日本とドイツの医療保険制度を比較し、見えてくる「改善の余地」とは?
西村章高額療養費制度を利用している当事者が送る、この制度〈改悪〉の問題点と、それをゴリ押しする官僚・政治家のおかしさ、そして同じ国民の窮状に対して想像力が働かない日本人について考える連載第21回。
日本の医療保険制度はしばしば、〈世界に冠たる〉ものであると政府や厚労省の人間から「自画自賛」される。そのような枕詞は実態をどれほど反映しているのか、これまでの連載記事でも検証を行ってきた(第5回、第9回など)。
日本の現行制度を他の国・地域と比較し相対化することは、「よりよい制度」を模索・構想する上でも欠かせないだろう。そこで今回は西村氏による、日独の保険制度を知るマライ・メントラインさんへのインタビューをお届けする。
写真:五十嵐和博
政府や厚労省関係者は〈世界に冠たる〉、と日本の国民皆保険制度を自画自賛する。だが、少なくとも自己負担額に関する限り、この制度が国際的に最も優れたものといえないことは、当連載で何度も検証してきたとおりだ。その詳細は、4月17日発売の『高額療養費制度 ひろがる日本の〈健康格差〉』(集英社新書)でも様々な角度から論じている。では、その自称「〈世界に冠たる〉国民皆保険」は、日本と同じように社会保険で医療保険制度を運用するドイツと比較してみると、いったいどんなふうに見えてくるのだろう。2008年から日本に在住し、日独両国の保険制度を身をもって経験してきたマライ・メントラインさんに話を聞いた。
――医療保険制度は国によって様々で、誰しも自分の国の制度のことをよく知っているからこそ様々な不満もありながら、それでもそれなりに満足をしているのだろうと思います。昨年から国会でも議論されてきた日本の高額療養費制度〈見直し〉案の問題は、マライさんの目にはどんなふうに映っていたんでしょう?
「日本の医療システムは窓口3割負担、高齢者は1~2割負担ですよね。それを日本に来て初めて知ったとき『あ、そうなんだ……』って思って、お金を払うということに、まず驚いたんです。だって、保険料を納めているのに、そのうえ医者に行くたびに窓口でさらに支払わなければならないという考え方がドイツにはそもそもないので、『えーっ!!』って思ったんですよね。そうすると、まずそこで不安になるわけです。だって3割負担だと、病気によっては結構な金額になるじゃないですか。病気になったときのためにわざわざ貯金をしないといけないのかな、これから日本で生活していくうえでお金の使い方を考え直す必要があるのかな、と思って、それにまずビビりました(笑)。
それからしばらく経って高額療養費制度というものがあることを知って、3割負担でどんどん高くなっていくわけではなくて、ストッパーみたいなものでキャップが設けられているんだということを知って、ちょっと安心したんですよ。どれくらいの額になるのかなあ、といろいろ調べてみると『でも、そこそこ払うのね……』って思ったんですけど」
――では、病院に行ったときに3割負担を窓口で払うことに、今は納得していますか?
「いや、してないですね。もっと高い自己負担制度の国から来たら『たった3割の負担ですむなんてすごいじゃないか』と感じる人もいるかもしれないですけど、私はドイツの制度で育ってきているから『すでに(社会保険料として)払っているのに、なぜもう一度払わないといけないのだろう』という気持ちが消えないんですよ。1回払うと、それで医療費がすべてカバーされるようなシステムのほうが私は安心なんですよね」
――ドイツの医療保険システムでは、そのあたりの仕組みはどうなっているのですか。
「ドイツの医療保険制度はちょっとだけ面倒くさくて、医療保険は公的保険と民間保険のふたつが存在しています。公的保険は日本の健康保険制度にすごく近い感じで、所得に応じて保険料が給料から天引きになります。保険料率は14.6%で、これに各保険会社の追加保険料が上乗せされます。2026年の平均追加保険料率は2.9%で、平均すると合計17.5%程度を労使で折半になります。天引きされるから、直接的な負担感は薄いのですが。仕事をしていない扶養家族やお子さんがいる場合は、追加のお金がかからずに家族もその保険に入れます。
フリーランスや自営業の場合は、この公的保険ともうひとつの民間保険のどちらに入るかを選択できます。ただ、この民間保険はちょっと高めで、自営業だと年齢や健康状態によって保険料が変わってくるし、疾患のある人は入れない場合もある。一方、公的保険の場合は加入者を断ることができないので、誰でも入ることができます」
――その点でも、ドイツの公的保険は日本の医療保険制度に似ていますね。
「そうですね。公的保険は保険料率の上限があるので、どんなにお金持ちでも一定額以上の保険料支払いは発生しません。そういうところも日本と同じです。
では民間保険はなぜあるのかというと、実は一番多い加入者は公務員なんです。民間保険と聞くとお金持ち用のものだと思うかもしれないけど、違うんですよ。うちの親はふたりとも公務員でずっと民間保険だったので、私もそこにずっと入っていて、大学生になったときに自分の分を公的保険に移しました。学生なので、保険料がめちゃくちゃ低くてお得だったんですよね。だから、私は公的保険と民間保険の両方を経験しています」
――民間保険の場合は、保険料はどうなっているのですか?
