界隈民俗学 第5回

羽ばたく天使界隈―なりたい自分を実現できる空間

山内萌

天使界隈でなりたい自分になる

 本連載の初回で、天使界隈について触れたことを覚えているだろうか。アパレルブランド「ililil(イルイルイル)」が、Instagramで水色界隈が流行っていることに注目し、水色と白を基調とした地雷系ファッションを天使界隈と名付けることで流行を仕掛けた。この試みは見事に成功し、天使界隈という言葉は広く使われるようになっている。

 これまで見てきた自然発生的な界隈と違い、「界隈」という現象をマーケティング的に利用したムーブメントといえる。

 YouTubeで天使界隈と検索してみると、「ぬたのせかい」というチャンネルの動画がおすすめされる。ぬた。というインフルエンサーによるチャンネルで、登録者数は4万6000人。ドン・キホーテやしまむらとコラボし、アパレルやグッズを展開している。ぬた。のリットリンクを見ると、天使界隈について以下のように説明されていた。

 天使界隈とは。

 主に水色や白を基調としたファッションで、

 『サブカル』『サイバーパンク』『Y3K』等をイメージした服を好む界隈。

 天使っぽい見た目が可愛く、好きなファッションで “心も天使のようになって欲しい”という願いを込めたのが、天使界隈。

 2020年に白水色の服を広めようと『ぬた。』として活動し始めたのをきっかけに、

 初めてコラボさせて頂いたアパレルブランド『ililil』を通じて、このファッションに名前がなかったことから”天使界隈にしよう”とご提案頂いた事をきっかけに、2021年『天使界隈』という言葉が誕生。

 今では天使界隈代表として、多くの有名ブランドさんとのコラボ実績もあり、様々な場面で現在活躍中。

 この文章からもわかるように、ぬた。は「ililil」と組んで、「天使界隈」という言葉を仕掛けたインフルエンサーである。たしかにそれは天使界隈代表と言って差し支えない。さらに彼女はオリジナルのアパレルショップ「Nuta de mic」「彗色予報」をもち、そのブランドコンセプトは天使界隈を象徴するような言葉で書かれている。

 サブカル系ファッション。天使界隈。コレクト&アレンジショップ。

 白、青、水色を基調としたファッションを中心にデザイン。

 『白昼夢』『雲』『雨』『この世に無い時間軸』『存在しない時空』

 自分の中だけで存在し続ける、なりたい自分を実現できる空間を共に産み出して行きたい。

 ぬた。のInstagramを見てみると、「辛い方へ」というストーリーズがアーカイブされている。持病のことや、保健室登校をしていたこと。それに対し怠けていると心無いことを言われ辛かったこと。外見にコンプレックスがあること。キラキラした女の子になれないこと。他にも色々な自身の経験や思いを開示しつつ、それを乗り越えることができた今の立場から、同じようなことで悩んでいるフォロワーへ向けた言葉が書き綴られていた。「普通の人には出せないような変人だからこそ出せる『自分』っていうのを何よりも大切に、これからもネットに住み着こうと思います」。

 ここから見えてくるのは、天使界隈に単なるマーケティング用語以上の意味が付与されていることである。普通になれない少女が広大なインターネットの海でやっと確立した、「なりたい自分を実現できる空間」が、天使界隈なのだ。

ジャージ×サイバー=サブカル

 天使界隈と呼ばれるファッションアイテムの特徴を挙げてみたい。色は水色や白が基本。ベースのアイテムはジャージで、よりダボッとさせたデザインやフードつきのトップスが多い。またスカートやワンピースなどの別アイテムも、素材やサイドのラインでジャージ感を残している。これらのアイテムには大きなフリルが施されていることも多い。さらに小物類も特徴的で、ボリュームのあるレッグウォーマーやヘッドドレス、付け襟などがよく好まれる。

 また、アイテムに取り入れられるモチーフも特徴的だ。よく見られるのはゲームのUI風モチーフである。特にゲームボーイ風の画面と十字キーやボタンがTシャツなどに描かれていたり、ショルダーバッグになっているアイテムがある。ゲームのドット風のフォントで文字がプリントされているものも多い。また、1990〜2000年代のPCゲーム風美少女のイラストが前面にプリントされたTシャツなども目立つ。このように、平成レトロ風のゲームモチーフが記号的に使われている。

 くわえて、サイバー的なモチーフも特徴として挙げられる。例えばジャージ風のラインが光沢のある素材であったり、ネオン調に縁取られていたり、配線を想起させるようなデザインもよく見られる。これらの服装にヘッドフォンをあわせるなど、デバイス感もファッションに取り入れられる。ぬた。が天使界隈の説明として「『サブカル』『サイバーパンク』『Y3K』等をイメージした服を好む界隈」と書いているが、これらの要素を主に表象するのがゲームモチーフ、サイバーモチーフなのだ。

 この、「サブカル」「サイバーパンク」「Y3K」という天使界隈の雰囲気が、トータルで示されるのがSNSに投稿される写真だ。天使界隈の写真の典型的な構図が、ゲーミングPCの前に置かれたゲーミングチェアに座って撮影される写真である。

