徳光和夫の昭和プロレス夜話 第4夜

馬場夫妻の知られざる恋愛感動秘話

徳光和夫

 そのアメリカのマーケットなんですけど。

「ええ」

 アメリカの武者修行中に、なんとか食っていけるようになり、メインを張れるようになった時期に、このまま日本に帰らず、こちらでのんびり全米をサーキットしながらレスラー人生をまっとうしたいと思っていたようですね。

「でしょうね、馬場さんの性格からすると」

 そんな馬場さんに武者修行中に一番つらかったことは何ですかと訊ねたんです。

「何とお答えに?」

 やはり、アメリカに渡った頃のホームシックだったそうです。アメリカの生活に慣れちゃえば、そうでもなかったようなんですが、当時はまだ、日本人も少なかったですし、孤独と向き合うのがしんどかったと言っていて。

「ああ、はい」

 そんなある日、すでに付き合っていた元子さんから手紙が来たそうなんですよ。

「ほぉほぉ」

 その手紙の中に〝私も寂しい。でも、大丈夫。だって、空はつながっているから。見上げた空の向こうに、あなたがいる。馬場さん、寂しくなったら空を見上げて。私も見上げるから〟と書かれていたそうで。それを読んだ馬場さんは〝そうだな、アメリカと日本、空はつながっているんだ。寂しくなったら、空を見よう〟と思ったそうです。

ハワイでの馬場さんと元子さん。日本とアメリカで離ればなれの時に、ロマンティックな手紙のやり取りをしていたらしい。写真/宮本厚二

「ロマンチストだねえ、2人とも。その話を聞いて、ようやく謎が解けましたよ。さっき馬場さんは雄大な山とか広大な海の絵を好んで描いていたと言いましたけど、空の絵も多かったんです。空に雲が流れていくような絵をたくさん描いていました。……そうか、あの雲は馬場さん自身だったのかも。アメリカに渡った頃の自分の気持ちを思い出して描いていたんでしょうね。あの雲のように自分も大空を流れていき、日本に帰りたい、元子さんに逢いたいというね」

 やっぱり……。

「2人はロマンチストですよ(笑)。そういえば、去年だったかな、亡くなった元子さんの遺品を遺族の方に見せていただいたのですが、その中に馬場さんからの手紙が何十通もありましてね。元子さん、ちゃんと保管していたんです。許可をいただき、そのうちの何通かに目を通したんですが、たぶん、馬場さんがアメリカに渡った頃の手紙でしょうね、ええ、確かにありました、〝空はつながっている〟というフレーズが。なんだろう、馬場さんから元子さんに送られた手紙はラブレターじゃないんですよ。恋文なんですよね。日本的な恋文がしたためられていて。ええ、本当に切なくなるほど愛しい恋文でした」

(第5夜につづく)

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第5夜  

プロフィール

徳光和夫

1941年、東京都生まれ。立教大学卒業後、1963年に日本テレビ入社。熱狂的な長嶋茂雄ファンのためプロ野球中継を希望するも叶わず、プロレス担当に。この時に、当時、日本プロレスのエースだった馬場・猪木と親交を持つ。

 

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