「公務員の場合、雇用主が「補助制度」の枠組みの中で、医療費の少なくとも50%を負担します。この補助率は一般的に50%から80%の範囲にあって、家族構成や子どもの人数、州によって異なります。そのため、公務員は残りの医療費のみを、民間保険でカバーすればよい仕組みになっています。もともとの保険料は公的保険より高いけれども、自分で負担する20〜50%分は公的保険より少し高い程度でそれほどでもない、ということなんですね。
しかも、民間保険は公的保険よりもちょっとだけいいサービスを受けることができて、たとえば歯医者にかかる場合、日本でもベーシックな治療は保険でカバーされるけど、ちょっといい素材のセラミックやインプラントは自費になるじゃないですか。でも、ドイツの民間保険だとそういうようなものをよりカバーしてもらえます」
――そのような加入保険の違いで発生する不平等さに対して、公的保険を使っている人からの不満みたいなものはあるんですか?
「それはやっぱりありますよね。でも、ドイツ人が一番不満を感じているのは保険料ですね、お金のこと。どこの国でも保険料の高さは不満のもとですから。もうひとつは、なんで公的保険と民間保険の2本建てになっちゃったのかな、っていうこと。日本みたいに皆が同じ保険でいいんじゃないのか、ということは議論になりますね。
ちなみにその民間保険の内訳は、全加入者の53%が公務員と裁判官です。その公務員と裁判官は、93%が民間保険を選択していて、公的保険を利用している人は7%です」
――いわゆる富裕層の人々は?
「民間保険を選びますね。本当にお金があるのなら、民間保険のほうが有利だと思います」
――人口比で公的保険と民間保険の加入者はどんな割合なんでしょうか。
「パーセンテージではなくて実数なんですが、公的保険に入っている人は7400万人。そのうち、実際に勤めている人が5800万人なので、それ以外の1600万人は扶養で入っているということですね。民間保険に入っているのは870万人です。ドイツの人口は約8400万人弱なので、10人に1人くらいが民間保険ということですね」
――ドイツの医療費の自己負担は年間収入の2%という話ですが、どのような支払いになるんでしょうか?
「病院でのお金が発生しないと最初に言いましたけれども、時々はプラスで支払うことが発生するんですね。たとえば、病院に入院する場合は1日あたり10ユーロ。でも、それにも上限があって、支払いは28日目まで。3ヶ月とか6ヶ月とか、それ以上入院する場合は払わなくてもいい、というふうになっています。
支払いが発生するもうひとつの場合は薬。処方された薬の自己負担額は薬代の10%ですが、下限は5ユーロで、上限は10ユーロです。そのため、300ユーロの薬だと上限の10ユーロ、80ユーロの薬だと10%の8ユーロを払うんですが、50ユーロ以下の薬の場合はすべて5ユーロです。」
――その支払いも年間上限キャップみたいものがあるんですか?
