24歳ベンチャー経営者が点火する、伝統工芸界の新しいムーブメント 第3回(最終回)

日本の手しごとの「いま・これから」

塚原龍雲

「新しい工芸」の挑戦

創業当初は「若い自分たちの感性でファッショナブルな工芸品を取り揃えれば、絶対にイケるはず」という思いからECサイト事業に挑み、苦い経験を味わった。ただ、あのときの情熱は無駄ではなかったとも思う。そこで出会った仲間や全国の職人さんたち、また彼らとの交流を通じて得た価値観や生き方が、いま僕たちの会社、KASASAGIの新しい挑戦につながっているからだ。

伝統工芸の繊細で味わい深い技術を現代のオフィスや住宅空間に活かす空間プロデュース事業は、この連載でも前回ふれた通りだ。じつは今年、日本橋に自分たちの新オフィスを構えるにあたっても、この試みをふんだんに取り入れた。土壁などの伝統的な技術を取り入れ、これまで交わることのなかった、異なる領域の職人さん同士のコラボレーションでひとつの空間をつくる試みだ。オフィスなのでショールームというわけではないが、まずはお付き合いのある方々から実際の取り組みを知ってもらいたい、またここで働く自分たちにとって良い空間をつくりたいとの思いから取り組んだ。これまでも、EC運営と並行して期間限定ショップ「経年美化を楽しむ暮らしのお店」(三井不動産株式会社「NEW POINT」プロジェクトとの協業)などを試みてきたが、良いモノの実物にふれる機会づくりも大切に考えたい。

KASASAGI新オフィス。職人さん同士のコラボレーションでひとつの空間をつくる。
「経年美化を楽しむ暮らしのお店」(渋谷MIYASHITA PARK、2022年、三井不動産との協業)。

異なる領域の職人さん同士を引き合わせる試みは、空間プロデュース以外でも行っている。竹の箸をつくる「高野竹工」さんと、西陣織の箔をつくる「楽芸工房」さんにお声がけして生まれた「引箔竹箸」などはその一例だ。伝統工芸を世界に「橋渡し」することを目指す僕たちとしても、思い入れのあるモノとなった。なおこの引箔竹箸は、アウトバウンド向けも意識して日本の和の要素を詰め合わせた「OMIAGE BOX」(松竹ベンチャーズ株式会社との協業)のなかの一品となった。「おみあげ」の音の語源は、「よく見、調べて、人に差し上げるもの」だという説がある。日本の暮らしを豊かにしてきた美意識を、実際に体感できるモノの詰め合わせで届ける試みだ。こうした取り組みでは、職人さんたちに新しいものづくりを相談することになる。こちらで全て指示するのではなく、それぞれの道を追求してきた方ならではの発想をいただけることが多い。そうした場面をご一緒できることは、僕たちにとってもこのうえない喜びだ。

カード型カタログギフト「伝統工芸 NICHI」

2022年には、引き出物卸会社の株式会社オリジナルあいと一緒に、KASASAGIの扱う商品を掲載したカタログギフトを作った。工芸品は前述のように縁起物、贈答品としてのニーズが高い領域でもある。例えば竹の箸は「会社の業績が伸びる」「子供がぐんぐん育つ」といった意味合いを込められるため、ギフトとして選んでいただける機会が多い。そしてここでは、在庫を同社にまとめて購入いただくことで、「納期の長さと取引条件」の課題解決も目指した。自然のリズムと共存しながら、職人さんに無理のないペースで制作してもらい、かつお客さんの「いまほしい」「いま贈りたい」という思いに応える。こうした方針に賛同いただけるパートナーの輪を広げていくことが、誰にとっても健康的な工芸の未来につながると考えている。また、2023年にはロサンゼルスでの法人登記も行い、改めて「日本の伝統工芸の魅力を海外に発信する」ことも進めている。EC以外に、現地での空間プロデュースにも取り組み始めた。

工芸が「道」となるとき

これまでなかったやり方も含めて、工芸の魅力や価値に広く親しんでもらうためには、工芸の魅力や価値を言葉にしていく重要性も感じている。職人さんたちの言葉には、僕たちをハッとさせる学びの多いものがある一方、自らつくったモノの価値を説明する言葉はけして多くはない。これは工芸の生まれ方とも関わっていると思う。例えば現代アートの多くは「Why/How/What」の順で作られるように感じる。まずコンセプトがあり、それを実現する意匠や造形が生まれると、これに適う素材・技法を考えるという流れだ。対して工芸は、まず素材と向き合い、素材からものづくりを考え、そのなかで個々の思想を育んできたのではないか。これは茨城県陶芸美術館の金子賢治館長が言う「工芸的造形」の考え方にも通じる。

もちろん、どちらが優れているかという話ではない。「頭でつくるモノ」と「手でつくるモノ」、あるいは「演繹的アプローチ」と「帰納的アプローチ」の違いとも言えるが、工芸における造形プロセスは後者だろう。素材の声を聞きながら造形する必要があるため、結果、カタチと素材の性質が一致した美しいモノになる。そして、だからこそ工芸の価値を伝える言葉や理論は、それを近くで見守る人たちの役割も大きいのではないだろうか。例えば、柳宗悦が「民藝」の価値を説いたように。あるいは、茶の湯や生花が日本を代表する文化として世界で認められる存在となった理由は、ひとつには千利休や池坊が「道」にまで大成させたことにあるだろう。

