宇都宮直子 スケートを語る 第26回

喝采

宇都宮直子

 たぶん1月だったと思う。

 都築章一郎コーチから何度か電話をもらった。正確に言えば、固定電話に伝言が残っていた。

「もしもし、都築ですが、少しお話ししたいことがありまして」

 すぐに携帯に折り返したが繋がらず、都築からはまた固定電話(留守電)に連絡が入るというのを繰り返した。

 電話が繋がったとき、都築はいの一番に言った。

「ああ、良かった。元気そうですね」

 私はその頃、体調を崩していて、あまり元気ではなかったが、どういうわけだか気力に満ちていた。

 電話で話す人たちからは、ほぼ全員と言っていいくらいに、「元気そう」と言われた。今思えば、たしかに「声」は元気だったかも知れない。

「大事にして、早く良くなってください」

 と気遣ってくれたあと、都築はスケートの話をした。

「12月に出された本(小著『アイスダンスを踊る』集英社新書、2022年刊)、読みましたよ。いい本だと思います。

 次は、ペアについて書かれたらどうですか? ペアは『りくりゅう』がよく頑張っています。ほんとうに素晴らしい。

 なので、次はペアの活躍を書かれたらいかがかと思って、お電話させていただいたんです」

 都築の声は弾んでいて、「りくりゅう」の活躍をとても喜んでいるのがわかった。

「ぜひ、本にしましょう」

 と何回も言われているうちに、思った。

 都築の指導は、こんな感じなのかもしれない。

 12月に新刊を出したばかりの著者に、もう次を薦める。その姿勢は似てはいないだろうか。

 アクセルを例に取る。

 オープンアクセルを跳べたらシングル、シングルが跳べたらダブル、ダブルが跳べたらトリプル、トリプルが跳べたらクワドラプル。都築は間を置かず、妥協を許さず、どんどん歩を進めていく。

 アイスダンスの本は読んだ。だから、今度はペアの本が欲しいのだ、おそらく。

 

 簡単に三浦璃来・木原龍一組の紹介をしておこう。

 ふたりは2019年にペアを組み、カナダで練習をしている。2021―22シーズン北京オリンピックで7位(日本勢として初入賞)となり、団体戦の銅メダル獲得。同年の世界選手権では2位という結果を残した。

 彼らの獲得した銀メダルは、日本人同士が組んだカップルとしては史上初となる歴史的なものだった。

 このころから、愛称「りくりゅう」はフィギュアスケートファンのみならず、一般にも知られていった。

 少なくとも、私の周りではそうだった。

「ペアにも有望な選手がいるんだね?」

「そうなんですよ」

 何度か訊かれて、笑顔で頷く。

 やりとりは短くても、その意味は大きかったと思う。「りくりゅう」は、着実に世界を広げていたのだ。

 実際、彼らの歩みはものすごかった。拍手をする以外、何ができたろう。

 2022-23年のシーズンにはグランプリファイナル、四大陸選手権で優勝して、世界選手権を迎えた。

 もちろん、日本のフィギュアスケートの歴史にはなかったことだ。まったく、ほんとうに素晴らしかったし、実に喜ばしいことだった。

 そういうわけで、アイスショーたけなわの今だが、3月の世界選手権の話をする。会場を満たした、あの喝采について綴っていきたいと思う。

 試合は、3月22日から25日(26日はエキシビション)に、さいたまスーパーアリーナで行われた。

 22日に行われたショートプログラム(使用曲、You’ll Never Walk Alone)で、三浦璃来・木原龍一組はトップに立っていた。それも、世界歴代5位という堂々たる得点80.72で、である。

 彼らの美点は数多いが、その中のひとつにフレッシュさがあると私は思う。「りくりゅう」はとても謙虚で、純粋で、心が洗われるような演技をする。

 この日のショートはスピードがあり、同調性があり、ふたりの距離が近いスケートだった。

 試合後、観衆は立ち上がり長く拍手を送り、称えた。

 自国開催の温かさは当然あるのだが、彼らのスケートは、それを受けるにふさわしいものだった。圧巻だ。

 世界歴代5位の得点が出たとき、キスアンドクライで、三浦はかわいらしく声を上げ、木原と喜んだ。

 感情のわかりやすさも、「りくりゅう」の魅力ではなかろうか。

 不安になり、どきどきして、安堵して、歓喜にひたる。彼らを見ていて、そんな思いを私はする。

 23日に行われたフリープログラム(使用曲、Atlas: Two)も安定の出来だった。

 3回転サルコウで、三浦が2回転になったり、スロートリプルループで転倒するミスはあったが、彼らの世界は壊れなかった。

 それが「強さ」なのだ。一流選手の「証し」なのだ。美しい演技を、彼らはした。貫かれた努力の日々を思う。

 フリーの得点は141.44。総合得点は222.16。世界歴代6位の得点で、彼らは勝った。日本勢では、初めてとなる年間グランドスラムの達成である。

 三浦璃来・木原龍一組には、喝采を送りたい。それから、ありがとうを伝えたい。たくさん伝えたい。

 日本のフィギュアスケートの未来を、ふたりは変えた。偉業の達成を、感謝を込めて称えたい。

 2022―23年シーズンの世界選手権は、宝もののような大会になった。

 男子シングルでは宇野昌磨、女子シングルでは坂本花織が、ともに大会二連覇を達成した。アイスダンスでも、村元哉中・高橋大輔組が日本歴代最高タイとなる11位となった。

 素晴らしい、嬉しい。誇らしい。ありがとう。

 少し遅くなったが、それが私の言いたかったことだ。

 

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宇都宮直子 スケートを語る

ノンフィクション作家、エッセイストの宇都宮直子が、フィギュアスケートにまつわる様々な問題を取材する。

関連書籍

アイスダンスを踊る

プロフィール

宇都宮直子
ノンフィクション作家、エッセイスト。医療、人物、教育、スポーツ、ペットと人間の関わりなど、幅広いジャンルで活動。フィギュアスケートの取材・執筆は20年以上におよび、スポーツ誌、文芸誌などでルポルタージュ、エッセイを発表している。著書に『人間らしい死を迎えるために』『ペットと日本人』『別れの何が悲しいのですかと、三國連太郎は言った』『羽生結弦が生まれるまで 日本男子フィギュアスケート挑戦の歴史』『スケートは人生だ!』『三國連太郎、彷徨う魂へ』ほか多数。2020年1月に『羽生結弦を生んだ男 都築章一郎の道程』を、また2022年12月には『アイスダンスを踊る』(ともに集英社新書)を刊行。
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