「そう、その10ユーロの積み重ねが自分の年間収入の2%です。基準になるのは税金が引かれる前の収入ですけれども。
たとえば年収600万円だと、2%は12万円ですよね。それが年間支払いのマックス。1ヶ月あたりで割ると1万円。入院代や薬代は、もうそれ以上発生しない。さらに、慢性疾患などでずっと治療が必要な人の場合は、この割合が1%になります。これくらいの金額だと支払いの不安がないし、安心じゃないですか」
――僕の場合、日本の高額療養費制度で1ヶ月の治療に支払っている金額は4万4400円(多数回該当利用)です。ドイツの場合だと……。
「さっきの例で計算した年収600万円の場合だと、5千円です。お仕事をしていると、まあまあ悲しいけど払えるよね、くらいの感覚ですよね。これくらいの金額だと、仕事を辞めざるを得ないとか治療を諦めなければならないとか、比較的なりにくいと考えられます」
なぜかアメリカと比較してしまう日本人
――日本に来たときに3割負担だと知って、「最初はビビった」とおっしゃいましたよね。高額療養費制度があると知ってちょっと安心したということでしたけれども、ドイツと日本のこの制度差では、心の底から安心はできないですね。
「安心できると言えるのは、ある程度の高い年収がある人だけだと思うんですよ。そこそこの年収があって、安心感のためにさらに毎月の生命保険を払うことができたり、あるいはもしもの時に備えた充分な蓄えがあるくらい余裕がある人だったら、別にいいんですよ。でも、そうじゃない人は生命保険を払うのもしんどいし、だからといって上限額が安心できるほど安いのかというと、そんなこともない。だから、結局は不安が残るシステムじゃないかと思うんですよね。自分は今働けていてある程度の収入があると不安はないかもしれないけど、じゃあそれでいいのか?と考えてしまうんですよね。それは私がドイツ人だからなのかもしれないですけれども」
――いや、それはドイツ人だからじゃなくて、当たり前の感情だと思います。
「だから、これは今日の話の結論になってしまうんですけれども、日本はちょっとアメリカのほうを見すぎなんじゃないかという気がします。自分たちの保険制度をアメリカと比較しているのが、私にはすごく謎なんですよ。だって、日本の医療保険制度は歴史的にもヨーロッパの保険制度をベースにして成り立ってきたわけですよね。だから、社会保障に対する考え方もヨーロッパ的で、アメリカ型ではなかったと思うんです。アメリカの場合はすべてが自由、すべてが自己責任で、弱者切り捨ての結構不安定なシステムですよね。
ヨーロッパの場合は、自分だけじゃなくて隣の人も障害を持って生まれた人も、皆が国のメンバーで、それで社会が成り立っている。それを守りましょうね、だからみんなで負担をして助け合いましょうね、という考え方がベースにあって保険制度が成り立っている。日本の保険制度もそれと同様の考え方で成り立ってきたと思うんですけど……」

――社会保険料を皆が天引きで支払っているのは、要するにそういう意味ですよね。日本の高額療養費制度も昔は全員が一律の負担額でしたが、小泉純一郎内閣の2001年に応能負担の考え方が導入されるようになり、それ以降25年かけて応能負担の比率がどんどん大きくなってきた、というのが現状です。25年ということは、社会人だと40代半ば以下の人たちは応能負担の状態しか知らないので、それが当たり前だと思っているかもしれません。
「私も留学で日本の学校に通っていましたが、この国の教育では『自分たちはどういう国や社会でありたいのか』という国家観や社会観のようなものを教えないですよね。それは政治に任せることではなくて、ひとりひとりが考えて話し合いながら決めていくものだろうと思います。
健康保険制度もまったく同じで、この国をどうやって形作っていこうか、という話なんですよね。なのに、政治がそこらへんをさらっと変えて、皆が『そういう事情ならしかたないよね』みたいな感じになってしまうことがすごく不思議です」
高額療養費制度〈見直し〉問題の中で、衝撃を受けたのは……
――日本とドイツの医療制度双方を生活の中で利用してきたマライさんから見て、「世界に冠たる日本の国民皆保険制度」という言葉をどう思いますか?