 そこはゲームをするためにコーディネートされたゲーミング部屋である。部屋に引きこもってゲームばかりしているようなイメージは、かつてであれば「引きこもり」「オタク」などと結びつけられ不健康な生活を想起させた。しかし天使界隈は、この不健康なイメージをファッションの記号によって反転させる。儚くて、かわいくて、女の子が憧れるような存在へ。

 普通になろうとするのではなく、普通ではない自分をかわいく包んでそのまま世界に見せるままならなさが、天使界隈にはある。

脱色されたネット文化

 天使界隈のままならなさは、その起源である水色界隈の時点ですでに内包されていたと言える。水色界隈は、現在シンガー・タレントとして活躍するあのが、アイドルグループ「ゆるめるモ!」に所属していた2013年から2019年頃に身にまとっていたファッションスタイルが広がったものと言われている。ジャージやつなぎのようなゆるいシルエットの衣装に女児っぽいモチーフのアイテムやガーリーなアイテムを重ねる彼女のスタイルが女性を中心に支持され、そのファッションスタイルを真似する女性ファンは「あのギャ」と呼ばれる。

 もっとも、あのと同時代に活動していた配信者「ふかせはネオニート」の服装も水色界隈の原型ともいえる。彼女は現在小島ふかせという名義でミュージシャン活動などを行っているが、2011年にはTwitterで投稿をしており、2013年頃にはツイキャスで配信を行っていた。当時の画像を見てみると、黒髪ボブの髪を幼児っぽく二つ結びにしたり、パジャマやパーカー、ジャージなどゆるいシルエットのトップスを着ていたりと、今ではあのっぽいと言われるスタイルを、小島もしていたことがわかる。

 ここではどちらが先かといった議論には踏み込まないし、おそらくその答えを厳密に出すことは現状難しいだろう。むしろここで注目してみたいのは、ふかせが配信をはじめ、あのがゆるめるモ!に加入した2013年頃に、ダウナーっぽい若い女性の表現者が登場していたということだ。

 この系譜をさらに遡れば、ロックバンド「神聖かまってちゃん」のボーカル・の子が社会不適合さを生のままネットに晒すという実践を早い時期に行っていた。これがのちに、女性配信者によっても反復されるが、その際には、かわいさをまとったキャラクターとして再編されるという変奏が加わる。

 ふかせもあのも「社会不適合」である自分をキャラクターとして確立させた。彼女たちは配信やSNS投稿を通じて、社会への馴染めなさやその生活をカジュアルに発信していき、インターネット上で人気を博す。

 もちろん、南条あやに代表されるように、1990年代末からインターネット上で自身のメンタルヘルスを赤裸々に綴った手記を公開していた者もいる。そのようなテキスト中心の発信に加えて、2000年代には配信文化が登場し、動画で自己表現できる環境が整った。それは、素人による長時間配信で、私生活の時に過剰な開示を行い、コメントによる即時的な反応(承認にも嘲笑にもなる)を特徴とする、ニコ生的な表現の場である。

 その時、動画を通じて発信されるのは「病んだ」「つらい」というような心情の吐露だけではない。配信者の外見やファッションスタイルも同時に視聴者は目にする。配信者は配信中に視聴者のコメントとともに、「メンヘラの配信者」としてみなされている自分の姿を目にし続ける。そして配信を続けるうちに、配信者自身もそのキャラクターを内面化していく。の子の影響を受けたふかせやあののキャラクター自体が、水色界隈の源流となり、メンタルヘルスの問題を表現する「メンヘラカルチャー」やインターネット上のアングラカルチャーの象徴になっていく。

 じっさい、メンヘラカルチャーはサブカルチャーのいちジャンルとして成立している風潮がある。例えばインディーズゲームとして2022年にリリースされた『NEEDY GIRL OVERDOSE』(『ニディガ』)は、まさにメンタルヘルスを抱えた女性配信者がインターネットアイドルを目指すというストーリーだった(奇しくもその活動名は「超絶最かわてんしちゃん」である)。同作は2025年11月までに300万本以上を売り上げ、日本のみならず世界中のゲームメディアでも賞賛を集めている。その一方で、「精神疾患と服薬の取り扱いは不適切で、精神疾患を患う者を見世物として描いている」といった批判がなされている。

 しかし、『ニディガ』は「メンヘラ」とされる人々にとって救いになった側面もある。精神疾患を抱えた人物が美少女キャラクターとして描かれる。メンヘラでもかわいくなれる。むしろ、だからこそかわいい。本作は陰謀論めいたネット小話のオマージュ、病み垢界隈で流通する語彙など、ゼロ年代の掲示板から連なるネット文化の雰囲気がリアルに再現されている。そのためメンヘラやアングラなモチーフであふれているが、それらはピンクや紫をベースにデザインされた画面の中で、絶妙にかわいくパッケージングされている。

 そのことはたしかに、時に危険でさえある。メンタルヘルスを持つことがまるで「かわいい個性」かのようにみなされ消費されることは、当事者の経験を軽視することにつながりかねない。それでも、かわいいによるインターネットカルチャーのアングラさの脱色は、メンタルヘルスを抱える自分をなんとかポジティブにとらえなおそうとする契機を当事者に与える。

