PCTをめざして
パシフィック・クレスト・トレイルは、アメリカ3大ロングトレイルの1つで、全長約2,650マイル(約4,260km)の道のり。カリフォルニア州サンディエゴ近くのメキシコの国境から、カナダの国境まで3つの州を通過するトレイルだ。
南カリフォルニアでは砂漠地帯と山脈を通る。中央カリフォルニアは、有名なシエラネバダ山脈を通過する過酷な道のり。北カリフォルニアでノースカスケード山脈が始まり、オレゴン州に入ると、原生林や火山エリア、多くの湖を通過する。ワシントン州に入ると、トレイルのハイライト、ノースカスケード山脈の激しいアップダウンが待っている。
PCTは一般的に、北向きに歩くノースバウンドを選ぶハイカーが圧倒的に多い。南向きに歩くハイカーは全体の1割ほど。中央カリフォルニアの残雪を選ぶか、中央カリフォルニアで降り始める雪を選ぶかで大きく変わる。いずれにしてもその年の雪が難易度を大きく変えると言われている。2012年は、僕がATを歩いた時のように、多くの日本人ハイカーが名乗りをあげ、総勢7名もの日本人がスルーハイクにチャレンジする記念すべき年になったのだった。
場所は違えど久々のトレイル。久々の英語のシャワー。何もかもが懐かしかった。アメリカではATを歩いてからPCTを歩き、最後にコンチネンタル・ディバイド・トレイル(CDT)を歩くのが一般的だ。踏破率も、一番低いのがAT、一番高いのがCDT。つまり、初心者が多いATが一番踏破率が低くなり、PCTからCDTへ移るにつれ、ハイカーの経験もスキルも上がるため、必然的に踏破率が上がる。なぜか日本人はPCTを目指す人が多い。おそらく3大ロングトレイルの中でなぜか圧倒的に歩いたハイカーも情報も多いのがPCTだからだと思う。
PCTを歩き出すと数日でキックオフパーティーが開催されるレイク・モレリーナに着く(現在は行われていない)。ここでは多くのハイカーが集まり、この先のトレイル沿線の町で出会うだろうトレイルエンジェル(トレイルでハイカーを手助けしてくれる人の総称)もやってくる。多くのブースがあり、ハイカーたちの交流の場になっている。
そしてPCTは、ここから徐々にハイカー列が縦長になっていく。まずは、新幹線のように、UL(超軽量・ウルトラライトウエイト)のハイカーが一気に抜け出し、7~8月に北のターミナスに到着する。そのUL系ハイカーの後に、特急電車のように、少し早く歩くハイカーグループと、ちょうど真ん中くらいのスピードで8月中旬から10月くらいまでに北のターミナスに到着するハイカーグループが形成される。その後、鈍行列車のようにゆっくり歩くハイカーのグループができ、雪が降るまでその歩みは続く。
つまり、同じ頃の出発でも7月の終わりから雪が降るまでとそのスピードの差は大きい。ATでもそうだったが、ULハイカーと、一般ハイカーでは時間軸が大きく変わる。歩くスタイルによってトレイルは大きく変わるのだ。ちなみに大枠で考えると、いわゆる「トレイルランニング」は、トレイルを走る行為を指し、トレイルの一部をコースとすることが多い。
トレイルをどう歩くかで、使う道具も見る景色も出会う人も、食料補給で訪れる町さえ変わる。そういう意味でトレイルは非常に奥深い。
また、アメリカ人から見ての外国人ハイカーは、滞在ビザの関係で、最大で6ヶ月以内に歩かなくてはならない制限がある。そんなことから、外国人ハイカーは真ん中から少し早いグループに入ることが多い。2012年のPCTで一番重いバックパックを背負うと言われた僕は、真ん中より少し早いゾーンを中心に歩いていた。後に多くのハイカーが電車のように連なって歩いていることから、ハイカートレインと呼ばれる14名ほどのハイカーが一緒に踏破した集団があったのだが、僕は時々この集団に出たり入ったりしながら歩いていた。
PCTは、ハイカーを有料で受け入れるトレイルエンジェルと出会う機会が圧倒的に多い。ATのように無償で受け入れるトレイルエンジェルや、一般の方と出会うことは少なめだ。同じトレイルでも、歩く場所でその環境も大きく変わるのだとこの時に知った。
一番驚いたのは、7年ぶりに歩いたトレイルでの道具の進化だった。スマートフォンが当たり前に使われ、ハイカーは紙の地図を持たない者までいた。町に着いても図書館を探さずにコンセントを探す。また、7年前は当たり前に使われていたアルコールストーブが姿を消しつつあり、ガスを燃料としたバーナーがハイカーの主流になっていた。僕が歩いていなかった7年でハイカーが劇的に増え、道具が劇的に進化していたことに少し焦った。僕はその隙間を埋めるように、翌年にチャレンジするCDTに備えて、色々と道具を変え試して使った。当時は、1ドル80円という今では考えられないほどの円高だったから出来たことかもしれない。
僕がPCTを歩き終えたのは9月下旬だった。加藤さんのバックパックを2つ壊し、途中で同じモデルを1つ購入。合計3つのバックパックを使い、3組のブーツを交換した。約4,260kmの道のりは、これほどに過酷なのかと改めて思い知らされた。
ハイカーは、カナダに約8マイル(約13km)入ったマニングパーク州立公園でPCTを歩き終える。だが、国境を越えると入国手続きがあるので、面倒を望まないハイカーは、来た道を数日かけて戻る。僕は、カナダのマニングパークで歩き終え、マニングパーク内にあるホステルに泊まった。この時、同部屋のハイカーと話して驚いた。出発日と踏破した日が同じにも関わらず、会ったのがこの時初めてだったのだ。5ヶ月間同じ道を同じように歩いていて1度も会わず、踏破を終えてから数時間差でトレイルの外で出会うなんて、こんなことがあるだろうか。ただこれも実にトレイルらしい出会い方だとも思った。
僕が踏破した日、加藤さんとご家族が僕のゴールをジュースで祝ってくださった事を後に聞いた。これが僕のプロハイカーとしての第一歩だった。
(続く)

トレイルはアメリカ発祥の概念で、山野に付けられた道を歩く、いわゆる「山歩き」。 北米ではポピュラーなアクティビティであり、文化として根付いている。 山に登るのではなく、山を歩くとはどういうことか。なぜ人々は山を歩くのだろうか。 20年にわたり国内外のトレイルを歩き、日本におけるトレイルカルチャーの普及に努めてきたプロハイカーが、その豊富な実体験を通して「山歩きの哲学」を伝える。
プロフィール

(さいとう まさふみ)
プロハイカー
1973生まれ。山形県新庄市出身。アパレルブランドやディベロッパー企業などに勤務後、
2012年より日本で唯一のプロハイカーとして活動。トレイルカルチャー普及のため、海外のトレイルを歩き、アウトドア媒体を中心に寄稿、講演やイベントを行う傍ら、地元山形にトレイルのコースを作る活動「YLTクラブ(山形ロングトレイル)」に携わる。スルーハイク(単年で一気にルートを歩く方法)にこだわり、踏破した国内外のトレイルだけで25,000km(地球半周以上)を超える。
公式HP https://hikermasa.wixsite.com/
Instagram @hikermasa
Facebook https://www.facebook.com/saito.masafumi.3
斉藤正史




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