知って欲しい、でも全員には知られたくない
──そこへいくと、あえてカラリとした落語を押し通そうとする一之輔師匠は、根っこのところで、売れ過ぎたくはないと思っているのではと勘ぐってしまいます。
一之輔 とはいえ、芸人ですから。自己顕示欲も、自己承認欲求もある。名前を覚えてもらえるのは嬉しいし、表で気づかれたら嬉しい。まあ、『あっ!』とか言われると、うっとしいなってときも、たまにはありますけど。ただ、どうなんですかね、落語ってのは、どんなブームがこようとも、メインカルチャーにはならないと思いますよ。メインの定義もわかりませんが、収容人数で言えば、300人くらいのキャパがいちばんちょうどいい。それくらいだと演者の表情まで見える。どうがんばったって、ジャニーズのアイドルのようにドームツアーなんて打てませんから。
──テレビで落語家がよく「今度はライブに足を運んでください」と言ってますが、実際は、行きたくても行けない人の方が圧倒的に多いんですよね。そもそも、寄席のない地方ではめったに触れる機会がないですし、受け入れる人数も極端に少ないですから。
一之輔 まあ、全員に知られてしまうのはもったいないので、それくらいでいい気もしますが。かといって、来てもらわねえとしょうがねえし。知って欲しいような、知って欲しくないような、そこんところのせめぎあいみたいなのはありますね。
──落語とは究極のところ、世の中にこんな桃源郷があったのかと、偶然、気づいた人だけが得をする世界でいいと。
一之輔 もちろん、気づいたがゆえに離れていってしまう人もいるかもしれませんが(笑)
【後編へ続く】
取材・構成/中村計
撮影/今津聡子
プロフィール
落語家。1978年、千葉県野田市生まれ。2001年、日本大学芸術学部卒業後、春風亭一朝に入門。2012年、異例の21人抜きで真打昇進。寄席から全国各地の落語会まで年間900席以上もの高座をこなしながら、ラジオ・雑誌ほかでも活躍。