 かつてはニューウェイブを主軸にしたアングラなアイドルグループに属していたあのがテレビタレントとして多くの支持を集めるのも、基本的にはこれと同じ理屈が働いているように思われる。しかしあのがただのインターネットの支持を集めるアイドルではなく、テレビにひっぱりだこの人気スターにまでのぼり詰めたのは、社会不適合さをテレビやラジオでつっこみやすい個性として押し出すことによって、アングラさやメンヘラさを大衆に親しまれるレベルまで脱色したキャラクターとして売り出すことに成功したからだろう。

 天使界隈というファッションジャンルの流行、小島ふかせのような「社会不適合」な女性配信者の系譜に連なるあのがマスメディアで人気になったこと、『ニディガ』のコンテンツとしての成功。これらはすべて、ゼロ年代のネットの雰囲気を引き継いだ2010年代前半までのネット文化がルーツになっている。

 しかし、多くの人はそうしたルーツを気にせずに天使界隈の服を身にまとい、あのが出演しているバラエティを観て、『ニディガ』をプレイする。それらのコンテンツが、そのままでは生々しすぎる表現やその歴史の一部分を、キャラクターや個性として切り取り脱色しているからこそ、このような文化が生まれたのである。

 たとえば、天使界隈は「サブカル系」「サブカル地雷」といったキーワードとともにSNSで紹介されがちだが、ここでいう「サブカル」は日本や世界のサブカルチャーの歴史や言葉の変遷の歴史から切断されている。いわば、記号化されたサブカルである。同じように、天使界隈の「サイバー」なモチーフも、今を生きる若者たちがかろうじてノスタルジーを感じられる2000〜2010年代のネット文化の「ぽさ」を参照して組み立てられた、自分の生のままならなさを仮託し、肯定するために用いられる記号である。

界隈を再定義する

 天使界隈はただのファッショントレンドではない。それはゼロ年代的、ニコ生的なネット文化を脱色し、記号化することで成立した、自己肯定のための表象である。そのまま共有するには生々しく、痛々しい「病み」を、天使界隈の意匠で包み込む。自分の中にある「痛み」も「病み」も、そのように記号化されてはじめて、肯定することができる。普通になろうとするのではなく、普通ではない自分で生きのびるために発明されたのが、天使界隈である。

 思えば、これまで本連載で扱ってきた界隈は、どれもそのような性格を持つものだった。ぽこぽこ界隈では、大人になった女性でも少女性を手放さずにいることができた。健康体型界隈は、過剰なダイエット信仰から逃れて自分の体型を肯定するために必要とされた。首下界隈は、プライバシーのリスクや承認欲求への批判から、映えを駆使して巧妙に逃れつつ自分を見せるための戦術だった。

 どこか普通から外れたり、普通はしないことをしてしまう自分を肯定する空間。本連載の初回では、界隈という結界の中で少女たちは弱い自分と向き合っていると述べた。ここでその記述を少し修正してみたい。

 少女たちは、界隈という結界の中でいろいろな工夫を凝らしながら、弱い自分、傷ついた自分、普通じゃない自分を肯定する。この肯定の力は、そのような自分をむしろかわいくパッケージングして表現することに発揮される。界隈は、自己肯定の空間であると同時に、世界と向き合うための力を身につける空間でもあるのだ。

(次回へつづく)

参考文献

ABOUT 彗色予報 〜サブカル系天使界隈〜

https://suisyokuyoho.kawaiishop.jp/about

池田伸次(2022)「 ゲームにおける精神疾患の誠実な扱いとはなにか?――精神疾患の当事者による『NEEDY GIRL OVERDOSE』に感じる問題点」

https://jp.ign.com/needy-girl-overdose/58515/opinion/needy-girl-overdose

JCASTトレンド(2023)「あのちゃんへの憧れ『水色界隈』 ファッション起点に流行広がり中」

https://www.j-cast.com/trend/2023/08/02466117.html?p=all

ぬた。 lit.link

https://lit.link/nutapanman

 第4回
界隈民俗学

昨今若者の間で広まる「界隈」という言葉。インターネット空間上を通して広まったこのフレーズは、いま若者たちのゆるい繋がりを表すものとして、注目を集めている。この「界隈」の誕生は、現代の文化においてどのような意味合いを持っているのだろうか。本連載「界隈民俗学」では、インターネット上の若者集団をウォッチし続けてきたメディア研究者、山内萌がさまざまな場所で生まれる「界隈」の内実を詳らかにしていく。

プロフィール

山内萌

やまうちもえ メディア研究者。1992年生まれ。慶應義塾大学文学部卒業。同大学院政策・メディア研究科後期博士課程修了。博士(学術)。単著「『性教育』としてのティーン雑誌──1980年代の『ポップティーン』における性特集の分析」『メディア研究』104号(2024)、「性的自撮りにみる「見せる主体」としての女性」『現代風俗学研究』20号(2020)。共著『メディアと若者文化』(新泉社)。

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