人気と実力だけなら順位付けは難しいが、そこに「将来性」を加味したならば、今、全国で800人いるといわれる落語家の中で、この人は随一だろう。42歳の春風亭一之輔である。50代でも若手と言われる世界にあって、40代は本人いわく「まだぺーぺー」。来年、芸歴20周年を迎えるが、まだこれからの落語界の至宝である。
一之輔の持ち味は、落語の王道とでも言うべき「滑稽話」。ばかばかしい話を、これでもかというほどばかばかしく演じながらも、人間の愛らしさを浮かび上がらせ、どこかほろりとさせる。対照的に涙を誘う「人情噺」はさらりと演じ、聴く者の心に江戸の粋と、爽快感を残す。そんな飄々とした一之輔に今回は、もっとも難しいというよりは、もっとも答えたくないだろうテーマをぶつけてみた。落語とは何か──。第一声は、予想通りの答えだった。「そんなモノを考えて生きてないんで」。それでも、しつこく聞いた。
(【前編】より続き)
笑わせるには、しっかりとした技術が必要
──一之輔師匠は、泣かせるの嫌いですよね?
一之輔 どうなんだろう。そこまで抵抗はないですよ。
──でも、他の人が泣かせにかかるシーンほど、あっさりやろうとしているように映ります。
一之輔 よし、よし、泣いてるな、みたいに思いながらやるのは嫌ですけど、結果的に泣いてしまうのはしょうがない。ただ、どんな人情噺でも、ちゃんとやるところはちゃんとやりますけど、笑わせるところはちゃんと笑わせたい。そこはバランスです。それに笑わせる方がどう考えたって大変ですからね。
──人は嘘で泣けても、嘘で笑えないですもんね。それだけエネルギーが必要だということなんでしょうね。
一之輔 落語の世界では、若いうちは、なるべく人情噺はやらない方がいいと言われてるんです。泣かせるのは簡単ですから。笑わせる方がテクニックがいる。早い段階では、楽を覚えるのではなく、まずはしっかりとした技術を身につけなさいという意味なんです。
──人情噺を得意とする落語家はよく場内を暗くしますが、一之輔師匠は、ほとんどしませんよね。
一之輔 会場にもよりますよ。3席あったとしたら、ここは最後、雰囲気がいいから、消してみようかなというときはあります。でも、やっても最後の1席ですね。お客さんにも集中してほしいし、僕も集中したいなというときに。ただ、基本的には、明るい方がやりやすい。そっちの方が笑いも起きやすいですしね。あと、それほどのもんじゃないだろう、と。
──照明を落とすほどのもんじゃない?
一之輔 さまになる人はさまになりますけど、自分がやるとなると、自分で自分に『気取ってんじゃねえよ』って突っ込みたくなる。ははははは。
──でも、初めての客とか、より多くの客を引き付けるには「泣かせる」というのは、ありですよね。
一之輔 効果的という言い方は大変失礼ですけど、やり方としてはぜんぜんありですよ。
プロフィール
落語家。1978年、千葉県野田市生まれ。2001年、日本大学芸術学部卒業後、春風亭一朝に入門。2012年、異例の21人抜きで真打昇進。寄席から全国各地の落語会まで年間900席以上もの高座をこなしながら、ラジオ・雑誌ほかでも活躍。