「改善の余地があります。メディカルケア全体を考えると日本は世界のトップクラスでしょうけれども、改善の余地はあるよね、追加のお金がかからないのがベストだよね、と思います。そのためには皆が負担しなければいけないから、保険料は今よりもちょっと高くなるでしょう。でも、それで社会全体の安心感が買えるのであれば、むしろ安いものなんじゃないのかなと、あくまで個人の意見ですけど私はそう思います。
ずっとタバコを吸ってきて肺がんになった人やずっと酒を飲みまくって肝臓を壊した人の治療代を自分が支えるのはちょっとムカつくかもしれないですけれども、その場合も精神疾患や依存症などの別の理由が背景にあるかもしれない。そういう様々な事情も含めてみんなの面倒をみんなで見ましょうね、という社会が理想だし、その理想を叶えることは可能なんだから、高額療養費制度を利用している弱い人たちの負担を多くするというやり方が、私にはあまり理解できないんですよね」
――その議論を、今まさに国会で行っているわけですが……。
「『高額療養費制度 ひろがる日本の〈健康格差〉』の原稿を読んで衝撃だったのが、去年の国会ではギリギリの段階で凍結になりましたよね。その前に、NHKと読売新聞が(2024年年末に)報道したけれども、そのときは大きな話題にならなかったと書いていたことが自分の感覚ではちょっと謎で、『それって皆が怒るところじゃん!』って思うんですよ。私も日本に長いので皆が怒らないのももちろんわかるんですけれども、それこそ『国のあり方としてそれはあかんだろう』と立ち上がらなきゃいけないところだと思うんですよね」
――その2024年末には世間の注目を集めなかったけれども、全国がん患者団体連合会(全がん連)や日本難病・疾病団体協議会(JPA)がオンラインアンケートや署名を集めたり国会議員に働きかけたりして、また自民党もこのままだと夏の参院選で負けるかもしれないという計算もあって、去年3月に一旦凍結されたわけですよね。その凍結後に議論が再開して〈見直し〉案が国会で議論されているので、今はまさに正念場なんですが、世間はイラン戦争やホルムズ海峡の報道が中心になるので、どうしても高額療養費制度の問題はあまり報道されなくなりがちです。
「それがすごく残念で、議論が必要なものを充分に議論できていないのなら、それこそ先送りでいいじゃないですか。そこの結論を出すのは、別に2年先だってあまり変わらないような気がするんですよ、正直なところ。だから、今はホルムズ海峡問題が重要なんだからそれを先にしっかりとやってもらって、高額療養費制度のことは後でじっくり議論しましょうね、国民の意見も反映しましょうね、というふうにすればいいんじゃないかと思うんですよね」
(編集部註:インタビュー実施後の4月7日に政府予算案は参議院を通過し、高額療養費制度〈見直し〉案も了承されることになった)
社会保障の議論はドイツにもある
――日本の国会では政府の予算案、一応は「案」と言っているけれども政府が作って決めたものだから、修正には基本的に応じようとしないんですね。先日、マライさんが出演された『報道1930』(BS-TBS)でもおっしゃっていましたが、ドイツの今年度政府予算案は1330ヶ所の修正があったそうですね。つまり、最初の法案はあくまでもたたき台で、与野党でこれを揉んでいいものを作っていきましょう、という考え方なんですね。
「予算を決めることができるのは、もちろん主に与党なんですが、野党の意見も場合によって反映をします。だって、いいアイディアがあってそちらのほうが現実的だったら、『確かにそっちのほうがいいよなあ』ってなるじゃないですか」
――日本の国会だと、「すでに閣議決定しているから」とか「野党の意見で変えるわけにはいかない」という与党や省庁の面子の問題が大きいように見えるんですよね。社会保障のいろんな政策に対して、所得層や職業別などでいろいろな考え方があると思うのですが、たとえば国民民主党は手取りを増やすとアピールし、日本維新の会は社会保険料の大幅な負担減を前面に打ち出して一定の支持を得ています。ドイツの政党間でも、社会保険料は争点になるんですか?
