トゥトベリーゼは、愛弟子の離脱に傷ついた。「有利な条件の提示」を口にし、暗にプルシェンコとトルソワを非難している。
だが、選手は簡単には「有利な条件(それが、実際にあったとしての話だが)」は乗らない。
日々が満ち足りているとしたら、どうしてそこから離れようとするだろう。「恋」が破れるのには、それなりのわけがあるのだ。
傷は、トゥトベリーゼだけが受けたわけではない。行動を起こした少女の負った傷も浅くはなかったと思う。
トルソワは、プルシェンコを「偉大なアスリート」と称え、来シーズンでの成功を誓っている。
プルシェンコが偉大なのは間違いないが、指導者としてはまだ未知数である。トルソワとのこれからに期待したい。大いに、だ。
私は困難な道を行く人に惹かれる。傷だらけにならなければ、前に進めない一歩があると思っている。
だから、トルソワの決断に拍手を送る。今後もし、「有利な条件」の存在が明らかになったとしても、支持する。
アレクサンドラ・トルソワの人生は、彼女自身のものだ。誰にも、何にも、束縛されない。
ノンフィクション作家、エッセイストの宇都宮直子が、フィギュアスケートにまつわる様々な問題を取材する。
プロフィール
宇都宮直子
ノンフィクション作家、エッセイスト。医療、人物、教育、スポーツ、ペットと人間の関わりなど、幅広いジャンルで活動。フィギュアスケートの取材・執筆は20年以上におよび、スポーツ誌、文芸誌などでルポルタージュ、エッセイを発表している。著書に『人間らしい死を迎えるために』『ペットと日本人』『別れの何が悲しいのですかと、三國連太郎は言った』『羽生結弦が生まれるまで 日本男子フィギュアスケート挑戦の歴史』『スケートは人生だ!』『三國連太郎、彷徨う魂へ』ほか多数。2020年1月に『羽生結弦を生んだ男 都築章一郎の道程』を、また2022年12月には『アイスダンスを踊る』(ともに集英社新書)を刊行。