藤典洋『水死』論をめぐって

成田 長瀬さんは、加藤典洋さんの『水死』論をどのように受け止められましたか?

長瀬 まず、『水死』論の割にはテクストの読解に割いている紙幅は少ないですよね。先に作者が置かれた状況、執筆の背景らしきものを措定してから、『水死』の主題を導きだす。ふつうは順序が逆なはずです。加藤さんはテクストから浮かび上がる「作者の像」という概念を自身の読みの理論として構築したけど、ここでは大江健三郎という実態としての作者の側からテクストを読んでいる。もちろん従来の作家論はそのようなかたちで行われてきましたからそれも可能ですが、そのためには実態としての作者からテクストへと横断するための根拠がもう少し示されるべきかと思いました。本人も書いているように「乱暴」ではある。

長瀬 海(ながせ かい) ライター・書評家。近著に『僕と「先生」』、共著に『韓国文学ガイドブック』など。

 ただ、ここで加藤さんが試みようとしていたのは、『水死』の精緻な読解というよりも、戦後の像の現在的な姿を掴み直すことだったのだと思います。『水死』のラストでは主人公・古義人の父親の弟子だった大黄なる人物が「立ったまま水死する」。そこに大江が引き受けてきた戦後民主主義の精神のぼろぼろになった姿を加藤さんは見る。戦後が敗北しかけている現在について、どう考えるかという主題は僕にとっても重要なものではあります。この本で提示された、敗北しかけている戦後をいかにして立て直せばいいかという問題は、自分ごととして引き受けたいと思いました。

 それと、加藤さんが大江について考えるのに沖縄の問題を持ちだしたことも示唆的でした。簡単に言いますが、僕は今回、成田さんが挙げてくださった3冊を並べてみて『万延元年のフットボール』と『水死』の近似性が気になりました。『万延元年のフットボール』の鷹四は劇団の主宰者です。彼には星男と桃子という男女の信奉者がいますが、『水死』に出てくる劇団「穴居人(ザ・ケイブ・マン)」の穴井マサオとウナイコはどこか彼らを彷彿とさせる。

 また、『大江健三郎を読む』でも少し触れられていますが、蜜三郎と鷹四の苗字である「根所」は沖縄の言葉ですよね。沖縄で「根所
ニードゥクル
」は一族の始まりを意味します。なぜ『万延元年のフットボール』に沖縄の影がちらつくのか気になっていたんですが、今回加藤さんの論を読み返し、同作と『沖縄ノート』がほぼ同時期に書かれていたことに思い至りました。そのつながりについてはもっと僕なりに考えてみようかと思います。

成田 なるほど。説得力を感じさせる議論ですが、書いた時期が同じだからと言って、必ずしも両者が関係しあっているというわけではない、とも思います。長瀬さんが言われたように、加藤さんは、訴訟を大江健三郎さんの受難とし、『水死』執筆の時期との重なりを確認しますが、文芸評論家というより歴史家の手つきですね。もう少し、物語構造の方から『水死』を解釈する読みの方に論を進めてもらいたかった、というのが私の率直な感想でした。

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プロフィール

成田龍一×長瀬海

成田龍一(なりた りゅういち)

日本女子大学名誉教授。専門は近現代日本史。著書に『近現代日本史との対話』『増補「戦争経験」の戦後史』『戦後史入門』など。

長瀬海(ながせ かい)

ライター・書評家。近著に『僕と「先生」』、共著に『韓国文学ガイドブック』など。

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