高額療養費制度を利用している当事者が送る、この制度〈改悪〉の問題点と、それをゴリ押しする官僚・政治家のおかしさ、そして同じ国民の窮状に対して想像力が働かない日本人について考える連載第17回。2025年12月24日に明らかになったばかりの2026年度〈見直し〉案について、早速検証を加える。
懸案だった高額療養費制度の自己負担上限額案が発表された。12月24日に上野賢一郎厚労相と片山さつき財務相の間で2026年度予算案の閣僚折衝が行われ合意に至ったが、政府の新たな〈見直し〉案はそこで明らかになった。
高額療養費の在り方に関する専門委員会で5月から議論されてきた内容は、12月15日の第8回でひとまずの取りまとめが行われ、翌16日に「高額療養費の見直しの基本的な考え方」として発表された。今回の政府〈見直し〉案([表1])には、そこで提言されていた多数回該当(直近12ヶ月で3回以上制度を利用する場合、4回目以降はさらに負担額を抑える仕組み)の負担額据え置きや低所得者層への配慮、制度の網の目から漏れる人を救済する年間上限額の新たな設定、などが盛り込まれている。一方で、月額あたりの自己負担上限額はおしなべて引き上げられている。

上図に記載されているように、2026年8月は現行と同じ所得区分のままで月額上限額を引き上げ、新たに年間上限額(後述)を設ける。そして、その翌年の2027年8月からは、住民税非課税層を除く従来の4つの区分をそれぞれ3つに細分化し、計13区分としたうえで、各区分の大半をさらに引き上げる、という2年越しでの2段階値上げになっている(70歳以上の高齢者を対象にした制度変更も様々に予定されているが、本稿ではひとまず現役世代のみについて考察する)。
ちょうど1年前の2024年12月末に政府が発表した案も、今回の案と同じように13区分へ細分化したうえでそれぞれ引き上げる予定になっていたが、この引き上げ幅が尋常ではない高額だったために、疾患当事者や医療関係者をはじめ世論の猛反発を受けて凍結されるに至ったことは周知のとおりだ。そこで、凍結された昨年値上げ幅と今回の新たな〈見直し〉案の値上げ幅を比較してみたのが、[表2]だ。

凍結案を見ると、所得区分によっては75%や50%を超える大きな引き上げ幅で、このように急激な負担額上昇だと猛反対にあって凍結されるのも当然だったことがよくわかる。それと比較すると、今回の引き上げはほとんどの所得区分で凍結案よりも緩やかになっている。とはいえ、それでも37%超や35%超という上げ幅は充分に穏やかな引き上げとはいいにくい。しかも、特に配慮をしているはずの年収200万円以下と住民税非課税という低所得区分では、凍結案よりも今回案のほうがむしろ高い上げ幅になっている(5.21%→6.77%、2.54%→4.24%)ところは、なんとも不思議で理解しがたい。
この今回の政府〈見直し〉案を受けて、専門委員会の議論にも参加してきた全国がん患者団体連合会(全がん連)と日本難病・疾病団体協議会(JPA)は、12月24日に連名で「高額療養費制度の見直しに関する共同声明」を発表した。上野賢一郎厚労相と厚労省保険局長に宛てたこの声明では、多数回該当の据え置きや年間上限額の設定には一定の評価を与えながらも「月毎の限度額については十分に抑制されていないと言わざるを得ません」として、以下の三項目を要望した。
・多数回該当の据え置きと年間上限の新設により、長期にわたり継続して治療を受ける患者の年間での負担軽減を着実に実行する一方で、月毎の限度額については十分に抑制されていないため、仮に月毎の限度額を引き上げる場合でも、治療断念や生活破綻につながることがないように更なる抑制を検討すること。
・特に、70歳未満の月毎の限度額について、いわゆる現役世代が既に高い社会保険料を負担しているにも関わらず、「応能負担」に基づいて引き上げ金額が大きくなっているため、特段の配慮を行うこと。
・高額療養費制度は我が国の公的保険医療制度の根幹を成し、「大きなリスク」に備える重要なセーフティネットであることから、医療費節減に資する他の代替手段について、優先かつ十分な検討を引き続き行うこと。
これらの要望項目はいずれも、高額療養費制度の在り方に関する専門委員会で、患者団体代表として参加した全がん連理事長天野慎介氏とJPA代表理事大黒宏司氏が再三にわたって指摘し、要求してきた事柄だ。
これらのうち、多数回該当の据え置きについては、冒頭にも記したとおり、今回政府案でも現行制度の金額を踏襲する予定であることが[表1]にも示されている。年間上限額の設定は、高額療養費制度の自己負担上限額に届かず高額な窓口負担を強いられるような人に対する救済措置だ。これは当連載第16回でも記したとおり、超党派議連「高額療養費制度と社会保障を考える議員連盟」も、12月5日に上野厚労相へ手交した要望書の中に盛り込んでいた項目である。その要求が、こういう形になって具体化したことは評価されるべきだろう。とはいえ、これがどのように「救済措置」として機能するのか、あるいはしない場合があるのかということについては若干の説明が必要かもしれない。
プロフィール

西村章(にしむら あきら)
1964年、兵庫県生まれ。大阪大学卒業後、雑誌編集者を経て、1990年代から二輪ロードレースの取材を始め、2002年、MotoGPへ。主な著書に第17回小学館ノンフィクション大賞優秀賞、第22回ミズノスポーツライター賞優秀賞受賞作『最後の王者MotoGPライダー・青山博一の軌跡』(小学館)、『再起せよ スズキMotoGPの一七五二日』(三栄)などがある。


西村章





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