「サンボ70」には、美しいアリーナ・ザギトワがいる。韓国、平昌のオリンピックチャンピオンだ。
トルソワとともに「三人娘」と呼ばれた天才、アリョーナ・コストルナヤ、アンナ・シェルバコワがいる。彼女らに続く若き才能たちが集っている。
そうした環境から離れたのは、いかにももったいなかった。ただ、そんなことは、トルソワは百も承知だったろう。その上で、彼女は新しい道を行くことにしたのだ。
移籍に際し、トルソワは多くを語っていない。
いくつかの報道によれば、
「新たな行動は、新たな成果を生むために必要である。簡単な決断ではないが、熟慮し、勇敢に前に進まなければならない」
としている。
私見だが、トルソワには、「サンボ70」は足りなかったのだと思う。好条件の揃うリンクを、自ら手放したのだ。「勇敢に」の理由は必ずある。ないわけがない。
移籍は、とてもデリケートな問題である。過去、山田満知子コーチが話していた。
「いったんだめになったら、もうどうしようもないの。恋と同じ」
トルソワも、何かが「だめ」になっていたのではないか。苦しくてたまらなかったのではないか。
ノンフィクション作家、エッセイストの宇都宮直子が、フィギュアスケートにまつわる様々な問題を取材する。
プロフィール
宇都宮直子
ノンフィクション作家、エッセイスト。医療、人物、教育、スポーツ、ペットと人間の関わりなど、幅広いジャンルで活動。フィギュアスケートの取材・執筆は20年以上におよび、スポーツ誌、文芸誌などでルポルタージュ、エッセイを発表している。著書に『人間らしい死を迎えるために』『ペットと日本人』『別れの何が悲しいのですかと、三國連太郎は言った』『羽生結弦が生まれるまで 日本男子フィギュアスケート挑戦の歴史』『スケートは人生だ!』『三國連太郎、彷徨う魂へ』ほか多数。2020年1月に『羽生結弦を生んだ男 都築章一郎の道程』を、また2022年12月には『アイスダンスを踊る』(ともに集英社新書)を刊行。