もし工芸が「道」の概念にまで高まるような動きが生まれるなら、さらなる評価や広がりにつながるのではないだろうか。その「道」は既に職人さんたちのなかに息づいていると同時に、誰かが一朝一夕に唱えられるものでもないと思う。しかし、工芸を楽しむ人々の輪を広げるためにも、言葉の役割は大きいと感じる。サッカーや野球を楽しむのにも最低限のルールを知る必要があるように、工芸品に宿る美の気配を感じ、楽しむための指針は必要だろう。この連載でも折にふれ、僕なりにその一端をお伝えしてきたつもりだが、これも自分たちの今後の仕事のひとつだと考えている。

他方、工芸が「道」にまで高まるには、職人さんが技巧のみに陥らないことが大切だとも思う。また偉そうなことを書いてしまい恐縮だが、小売店側が「超絶技巧!」などの売り文句を多用してきたこともあり、最近は手の込んだモノ=良いモノだと思い込む方々も多い。もちろん良いモノもあるのだが、僕には、モノにいたずらに「作為の傷」を付けることが美しいモノづくりだとは思えない。職人として高度な造形技術を身につけるには、素材や技術と正対する誠実さや勤勉さが重要であり、かつては親方や先輩職人から、技と同時にそれらを支える豊かな人間性をも学ぶ必要があった。本当の意味で技術を使いこなす熟練の職人さんほど、そうした土台に立ち、「作ろう」とせず「生かそう」とするものだ——僕は多くのベテラン職人さんたちから、異口同音にこのことを教わった。

職人さんにとってそのようなモノづくりは、売れることやお金のことなんて考えていては実現できないものだろう。ただ、そうは言っても誰も皆、お金がないと食べていけないのも事実だ。だから僕たちKASASAGIは、彼らの手しごとの魅力を発信しつつ、「職人さんたちがものづくりだけに注力できる環境づくり」にも一緒に取り組んでいきたい。それがゆくゆくは工芸を道にまで高め、ひいては多くのお客さんに「自然と共存するうつくしく温かみのあるもの」と過ごす日常の豊かさを知ってもらうことにつながればと考えている。

いまここから「伝統」の先をつくる

起業して間もないころ、九谷焼のある工房へ伺ったとき、お取引の許可はいただいたが「そんなに売らんで良いからね」と言われて驚いた。その後も別の職人さんたちから、同じようなことを言われた経験がある。理由を伺うと「流行り物は廃り(すたり)もの。一時的に持てはやされるものは、一瞬にして消えていく。太く短くより、細く長く付き合いたいから」と言ってくださった。当時の僕は、それまで数年で上場を目指すようなIT起業家を目指していたこともあって、この言葉にはハッとさせられた。そこに、創業100年を超える老舗企業が世界で最も多いと言われる日本の商いの真髄を見た気もしたのだ。

僕はもともと「伝統工芸が大好き」で事業を始めた人間ではなかったため、「伝統」の価値が自分のなかで腑に落ちず、「長く続いていればとにかく良いモノなのか?」という素朴な疑問を抱いてきた。そんなある日、佐賀県伊万里市の鍋島焼職人・川副隆彦さんから「僕はご先祖様の恩恵を受けているけど、まだ何も生み出せていない気がする」という悩みを聞いたのだった。彼の言葉は僕の疑問への直接的な答えではなかったが、その切実さは、伝統がいまを生きる職人さんにいかに大きく作用しているかを教えてくれた。それぞれの工芸品をめぐる表現や技術は、気の遠くなるような歳月を経て少しずつ改良され、最適な「型」となって受け継がれていく。また、型があるからこそ、作り手は「何でもあり」という大海に溺れず、自由を得られるのだろう。何代にもわたり受け継がれ、進化し続ける型。その時間がいまを生きる職人さんの手に作用し、彼らが生み出すモノに宿る厚みと奥行きこそが、伝統の力なのだろうと実感した。

佐賀県伊万里市の鍋島焼職人・川副隆彦さん
川副さんの仕事。素地に釉薬をかけ、焼き上げると、美しい鍋島特有の青磁になる。

いまは、伝統とは、巨人の肩に立たせてもらいながら自分の新たな景色をつくる営みでは、と考えるようになった。そして、文化とはやはり生き物だと思う。工芸品をめぐるセンスや美意識も、一人ひとりの作り手や使い手のなかに受け継がれ、変化しながら生きていく。文化遺伝子という言葉も思い浮かぶが、ものづくりの本質は、生き物のように僕たちのなかでつながっていく。工芸の魅力の根底にあるのは、そうした継承と挑戦の文化だと考えている。

遡れば、19世紀イギリスのウィリアム・モリスによる「アーツ・アンド・クラフツ運動」がアール・ヌーヴォーにつながり、20世紀の日本では柳宗悦が民藝の時代を創った。そうした先人たちの挑戦の先に、僕たちは現代の日本から、工芸を通じて手しごとの時代を復活させたい。またそのことによって、日常のなかで美しいモノにふれ、自然の恵みと共にある暮らしを楽しむ感性を取り戻していけたらと思う。道のりは長くなるかもしれないが、これはいまこの時代に生きる僕たちだからこそできるチャレンジだと言える。そう考えると、こんなにも面白く魅力的な挑戦はそうはない、と思うのだ。

編集協力:内田伸一

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 第2回

プロフィール

塚原龍雲

(つかはら りゅううん)
2000年生まれ。高校卒業後、米国大学に入学。留学先で日本文化の魅力と可能性を再認識したことをきっかけに、日本の美意識で世界を魅了することを掲げ、「KASASAGI」を創業。伝統工芸品のオンラインショッ「KASASAGIDO」や、伝統技術を建材やアートなどの他分野に応用する「KASASAGI STUDIO」を展開。いろいろあってインド仏教最高指導者、佐々井秀嶺上人の許しを得て出家し、インド仏教僧に。

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日本の手しごとの「いま・これから」