文化遺産「子連れ鑑賞」顛末記 第二回

ノルウェーの木造教会で触れる文化遺産の〝生命線〟

mina

「文化遺産=不変」か

文化遺産というと、たとえば奈良県にある国宝・薬師寺東塔が「凍れる音楽」と形容されるように、あたかも「不動」「不変」とイメージされることが多い。けれど実際はレインリーの教会と同じく、大小さまざまな変化や修復を経て、受け継がれている。日本で暮らす私はつい、文化遺産と日常空間を区別して考えがちだけれど、古い家や家具を修繕したり、リノベーションしたりしながら使い続けるのが普通なヨーロッパを旅すると、両者が地続きであることが実感される。

たとえば、中世の教会が30ヶ所以上残っているイギリス北東部の地方都市ノーリッジでは、信者席が取り払われ、お年寄りが集まる安価なカフェや、生活相談スペース、アンティークショップなどにリノベーションされている古い教会がいくつかあった。街の中心部にある15世紀のゴシック様式の教会では、19世紀に取り付けられた信者席の一角がプレイエリアに改装されていて、娘たちはぬり絵や人形で思いきり遊んだ。側廊の祭壇前のスペースでは地元の親子連れに混ざり、ステンドグラスの光が照らすなかを、ボランティアの人に教えてもらって工作も楽しんだ。

私は最初、真剣な祈りの場である教会が、そこを削って現代的な役割を担わされていることに戸惑った。文化遺産の「保存」との対立も気になる。あまりに気になったので、プレイエリアのあった聖ピーター・マンクラフト教会に後日、メールで質問したところ、すぐに丁寧な返信があった。

いわく、信者席を改修してプレイエリアにしたことは建物の構造に影響せず、必要であれば元に戻せるため、イギリスの文化遺産制度で最上級のグレードIに指定された教会の保存に支障はない。子どもがストレスを感じやすい教会に、彼らだけの小さな世界を設けるのは、将来の信者を増やすことにつながる可能性もある。文化遺産の美しい教会を守りながら、その制約のなかで、誰にでも開かれた「生きている教会(a living church)」であり続ける──。

文化遺産の議論では、民家や教会など、コミュニティにおける本来の役割を維持し続けているものを「生きている文化遺産」と呼ぶことがある。ただ、ここで言う「生きている」には、そういった業界用語を超えた、意志のようなものが込められていると感じた。

イギリス・ノーリッジの聖ピーター・マンクラフト教会の信者席を改修したプレイエリア。

古来、教会のような宗教施設はイデオロギーの対立や紛争の標的にされやすい。聖ピーター・マンクラフト教会のステンドグラスも17世紀のピューリタン革命の際に破壊され、ガレキの山から拾い集めた破片をつなぎ合わせて修復されたものだという。

第二次世界大戦中にはノーリッジ全体が、歴史的な街並みを狙ったドイツ軍の標的になり(イギリス軍がドイツの古都リューベックを爆撃したことへの報復と言われる)、巡礼地カンタベリーなどとともに甚大な被害を受けた。「生きている教会」は、そうした破壊と復興の繰り返しから生まれ出た、誇りと決意の言葉ではないか。

文化遺産は創建時の状態が最もオリジナルの精神性や技術を反映するとされる。その一方で普通の建物と同じように、劣化を防ぎ、存在意義を保ち続けるためには、メンテナンスが欠かせない。というより、メンテナンスされ続けてきたからこそ文化遺産になっている。従来、こうしたメンテナンスの歴史は積極的には顧みられてこなかったけれど、近年は文化遺産を形づくる重要な要素として、研究や再評価が進んでいる。

そう考えると、同じ場所での建て替えも含めて、改築や改修を重ねてきたレインリーの教会は「凡庸」どころか、変化に富んだユニークな価値を築いてきたと言える。ちなみに、剥落が気になるタールは、数年に一度塗り直されているそう。現在の茶色い外観が真っ黒になったらどんなふうだろう。文化遺産の姿が変わるのを想像するのはなんだかおかしいけれど、楽しみに感じる。

教会を「生かし」続けるものとは

ノルウェーに1000以上あった伝統的な木造教会が激減したのは、黒死病の蔓延によってメンテナンスが長く中断されたからだった。社会が回復するにつれ、人びとは集落ごとにあった小さな木造教会を集約し、新しい教会を建てた。現存する28棟は皮肉にも、新築する体力のない山間部やフィヨルド地帯の寒村を中心に残ったと考えられている。小さなコミュニティならではの濃密で感情的なつながりが、教会を守ってきたのかもしれない。

