働きたくない人のための思想史 第6回

17世紀―消費社会の誕生

相川計

消費社会の誕生

 前回は、近代初期において、労働が宗教的・道徳的な価値を持ち始めたことを確認しました。しかし、道徳的に望ましいと言われただけでは、ひとが労働に一生懸命に取り組むわけではありません。人々が労働に主体的に励むためには、自分の内部から湧き上がる動機が存在しなければなりませんでした。それは何か? その答えは数百年前も、現代も変わりません。

「お金を稼いでいい思いをしたい!」―消費への欲望です。

 消費社会は、現代に特有な社会のあり方と考えられがちです。しかし、近年の歴史学は消費社会の起源を、現代どころか産業革命より以前の時期、すなわち前回扱った17世紀ごろに見出しています。

 宗教改革の開始から約30年後、産業革命よりは200年も前の、1549年に執筆された「イングランド王国の繁栄についての一論」と題する匿名の論文は、消費社会誕生の瞬間を生き生きと記録しています。

この二〇年ほどのあいだは、小間物屋で、フランス製かミラノ製の帽子、ガラス類、短剣、刀、帯などを売っている店は、ロンドン中で一〇件余りもなかったでしょう。ところが、こんにちでは、ロンドン塔からウェストミンスターまでどの街もそういう店ばかりです。そして、それらの店は、鏡やコップ、いや、あらゆる種類のガラス器具や、色塗りの壺、きれいな短剣、ナイフ、刀、帯で、ピカピカに光っており、どんなに自制心の強い人でも、それらのものに目を奪われて、なんの役にも立たないのに、なにか買わずにはおれないようにしてあります。[^1]

 ピカピカ輝いていて、役に立たないと知りつつ欲しくなる。現代人にはあまりに馴染み深い、当時においてまだ新奇な欲望は、またたく間にヨーロッパ中へと広がっていきました。17世紀の法律を見ると、この時期にヨーロッパ各国から衣服・貴金属・食事などを規制する奢侈禁止令が消滅していったことがわかります[^2]。

 街には、それまでの規制された無個性な商品に代わって、さまざまなデザインや機能をそなえた、色とりどりの商品が溢れました。そうした新たな環境は、無数の商品のうちからどれを買うか、という選択を通したアイデンティティの呈示を可能にしました。それ以前は宮廷内などの上流階級にのみ存在した「ファッショントレンド」が、中・下層階級にも開かれたのです。庶民は上流階級のスタイルを真似た、安価で質の低いコピー商品によって身を飾りました[^3]。ある意味では、このときがファストファッションの始まりと言えるかもしれません。

 このころには、世界初の「使い捨て商品」と呼べるかもしれない、脆く壊れやすい安価な陶製のパイプも発売され、生産数は数億本にのぼりました[^4]。結果として、18世紀後半にはもっとも貧しい人々でさえ、17世紀の比較的裕福な農夫よりも、モノに囲まれた生活をできるようになったのです[^5]。

 「イングランド王国の繁栄についての一論」の著者は、書きぶりからわかるように、この新しい流行に否定的です。しかし、かつてのように宗教や道徳によって批判するのではなく、経済的・世俗的な論理によって批判している点に、時代の変化が表れています。著者は、次のように消費社会を批判しました。小間物屋に並ぶ商品は軒並み輸入品であるために、貨幣が流出して国内を貧しくしてしまう。これらの品物をわざわざ輸入することは、外国の労働者を養うために自分たちが貧乏になるようなものだ。「そんなふうに、わが国の財貨や財宝がたえず奪われていることを知っていながら、それにあまんじているとすれば、わたしたちはなんとおろかなことでしょう」。貪欲の罪に当たるから、あるいは品性に欠けるから悪いのではなく、貿易赤字を生じさせるから悪いというのは、まったく新しい考え方です。

