ガザの声を聴け! 第42回

2017年4月「家の一つ一つの石には歴史があるのだ」

清田明宏
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2016年は様々な事情でシリアを訪問することができなかった。次にシリアを訪問できたのは2017年の4月だった。1週間の訪問で、今回は初めてダマスカスから出ることができ、シリア北部のアレッポに行くことができた。

 

ダマスカス市南部のヤルムークキャンプは依然封鎖されており、食料援助・医療援助は細々と続いていたが、厳しい状況は全く変わっていなかった。

 

アレッポはシリアの北部の中心都市で、ダマスカスから北へ約300キロ強の場所にある。旧市街のスーク(市場)、アレッポ城等、古い歴史を持つ街だ。日本では、オリーブで作られたアレッポの石鹸が知られており、古くはアガサ・クリスティーの名作『オリエント急行殺人事件』の列車の出発地でもある。

 

アレッポはシリア内戦の激戦地で、政府側と反政府側がアレッポ市内を複雑に支配していた。アレッポには約2万5000人のパレスチナ難民がおり、難民キャンプもアレッポ市内東部のネイラブキャンプと市内北部のアインタルキャンプ、2ヶ所がある。ネイラブキャンプは政府側と反政府側の戦闘の最前線にあり、アインタルキャンプは反政府側の支配下にあった

 

今回の訪問前に、政府側がアレッポの多くの地域を反政府側から奪回し、ダマスカスからアレッポまでの間を掌握したため、以前は難しかったダマスカスからの訪問が可能になった。アレッポ市内もネイラブキャンプが訪問可能になった。そのため、今回全行程4日間の訪問が実現した。

 

ダマスカスからアレッポまで高速道路が走っており、通常ならそれを使えばダマスカスからアレッポまで北へ一直線、4時間前後で着く。ただ、内戦のため、高速道路はダマスカスから約200キロ弱の所にあるホムス市までしか使用することができない。そのためホムスからは大きく東部へ迂回し、岩石砂漠の中の道を走る。そしてアレッポの直前で西に曲がりアレッポに入る。途中、紛争地を通過するため、我々は防弾仕様の四輪駆動車2台でずっと移動する。特にホムスからアレッポまでの間は危険を避けるためノンストップで進む。

 

 

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ガザの声を聴け!

1961年福岡県生まれ。国際連合パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA=ウンルワ)の保健局長で医師。高知医科大学(現・高知大学医学部)卒業。世界保健機関(WHO)で約15年間、中東など22カ国の結核やエイズ対策に携わった。2010年から現職。中東の結核対策では、患者の服薬を直接確認する療法「DOTS」を導入し、高い治癒率を達成。その功績が認められ、第18回秩父宮妃記念結核予防国際協力功労賞を受賞した。

プロフィール

清田明宏
1961年福岡県生まれ。国際連合パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA=ウンルワ)の保健局長で医師。高知医科大学(現・高知大学医学部)卒業。世界保健機関(WHO)で約15年間、中東など22カ国の結核やエイズ対策に携わった。2010年から現職。中東の結核対策では、患者の服薬を直接確認する療法「DOTS」を導入し、高い治癒率を達成。その功績が認められ、第18回秩父宮妃記念結核予防国際協力功労賞を受賞した。
 
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2017年4月「家の一つ一つの石には歴史があるのだ」

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