宇都宮直子 スケートを語る 第2回

サンクトペテルブルグ、スポーツパレス「ユビレイヌィ」で

宇都宮直子
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 ユビレイヌィで、こんな母と娘を見た。
 セキュリティゲートの近く(長身の屈強な警備員が常駐している)で、入館の許可を待っていたときだった。
 リンクの方から母親に引っ張られ、10歳くらいの女の子が現れる。今まで練習をしていたのだろう。黒い上着の裾からピンクの短いスカートがのぞいている。お団子に結った髪も乱れている。
 女の子は「嫌だ、帰らない」と、泣き叫んでいた。食事制限を始めているのだろうか。すごく痩せている。
 母親の顔は、激しい感情でゆがんでいる。娘を出口の方へ引っ張りながら、大声で叱りつける。人の目を一切気にしてはいなかった。
 彼女は娘の練習態度が気にくわないようだった。気持ちのこもらない練習なら続ける必要がない。もう、止めてしまいなさい。で、止めたくない娘は、床に座り込んで泣いている。
 日本のリンクにだって、涙や叱責はある。保護者から注意を受けるのも、まったく珍しくない。
 だけど、そのとき、私はだいぶ驚いた。迫力がぜんぜん違っていた。ユビレイヌィはまぎれもなく戦いの場なのだ。
 結局、女の子はリンクに戻っていった。母親はもう怒鳴ってはいなかった。手段だったのだと思う。
 彼女は、娘にスケートを続けさせたくて、「止めろ」と言った。そして、自らの思うようにことを運んだのである。

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宇都宮直子 スケートを語る

ノンフィクション作家、エッセイストの宇都宮直子が、フィギュアスケートにまつわる様々な問題を取材する。

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プロフィール

宇都宮直子

ノンフィクション作家、エッセイスト。医療、人物、教育、スポーツ、ペットと人間の関わりなど、幅広いジャンルで活動。フィギュアスケートの取材・執筆は20年以上におよび、スポーツ誌、文芸誌などでルポルタージュ、エッセイを発表している。著書に『人間らしい死を迎えるために』『ペットと日本人』『別れの何が悲しいのですかと、三國連太郎は言った』『羽生結弦が生まれるまで 日本男子フィギュアスケート挑戦の歴史』『スケートは人生だ!』ほか多数。2020年1月に『羽生結弦を生んだ男 都築章一郎の道程』を、また4月には『三國連太郎、彷徨う魂へ』が刊行されている。

 

 
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