 著者は解決策も提示しています。「それらをわが国のなかでつくってごらんなさい。わが国の人たちが、外国人をさしおいて仕事につけるでしょうし、関税もすべて外国人の負担となって、国王の手に入り、しかもこの国には純利益がのこることになるのです」。実際にイギリスはこのころから起業を奨励し、特許制度を創設することで、国内産業の振興に努めるようになりました[^6]。そうして生まれた新たな産業は、著者が主張した通りに、多くの国民へ働き口を提供することになったのです。

勤勉革命

 そのような産業振興政策による「上から」の働き方の変化と同時期には、労働者たちによる自主的な「下から」の変化も起こっていました。歴史学ではその変化を、勤勉革命と呼びます。

 勤勉革命はもともと、歴史学者の速水融が考案した、江戸時代の日本についての概念です[^7]。速水は、日本の工業化はイギリスの産業革命(industrial revolution)とは異なり、勤勉革命(industrious revolution)を経由して達成された、と主張しました。

 イギリスでは資本(土地・家畜・農具など)の活用による労働の節約、すなわち労働生産性の向上が、産業革命の土台を築いたとされています。それに対し耕作可能地が狭い日本では、家畜の活用が難しく、新たに利用可能な広い土地もわずかでした。そのため江戸期の農民にとっては、労働を節約するのではなく、以前より長く激しく働くことこそが、生活水準を向上させる手段であり、それはやがて美徳ともみなされるようになりました。しかも、その変化は上からの押し付けではなく、むしろ中世より多くの自由を得た農民が、自らの責任において主体的に農業経営の発展を目指した結果でした。のちに明治期の工場労働による経済発展を支え、しばしば日本人の「国民性」とみなされる勤勉さを形成した、江戸期におけるこのような労働の変化を、速水は勤勉革命と名付けたのです。

 以上のように、勤勉革命はもともと、イギリスと対比的な日本独自の発展経路として考案されたものです。しかし、この概念は海外の研究者にも高く評価され、近年ではイギリスを含むヨーロッパにおいても、産業革命の準備段階として、勤勉革命が存在したと考えられるようになっています。

 ヨーロッパ史における勤勉革命論の第一人者である、歴史学者のヤン・ド・フリースは、消費社会の到来により、世帯内で快適さを作り出す手段が変化したことが、長く激しい働き方への勤勉革命を引き起こしたと主張しています[^8]。

 17世紀ごろよりも以前の社会において、快適な暮らしを作り出す方法は、長時間の家庭内労働以外にほぼ存在しませんでした。しかし消費財の爆発的増加が、お金で快適さを買うという、より効率的な選択肢を可能にしたのです。その例としてフリースは、この時期から家庭内で衣服を仕立てたり繕ったりする代わりに、新品の流行デザインの既製服を買うようになったことや[^9]、自家製の堅いパンではなく、パン屋の柔らかいパンを食べるようになったことを挙げています[^10]。

 多様な商品が可能にした新しい快適な生活を手にしたいならば、働いてお金を得る必要があります。この自発的な動機に導かれて、17世紀前後において世帯内の男性・女性・子ども全員が、長く激しく働くようになった現象を、フリースはヨーロッパ型の勤勉革命と呼んでいます[^11]。

時は金なり

 働き方や、働く目的の変化は、労働の道徳的位置づけにも影響を与えました。

 いまや誰もが知る「時は金なり」という言葉は、ベンジャミン・フランクリンによる1748年のエッセイ「若き商人への手紙」によって、世に広まったものです。フランクリンは、現在でも百ドル札に肖像が描かれる、アメリカ建国の父とも呼ばれる実業家です。彼は印刷業で財をなしたのち、凧を使った実験で雷が電気であることを発見したり、ヨーロッパ-アメリカ間の安全な航路を発見するなど、多方面で活躍しました。