「なっていますよ。ドイツでも、社会保障にはお金がかかっているんですよね。理想としては、皆が支払う社会保険料で成立するはずなんですけれども、近年では公的健康保険にも税金が投入されているので、それをどうやって節約するか、ということが今まさに議論になっています。
たとえば、2027年には153億ユーロの赤字が出るであろう、3年後にはそれが400億ユーロに膨らむかもしれない、という話で、医師の報酬を減らすとか医薬品や病院のコスト抑制といったことが議論になっています」
――日本と似たような方向性の議論ですね。
「あと、今一番議論されているのが、お酒とタバコの課税に加えて、砂糖が入っている飲料に課税するかどうか、という問題です。今は砂糖が入っている飲料の課税はされていないんですが、健康的ではないし病気に繋がる可能性がある、という理由で、もしかしたら導入されるかもしれない。毎日たくさん飲むと体に良くはないでしょうけど、たまに1本飲んだって別に病気にはならないじゃないですか。だから、そこに課税するのはアンフェアだという意見もある。『砂糖は悪なのかそうじゃないのか』みたいな話題はラジオ番組やポッドキャストでドイツのニュースを聞いていても、よく流れてきますね」
――ちょっと形を変えたタバコ税みたいな。
「そういうことですね。あとは低所得者の医療費をどうするか、という問題。低所得者の負担を上げるのではなくて、国家財政へ移して面倒を見るようにするべきかどうか、という議論になっています」
――社会保険料ではなくて低所得者は税金で面倒を見よう、ということですか。
「そうそう。今はそういう議論がある感じですね。それらの中でも一番キャッチーなのが、砂糖入り飲料の課税ですね。
あと、政党間の議論ですが、中道右派は公的保険と民間保険の二本建てになっている今の医療保険制度を維持しましょう、と言っているんですね」
――それに対して中道左派はどう言ってるんですか?
「中道左派と緑の党は、公的保険に一本化しましょう、という意見です。医療的なダブルスタンダードはよくないので、全員を同じようなレベルに、ある意味でちょっと(民間保険の給付水準を)下げることによって、もしかしたら社会保険料を安くできるんじゃないか、という考え方です。ポピュリスト政党はそこらへんについてはあまり口を出していなくて、右派のポピュリスト政党は社会保障を圧迫しているのは移民のせいだ、と文句を言えない人たちに責任を全部押し付けて単純な話に持っていくわけです。もう一方のポピュリスト左派は、お金持ちが悪い、という主張です」
日本で出産を経験し、見えてきたものとは?

――どの国の政治システムや医療保険制度も、それぞれ長所と短所があると思うのですが、マライさんは数ヶ月前に日本でお産をして、ドイツのサービスや費用と比較してどう感じましたか?
「ドイツでは助産師が人手不足状態で、労働条件を早急に改善しなければ、安全に出産できる環境が崩壊しかねません。幸運なことに、2026年の春に政府がやっと動き出しました。
私は日本で出産したんですが、選んだ病院も良かったので最高の医療ケアを受けることができました。特に助産師さんたちは「神かよ、あなたは!!」(笑)みたいな人ばかりで、全部面倒を見てくれました。だから出産は最高だったんですけれども、退院する際にすごい金額が発生することがとても残念だなと思いました。
日本では、出産は病気じゃない、と言うんですけど、でも赤ちゃんにとっても産む側にとっても本当に命がけの行為で、とてつもなく病気に近い何かなんですよ。出産は人類の起源以来ずっと続いていることなので、放置しておいても勝手に産まれるのかもしれませんが、でもその場合は死亡率も上がりますよね。だから、出産は絶対にメディカルなものなんですよ」
――ドイツだと出産費用はどうなんですか?
「ドイツでは検診も出産も、妊娠に関わることすべてに自己負担は発生しません。日本でも50万円の補助金は出るんですが、私の場合は東京で出産して90万円くらいかかったので、結局50万円近くを払いました。いろんなことにお金がかかるのはもちろん理解しているんですけれども、社会を支える一員を増やしたことでなぜそんなにペナルティにも見えてしまいそうな負担がかかるのかな、と考えるとちょっと悲しくなりますね。
この件に対してすごく強く言いたいのが、東京で産むと追加負担が発生するけれども、地方によっては出産補助金の50万円でお釣りが来る場合もあるらしいということです」
――地域や病院によってかかるコストが違うから。
「そうなんですよ。私は東京に住んでいて東京にしか家がなくて、地方に親戚や実家があるわけでもないし、出産のためにわざわざ地方都市に行くのも変な話だし……。住む場所によって高額の追加費用が発生してしまうことがよくわからないんですよね。出産は、本当に地域格差が激しい。
逆に東京都の場合だと、子育て支援や018サポート(18歳までの子供にひとり月額5000円が支援される仕組み)などもあるんですけれども、それは東京に財源があるからできることであって、違う都市に同じ支援がないのはアンフェアだな、とも思っちゃうんですよ。自分がもらえるからいいや、とは思えないんですよね」
――産科の危機的状況や地域格差は、よく指摘される問題ですね。
「ドイツももちろん完璧ではないですよ。さっき言ったように、助産師さんの待遇改悪や人手不足の問題があってけっして理想的ではありません。でも、日本の出産に対する考え方は『ちょっと根本的に変えません?』って感じちゃうんですよね」
――日本もドイツも改善点がたくさんあるという指摘はそのとおりだと思うのですが、では両国の医療や社会保障制度を考えると、ドイツと日本のどちらでお子さんを育てたいと思いますか?
