オレに死ねと言ってんのか? ━検証!高額療養費制度改悪━ 第18回

最新の研究成果をもとに、2026年度政府〈見直し〉案を検証する

西村章

年間上限額制度の効果とは?

 とはいえ、この所得層でも過半数の人々が負担増になるのは上述のとおりだ。この低所得層の人々は、今回の見直し案の(数少ない)長所である年間上限額制度の導入でも救済されにくいことを、五十嵐特任准教授はさらに明らかにした。それが下の[図2]だ。

[図2]厚労省〈見直し〉案と年間上限額設定の関係を示すグラフ。「区分ア」「区分イ」などの年収区分は[図1]と同じ。「区分エ」が「41-53万円」となっているのは、〈見直し〉案では2027年に収入区分を現在の5から13へ細分化し、現行の区分エは年間上限額が41万円と53万円の区分へ分かれるため。また、グラフに文字表示がない区分オの年間上限額は29万円となっている。五十嵐特任准教授提供
[図2]厚労省〈見直し〉案と年間上限額設定の関係を示すグラフ。「区分ア」「区分イ」などの年収区分は[図1]と同じ。「区分エ」が「41-53万円」となっているのは、〈見直し〉案では2027年に収入区分を現在の5から13へ細分化し、現行の区分エは年間上限額が41万円と53万円の区分へ分かれるため。また、グラフに文字表示がない区分オの年間上限額は29万円となっている。五十嵐特任准教授提供

 年間上限額とは、前回記事にも記したとおり、高額療養費を使用する人、あるいはその自己負担上限額に到達せず高い窓口負担を支払う人などが、1年の総支払額が青天井の過大な金額にならないよう、一定の上限キャップを設けようという方法だ。収入区分によって年間上限の設定金額は異なっているが、各区分の多数回該当(1年間で3回以上制度を使用すると4回目以降はさらに負担上限が引き下げられるシステム)×12とほぼ同じ金額になるよう設定されている。つまり、1年間で毎月多数回該当の金額を支払う人の総額よりも過大にならないように設計されている、ということだ。

 上図では、緑の折れ線が年間上限額を表している。たとえば年収800万円の人の年間上限額(≒多数回該当で12ヶ月支払う金額)は111万円、年収500万円なら年間上限は53万円であることがわかる。

 この緑の階段状折れ線とある部分で交差している赤い線は、各所得層での破滅的医療支出の金額をあらわしている。破滅的医療支出とは、過去の記事で何度も説明してきたとおり、収入から住居費や光熱費など生活に必須の金額を差し引いた、いわば自由に使える所得のうち、医療支出が40パーセントに達すると貧困状態に陥る可能性が非常に高い、とWHOが定義している「生活の喫水線」だ。

 現行制度の区分ア・イ・ウの収入区分では、この破滅的医療支出を示す赤い線は階段状の年間上限額(緑の線)よりも上に位置している。つまり、〈見直し〉案の年間上限額は、ア・イ・ウの収入区分の人々に対しては、破滅的医療支出に達しない水準で収まるように抑制的な金額として設定されている、ということだ。

 一方で、区分エやそれよりも低い区分オの場合、年間上限額(緑)は破滅的医療支出(赤)よりも上に位置している。〈見直し〉案の年間上限額に到達したとしても、その金額はすでに当該所得区分の破滅的医療支出を超えてしまっている、ということだ。つまり、この所得区分層では年間上限額が貧困を防ぐための抑制策としてなんら機能していない、ということがわかる。

 同様の問題は、大阪医科薬科大・伊藤ゆり教授の調査でも明らかになっている。

[図3]各収入区分で、収入から住居費や光熱費を引いた「自由に使える所得」のうち、医療費の占める割合を算出。40パーセントの点線が破滅的医療支出の水準をあらわす。伊藤教授提供
[図3]各収入区分で、収入から住居費や光熱費を引いた「自由に使える所得」のうち、医療費の占める割合を算出。40パーセントの点線が破滅的医療支出の水準をあらわす。伊藤教授提供

 〈見直し〉案の年間上限額設定(≒現行制度の多数回該当12ヶ月分:ライトブルー)と2026年8月引き上げ予定上限額(オレンジ)、第二段階の2027年8月引き上げる予定額(グレー)は、それぞれの収入区分で自由に使える所得に占める割合を示している([図3])。年間上限額の導入で、ほとんどの収入区分では喫水線の破滅的医療支出(40パーセント)を下回っていることがわかる。ただし、年収250万円以下の低所得層では、五十嵐准教授の推計と同様に、年間上限額設定がまったく救いになっていないことがはっきりと見て取れる。また、年収500万円の層でも医療支出は30パーセント近くに達している。

 伊藤教授が示す40パーセントという数字はあくまでもWHOが定義する「破滅的医療支出」の指標であり、医療支出が40パーセントなら貧困に陥るけれども35パーセントなら経済的に安定して暮らしてゆける、というようなオン/オフがくっきり分かれる閾値でないことはいうまでもないだろう。

 さらにもうひとつ注意しておきたいのは、高額療養費制度を利用するような大病や大怪我などをしたときは、それまでと同様の仕事を続けられなくなっている場合が多い、ということだ。高額療養費制度の収入区分は前年度のもので計算されるため、病気や怪我をして収入が大きく減る場合も想定に加味した推計が下の[図4]だ。

[図4]疾患や怪我で収入が3~4割減少しても、自己負担上限額を支払う区分は前年度のものが適用されるため、実際の支払い能力以上に過大な医療費負担となる。そのような事情を想定すると、年間上限額が設定される場合(黄)、2026年8月引き上げ(青)、2027年8月引き上げのいずれの場合でも[図3]以上に医療費負担が大きくなっていることがわかる。伊藤教授提供
[図4]疾患や怪我で収入が3~4割減少しても、自己負担上限額を支払う区分は前年度のものが適用されるため、実際の支払い能力以上に過大な医療費負担となる。そのような事情を想定すると、年間上限額が設定される場合(黄)、2026年8月引き上げ(青)、2027年8月引き上げのいずれの場合でも[図3]以上に医療費負担が大きくなっていることがわかる。伊藤教授提供

 この[図4]が示しているのは、年収800万円や1000万円を超えるような高所得層でも、病気や怪我で収入が下がった状態で高額療養費制度を利用すると、貧困(≒破滅的医療支出)に陥る可能性が一気に高くなる、ということだ。それはそうだろう。〈見直し〉案によると高所得者の場合、1ヶ月あたりの自己負担上限額は27万円や34万円、年間上限は168万円である。「それ以上は支払わなくてもいいですからね」と配慮しているにしては、あまりに高額すぎる金額だ。こんな金額を医療費に充てなければならない状態が数ヶ月続けば、蓄えはあっという間に底をついてしまうだろう。

 昨年12月末に厚労省が提示した2026年度実施の〈見直し〉案とは、つまりこのような内容であるということを踏まえた上で、明日公開の第19回記事では、この政府案に対する各党それぞれの立ち位置を検証してみたい。

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 第17回

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プロフィール

西村章

西村章(にしむら あきら)

1964年、兵庫県生まれ。大阪大学卒業後、雑誌編集者を経て、1990年代から二輪ロードレースの取材を始め、2002年、MotoGPへ。主な著書に第17回小学館ノンフィクション大賞優秀賞、第22回ミズノスポーツライター賞優秀賞受賞作『最後の王者MotoGPライダー・青山博一の軌跡』(小学館)、『再起せよ スズキMotoGPの一七五二日』(三栄)などがある。

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