 フランクリンの印刷業者としての成功を決定づけたのが、1732年の「貧しいリチャードの暦」で、発売以来毎年1万部ほどを売り上げ続けたといいます。これはいわゆる格言カレンダーの元祖とも言われるもので、「早寝早起き、健康のもと、財産を殖やし、知恵を増す」とか「ものぐさは万事を難くし、勤勉は万事を容易にす」などの言葉が載っていました[^12]。このカレンダーの言葉は、これまで見てきたキリスト教に基づく勤勉の奨励よりも、現代人にとってずっと身近に感じられます。つまりこの時期には、前回説明した〈(神に愛された)人間の条件〉から宗教的な色合いが抜け、神なしでも「勤勉な労働は万人の素晴らしい義務である」と考えるようになりつつあったのです。

 なぜそうなったのでしょうか? マックス・ウェーバーは、やがて人々は宗教を忘れて勤勉に働くようになるだろうと、イギリス国教会の司祭が予見していた言葉を引用しています。

私は懸念しているのだが、富の増加したところでは、それに比例して宗教の実質が減少してくるようだ。それゆえ、どうすればまことの宗教の信仰復興(リヴァイヴァル)を、事物の本性にしたがって、永続させることができるか、それが私には分からないのだ。

なぜかといえば、宗教はどうしても勤労(industry)と節約(frugality)を生み出すことになるし、また、この二つは富をもたらすほかはない。しかし、富が増すとともに、高ぶりや怒り、また、あらゆる形で現世への愛着も増してくる。だとすれば、心の宗教であるメソジストの信仰は、いまは青々とした樹のように栄えているが、どうしたらこの状態を久しく持ちつづけることができるだろうか。[^13]

 つまり、最初は神の国に近づくための手段としてあらわれた、〈(神に愛された)人間の条件〉としての労働という教えは、社会に広く受け入れられたがゆえに、皮肉にも人々を動かす自明で透明な前提となってしまったのです。当初の目的が忘れ去られてしまえば、そこに残るのは単なる〈人間の条件〉としての労働です。このことをウェーバーは「ピュウリタンは天職人たらんと欲した―われわれは天職人たらざるをえない」と表現しています[^14]。

「労働への倫理」から「労働からの倫理」へ

 労働倫理における宗教の後退は、労働がもつ倫理的意味それ自体をも変容させました。

 これまで労働は、神の恩寵であるがゆえに、素晴らしい行いであり、邁進せねばならないと考えられていました。ここには、労働と人間のあいだを神が仲介し、人を労働へ向かわせる、という関係が見てとれます。いわば「労働への倫理」と言えるでしょう。神が定めた基準であるために、労働はいまだ、神の意志に沿った行いのうちの一つという立場を抜け出てはいませんでした。

 しかし、神との関わりを絶った労働倫理は、独立した「労働からの倫理」として、労働を基準として人を裁きはじめます。「労働は素晴らしい行いである」という命題はそのままに、だからこそ、労働のために生き、労働のように生きることが求められるようになったのです。

 「時は金なり」という言葉はまさに「労働からの倫理」を体現しています。見落とされがちですが、この言葉は字面通りに「時=金」(Time is money.)という等式を表現しているわけではありません。フランクリンは言います。「五シリングの価値にあたる時間を無駄使いすれば五シリングを失い、五シリングを海に投げ捨てるのと少しも変わらない。五シリングを失えば、その五シリングだけではなくて、取引にまわして儲けることができたはずのその金額も全部失ってしまったことになる」[^15]。だから一時たりとも無駄にしてはならないのだ、と。

 ここで示されているのは「時は金と交換可能である」という単なる事実だけではありません。それ以上に、「時というありふれた資源を、余さず金という価値に変えねばならない」「金は時よりも価値がある」という価値判断を、フランクリンは主張しているのです。その含意を表面に出すのであれば、「時は金なり」よりも「時は金にせよ」と言ったほうが正確でしょう。自分がもつすべての時間が、価値を生み出すために使われているかを常に追求するフランクリンの態度は、現代の「タイパ」概念の源流と言えるかもしれません。

消費は公益をもたらす

 労働が神と関わりなく倫理的義務となったのと同時期に、労働の目的である消費もまた倫理的意味を持つようになりました。かつて宗教によって散々に戒められていた消費・浪費さえも、それ自体がよき行いであるという考えが生まれたのです。