「私はこれからも日本にいて子育ても日本でするし、うちの近所にある小学校に通わせたいなとも思っています。ただし中学生以上、たとえば大学生になるとドイツの方が自由度は高いかもしれない。大学も無償なので、ぜひドイツの大学に行ってほしいと今は思っていますね」
――社会の安心度や安全、ケアのレベルは両国で大差はないんでしょうけれども。
「たしかにどっちもよく整っているんですよ。でも、雰囲気が違うんです。夫がガンになったときは日本で手術を受けたんですが、たぶんドイツでも日本でも治療のレベルは同じで、どっちも非常にいいんですよ。だけど、その時に金銭的なことを考えなければならないのかどうか、というところが違うんですよね」
――日本はやはりお金がかかりますか。
「夫は会社員で生命保険にも入っていて、入院して手術も受けて、その後のがん治療もあったので、高額療養費制度で自己負担がすごく減るのかと思ったらそうでもなくて、生命保険に入っていて良かったと思ったんですよね。だから、『安心感を別のところで買わなければいけないかも……』という謎のプレッシャーがあるのが日本なのかな。もちろんドイツでも生命保険はあるんですが、どちらかというと死んだら子供と妻・夫にお金が残ります、という本来の意味合いが強い。日本だと、入院保障で一日あたりいくら出る、というふうになっていて、そこは公的保険でカバーしてもいい部分じゃないかなというところも、民間の生命保険のほうに入っているんですね」
――ご自身も出産を経験したことで、日本の医療出費はさらに強く意識しましたか?
「妊娠中に入院したことが1回あって、そのときに同じ部屋にいた妊婦さんのなかには、何ヶ月も入院している人もいたんですよ。ドイツの場合だと28日以上の入院だとお金がかからなくなるし、いろんな薬を処方されても合計額は年収の2%までだし、出費範囲の予想はなんとなくつくんです。ただ、自分で計算しないといけないからめっちゃめんどくさくて、そこがドイツらしいところなんですけど(笑)。日本だと、そういう場合の入院は高額療養費制度を使うことになるんですか?」
――そうですね。それである程度の支払い額がキャップされるんですが、その上限額が先ほどの話にもあったようにそもそも高い。
「高いですよね。しかも、東京で産むと50万円くらいプラスでお金がかかることを考えると、出産は金銭的にめちゃくちゃリスキーで、出費を予想できないのが日本での出産なんだな、と感じてしまいました」
――日本もドイツも社会保障や医療保険制度が社会を統合する役割も担っていることを考えると、排除の方向へは向かってほしくはないですよね。
「今後は、日本もドイツも人口が増えることはないでしょうからね」
――ドイツもやはりそうですか?
「ウクライナ難民の人たちも含めて移民の増加で人口は少し増えたんですけど、少子化なので今後は減っていきますよね。でも、人口を維持できないからといって、弱者に全部負担や皺寄せが行くようなシステムに変えるのはおかしいし、それは違うと思うんですよ。だから結局、最初の話に戻ってしまうんですが、みんなが負担を分かち合っているからこそ社会を維持できる、という構造を思い出す必要があるのではないでしょうか」
プロフィール

西村章(にしむら あきら)
1964年、兵庫県生まれ。大阪大学卒業後、雑誌編集者を経て、1990年代から二輪ロードレースの取材を始め、2002年、MotoGPへ。主な著書に第17回小学館ノンフィクション大賞優秀賞、第22回ミズノスポーツライター賞優秀賞受賞作『最後の王者MotoGPライダー・青山博一の軌跡』(小学館)、『再起せよ スズキMotoGPの一七五二日』(三栄)などがある。








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