レインリーの教会で驚くのは、かれこれ一時間近く続いているガイドツアーに、2人の娘が比較的おとなしく、耳を傾けていることだ(少なくともグズっていない)。考えられる理由は、マリアンヌさんが「自分の話」をしていること。70年前に受けた洗礼。耐えがたいほどの冬の寒さ。春になると滑り落ちる雪の音。村人たちと取り組んだタール塗り。それも容赦なく洗い流してしまう雨と雪。そして自身の3人の娘が挙げた結婚式……。愛する自分の家を案内するように、体験談を交えた語りには子どもをも惹きつける不思議な魅力がある。

その魅力を感じ取っているのは、私たちだけではない。

パッと見の地味さや山間部のアクセスの悪さ、2カ月にも満たない一般公開の短さに加えて、ガイド必須、内部撮影の禁止といった制約にもかかわらず、レインリーの教会はファンを魅了してやまない。インターネットの口コミでは、山上の眺望や建物だけでなく、ガイドのフレンドリーさや、ガイドブックに載らない情報まで網羅した博識ぶりを絶賛する声が多い。マリアンヌさんの名を挙げる投稿もあった。

文化遺産やミュージアムでは、多言語対応のオーディオガイドやバーチャル映像を駆使したデジタルガイド、子どもが喜ぶタッチパネルなど、テクノロジーの活用が広がっている。昔の人の肉声を音声展示しているところもある。けれど、ことレインリーの教会に関しては、アナログ極まりないリアルなガイドツアーが、人びとを惹きつける〝生命線〟になっていると感じる。

「この教会はミュージアムではなく、生きているんです」。そう語るマリアンヌさんの目にどこか悲壮さが漂っていたのは、危機感があったからではなかったか。新しい教会に日常の機能が移ってから数十年。「ミュージアム」ではなく「生きている教会」であり続けるために、見えない努力や苦労もあったのかもしれない。彼女のように自分の人生を教会に重ねて語れる人は、どれほどいるのだろう。同じ「生きている」という言葉を発したイギリスの聖ピーター・マンクラフト教会と同様に、いや、おそらくはそれ以上に、人里離れた山の上の小さな教会を「生かし」続けるのは、簡単なことではないはずだ。

そんなレインリーの教会にとって、タール塗りのようなメンテナンスは、建物の維持という物理的な目的を超えて教会とコミュニティを結びつける、もうひとつの〝生命線〟にちがいない。将来、タールが塗り直されるとき、本当に注目するべきなのは外観ではなく、人とコミュニティ、教会との関係性なのかもしれない。

今を逃しては二度と聞けないとばかり、ガイドツアーが終わっても質問したがる研究者の夫のために、マリアンヌさんはいったん中腹の小屋で休み、また戻ってきてくれることになった(申し訳ない)。少し重たげに足を運んで、一歩一歩、山道を下っていく小さな丸い背中が忘れられない。彼女のように「生かし」続けたいと思えるものが、私にはあるだろうか。

その夜、6歳の長女が日記に書いたのは他ならぬ、マリアンヌさんのことだった。

「おばあさんのあんないするひとだった/71さいだった/げんきそうだった/ことばを1じかんくらいずっと/のみものをのまないではなしていた/のどはかれていなかった」

山上の小さな教会と、山道を行く小さな人影。どちらも元気で、と願わずにいられない。

レインリーの木造教会。

※文中の写真はすべて筆者が2025年4~8月に撮影

【参考文献】
『なぜ人類は戦争で文化破壊を繰り返すのか』(ロバート・ベヴァン著、駒木令訳、原書房)
『古建築を受け継ぐ メンテナンスからみる日本建築史』(海野聡著、岩波書店)
『建築のラグジュアリー 物質と建築がつむぐ建築史』(加藤耕一著、東京大学出版会)

1 2
 第一回

プロフィール

mina

大手報道機関での事件記者を経て文化遺産に傾倒し、学芸員資格を取って文化部記者に。ビジネス系ウェブメディアで働きながらアートメディアや要約サービスに寄稿。2025年に研究者の夫に同行し、幼い娘2人を連れてヨーロッパ11カ国、350件以上の文化遺産を鑑賞する旅に出た。

プラスをSNSでも