 イギリス文学史上に名を残す、バーナード・マンデヴィルの『蜂の寓話―私悪すなわち公益』は、反道徳的な風刺詩「ブンブンうなる蜂の巣」と、その詩を読み解く、まるで論文のような長大かつ詳細な注釈からなる本です。『蜂の寓話』の主張は、原著にもそのまま存在した副題「私悪すなわち公益」がよく表しています。

 前書きでマンデヴィルは次のように言っています。「この寓話の主意は〔…〕勤勉で、富裕で、強力な国家で見られるこのうえなく上品な生活の慰安をすべて享受しながら、それと同時に、黄金時代に望みうる美徳や無垢をすべて恵まれることはできない点にある」。さらに、「富裕で繁栄する国民であることを欲し、そのような国民として享受できるあらゆる恩恵を驚くほどむさぼりながら、悪徳や不都合にいつもぶつぶついって非難ばかりしている人々は、不合理で愚かなことを暴く点にある」[^16]。つまりマンデヴィルは、個別に見れば「悪徳や不都合」でしかない私悪こそが、社会全体で見れば「勤勉で、富裕で、強力な国家」を作り上げる公益に資しているのだ、と主張したのです。

 詩の一節を見てみましょう。

あの呪わしく意地悪く有害な悪徳で、

悪の根源をなす強欲が、

奴隷としてつかえた相手は放蕩であり

あの気高い罪であった。

他方で奢侈は貧乏人を百万も雇い

いとわしい自負はもう百万雇った。

羨望そのものや虚栄は

精励の召使いであった。[^17]

 マンデヴィルはこの箇所への注釈で、放蕩は「煙突から煙を立ち上らせ、あらゆる小売商をほほえませる、感じがよく温和な悪徳」であり、「放蕩するものは社会への天恵であり、自分のほかは誰をも傷つけない」ために、気高い罪と呼ぶのがふさわしいのだ、と主張しています[^18]。確かに、誰もが稼いだお金を手元に溜め込んでいては、経済は干上がってしまいます。また、贅沢が多くの雇用をもたらし、人は見栄を張るために一生懸命働くことができるということも、まさにその通りではあるでしょう。

 『蜂の寓話』は、想像に難くないことですが、刊行直後からヨーロッパ中から数多くの批判に晒されました。それらの批判は、単に挑発的な書きぶりに対してだけではなく、世界がどうあるべきかを問うものでもありました[^19]。

 マンデヴィル以前から、経済学者たちは人の欲望を、価値の源泉として、また人々を労働に向かわせる理由として、国を豊かにするために決定的に重要なものとして擁護してはいました。しかし、当時の経済学者たちでさえ、マンデヴィルのようにほとんど無条件で欲望を肯定していたわけではありませんでした。

 経済学者は、次のような理論で欲望を正当化していました。「すべての商品の価値はその有用性〔=欲望と必要の充足〕から生ずる。〔…〕精神上の欲望は無限である。人間は生まれつき向上を望み、そしてその精神が高尚となるにつれて、彼の感覚も一層洗練されたものとなり、また一層喜びの能力をもつようになる」[^20]。つまり、人間の欲望は底無しだけれども、それゆえに、より良いものを求める中で、成長し良い趣味を身につけるようになるだろう、と考えていたのです。この理論によれば、国家の経済発展は、個人の精神や感覚の成長とともに達成されることになるはずです。

 しかしマンデヴィルは、欲にまみれて道を外れた強盗や泥棒さえも、(根こそぎ滅ぼすべきとは認めつつ)結果としては、鍛冶屋に防犯用品製作の仕事を創出しているのだから、「全体で一番の悪者さえ/公益のためになにか役立つことをした」と擁護してしまいます[^21]。もはやここまで来ると犯罪者の詭弁も同然であり、批判されて当たり前でしょう。とはいえ、それら犯罪でさえ、経済にプラスの影響をまったく与えないわけではない、という論も一理はあります(一理だけで、結局マイナスが上回るゆえに滅ぼすべきなのですが)。

 だとすれば、「自分のほかは誰をも傷つけない」放蕩ならば、高尚や洗練とまるで無縁な、低俗な状態に留まっていてさえも、ただそれだけで十分公益のためになる、と言えてしまうのではないでしょうか。

 マンデヴィルが提起した、豊かさと道徳は果たして共存可能か、という問いは、その後の経済学者たちを突き動かす中心問題となっていきます。次回は、アダム・スミスが、マンデヴィルを批判し、豊かさと道徳を両立可能な制度としての資本主義を構想するところから始めます。

(次回へつづく)

参考文献

マックス・ウェーバー([1905]1920=1989)『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』大塚久雄訳、岩波文庫

ジョオン・サースク(1978=[1984]2021)『消費社会の誕生――近世イギリスの新規プロジェクト』三好洋子訳、ちくま学芸文庫

ヴェルナー・ゾンバルト([1912]1922=2000)『恋愛と贅沢と資本主義』金森誠也訳、講談社学術文庫

ニコラス・バーボン(1690=1966)「交易論」久保芳和訳『交易論――初期イギリス経済学古典選集2』東京大学出版会

速水融(1989)「近世日本の経済発展とIndustrious Revolution」速水融・斉藤修・杉山伸也編『徳川社会からの展望――発展・構造・国際関係』同文館

ベンジャミン・フランクリン(1757=1957)「富に至る道」『フランクリン自伝』岩波文庫

ヤン・ド・フリース(2008=2021)『勤勉革命――資本主義を生んだ17世紀の消費行動』古田敦、東風谷太一訳、筑摩書房

バーナード・マンデヴィル(1714=1985)『蜂の寓話――私悪すなわち公益』泉谷治訳、法政大学出版局

W.S.([1581]1893=1957)「イングランド王国の繁栄についての一論」出口勇蔵監修『近世ヒューマニズムの経済思想――イギリス絶対主義の一政策体系』有斐閣

Franklin, Benjamin. (1748) “Advice to a Young Tradesman” Founders Online, National Archives. https://founders.archives.gov/documents/Franklin/01-03-02-0130

[^1]: W.S.([1581]1893=1957)§2 印刷本として公に発行されたのは1581年だが、執筆は1549年。

[^2]: ゾンバルト([1912]1922=2000)§5.1

[^3]: フリース(2008=2021)§4.3

[^4]: フリース(2008=2021)§4.5

[^5]: フリース(2008=2021)§4.4

[^6]: サースク(1978=[1984]2021)§2

[^7]: 速水(1989)

[^8]: フリース(2008=2021)§2

[^9]: フリース(2008=2021)§3.7、§4.2

[^10]: フリース(2008=2021)§4.5

[^11]: フリース(2008=2021)§3

[^12]: フランクリン(1757=1957)

[^13]: ウェーバー([1905] 1920=1989)§2.2

[^14]: ウェーバー([1905] 1920=1989)§2.2

[^15]: Franklin(1748) 訳文はウェーバー([1905]1920=1989)§1.2より引用。

[^16]: マンデヴィル(1714=1985)§1

[^17]: マンデヴィル(1714=1985)§2

[^18]: マンデヴィル(1714=1985)§5.K

[^19]: フリース(2008=2021)§2.2

[^20]: バーボン(1690=1966)§4

[^21]: マンデヴィル(1714=1985)§5.G

 第5回
働きたくない人のための思想史

いつから人は働くことが当たり前になったのか?労働を嫌い、働かない生活を送る著者が、人類における労働の思想史を辿る。

プロフィール

相川計

あいかわけい 生活保護受給者。30代、無職、職歴無し。不登校による高校中退後、大学で社会学・哲学に没頭するも留年を重ね除籍。古代哲学から現代社会論までを横断する、歴史に根ざした生活の思想を展開している。note(https://note.com/kei_aikawa)においても、本連載を補足する記事を執筆している。

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